「砂漠の魔王」のオリジナルを手に取る

2009年11月06日 17:45

国際児童文学館に行ったのは、山男ダンさん に続いて「砂漠の魔王」を「発見」したから。


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砂漠や砂漠の魔王では引っかからないが、作者の福島鉄次で懸かった。
昭和20年代に少年画報に連載されていて秋田書店から単行本として発行された全9巻のシリーズは、今では100万円を超える値段で取引されている。

子供用月刊誌としては「少年」と「少年画報」の対象年齢が高かった。「漫画王」「冒険王」が続き、「ぼくら」「幼年ブック」「少年クラブ」が最も低かった。といっても「少年」の2強連載が鉄腕アトムと鉄人28号だったから、せいぜい中学生までだった。その他に野球少年というのもあって、寺田ヒロオの背番号ゼロが人気だった。
家で買って貰えたのは「少年クラブ」だけだった。他の雑誌は友達やその兄弟が持っているのを、遊びに行っては読破していた。一緒に遊んでいても、いつのまにか1人で本を読みふけり、暗くなって「もう家へお帰り」と言われるまで粘っていた。御陰で大人になってからは漫画を読みたいとは思わなくなった。子供の頃に充分読んでしまったので自然と漫画離れしたようだ。

「砂漠の魔王」は連載や単行本化の時期が早かったので、当時小学校の1、2年だった私は余りお目にかかれなかった。それでもカラーの絵と、吹き出しではない文章が組み合わさった画面は新鮮だった。次々に登場するSF的な科学兵器が強く印象に残っている。



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科学の進んだ某国の怪人軍団 VS アラジンの魔法のランプよろしく香炉で香木を焚くと現れる青竜刀のような刀を持ってた巨人の対決という奇妙なお話だ。

ただしこの巻に現れる魔王は怪人軍団の造ったニセ魔王だ。こんな巨大なロボットさえ造ってしまう科学力だった。魔王を操る主人公達の活躍よりも敵方の兵器が面白かった。


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潜水戦車。小型だが水陸両用より更に進んだ潜れる戦車。装備は弱く通常の戦車に砲撃されるとやられてしまう。万能でないのがかえってリアルに感じる。


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このジェット機のような飛行機も凄いやつで、


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水上を動け、飛行艇のように水面から離陸する。


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洗脳装置もある。眠くなり一晩で捕虜が味方となるというから催眠術も混じっているのか?



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砂漠や砂漠の魔王では引っかからなかったのは、タイトルが「長編絵物語 砂漠の魔王」になっていた為のようだ。著者で引くのがよさそうなので「うしおそうじ」でやってみたら、雑誌の付録が沢山引っかかってきた。

少年に連載されていた「どんぐり天狗」。
うしおそうじは途中から怪獣映画の製作に嵌ってしまって、漫画家として活躍した期間は短かった。それでもこの付録の奥付によると4年あるいはそれ以上に渡って連載されたから、主力作品だっただろう。体制を揺るがす大事件が次々に起こる。なかなか読み応えのあるストリーだ。
大村混主演で人気を博したテレビドラマ「とんま天狗」は、「どんぐり天狗」を下敷きにしたパロディではなかったか。


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どんぐり天狗の歌。漫画のテーマソングは貴重品? 


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うしおそうじの別シリーズ「朱房の小天狗」。
こちらはオリジナルではなくて復刻本で全4巻揃っている。
鉄人28号の復刻文庫本と違って原画から刷り直しているようで、絵や文字が整っている。
これはどの雑誌に連載されていたのか覚えていない。少年以外の雑誌だっただろう。
読者と同年代の子供が活躍するというのは当時の漫画に共通したパターンだ。
記憶にある絵が無かったので、この4巻が総てではないと思う。



万博記念公園 日本庭園

2009年11月05日 16:02

国際児童図書館へ行ったついでに、日本公園へ行きました。
α330に望遠を付けていきましたが、これは正解でした。

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エントランスのバラ園

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巨大なゴルフボールの正体は

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こいつです。


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まだ紅葉が足りませんが、どっちへピントを合わせたらええんやろ。


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これくらい色づいてくれるとええんやけど。


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この巨木は?


