天空号で高野山へ

2015年05月11日 10:12



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先月カミさんのリクエストで「天空号」に乗った。
南海高野線の橋本ー極楽橋間を結ぶ観光列車で、山深い地帯を走る登山列車として人気がある。

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丁度今年は高野山開創1200年にあたり、4/2-5/21の期間中「天空号」も増発されている。
高野山までの往復(ケーブルカーを含む)とバスの乗り放題がセットされた切符を買うと、
薄い木の皮にレーザ印刷された記念証を貰える。


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座席は谷側を向いており、前列は9席と非常に贅沢な配置になっている。
1日2往復しているが、私達が乗った午後発の列車の乗客はたった7人だった。
午前発の列車は満席で予約できないので、山上での観光を余りしないとか
逆に一泊するのなら午後の列車がお薦めだ。


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真田幸村で有名な九度山を過ぎると山岳地帯に入る。
線路は鉄橋とトンネルで山肌にピタリと貼り付いている。


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直線区間は殆ど無い。50パーミルもある勾配をキイキイと音を立てながら走る。

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右側は深い谷、左側は切りたった崖。列車交換もギリギリのスペースで行われる。


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駅だって、カーブの途中に作られている。


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「秘境駅」として有名な紀伊神谷駅。

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極楽橋駅到着。和風の回廊を通ってケーブルカーの駅に向かう。
電車で440m登ってきたが、ケーブルカーであと330mm登る。


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これが極楽橋。女人堂に通じる山道があるが、誰も通らない。
この駅の乗降客は多いが、駅の外へ出る人はゼロである。人家もない。
その意味でこの駅も実は「秘境駅」なのだ。


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ケーブルカーは2両連結で260人が乗れる。
特急「高野号」1列車分の乗客が全員乗れるように設定されたという。


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ケーブルカーの高野山駅は寺院風で、国の登録有形文化財になっている。
「乗り鉄」はここでオシマイ。


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山上は涼しく、まだ垂れ桜が満開だ。



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金剛峯寺の屋根には桶が置いてある。
火事になったら鎖で桶を倒して、茅葺き屋根を水で濡らして類焼を抑える。
と中学の林間学舎で来た時に教わった。しかし、あれくらいの量で効果があるのかと、その時も思った。


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お線香とお灯明をあげる。


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写経を納めて、御朱印を貰うのに随分時間がかかった。それでも帰る時には、来た時よりも列が長く延びていた。
書くのは2分位だが1人で何十冊も持ってくる人がいる。
普通の札所ならこんなに並ぶ事はないが、ここは四国88ヵ所を回り終えた後のお礼参りに来る所だから、平日でもこんなに混んでいる。



[Panasonic GX7+LUMIX G VARIO 14-140mm]


私鉄乗車キロ: 3374.0km (乗車率: 43.7%) 2770位 / 15851人中

近畿日本鉄道南大阪線  今川-古市 15.6km
近畿日本鉄道長野線   古市-河内長野 12.5km
南海高野線  河内長野-極楽橋 36.5.0km
鋼索線 極楽橋-高野山 0.8km




北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その8 第2日 その3 富山~松本・松本電鉄

2015年05月08日 09:35



富山からは速達の「かがやき」に乗った。
長野までノンストップで約50分で着く。その後も高崎に停車せず大宮、上野まで行ってしまう。
それでも車内はガラガラ。
こんなんで元は取れるのか。
新幹線は主に国税(=借金)を投入して造り、JRは賃料を払うだけだから、経営に響くようになれば賃料下げれば済む事だが。

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トンネルは思ったより少ないが、防音壁が張り巡らされていて景色が見えない。
偶に、「塀」が低い所があって北アルプスの山々が顔をのぞかせる事がある。

これまで北陸本線は羽越本線と並んで、海も山も車窓から楽しめる路線だったが、
北陸新幹線は全くの移動手段であって、乗る事を楽しめる乗り物では無くなった。



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長野で篠ノ井線に乗り換える。
特急なので姥捨駅のスイッチバックには入らない。
信濃平の景色を撮ろうと、スマホのGPSで地図を追いながら車窓を見ていたが、登っていく程視界が悪くなっていった。


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松本で途中下車して松本電鉄に乗る。正式にはアルピコ交通だが、旧社名の松本電鉄で通っている。
6番ホームの大糸線の列車とならんで、7番ホームから発着している。
全く別会社なのだが、改札のようなモノは何も無い。


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旅番組や鉄道番組で紹介される事の無い路線なので、予備知識は全くない。
途中にあって、車窓の景色が見られる時間だから乗っておこうというだけの事だった。

