大腿骨頚部骨折~因果は巡る?

2011年09月19日 15:00

先月初めにカミさんが、自転車で転倒して大腿骨頚部骨折の重症を負った。

当初は打撲程度に思っていたらしいが、一晩寝ても痛みが引かないので、「折れていない事を確認」するため近所の開業医でレントゲンを撮ってもらった。ところが見事に骨折で、緊急入院。

で、指示されて入院した先が父と同じ緑風会病院だった。整形がメインの病院だから今度は「正解」なのだが。
しかも、手術の担当医まで同じ杉本瑞生先生だった。


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見上げると


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まだ、この306号室で父が呻吟しているような気がしていて、この病院には近づき難かった。


なので、父が死んで以来先生にも会っていない。
まずは診療室で、父を看取っていただいたお礼を。

手術は正味30分ほどであっけなく終わった。
半身麻酔なので直後でも話が出来る。
ノミのようなものでカンカン叩いてる感触があったという。

レントゲンを見せて貰うと、大腿骨の頭部へ斜め下から、M8-80mmくらいのボルトが2本、綺麗に平行に入っている。しかし切開部は5センチ位しかない。どうやって位置決めして、打ち込んだのだろう? 


経過は順調で、3週間ちょっとで車椅子を卒業し、歩行器・松葉杖を飛ばしてステッキで病院内を移動できるようになった。手術後できるだけ早くリハビリするのが、骨頭壊死のリスクを下げる事になるという。まあ、まだ転けてこういうところを骨折する歳ではないのだから、当然なのかも知れないが。

骨頭壊死になると、再度出術して人工股関節を入れないといけない。人工股関節の耐用年数は10年程度で、何度も取り替える訳には行かないので、その内車椅子生活を余儀なくさせられる。そういえば、生活の乱れ?で股関節を病んでいる友人も、出来るだけ我慢して人工股関節を入れるのを遅らせていると言っていた。


昨日退院したが、父に免じて? 骨頭壊死だけは通り過ぎて行って欲しいモノだ。




2つの平均葬儀費用

2011年04月01日 15:30

葬儀費用の平均額として約200万という数字(少し前は236万)が上がっている。
母の時には、祭壇の費用(たった2日のレンタルなのだが)70万もしていた。これが最も大きな項目でだったと思う。決して「高級品」ではなくごく普通のグレードだった。葬儀費用は役所から「標準葬儀」として決められた価格がある。葬祭費を申請する時に、葬儀屋からの請求書を添付するから、役所が費用の詳細を調べようと思えばできる。祭壇だと「相場」がないから、そこで稼いでいたのではないかと思う。トータルで数百万かかったのは言うまでもない。


今度の葬儀費用をまとめてみた。母の時は地区の集会所での一般の葬儀だったが、今回は家族葬だった。
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納骨までの費用をひっくるめて100万で済んでいる。
(香典は辞退したが、後日たくさんのお供えを頂いた。そのお返しは入っていない。)
生花は最高のグレードをチョイスしたが、祭壇を含む式場の使用料は1/10になった。
参列者は十数人だったが、人数が増えても変わらない。
精進落とし等の食事代が追加されても数十万の範囲内だろう。

ウチが特別安かったのかと思うと、そうではない。葬儀費用平均112万円というデータもある。112万は葬儀式関連費、料理・飲食費、返礼品の合計で、葬儀式関連費だけみると72万になっている。

200万というのは日本消費者協会のデータで、112万は全国儀式サービスという会社のデータである。葬儀サポートセンターという全国展開している葬儀社のデータも似たような平均費用になっている。一般の葬儀社と家族葬をベースとしている葬儀社では、費用が倍半分も違うのだろうか。

葬儀の印象からいうと、全く遜色なかった。むしろ会場がコンパクト(それでも5、60人は楽に座れる)だった分、祭壇の飾りが引き立っていた。手順も、焼香順の司会を省いた以外は全く変わらない。

日本消費者協会では継続して葬儀費用のデータをとっているようだが、約1000人の「会員」の中の、僅か300人足らずのデータである事は記事の中でも言及している。
葬儀社のは数千の母数の平均だから、こちらの方が実情に近いのではないだろうか。

更に「お寺さん」の項目を見直せば欧米並みの水準になる。
冠婚葬祭と言うが、経済情勢を反映して、葬儀は見栄を張らず実質的な儀式になりつつあるようだ

納骨

2011年03月14日 15:14

昨日、納骨を済ませた。
それまでの寒々しい空から一転して、ボカボカとコートを脱ぎたくなるような天気だった。
しかしこの同じ空の下に、東北地方には、津波に被災した人々がいる。
行方不明者の中には、引き波にさらわれて、弔ってさえ貰えない人も大勢入っているだろう。
平穏無事に納骨を済ませられる事を心から有り難いと思う。