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南天でした。
こんなに太い南天の木は初めて見る。


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庭の滝も


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スローシャッターを使うと。
1/4ぐらいなら手振れ補正が効いてくれます。


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鹿威しの離れ加減のタイミングが難しかった。


いつもはLX3の広角で1枚に総てが入るように撮ってるので、今日は思い切り近づいたけど、まだまだ足りませんわ。


南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅 5日目その1 越後線不通

2009年11月04日 17:25

2009/10/15
予定

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夜は県庁所在地のような大きな町で泊まるようにしている。朝のラッシュ時に反対方向へ進んで混雑から逃れようという目論見がある。しかし高校生にそんな方向性は通じない。特に新潟と吉田の間はどちらが「正方向」か判らないくらい混雑した。そんな区間だから車両も多く詰め込めるロングシートでガックリくる。
それでも吉田に近づくと空いてきて、弥彦山がを眺める余裕が出てきた。越後線は海岸沿いに走るが海からは離れている。海は平野の向こうの弥彦山を反対側に降りたところにある。
吉田で乗り換えた列車はボックスシートだった。とたんにローカル線っぽくなる。

これで今回の4大ローカル線制覇の目的は達した。そう思ったとたん雲行きが怪しくなってきた。車掌が「どちらまで行かれますか」と聞いてくる。切符を出そうとすると検札ではないという。こういう時は大抵良くない事が待っている。案の定礼拝駅と西山駅の間に路盤が陥没しているのが見つかって、今からJR社員が通行可能かどうか検分に行くとのアナウンスがあった。
結局列車は出雲崎で運転中止になり、柏崎まで代行バスという事になった。一般乗客はそれで良いが全線完乗を目指す者にとってはとんだ災難である。八戸線の時のように一列車運休になっても次のが出れば後日のスケジュールが狂うだけで良いが、代行になると更にもう一度乗りに来なくてはならない。能代−東能代で代行バスに乗ったときは短い距離なので翌朝リカバー出来たが、今度は最悪の結果になった。



代行バスの中でいろいろ検討した結果、越後線は次回信越地方から南東北までを巡る時に乗り直す事にした。
次回は2日目に富山から特急北越で長岡に出て上越新幹線に乗る予定だったが、それより早く出る急行「きたぐに」で柏崎まで行って越後線に乗り換えて吉田まで行く。弥彦線で燕三条へ行って長岡から乗る予定だった新幹線を捕まえる事にした。富山発は4:30になってしまうがやむを得ない。
すると信越線の柏崎−宮内間が未乗になるから今日乗って帳尻を合わせておかねばならぬ。


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精緻に立てた計画は一旦崩れるとボロボロになる。高岡から万葉線、氷見線、城端線の3線に乗る予定が高岡に辿り着くのがやっとという有様だ。全く酷いスケジュールで、長岡と直江津でそれぞれ1時間以上待ち時間がある。
それでも柏崎で快速くびき野を捕まえられれば、富山で明るい内に富山ライトレールに乗る事ができる。
しかし柏崎に近づくにつれて信号で引っかかる事が多くなり、駅に着いた時は10:42で発車時刻を過ぎていた。
ところが改札口の上の電光板には10:39発のくびき野がまだ残っている。
遅れているのだ。
跨線橋を全速力で駆け上がってホームへ向かう。
ドアが見えたと思ったとたん足がもつれて転んだ。
目の前でドアが閉まってしまうのか。
起き上がって転げ込むようにしてデッキに載った。直後に後ろでドアが閉まった。
座席に座って転んだ時についた手を見ると、中指の爪が少し変色している。危うく爪を剥がすところだった。