こんな処を走っていて採算が合うのだろうかと思っていたら、松本大学(知らなかった)があって、通学に使われている。


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30分程で終点「新島々」に到着。
2つ手前の駅で他の乗客は降りてしまい、降りたのは私一人だけだった。
駅前はアルピコ交通のパスターミナルになっていて、ここから上高地方面に出発していく。
この路線は松本から上高地への中継ぎに使われているようだ。


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上高地への客を送迎するだけあって、山小屋風の洒落た駅舎だ。

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帰りの切符を買った。
30分で700円。「純」私鉄のローカル線ならこんなものだろう。


帰路、うっかりしていて車窓の景色を撮り損ねた。
往路に枝垂れ桜が何本も(10本以上?)あるお寺があった。
「三溝」という待合室も何も無い駅だが、そこからすぐの所にある安養寺というお寺だった。
寺のホームページ→ 安養寺のしだれ桜
に画像が出ているし、WEBにも画像が沢山アップされている。
しかし、私の受けた印象とは大分違う。
枝垂れ桜は一本だけ立っているのが普通で、並木のように並んでいるのは見た事がない。
ここの枝垂れ桜はそう大きくないので、一本ずつ撮って比べたら余所のより見劣りがする。
沢山並んでいるのが、余所とは違う値打ちなのだ。

日暮れ時に加えて外は雨、窓ガラスは人いきれで曇っている。
写真としてはロクなものが撮れなかっただろうが、あの光景は「絵」がないと驚きを説明する事ができない。


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再び松本駅へ戻ってきた。
高架駅が増えて、昔ながらに沢山の線路を跨線橋から俯瞰できる駅が少なくなってきた。

後は名古屋へ出て新幹線で帰るだけ。真っ暗な中の単なる移動だ。


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JR乗車キロ: 19876.7km (乗車率: 100.00%) | 1位 / 26007人中

私鉄乗車キロ: 3308.6km (乗車率: 42.8%) | 2833位 / 15783人中

えちぜん鉄道 53.0km
福井鉄道 市役所前・田原町間 1.3km
北陸鉄道 20.6km
富山地方鉄道
 軌道線全線 7.9km
 不二越線・上滝線 15.7km
 立山線 寺田・岩峅寺間 10.2km
 本線  電鉄富山・寺田間 9.8km
アルピコ交通 14.4km






北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その7 第2日その2 富山地方鉄道

2015年05月06日 09:26



最初に乗るのは市内電車なので電鉄ビルを後に、交差点にある「電鉄富山駅・エスタ前」へ向かう。

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新型車も走っているが、

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私が乗ったのは、懐かしい路面電車だった。
朝の通勤通学時間帯は過ぎて、乗客は数名しかいない。


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富山も桜が満開だ。こんな街の真ん中に見事な桜が。
停留所の名も、桜橋。


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南富山駅まで行って折り返す予定だ。
路面電車の駅と郊外型の列車が発車する駅は、ホームが隣接していると思っていて
4分しか乗り換え時間を見ていない。信号で引っかかって、予定の列車に乗れないとまずい事になる。

ところが、乗降客が殆ど無いので、9:20着の予定がに5分早く9:15に着いて、
9:15発の一本早い電車に間に合ってしまった。10分もプラスされたので悠々と乗り換えが出来る。

朝からどんよりとした空だったが、パラパラと雨が降ってきた。
普通の乗り鉄なら問題ないが、路面電車の駅には屋根が無い。
土砂降りにならない事を願うのみだ。


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市電から一旦郊外電車に乗る。不二越・上滝線で岩峅寺が終点だ。
時刻表を検討した結果、続けて市電に乗るよりこの方が乗り換えがスムースにいく。
終点の駅名が路線名になっていなくて、しかも2つの駅名をくっつけて路線名にしている。成立には由緒がありそうだ。
座席はクロスシートだ。これならゆったりと「旅」をしてる気分になれる。


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桜橋の桜並木を反対側から見る。


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先程の市電「南富山駅」に隣接して南富山駅がある。


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市電の駅にしては立派なビルが建っていると思ったら、ここは機関区になっていた。
人気の特急「アルスプスエクスプレス」号もある。
この切符で乗れるけれど、今回はタイミングが合わなかった。


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開発駅。
えちぜん鉄道にも同名の駅があって、向こうは越前開発駅となっている。
どちらも「かいほつ」と読む。新田開発が行われたのだろう。
開業時からそのまま残っているなら、100年以上前の建物だ。