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墓に着くと既に石屋さんの手で線香台の部分が前に倒されて、納骨できる状態になっていた。

意外にも11年前に納骨した母の骨がまだ残っていた。
石屋さんは、焼くとバクテリアが骨を分解しにくくなるという。
坊さんは、バクテリアは土中に居るので、土を被せないと分解しないという。
どちらが正しいのか判らない。


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用意してきた黄色い木綿の袋に、骨壺の骨を移す。
納骨せずに分けて持っていた母の骨も一緒に入れた。


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入れ終わったら、石屋さんが線香台を元に戻して、簡単な焼香台を設えてくれた。
不要になった骨壺や、その箱も始末してくれるという。
坊さんは最後に来て、お経をあげただけだった。

これまでは「石の色が変わる」と言われて控えてきたが、今日だけは墓石にたっぷり酒をかけた。


石屋さんに代金を払って領収書をもらう。
ふとその住所を見ると、本籍の住所と番地が数番違うだけだった。
地縁がいまだに続いている。



カサブランカ

2011年03月08日 15:33

昨年の正月は一緒に祝った父なのに、今はお骨となって仏壇の前に置かれている。
お骨は黄色い木綿の袋に入れて、直接埋めてしまう。何年か経てば土に帰ってしまう。
いつかは納骨しなければならないが、先週末、毎年父を同窓会に呼んでいてくれた卒業生の方々に集まって頂き、最後の同窓会を催してもらった。
5~6年下であったが、私も同じ小学校に通っていた。低学年の頃、同窓会でキャンプやハイキングがあると、よく父に付いて行った。そんな記憶が蘇る。50年振りに懐かしい人にお会いする事が出来た。


お供えに花束を頂いた。大きな百合がメインでカサブランカという品種らしい。掌をいっぱいに拡げても花の方が大きい。


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[SONY CarlZeiss Vario-Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZA 24mm 1/25 F2.8 1/20 ISO400]

景色用にと買ったレンズだが、最短撮影距離が0.28mなので、静物にも使える



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[AF100mm F2.8 Macro(D) 1/20 F2.8 ISO400]

かっては、こういう対象にはこのレンズが定番だったのだが、すっかり出番が減ってしまった。
同じような構図でと思ったが、大部後ろへ下がらねばならなかったので、ほぼ水平になってしまう。出番が減るのもやむを得ないか。



おまけ
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使わないと機能がある事を忘れてしまうので、NEX-5のスイングパノラマの試し撮りをしてみた。
下のバーを動かして見てください。

操作は簡単だが、絞りもシャッタースピードもお任せになってしまうようだ。
ピントはコンデジ並みかそれ以下。流し撮り状態で撮ってるんだから、仕方がないが。
シャッタースピードが上げられる屋外で使うべきなのだろう。


満中陰

2011年02月02日 15:47

本来はもう2週間先なのだが、3カ月目に入るので先週の日曜日に切り上げで法要を行った。

白木の仮位牌から、自作戒名の本位牌に変わる。
ついでに母の位牌も信女から大姉に替えておいた。
勿論、同額の戒名料をお渡しした。


お世話になった杉本医師にはまだお礼を言っていない。
入院費の精算に病院へ行った時には会えなかった。
暮れの葬儀から正月までは慌ただしかったが、落ち着くと病院へ足が向かなくなった。
あの306号室に行くと、まだ父が寝ていそうな気がするのだ。
僅か一ヶ月の入院だったが、毎日通っていたので部屋の様子が記憶に染みついてしまった。


そういえば父も、母が亡くなった後
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いつも座っていたこの椅子を見て、「振り向くと座っていそうな気がする」とよく言っていた。







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満中陰の法要の時に重ね餅というものを用意する。
7個の小餅を7段に重ね、その上に平たく丸い傘を重ねる。

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法要後にお坊さんが、傘の部分を切り分けてお遍路さんのような人型にする。
49個の小餅は49日間のお祀りを表している。
49日の間は魂はこの世とあの世の間で宙ぶらりんになっている。
49日の法要を終わって、本当にあの世へ旅立つという事らしい。
このお餅は、身体の悪い箇所に相当する部分を食べると、良くなるという。

お遍路は弘法大師、真言宗の専売特許だが、当地ではこのような人形を作るのは浄土真宗以外の宗派で広く行われている。大阪や奈良で行われる地域固有の慣習のようで、カミさんの里は四国で真言のメッカだが、こんな事はしないと言っている。


我が家の宗旨は?