南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅 4日目 飯山線〜新潟

2009年11月03日 17:47

2009/10/14
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長野へ出て飯山線に乗る。飯山線はひたすら千曲川に沿って走る。蛇行を繰り返す流れを忠実に辿って線路が敷かれている。

南西から北東へ向かう河の左岸を行く列車に乗って河を眺めるという事は、必然的に太陽の「恩恵」をまともに浴びる事になる。日だまりの猫と同じで目蓋が下がってくる。トロトロとしていると前方が騒がしくなった。車掌がマイクでしゃべっているがよく聞き取れない。整理券を取れとか、危険物の持ち込みはお断りしますとか、分かり切ったことを各駅毎にアナウンスするものだから、車内の音声は聞き流すように耳が訓練されている。肝心なことが脳に伝わらない。
「切り離し」という言葉が聞こえた。どうやらこの駅で切り離してワンマンカーになるらしい。まずい事に後方の車両に乗っている。荷物を纏め前方車両に移動するが、良い席は残っていない。駅標を見ると「野沢温泉」とある。時刻表ではこの駅に8分も停車する事になっている。この事から切り離しを想定しておかねばならないのだが、昨夜は温泉につかってグッスリ眠ってしまった。



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野沢温泉から3つ目の桑名川という駅で「列車交換のため16分停車します」とアナウンスがあった。これも時刻表を見れば、他の列車が全駅から4分しかかかっていないのに、この列車が19分も掛かっている事から簡単に判る事だ。前夜の「予習」を怠った為に予想してない事が続けて起こる。
こんな何もない駅で16分も停車するなら野沢温泉駅でもっと時間調整をやれば良いのにと思う。車内販売の切符の回収といい、どうも長野県人は融通が利かない傾向があるようだ。

写真を撮ったついでに列車の行き先を見ると「越後川口」になっていた。時刻表ではこの列車は十日町までで、28分後に出る別の列車に乗り換えるようになっている。運用で2列車として記載されていても、同一の列車が運行することはよくある。しかし28分も停車する列車は今時珍しい。野沢温泉で8分、桑名川で16分、十日町で28分と昔の普通列車のように平気で長時間停車をやる。長野から終着の越後川口まで約100キロを4時間近くかかって走るのんびりした列車だ。


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飯山線は豪雪地帯を走る。森宮野原は7.85mという最高積雪記録を持っている。2階の屋根までスッポリ埋まってしまう。日付を見ると昭和20年2月とある。あの年は低温記録でも知られている。異常気象の年と終戦が重なっていた。


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森野宮原を過ぎると長野と新潟の県境を越える。同じ河だが千曲川は信濃川と名を変える。



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十日町では新幹線のような高架の脇にこっそり停車する。高架になっているのは第3セクターの北越急行ほくほく線で、越後湯沢と直江津を最短距離で結んでいる。上越新幹線から北越急行を走る特急はくたかに乗り継ぐと東京から富山へ最短時間でいける。はくたかは160キロという在来線の最高速度を誇る列車だ。
こうしていると飯山線の方が3セク線のように見えてくる。


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上越線は高崎と信越線の宮内(列車は長岡まで)を結ぶ複線電化の幹線だが、上越新幹線開業でローカル線に転落してしまった。飯山線との接続駅である越後川口駅も、線路は草ぼうぼうで列車がいないと廃駅かと見紛う。今はJR西日本とJR東海の特急が頻繁に走る華やかな北陸本線も、北陸新幹線が出来てしまうとこんな有様になるのか。
経済成長が止まった日本では、通運はゼロサムのパイの奪い合いになる。新幹線は在来線の客を奪い、道路は鉄道の客を奪う。インフラに設備投資しても回収する前に新たな設備投資をして、結局金を地面に吸い取られている。本来なら国民の生活水準向上に向っても良い金だ。ウサギ小屋と揶揄される所以である。