その古い駅で、孫らしい小さな女の子の手を引いて、お爺さんが降りていった。



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大川寺駅をでると常願寺川を鉄橋で渡る。


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河の対岸に水力発電所が見えた。
丘の反対側にダムがあるのだろうか。


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岩峅(いわくら)寺駅。
名駅舎だ。
寺院に模した庇があるが、付近に岩峅寺という寺があるわけではない。
映画「劒岳 点の記」では富山駅として使われている。


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石油ストーブにやかんが載せてあって、ローカル感がある。
客は、左端のガラス戸をそろりと開け、後ろ手に閉めて出入りしていく。


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乗ってきた向こう側の不二越・上滝線と、これから乗る手前の立山線は線路が繋がっていない。
小さな鉄道会社が、買収されて富山地方鉄道を形成している。
岩峅寺駅が立派なのは、元の鉄道会社の本社を兼ねていたのではないだろうか。


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立山線の列車がやってきた。


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寺田駅。
ここも岩峅寺同様途中下車したかった駅だ。
立山線と本線の乗換駅だが、2線が平行になった場所でなくカーブの途中に造られている。
その両線を従えるような格好で、立派な待合室が造られている。
鶴見線の浅野駅もこんな格好をしているが、こちらのほうが「開脚度」が大きい。


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それに比べると寺田駅の駅舎は貧弱だ。
駅名が右から左に書かれている。開発駅同様、これも年代物の駅舎だ。


富山に戻って、大学前まで往復後環状線に乗る。
こちらは単線なので反時計回りの一方通行で運転されている。
駅には屋根が懸けられ、降りたたみ式のベンチがある。
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大学前方面と環状線の乗換駅、丸の内からの富山城の模擬天守閣。
天守閣があったかどうかわからない富山城だが、造られて年月が経つとすっかり景色に溶け込んでいる。


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次駅国際会議場前から。こちらが正面。


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新幹線開業に合わせて、市内電車が富山駅の下まで来るようになった。
これなら雨や雪を気にしないで待つ事ができる。
駅の反対側へ延びている、富山ライトレールと接続されるという話もある。



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北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その6 第2日その1 金沢~富山

2015年05月04日 09:21



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昨日乗り残した、北陸鉄道浅野川線に乗る。
私が乗る下り列車は空いているが、入線してきた列車は満員になっていた。
こんな朝早くからと思ったら、殆どが学生だった。ここから更に乗り継いで郊外の学校に行くのだろう。


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地上に上がると、昨日の石川線同様家の裏を走るローカル線だった。
市街地を抜けると河の土手の内側のような処を走るが、土手が高くて河は見えない。


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平凡な景色の中で唯一、変化があったのは終点間際で大野川を渡る鉄橋だった。
古くて危なかしそうなガーター橋をゴトゴトと渡る。

鉄橋を渡ると粟ヶ崎駅で、その次は終点の内灘駅だ。


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終点と言っても周りは建物で囲まれている。車止めが無ければ、住宅に突っ込んでいきそうな勢いだ。


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一旦駅から出て、上り列車に乗る列に並ぶ。
改札が始まるまで、入り口の戸は閉められている。
今はましになったが、雪深い北国である。真冬でも客にこんな扱いをするのだろうか。
同じ鉄道会社なのに、一方は駅舎にストーブがあり、一方は混雑をさける為か客を外へ並ばせる。
ようわからん会社だ。


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北陸新幹線に乗り込む。
700系のようなエラを張ったデザインではなく、普通に嘴が突き出た顔になっている。


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富山までわずか20数分だが、駅弁を買って腹ごしらえをしておく。
車内はガラガラだ。
輸送容量は在来線の3倍になったから、開業人気で乗客が急増しても席は空いている。

各駅停車列車は、北越急行線を走っていた特急と同じ「はくたか」だ。
ドル箱列車を抜いていったのだから、名前ぐらい残してやれと思うが、元々国鉄の特急の名前なのでしかたがない。


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富山到着。
JR駅に隣接して富山地方鉄道のビルが建っている。
中には富山地方鉄道が経営するホテルも入っている。


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階段を上がって奥に進むと、電鉄富山駅がある。

一畑電鉄の各駅で見たのと同じ「RAILWAYS」の看板がある。
一畑電鉄のは中井貴一主演だが、こちらは三浦友和主演の鉄道員の映画だ。


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改札口で一日フリー切符を買う。
宇奈月温泉や立山までは行けないが、市内を走る軌道線は全線カバーしている。
計画編で書いたように、宇奈月温泉まで行ってしまうと北陸新幹線乗車のために戻ってこなくてはならない。
その代わり市内電車を全部乗っておこうという計画だ。