2011年01月28日 15:44

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葬儀屋が仏壇を見て、門徒即ち浄土真宗ですねと言った。
扉に飾りが付いているからそう考えたらしい。


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しかし仏像は大日如来で、弘法大師の画像もある。これを見れば真言宗といっただろう。


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確かに明治37年に亡くなった、曾爺さんの戒名の上にある梵字は真言のものだ。


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しかし、祖母の位牌の梵字は浄土宗系を表している。


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更に線香立ては、真宗本願寺派用のものである。


いったい我が家の宗派は何?


本家の墓は近畿三十六不動4番札所「京善寺」の寺内にあるから、元々は真言宗だった。
爺さんの代に引っ越して寺が遠くなった(といっても同じ区内の隣町なのだが)ので、近くの寺にお参り来て貰うように頼んだ。ところが同じ真言と思いこんでいたが、その寺は融通念仏宗だった。すぐ近くに真言の寺もあったのだから替えればいいものを、そのままずっと来ている。だから曾爺さん代の戒名は真言宗の坊さんが付けたが、爺さんの代以降は浄土宗系の融通念仏の坊さんがつけた。

仏壇は私が知っているだけで、3度目である。何故かずっと大日如来を祀っている。

そして線香立ては、私が買った来た。それまでのは底が浅くて線香が倒れやすかった。深いのを探して「これをください」というと、仏壇屋は本願寺派ですかと聞いてきた。違うけど構わないからと包んでもらった。

さすがに融通念仏というだけあって、小さな事?には拘らず融通がきく。

三代分の位牌が並ぶと仏壇の中も狭くなってきた。戒名も切り替えたことだし、古い位牌は仏壇の中へ仕舞ってしまおうと思ったが、流石に「それはもうお祀りしないのと同じ事」だと坊さんに止められた。五十回忌が済んだ位牌は寺で供養しますというので、曾祖父母の分は引き取ってもらう事にした。


1日一度しか使われない瓜破斎場の焼却炉

2011年01月07日 15:34

広大な敷地の中、やや孤を描いた巨大な建物の中に、30基の焼却炉がズラリと並んでいる。
大阪市の施設だが、大阪市民と松原市民は同一の市民料金で火葬できる。更にその他の自治体でも、料金は高くなるが利用可能になっている。

当然使用希望者は多い。父の死後真っ先に電話したのは葬儀社だった。スタッフが24時間待機してネットから直ぐさま「釜」を確保する。

都市ガスで焚くこういう炉は、メンテを除けば通常日に3度は使える。さぞかし高い稼働率で動いていると思うだろうが、実は1日に1度しか使われない。つまり炉の数イコール1日の処理能力になっている。
火葬されない遺体が溢れているわけではないから、この稼働率で良いというのが彼等の言い分だろうが、どっこい死者の数は日によって異なる。特に今のような寒い時期や真夏は亡くなる人が多い。溢れた分は後日に回されるから、その間遺体はドライアイスで冷却されて焼かれるの待っている。

設備の能力を遊ばせて、火葬場の職員の仕事量を平準化する。調節は遺体のストック数でなされている。
葬儀社の社員は24時間待機を強いられ、ドライアイス屋は日々の製造量を調整する。
話が逆ではないのか。
更に、私のように家に帰らせてやりたいと考える人は少数派で、大概は病院からの直送を希望する。
安置室のある大病院もあるが、満杯になれば自宅で「保管」させられる。嫌がる家族もいるだろうし、死体を怖がる子供もいるだろう。冬なら窓を開けておけば済むが、夏ならクーラーをガンガン回さねばならない。


話は飛ぶが、ゴミから現金をネコババしていた職員を内部告発した同僚が、別件での不祥事を理由に解雇された。市長は「バランス」と言うが、内部告発に圧力をかけるのが目的である事は明らかである。


どちらも労働組合の言いなりになっているのだが、はたして無能市長を替えるだけで解決するのか?
ゴミ、火葬場共に同和が絡んでいる。ここは彼等の金城湯池である。
市長はゴミ回収を民営化すると言っているが、効率化が進むどころか最低限のコントロールさえ及ばなくなってしまう。

一方で芸人知事は大阪市を分割するという。中曽根元首相が、民営化だけで経営改善ができる国鉄を、敢えて分割したのは組合の分割が目的であった。しかし組合を分割して、同和の逆差別・治外法権にメスが入れられるのか。
この問題に限らず、私には、彼も鳩山前首相同様の偏差値の高い馬鹿にしか見えない。