ところで、紀勢線−飯田線−大糸線−北陸本線−信越本線と辿って和歌山から越後川口に至るルートは、逆方向だけれども「最長片道切符」の旅でも使われたルートで、第19〜20日がそうである。用のある人は絶対に使わない事は確かである。



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一旦新潟に着いた後で新津に戻り、羽越本線で新発田から坂町まで行く。白新線に乗るには新発田から新潟に戻れば良いのだが、次の旅で東北地方の乗り潰しを終えようとしたら、新発田−坂町間を今日乗っておかないと苦しくなる。
越後の日暮れは早い。坂町駅で日はとっぷりと暮れた。



コンフォートホテル新潟駅前に投宿   朝食付き¥4800

駅から歩いて約5分の所にある。空調は各部屋で自由に設定できるし、部屋もゆったりしている。朝食が付いて、新聞まで部屋に持ち帰り自由になっている。コンフォートチェーンは初めてだが、なかなか良い。




南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅 3日目その3

2009年11月02日 12:46

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長野駅の善光寺口を出るとメインストリートが善光寺参道になっている。道の両側には木製の灯籠が立ち並び、県庁所在地よりも善光寺の門前町の側面を打ち出している。駅前から100円バスで善光寺に向かう。



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幅広い参道には、土産物屋や食物屋だけでなく仏具屋等も店を並べていて中々賑わっている。建物も古風にデザインされており、散策を楽しめる町並みになっている。参拝客だけでなく高校生もゾロゾロと歩いている。



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重文に指定されている山門。上に上がる事ができるが午後4時を過ぎていて閉められている。


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国宝の本堂。今年は7年に一度の御開帳の年で特に賑わったようだ。無宗派なのが良いのだろう。天王寺の一心寺も無宗派の永代供養で大儲けし、モダンアートの山門を造っている。


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長野駅に戻って、地下駅になった長野電鉄に乗る。


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国鉄時代に長野で降りると、赤とベージュに塗り分けられた湯田中温泉行きの電車が国鉄の車両と並んで停まっていた。通路に改札口が設けられていて乗り換えは便利だった。
善光寺に近い「善光寺下」を過ぎてようやく地上に出る。


終点の湯田中で降りて、今日のお宿「よろづや」まで緩やかな坂道を上がっていく。

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よろづやの「松籟荘」は登録有形文化財に指定されている。凝った造りの客室がウリだが、「お一人様」ではご案内とはいかない。「よろづやアネックス」という別館が1人客を受け入れている。本館とは道路を隔てて向かいに建っており、地下通路を伝って本館の温泉に入れる。


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これがお風呂の脱衣室!! 



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桃山風呂と呼ばれている純木造伽藍建築の浴室も登録有形文化財。格子天井が見事だ。


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外へ出ると庭の池が露天風呂になっている。このシーンはテレビの温泉特集で何度も紹介されて来た。私もその映像を見て一度は行きたいと思っていた。1人1室では泊まれないのがネックになっていたが、別館で一人旅を受け入れている事を知って今回の旅行に組み入れた。


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露天風呂は眺めは最高だが、温泉としては内湯の桃山風呂の方が良い。思ったより池の底が浅く、湯が冷めやすい。雪が降っている中での入浴シーンもよく撮られているが、相当長い間入らないと温もらないと思う。

入浴は男女交代制で、女性が14:00〜21:30男性は22:00〜 9:30という設定がなされている。いずこの温泉も、食事前後のベストな入浴タイムが女性に割り振られているケースが多いようだ。


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翌朝湯田中駅から長野へ向かう。右側は旧の湯田中駅で、温泉設備が付随している。


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いろんな広告を背負った車両を見てきたが、こんなのは初めて。


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小布施駅で途中下車。


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高井鴻山記念館に寄る。高井鴻山に興味が有るのではなくて、この建物の隣にある、