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北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その5 第1日その4 北陸鉄道石川線

2015年04月28日 10:11



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北陸鉄道石川線の野町駅は犀川を渡った市街地の南端にあり、周辺は閑散としている。
この線は金沢駅の一つ福井よりある西金沢駅でJRと接続しているが、そこは中間駅で終点ではない。
乗りにくい線だったが、今日は兼六園から車で直接やってきた。


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早速1日フリー切符を買う。
終点の鶴来まで行く運賃+数10円だから、折り返せば元は取れる。
1000円出すと有名な金箔の全線フリーチケットがあるが、浅野川線には明日乗るのでこちらにした。


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時間になると、折り返しの列車が3両で入ってきた。
無塗装に帯が一本だけ入った、どこかの大手私鉄のお古の車両だ。
駅舎に近い1番線だけが使われているようで、2番線のホームは使われていないようだ。


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家の裏を単線の線路が延びている。
こういう場所は路面電車が走る方が相応しいのだが。

次々に停まる駅の周りも、さして見るものは無い。
やがて郊外へ出ると畑と住宅が混在している。
無人駅に乗降する客も殆どなくなる。
日が暮れかかってきて、車内は閑散としている。


縁も所縁も無い地へ来て、用も無いのに電車に乗って何が面白いのだ。
乗っていて心地よい車両でもなく、目を楽しませる景色も無い。
終点まで乗って引き返すだけ。
充足感も満足感も無く、疲労だけが残る。
お前は一体何をしているのだ。

こんな声が聞こえてくる。
5年前にJR全線完乗した頃は、こんな疑問は湧いてこなかった。
唯々前へ進むだけだった。



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ともかく終点の鶴来駅に到着した。
開業時のままかと思わせるような木造駅舎だ。


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気がつかぬ間に、山懐に入り込んでいる。


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朝夕は冷えるのかストーブが置かれている。


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単線片ホームの駅を見慣れた目には大きな駅に見える。
ここは車両基地があり、駅前はバスターミナルになっている。
北陸鉄道の一大基地だ。

かっての北陸鉄道は石川県に巨大なネットワークを形成していた。
鉄路はここから白山下駅まで金名線として、ここまでと同等の距離延びていた。
また当駅から国鉄寺井駅まで能美線が出ていた。
小松から2線出ていたし、能登線の羽咋から能登半島の西岸を能登線が走っていた。
実は「JR全線完乗」中の2009年にも、次駅の加賀一の宮までが廃線となっている。
この時に石川線に乗る計画を立てていたのだが、越後線で乗っていた列車が途中で運転取り止め
になるという事故があって、JR乗車を優先するスケジュールに変更して割愛せざるを得なかった。
紀勢線廻りで北信越周遊、各駅停車日本縦断の旅 第5日

昭和42年までは金沢市内に路面電車を走らせていた。
野町駅のようなJRと離れたターミナルは、市内電車による接続を前提としていた。

それが今ではこの石川線と明日乗る浅野線のみ。

富山や高岡(高岡は3セク線だけれど)では市内電車が今でも走っているのに、何故金沢ではと思う。
戦災に遭わず道路が細くて、路面電車と車が共存できない点では京都と似ている。
日曜でもタクシーが思うように走れない程の渋滞が起こっている。
といって地下鉄を造る程でもない中途半端な大きさなのか。


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帰りは野町まで行かずに、新西金沢で下車

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すぐ横のJR西金沢駅から一駅乗って、金沢へ向かう。
橋上駅だが、上を走っているのは新幹線だ。
開業しているのは金沢までだが、ここから福井側に10km行った所に白山車両基地がある。


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金沢駅の「おもてなしドーム」も見慣れてきた。


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地下にある浅野川線の駅の場所を確認してホテルに向かう。


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「ダイワロイヤルホテルズ金沢」に宿泊。素泊まり6100円。
駅に近く、部屋も窮屈に感じない広さがある。エアコンは温度設定が可能で、
バスルームの床は部屋より少し下がっていて、どっこいしょと敷居をまたがなくてもいい。
ビジネスホテルとして満点である。

もてなしドームの照明は午後10になると減光された。


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北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その4 第1日その3 東山・金沢城・兼六園

2015年04月27日 09:55



予定より35分遅れで金沢に到着した。
観光時間は2時間強という事になったので、移動は全面的にタクシーを使う。
金沢は流しのタクシーが拾えるほどの都会だ。

まず東山の茶屋町へ
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うわっ、なんたる人混み。奥へ行く程混んでいる。
これでは情緒なぞあったものではない。