暴力団と同和に正面から立ち向かうの共産党しかいない。毒をもって毒を制すという。しかし大阪には、その共産党が立てた黒田府政でグチャグチャにされた苦すぎる経験がある。


書けば書くほど大阪が嫌になってくる。
「唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう」と漱石は言う。彼の言うように「詩、画、音楽、彫刻」に「住みにくき煩いを引き抜いて貰う」しかないのか。


父に戒名を諡る

2011年01月06日 16:23

「戒名は坊さんに頼まず、自分でつけて構わない」と書いている「戒名ハウツウ本」が山ほど有る。
反面、ネットには高額の戒名料に悩む書き込みが後を絶たない。
いったいどっちなのだ。
よく読めば、「戒名本」もケースによって違うという事を言っているが、ハッキリとは書いていない。
ハッキリとケースによって全く違うと書けば、勝手に戒名をつけても構わないという「本のウリ」と矛盾してしまうからだろう。
しかもケース間の違いをごっちゃまぜにして論を進めるものだから、読んでいてよけい混乱する。


次のような3つのケースに分類できると思う。
(その前に葬式に戒名は必要ないという話があるが、それはここでは触れない。)


ケース1 寺の中に墓がある家。寺が管理している墓地に墓がある場合も同様。

檀家と呼ばれるこの人達は寺の坊主が戒名を決める。墓を人質に取られているようなものだから言うなりにならざるを得ない。
値段は決まっていないし、非常に安いケースもある。
その代わり普段から、寺を維持する費用を寄付させられている。奉加帳として回ってくるから、どこがどれたけ寄付したかは一目瞭然になる。
カミさんの実家はこれだった。義父の戒名には院号が付いている。


ケース2 墓も仏壇も無く、普段お寺さんと縁のない家。

「戒名本」の書いている通り、自由自在だ。
しかし、ある日ふと生前戒名を作ろうと思い立つ人はいない。家族の葬式で戒名が必要になる。
それでも、その場コッキりだったら「相場」を気にする必要はない。
例えば坊さんジェーピーというサイトを見れば、信士・信女で12万、院号居士でも25万と大ダンピングだ。それも戒名だけでなく通夜から初七日まで葬儀に必要な読経込みの価格である。
向こうも戒名を自作して貰ったら、パソコンソフトを立ち上げる手間が省けるというものだ。

但し、いくら院号付きでも、後々お参りもしない、その場限りの、いわば使い捨ての戒名である。
もし、葬儀の時の僧侶に、家に仏壇を置いて後々までもお参りに来て貰うなら、こんな値段では済まない。その場合は最初からその意図を告げておいた方が良いだろう。
父の次弟の家がこのケースだった。郊外ではあるが一応京都市内で、格式の高い寺だったからそれなりの戒名料だったと聞いている。



ケース3 自治体や民間の墓地に墓がある家。

我が家がこのケースに当たっている。
「戒名本」に触発されて父の戒名を作ってみたが、さて坊さんがスムースに認めてくれるかどうか。
成算はあった。寺内に墓がないから、戒名で意見が合わないなら、寺を替えてしまうばかりだ。
坊さんとしては固定収入源を一つ無くす事になる。

ただ祖父の代から70年近くずっと同じ寺に月参りして貰っている。向こうも2代目の住職だ。これまで永年築いてきた良好な関係を、戒名一つで壊してしまうのは気乗りがしない。
それに坊さんも寺を維持し家族を養い、年金や国民健康保険料を払うには金を稼がなくてはならない。
日本人は、慣習というと反発するが、伝統と言われると有り難く感じてしまうおかしな所がある。葬儀や月参りの読経を日本固有の伝統と捉えれば、坊さんはその大事な担い手である。
とは言うものの相場通りの戒名料を払うのは面白くない。

戒名は信士でなく居士に格上げしてある。お布施に「位の使用料」を少し上積みする事にした。
さて幾ら上積みするか。
「ファミリー葬」のスタッフに聞いてみると、この辺りに多い融通念仏宗で、信士の戒名込みでの相場は25~30万という。更に「檀家でもないのに、それ程永い間来て貰っているなら寺の維持に相当貢献しているはず、向こうから無料で戒名を差し上げますと言って来ても良いぐらいではないでしょうか」と言う。それでもプラスαしてあげる気があるなら、「お布施」と「戒名料」を別々に包んで意図をハッキリさせたらどうかとアドバイスしてくれた。