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晩年、鴻山の招きで小布施を度々訪れた葛飾北斎が使っていたアトリエ碧漪軒(へきいけん)を見ておきたかった。

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このひと間しかない質素な庵で、晩年の北斎が・・・・・と、感慨に耽りかけたが、よく見ると庵の位置は推定とあった。という事はこの建物はオリジナルではないのか。



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裏口から出ると、路地が整備されている。栗の小径と名付けられているらしい。この小径を進むと北斎館があるが、時間がなくて北斎の肉筆を楽しむ余裕がない。鳳凰の天井画で名高い岩松院も割愛した。

旧家が綺麗に保存されていると思ったらレストランだったり、土産物屋だったりする。北斎や鴻山の史跡があるだけの鄙びた町と思っていた小布施だが、高山や会津若松のように観光地化されている。昼時ともなれば、ギャルたちが飴をしゃぶりながら闊歩するのだろう。


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小布施駅でこんな列車と出遭った。小田急のロマンスカーが、退役してここで余生を送っていた。


期間限定(9/26〜11/15)だが、よろづやに一泊二食で11300は安かった。夕食の会席も和室小部屋での朝食も、こんな値段で提供して採算がとれるのかと思った程だった。11/16からは更に安いようだ。

どうしょうもない自民党

2009年10月31日 11:16

自民党は、世襲制限を撤回するという。
「現役も新人も対等に公募するなら世襲を排除する必要はない」という事らしい。

まだ、こんな問題のすり替えで世間の目をごまかせると思ってるようだ。
職業の自由は保障されているのだから、誰も親の仕事を継ぐ事が悪いとは言っていない。
親の地盤と資金を継いで立候補するのは、イチから選挙を戦う人に対して余りにも不公平というのがポイントだ。
別の選挙区で立候補するなら何も問題ない。親の地盤がないと当選できないような人には国政を委ねられない。



民主党に引きずられて、イヤイヤながら決めたルールを一回も実施しないで撤回する。
党勢拡大どころか、もう自民党には一握りのボスとその後継者しか残らない。





名松線一部廃線

2009年10月30日 00:37

名松線の今後の輸送計画について

復旧しても又やられるから、松阪・家城間は鉄道で、家城・伊勢奥津間はバスでの輸送とすると。
乗客減少の推移も載せて、なんなら全線廃線にしましょうかという脅しもチラチラする。

名松線と参宮線は一纏めにして青春18切符日帰りコースと後回しにしていたが、えらい事になった。松阪発着の時刻は変わらないようだが、代行バスでは乗った事にならない。

東海道新幹線で大儲けして、リニア新幹線は自社工事すると鼻息の荒いJR東海だが、中間決算は減収減益。1000円高速のツケがこんな所に出てきた。国鉄時代に何度も災害に遭い廃線の噂が流れたが、その度に復旧してきた。JR東海は今度の災害を奇貨と捉えたようだ。




大フィル第432回定期演奏会 カルミナブラーナは凄かった

2009年10月29日 22:20

ハイドンのチェロ協奏曲も良かったが、今夜は次のプログラムが待ち遠しい。

オルフのカルミナ・ブラーナを一度は生で聴きたいと思っていた。


フルオーケストラのど真ん中にピアノが2台。
後ろは100人規模の合唱団で占められている。
児童合唱団はパイプオルガンの脇、何故か中央でなく右側に寄せられている。
奥行きのあるザ・シンフォニーホールの舞台も今日ばかりは満員で、3人の歌手は指揮台とピアノの間で小さくなっている。

同じリズム・旋律の繰り返し。様々な打楽器を駆使したオーケストレーション。
喧噪の坩堝という表現がピッタリな音楽。
後ろの席の爺さんが興奮するのか座席の背を蹴ってくる。