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人混みの切れ目を狙って


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細格子の遊郭


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敷石が綺麗すぎるのは逆にイマイチ。
昔からの石畳ならもっと、すり減ってでデコボコしている筈。


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金沢城の石川門へ移動。
桜が満開。
風が強いので花びらが吹き飛ばされてくる。まさに花吹雪。
アーチ状の橋がかかっていてその下は道路になっている。元は城の堀だったところだ。


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石垣の下にブルーシートを敷いて花見している人もいる。
かって金沢大学のキャンパスがこの中にあった。


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帰ってから調べてみたら、50年前にもこの場所から撮っていた。金沢城の写真はこれ一枚だけだった
人の好みは、これで中々変わらないものだ。



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復元された三の丸。
パノラマモードで撮ってみた。
建物のはうまく繋がっているが、人の姿が切れている。


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石川門と兼六園の出入り口は橋一つで繋がっている。
満開の桜に無料開放日とあっては地元の人だけでも混む。
観光客にとっては最悪だった。

もう少し離れて居ればと思うが、殿様の庭なんだから、城の直ぐ傍に有って当然か。
後楽園も岡山城と河を挟んですぐ前だった。
偕楽園は水戸城とは常磐線で隔てられているが、かっての城のエリアはもっと広くて隣接していたのだろう。



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夕顔亭

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瓢池と翠滝

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この噴水や滝は高低差を利用したもので動力を使っていない。
流石に百万石の大名庭園、回遊式だが広さだけでなく高低差も相当ある。


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霞ヶ池と内橋亭
この池が最も大きくて高い所にある。



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花見橋
花見より人見

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下を見ても、花見はできる


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雁行橋
これだけ廻っているのに肝心のものが出てこない・・・・・


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あった、あった。
兼六園と言えばこの灯籠。
意外と足が細いようだが

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足の断面が長方形なので、見る角度を変えると足の太さが違って見え、趣が変わる。
意図的になされたものだろう。


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北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その3 第1日その2 えちぜん鉄道勝山永平寺線

2015年04月24日 09:53



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田原町でえちぜん鉄道から福井鉄道に乗り換える。

立て看板の並んでいるところがえちぜん鉄道の田原町駅で、こちらが福井鉄道の田原町駅だ。
その間に線路が敷設されている。
福井鉄道がえちぜん鉄道に乗り入れるという話があるので、これがその接続線らしい。
あのスイッチパックで一旦福井駅前駅に入るを止めれば、線路が繋がる意味がある。
しかし、福井駅をスルーして三国港方面に行くニーズがどれくらいあるのか。


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そこへ、レトロな車両が多い福井鉄道にしては珍しい3両編成のLRTがすっと入ってきた。
ドアが開くと小さな子供が、歓声をあげながら乗り込んでいった。


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再び、福井駅からえちぜん鉄道に乗る。
新福井、福井口までは三国港線と同じ線路だが、福井口駅を出ると左右に分かれていく。
勝山永平寺線は三国港線と反対に山に向かって進んでいく。


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永平寺口駅。
かってはここから永平寺まで線路が延びていたが、京福電鉄の時代にバスに置き換わって廃線となった。
「家族旅行」では永平寺まで電車で行ったはずだから、ここまでは既乗区間か。
あるいは当時は金津(現芦原温泉)から別途、永平寺まで京福電車永平寺線が存在していたので、そちらに乗ったかもしれない。


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沿線には桜の木が多い。
こんな畑の畦道にも


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庭にも立派な枝振りのが。


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「線路は川に沿って敷かれる」という原則通り、やがて九頭竜川が現れる。
バックの白山山系はまだ冠雪している。


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終点の2つ手前、発坂駅には車止めのある短い側線がある。
どんな使われ方をしていたのだろうか。


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終点勝山駅。
折り返しの列車は1分後に出る。
てっきり同じ車両が使われると思っていたが、向かいホームに停車している列車だという。
慌てて、踏切を渡って乗り換えた。

京福電鉄時代には勝山から先、大野まで延びていて大野口で国鉄越美北線と交差し、終点は京福大野だった。
京福時代、勝山永平寺線は越前本線と呼ばれていた。

勝山駅、古い味のある駅舎のようだが、撮る時間もなく慌ただしく去った。



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なんか変な人が・・・・・
恐竜のマスコットだった。
県立恐竜博物館は勝山駅から近い。