ここは経験豊富なスタッフのアドバイスに従い、お布施25万、戒名料10万とした。
車代やお膳代は無く、これがお寺に払った総てである。
最初坊さんは付けていない戒名料が包んであるので、怪訝な顔をしていたが、「使用料です」と言うと嬉しそうな顔をして受け取ってくれた。

家族葬 その4

2011年01月05日 15:57

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12/30 昨夜は式場の2階に泊まる事も考えたが、結局「本番」に備えて家へ帰った。
「あの2人」への想定問答が頭から離れない。「決め手」となる言葉は有るのだが、なかなか眠れない。
父の入院以来、また眠剤を飲まないと眠れなくなっている。
ソラナックス2錠+ベンザリン2錠。鬱の時にもこんな大量に飲むのは希だった。
それでも7時頃には眼が覚めた。さすがに30分程はボンヤリしていたが眠気はなく、その後は頭も身体も完全に覚醒した。前々日からの緊張が続いている感じだ。



正午開始だが、9時頃に家を出て待機した。
式後の予定をボードに張り出して貰う。
殆どの人が開始15分程前にきたので、却ってスムースに式が始まった。
スタッフから改めて、式後の火葬場への送りと骨揚げは家族だけで行う事が告げられる。
ここが文句が出るかと思ったが無言。

読経が終わり、焼香、そして喪主挨拶。
ここは、どのような経過で亡くなったかをレジュメ風に纏めた資料を配った。
多少なりとも、予期せぬステップを作って見たのだが、無視されているようだ。

そして棺の蓋をひらいて花を詰める。
11年前に亡くなった母が、西国33箇所の判衣を自分用と父用の2着用意してくれていた。
胸にかけられた、その判衣の由来をカミさんが話している。
実は私もそんな物がある事を昨日まで知らなかった。母からカミさんに直接伝えらていた。

式場のドアを開けると既に霊柩車が口を開けて待っている。
棺を滑り込ませて車がスタート、坊さんの車に続いて、カミさんと2人の息子を乗せた私の車も式場を後にする。

結局、懸念したような混乱はなく、沈黙と無視で済んだ。鬼婆も年を取ったか。
何も知らない参列者の「良いお葬式だった」という話声がチラリと聞こえた。



家族葬 その3

2011年01月04日 16:06

特定の「困った親戚」を排除したいなら、呼ばなければ良いと思われるかも知れない。
しかし、一旦葬儀という「情報」が外へ出てしまうと、それをコントロールする事は難しい。直接連絡しなくても、勝手に横へ連絡が行く。それに私自身逆の立場だったら、最低限火葬して骨になる前、肉体のある間に兄弟として最後の挨拶をしたいと思う。それは父も望む事だろう。

火葬場で、顔の部分の扉を開けて最後のお別れをする。最低限だがそれでも形にはなる。しかし今では、瓜破火葬場は、それを許してくれなくなったという。それなら葬儀場を借りて普通に葬式をやらざるを得なくなった。


12/28 死の当日、病院から一旦「帰宅」させた。病院の安置室から直接葬儀場へ行く事も多いと聞く。また「ファミリー葬」には通夜の前夜も預かってくれる安置室もある。しかし、死んでしまっても、とにかく一度は父を家に帰してやりたいと思っていた。
そして家族だけで通夜をする。私の中ではこれが本当の父の葬式であり、以後は儀式に過ぎない。

12/29 翌日の火葬場の予約が取れなかった。午後、前の組の葬式が終わって4時頃に「ファミリー葬」へ運ぶ。普通ならこの夜が本通夜になるが、誰も呼んでいない。昼前から明日の葬式の連絡を始めた。

例の人の順番が来る。初めの死に至る状況はまでは普通だったが、「いつ死んだ」、「昨日」と答えるとたんにトゲトゲしくなった。真っ先に連絡せず、本通夜の話をせず葬式だけの連絡だから当然の事かもしれない。
「困った親戚」は実はもう1人居る。父の末弟でこの叔母である姉の子分のような人だ。この人も言いたい放題の人だ。ふらりと気が向いたに時やって来るので、見舞いに来る時には予め電話して欲しい電話すると「理由は」という。常識だろうというと、「ボケ」と言って電話を切られた。
この2人の間は常にホットラインが通じている。知らせておいて欲しいというと、来て欲しいなら、自分で電話せよと宣う。
この2人に来て欲しいとは露ほども思っていない。
むしろ逆なのだが、そうは考えていないようだ。頼まれたから参列してやるというスタンスだ。


結局充分に時間をおいてから、「○○から聞いているやろうけれど」と電話した。