これ以上拙い言葉を並べる事はない。

矢っ張り、カルミナ・ブラーナは凄かった





南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅3日目その2 北陸本線・信越線

2009年10月28日 17:59

北陸本線の糸魚川から直江津までは、海岸沿いを走っているにも拘わらず海は殆ど見えない。線路が波風の影響を受けるのを防ぐために、山中をトンネルで抜けるような新線が造られた。能生(のう)駅と名立駅は共に駅を出ると直ぐにトンネルにはいる。その間にあった筒石駅はトンネルの中、地下駅となってしまった。


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乗ってきた列車が筒石駅を出発していく。駅員がホームに居たが、私が写真を撮って中々改札に向かわないものだから、しびれを切らせて上へ上がってしまった。


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下りホームの先に上りホームが見える。ホームが位置をずらせて設置されている。交換時に生じる風圧を避ける為か?


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トンネルの壁に扉が付いている。これがホームからの唯一の出口。ドラフトの原理で風が舞い上がるのを防いでいるのだろうと思うけど、意外と軽く開いた。


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扉の中は待合室になっていた。防空壕のようだ。


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66段の階段を上って上りホームからの通路と合流する。地上まではまだまだ。


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あと224段ある。駅舎が海抜60m、ホームは20mだから40mの落差がある。83mとこの倍有る上越線の土合程ではないが、見るだけで息が切れそうな階段である。


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地上の筒石駅は非常にシンプルな造りで、無人駅と見紛う。トイレはあるが自動販売機は無い。



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「駅前通り」を少し行くと海が見えた。


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現在の線路は、北陸自動車道よりも更に内陸側に造られている。
橋脚の下を流れる筒石川の底から階段で上がってきた。


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15分程下って海岸沿いの集落に出た。かっての北陸本線は国道の辺りを走っていたのだろう。


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1時間ほどの探訪を終えやって来た列車に乗車、もう来ることはないだろう筒石駅を後にする。


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直江津で信越本線に乗り換える。妙高号は特急用車両だが普通列車で特別料金も要らない。


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向かい側のホームに派手な列車が止まっていた。北陸・東北地方の「天地人」人気は凄まじい。新潟と山形だけでなく、敵であった伊達の仙台や青森・秋田でも至る所に「天地人」の幟が立っていた。直江津は春日山城に近くいわば本場だ。


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この駅の名物弁当「鱈めし」。ご飯よりおかずの方が多い豪華な駅弁だ。


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北陸新幹線の工事が着々と進んでいる。これが出来上がると、軽井沢で分断されている信越本線はどうなるのだろうか。北陸本線と接続駅として賑わっている直江津駅もルートから外れている。歴史ある直江津の名前が消えて(自治体の名称はすでに上越市になってる)上越駅が出来るのか。



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直江津からの単線区間を淡々と40分ほど走って二本木に到着。ここは信越本線に唯一残ったスイッチバック駅だ。駅標が単に両端の駅を左右に書くのではなく、スイッバックになっている線路に合わせて書かれている。関山方面は枝線?


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関山からやって来た妙高号は本線にいる。ホームへ入って向きを変え左側の線路に入る。左奥のスノーシェードにつっこんで再び向きを変えると、ホームまで戻ってこずに手前で左に折れて新井方面へ去っていった。


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雪深い所でスイッチバック線を守るため、一列車分の長いスノーシェードが設けられている。次の関山駅とスイッチバック駅が連続していたが、関山駅は線路が付け替えられて解消された。

宮脇さんの時代にはスイッチバック駅が全国で30カ所もあったが、次々に解消されてしまった。立野(豊肥本線)、出雲坂根(木次線)、大畑・真幸(肥薩線)、二本木と土讃線にある坪尻と新改だけになってしまった。