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片道50分の路線2本を往復して800円は安い。普通に切符を買えばこの3~4倍する。

たいした事もしないアテンダントに、別注デザインの制服を着せて乗車させている。
乗客数をキープすれば採算は度外視できる第3セクターならではだろう。「純」私鉄ならワンマンだ。
鉄道は生活に必要なものだから、採算だけでは計れない。
しかし、不必要な経費を垂れ流して良いという事にはならない。


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駅弁を買って金沢行きのサンダーバードに乗ろうとしたら、既に発車しているはずの「しらさぎ」がホームに停まっていた。
人身事故があって、現場検証のために金沢-福井間で全列車の運転を見合わせていると放送している。

幸い今日はいつものような、一ヵ所が崩れたら全体に影響が及ぶような緻密に組み上げたスケジュールではない。
しらざきの自由席はガラガラだ。再開すれば真っ先に発車するこの列車に乗って待つとしよう。


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北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その2 第1日その1 えちぜん鉄道三国芦原線

2015年04月17日 09:46



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日曜日の早朝とあって人影はまばら。


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さあ、出発。

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福井駅東口には、5年後に延伸予定の北陸新幹線の高架がすでに出来上がっている。


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えちぜん鉄道は、その更に外側にこぢんまりとした乗り場がある。

宮脇俊三さんの「終着駅へ行ってきます」にこの線が入っている。昭和56年12月に乗車とある。
『京福電鉄の乗り場は国鉄駅の裏口に接しており、跨線橋を渡るとクリーム色にエンジの帯を巻いた電車が・・・』
とあって、元は跨線橋で繋がれる程福井駅に接していた。
その場を新幹線に追われて、仮設の駅のような乗り場である。
えちぜん鉄道は、京福電鉄が事業継続困難となった福井県下の鉄道を継承し、2003年に誕生した第3セクター線である。


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しばらくすると九頭竜川を渡る。


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三国芦原温線の電車は一両で、畑の真ん中を淡々と走る。
中学生の時昭和37年に家族旅行で、この線に乗って三国港まで行った。
2泊3日で、金沢から東尋坊や永平寺を回った。
あれから50年以上経ったが、沿線の風景は時間が止まったまま変わっていないのでは無いだろうか。

当時の京福電車は、国鉄の金津駅(現JR芦原温泉駅)からこの線に接続していた。
つまり、今のJR芦原温泉駅とえちぜん鉄道の芦原湯町駅が最短距離の鉄路で結ばれていた訳で、
福井まで「戻る」よりずっと短い距離で繋がれていた。
その線は廃線となり、とえちぜん鉄道の芦原湯町駅は温泉街の中にあるのに、福井経由で遠回りする客はいない。
芦原温泉には今でも特急は停まるし、新幹線が福井まで進延した際にも駅が作られ事になっている。
芦原温泉ー芦原湯町間を残しておればドル箱路線になっていたかも。


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終点の三国港駅に到着。約50分の乗車時間はあっという間だった。


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駅舎はレトロ風だがまだ新しい。昔の駅舎のデザインを踏襲して改築されたようだ。

家族旅行では一泊は片山津温泉の旅館に泊まったが、翌日は三国海水浴場付近の民宿だった。
「もずく」を初めて食べたのでよく覚えている。
窓口の中でおしゃべりしていた年配の女性に聞いてみら、外へ出来て教えてくれた。


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三国海水浴場は、駅前の道路に沿って歩けば今もあるが、昔のような賑わいは無いとの事だった。
店と店の間に防波堤が見えるが、それが境で、こちら側が海水浴場になっている。
三国海水浴場では波が荒くてあまり泳げなかったが、長い防波堤は記憶に残っている。
いまでも民宿をしている家はあるらしい。この辺りを散策して探してみようかと思ったが、さすがに建て変わっているだろう。

『どうか踏み台から落ちませんように』と祈った品のいいお婆さんの問屋や、北前船で栄えた格子戸の遊郭は尚更残っているまい。


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北陸新幹線と北陸ローカル私鉄の旅 その1 計画編

2015年04月16日 10:04



3/15に北陸新幹線が営業開始した。
「JR全線完乗」のタイトル防衛に出向かねばならぬ。

ただ乗るだけでは、金沢-長野間、1時間半の旅に過ぎない。
2012年9月の大人の休日倶楽部パス 三厩から福井へ大返しの旅、しかし では、体調不良で第3日の弘南鉄道黒石線以降を断念している。
今回はそのリベンジを兼ねて、当時第5日と第6日に予定していた富山地方鉄道、北陸鉄道、えちぜん鉄道とセットにした。