南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅 3日目その1 大糸線

2009年10月27日 17:24

2009/10/13
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今日は大糸線で糸魚川に出て、北陸本線から信越本線を辿って大回りして長野まで行く。
放射冷却なのか松本市内は濃い霧に包まれている。列車は定時運行しているのか。
やって来た南小谷行きは2両連結だが、通勤通学客を詰め込むために1両は全部ロンングシート、もう1両にもボックス席は4つしかない。地図を見て景色の良さそうな左側のボックス席に陣取り、混まない内にコンビニで買ったおむすびを朝食に食べる。
視界は悪い。車なら徐行運転だが、ATSを頼りにスピードを落とさずに定時運転している。
7:01という早い時刻にもかかわらず定期客で満員。人いきれで窓ガラスが曇って外が見えない。見えたところで線路際の家が見えるだけで、それより遠くは霧に隠れて真っ白だ。


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1時間ばかり走り信濃大町の手前で日が差してきた。とたんに霧が晴れ、安曇野を囲む山々の稜線までクッキリと見えるようなった。ヴェールを剥がすようにという表現があるが、まさに見えない手で引き上げられたかのように突然視界が拡がった。


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仁科三湖のうちの木崎湖。ここから左窓の北アルプス山麓にスキー場が続く。
高校の時に初めて信州へスキーに行った。夜行急行「ちくま」で来て、半分しか開かない眼の前を「横浜フェリス女学院専用スキー場」という看板が通り過ぎた。専用スキー場!! なんとリッチな。しがない公立高校生には想像も付かない別世界だった。
今日その看板を探したが見つからなかった。


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佐野坂スキーへ行くには南神城で降りる。高校時代からここへはよく来た。今は線路際からリフトに乗れるが、当時はスキーを担いでエッチラ登っていった。リフトが2基しかない小さなスキー場で初めて滑った。最初は転けてばかりで雪で手袋や靴が濡れてくる。何度もロッジのストーブにあたって乾かさねばならなかった。昼になると民宿のおじいさんがお握りを担いで持ってきてくれる。疲れて帰ると暖かいおしるこが待っていた。


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その民宿が駅の傍にまだあった。ご主人は佐野坂スキー学校の校長先生で宿泊者に教えてくれる。しかしそれは何度か経験のある先輩たちが対象で、初心者の私はまず自分で「慣れる」事から始めなければならなかった。



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白馬駅辺りから既に冠雪した白馬岳が見えてくる。




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南小谷(みなみおたり)で電車からディーゼルカーに乗り換える。
相当古い車両で窓に木製の台が付いている。飲み物がビンで売られていた頃は、この台の下に栓抜きが付いていた。


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南小谷からは姫川沿いに走る。名前は優しいが、こんな大きな岩を運んでくるほどの暴れ川だ。


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国道が川の向こう岸を走っている。列車は時々スノーシェードに入るが、向こうも雪に対しては相当な構えをしている。


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平岩−小滝間では列車の速度が極端に落ちた。25パーミルの標識が出ている。急な坂を下り続けているのだろう。上り坂より下り坂の方がスリップの危険が大きいので慎重に下っていく。姫川は大きな蛇行していのでトンネルや鉄橋が増える。大糸線のハイライトだ。


3時間の汽車旅を終えて糸魚川に到着。昨日から日本列島の最も幅の広い所を縦断してきた。
昨日は飯田線、今日は大糸線、明日は飯山線、明後日は越後線と、長いローカル線を1日1路線ずつ各駅停車で行く旅が続く。


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糸魚川には煉瓦造りの車庫が残されている。1912年に竣工した全国的にも極めて貴重な存在だが、北陸新幹線の建設に伴って来年取り壊される事になっている。地元で保存運動が起こっている。


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乗ってきた老兵は一息ついた後、再び険しい坂道に挑む。


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奴奈川姫(ぬなかわひめ)の像が駅前商店街に建っている。大国主命の奥さんの人だが、なんでこんな所に出てくるのか。強大な権力者に翡翠を貢ぎ物にしていた象徴ではないかという説がある。


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商店街を突き進んで行ったら海に出た。糸魚川駅は何度も利用したが、こんなに海が近いとは知らなかった。





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