1日目に福井で途中下車して、えちぜん鉄道の2路線と先日の福井鉄道の未乗区間、田原町から市役所前間に乗り、
金沢で北陸鉄道の2路線に乗る。

2日目は金沢から富山まで新幹線に乗り、富山地方鉄道の路面電車と郊外電車に乗る。
但し、岩峅寺~立山間と本線の寺田~宇奈月温泉間は、今回は見送る。

乗車を見送った立山~宇奈月温泉間を走る人気特急列車があるが、それで宇奈月温泉まで行ってしまうと北陸新幹線の富山~黒部・宇奈月温泉間が未乗になってしまう。
これでは本末転倒なので、黒部渓谷鉄道のトロッコ列車が復活する季節まで残しておく。


長野からの「帰り」は中央本線の特急「しなの」で名古屋に出て、新幹線で帰阪する。
東京経由で新幹線を使うのに比べて、時間的には同じで料金は約半額になる。

松本でまだ16:00なので、途中下車する事にして松本電鉄(アルビコ交通)を追加した。
長野~松本間の特急料金は富山~長野の新幹線との乗り継ぎで半額だし、松本~名古屋間も名古屋からの新幹線乗り継ぎで半額になる。


一泊二日の乗り鉄ならこれだけで充分であるが、折角金沢まで行くのだ。兼六園や東山の遊郭街も観光してみたい。

いろいろ検討した結果、金沢の北陸鉄道の内、1日目は石川線だけにして、浅野線は翌日の朝に回した。
これで3時間弱の観光時間を捻出した。




予約切符は以下の通り、全部で9枚
1)大阪~福井  3610円  特急券+乗車券(おとなびWEB早特)

2)福井~金沢~富山  3210円 乗り継ぎ特急券 
                    在来線→新幹線の乗り継ぎ割引は翌日乗車可だが、ネットでは選べない。窓口のみ。

3)富山~長野~松本  4930円 乗り継ぎ特急券  

4)松本~名古屋~大阪市内 4550円 乗り継ぎ特急券

5)福井~富山~長野~松本~名古屋~大阪 10480円 乗車券

1) 3) 4)はネット予約して当日券売機で、2)と5)は、当日みどりの窓口で買う事にした。
2)は乗車時間が短いので席はどこでも良いし、今回の乗車券の経路はシンプルで通過連絡区間もないから発券に時間はかからないだろうと読んだ。


行程を欲張っているので、サンダーバードは遂に一番列車の1号となり、7時10分発である。
それまでに天王寺で切符を揃えて、大阪駅では駅弁も買っておかねばならない。
プレッシャーがかかる。
目覚まし時計は5時30分にセットした。
「あいつ」の午前診に付き添う時も、こんな時間に早起きして行ったっけ。
真っ暗な中、カミさんと最寄り駅まで自転車を漕いだ。






山陰めぐりパス  その3 一畑電車

2015年04月03日 09:29



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電鉄出雲市から一畑電車に乗る。2009年3月の「陰陽連絡線で中国山地縦断の旅」以来、6年ぶりだ。
あの頃は京阪や南海のお古を見かけたが、今はこれが主力車両になっているようだ。


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川跡で乗り換えて出雲大社へ行く途中、高浜駅付近に真っ赤な鳥居の列が線路に向かって一直線に並んでいる処がある。
高浜駅で途中下車して見に行った。


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粟津稲荷神社への参道を一畑電鉄の軌道が横切った為に生まれた光景だった。
鳥居の左下の石には「一畑電鉄会社」と彫ってある。
神社といっても規模は小さく、今は無人である。線路を迂回させるより多少の寄付をして通させて貰ったのだろう。
社の大きさの割には、注連縄が太い。この辺りは出雲大社に倣って太い注連縄を張るのだろうか。


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高浜駅のすぐ傍に、古い電車が留置してある。


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駅の待合室に張ってあったポスターと同じ車両だ。
しかしこのイベントはここではなく、平田駅で行われている。予備車両を置いているのか?

後で訊いてみたところ、高浜駅のは幼稚園が使っているそうだ。
型式も、イベントのは「デニハ」で一部荷物車になっているのに対して、こちらは「デハ」で客室だけという。


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前回、出雲大社で1時間取ったが、国鉄の旧大社駅が主たる目的だった。
出雲大社の大注連縄は、時間が遅くなってまともに撮れなかった。
今度は国鉄大社駅を省いて30分とったが、やっぱりタイトだった。
写真を撮り直すだけに来たようなものだが、入り口の鳥居からこの拝殿までの距離が前回より長く感じた。


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特異なデザインの出雲大社前駅を正面から。

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川跡から松江しんじ湖駅向かう電車は、内装が木製の特別列車だった。
座席、テーブル、吊り輪から、網棚まで総て木でできている。
「しまねの木号」とネーミングされている。

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一畑口駅へ着くと、運転手が後部の反対側の運転室へ移動する。
右側の線路から入線した「しまねの木号」が左側の線路から出ていく。
平地なのに、ここではスイッチバックが行われている。



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出雲方面から来た列車も、松江方面から来た列車も、この一畑口駅から第3の目的地に向かって線路が延びている。

一畑電車は、この先にある一畑薬師と出雲市を結ぶ路線として大正4年に開通した。
それまでは一畑薬師に参拝するには出雲から歩くか、宍道湖を船で渡るしかなかった。
建設に当たって一畑薬師が25%を出資したという。
今も年間70万人の参拝客が来るというから、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったのだろう。
その後で松江方面に進延したので、ここから途中分岐という線形になった。
しかし戦時中に、一畑口から一畑薬師の参道が始まる一畑駅まで不要不急線と認定され、線路を剥がされて行き止まりになってしまった。
戦後も再敷設される事はなく、今日に至っている。


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車止めまで行ってみる。
線路跡を拡張した道路が一直線に伸びている。



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一畑薬師までは車で10分、その後徒歩で10分山道を登らねばならない。往復だけで40分かかる。
一畑口駅にタクシーが停まっていれば、一畑薬師に行てっも予定している帰りの列車に間に合う。
しかし駅前には影も形も無かった。
中腹の駐車場まで、平田生活バスというコミュニティバスに乗ることにした。

「ローカル路線バス乗り継ぎ旅」という人気番組によく出てくるようなマイクロバスがやってきた。


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途中、両側に石灯籠を配した分岐道がある。
鉄道ではここまで、ここの先から1300段の石段を登ってお参りしていた。


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宍道湖を眼下に眺めながら、くねくねした山道を登って行くと数百台も停められるような広い駐車場に着いた。
相当高度を稼いだが、1300段の石段の終わりでは無い。

宮脇俊三さんの私鉄ローカル線を集めた「時刻表おくのほそ道」という本に、一畑電鉄が入っている。
明円君という文藝春秋社のお供と、ここまでやって来た。
当時は、バスの発車まで15分あった。
若い明円君が「私だけ走って二人分お参りしてきましょうか」という。
しかし、雨が降ってきて参拝を断念して戻っていった。

バスは直ぐに発車してしまう。次のバスまでは1時間以上ある。
広大な駐車場に停まっているのは、このバスだけである。
もう参拝客は皆引き上げている。
広い境内で、多くの坊主に見られながら時間を潰すのも気後れがする。
先生一行と同様、参拝せずにここから引き返すことにした。

来る時には乗客は私だけで、途中の停留所もノンストップだった。
このまま往復貸し切りかと思ったが、一人だけ女性が乗ってきた。
参拝客には見えない。売店かなにかの従業員なのだろう。



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一畑口駅は、開業当時の面影を残すひなびた木造駅舎である。
次の列車まで暫し黄昏れる。


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「Railways 49歳で電車の運転手になった男の物語」という映画ある。
中井貴一主演で5年前に公開された。
一畑電車は、その舞台になった鉄道である。


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一畑電車北松江線は、ずっと宍道湖の湖岸に沿って走る。
「海」ではないが、どの駅も水辺に「最も近い」駅だ。


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松江しんじ湖温泉駅は、ガラス張りの近代的な駅だった。
松江には一畑電鉄のホテルや一畑百貨店がある。ここからJR松江駅まで乗ったバスも一畑電鉄で、松江は一畑電鉄の 金城湯地である。


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特急やくもは、30~40年前の国鉄時代の古参列車だった。
日に15往復もある「繁盛」列車なのに、車内販売も自動販売機もない。
お土産を買うのに手間取ってビールも買えず、岡山までの3時間が長かった。


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大山の山頂が夕日にうっすら赤く染まっていた。


α7S+SEL24240のデビューの旅でもあったが、解像度感やダイナミックレンジの広さに優位を感じる。
旅カメラとして重いだけの事はあった。


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[私鉄乗りつぶし記録]
智頭急行 59.5 km
一畑電車 川跡~ 松江しんじ湖温泉 29.0 km

乗車距離  3175.7km /7722.6km
乗車率 41.1%
順位 3010位 / 15709人中