ヘルムート・ヴァルヒァの平均律 EMI録音

2017年04月17日 10:31



「あいつ」の病気が発覚して以来、クラシックは単なる音に過ぎず何の癒しにもならなくなった。
年間数百枚買っていた事もあったのに、ここ数年は1枚も買っていないし真空管アンプに灯が入る事も絶えて久しい。

その中で唯一バッハの平均律だけは何も考えずに聴いていられた。

先日、HMVへのショートカットはまだ生きているのかとクリックした時に、ふと「ヴァルヒャ 平均律」を検索してみたらこのCDが出てきた。

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[Celestial Harmonies19926 ]


初めての平均律はヴァルヒャの1961年EMI録音のLPだった。
彼はその後1974年アールヒーフに再録音しているが、当時はまだでていなかった。
新旧の違いはアンマーチェンバロかピリオドかという楽器の違いだった。

日本プレスでなく自分で輸入したEMI盤だったのだが、LPの処分を始めた時に売ってしまった。
後になって、あの硬質のチェンバロの音をもう一度CDで良いから聴きたいと思ったが、
旧録音どころかアールヒーフの新録音さえ廃盤の状態だった。
これに懲りてLPの処分はストップした。


モダンチェンバロでの演奏を騒々しくて下品だとか、バッハの時代にはなかったと言う人もいるが、私は倍音が豊富で豊かな音のモダンチェンバロも好きだ。
騒々しくて下品というのは演奏者の問題であるし、バッハは楽器も速度表記(例外はあるが)も指定していない。
モダンチェンバロやピアノを知っていたら、好奇心旺盛な彼は数多くの曲を現代楽器向けに残したに違いない。

LPで聴いていた時は、帯域を広くとらない録音でやや硬質ながら滑らかさのある音だった。
今、デジタル化された音を聴いてみると、あれはEMIのプレスに依るものだったようだ。

ピリオド楽器は余韻が短いのでテンポが速くなりがちだが、モダン楽器では余韻が長くとれる。
50年以上前の録音だが、悠楊迫らぬテンポで淡々と繰り出されるバッハは、現代の奇を衒った演奏とは一線を画すものだった。




どっこいクラシックは死なない!

2014年12月14日 09:51

これまでも「クラシックは死なない」シリーズでは散財してきた。

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まず第一弾「クラシックは死なない」はブログ開設以前で、HPに書いた。
特集 「クラシックは死なない!」 第1章 この演奏は聴け
特集 「クラシックは死なない!」 第2章 この人だけは語りたい
特集 「クラシックは死なない!」 第3章 衝撃的アルバム群

第二弾「それでもクラシックは死なない」
それでもクラシックは死なない
ユーリ・シモノフ~「クラシックは死なない」シリーズ

第三弾「やっぱりクラシックは死なない」
1~3が混在する
HMV夏のポイント10倍セール第1陣~「クラシックは死なない」シリーズ
「幻想」交響曲聴き比べ~「クラシックは死なない」シリーズ
HMV夏のポイント10倍セール第2陣~「クラシックは死なない」シリーズ
ヨウラ(ユーラ)・ギュラー その1 「クラシックは死なない」シリーズ
ヨウラ(ユーラ)・ギュラー その2 古畑銀之助「ある晴れた日に」
HMV夏のポイント10倍セール第3陣~「やっぱりクラシックは死なない」
脳天唐竹割~パーヴェル・セレブリャコフ
スルタノフ・伝説の日本ライブ

第四弾「まだまだクラシックは死なない」~松本大輔
は図書館ですんなり借りられた。
流石に食傷気味だったが、それでも「10枚くらいはHMVのお気に入りに登録した」
どれがそのCDか不明だ。

そして今年10月に第五弾「どっこいクラシックは死なない」が上梓された。

「どっこい」だと「生きている」になると思うが、それは置いといて、
「超名曲の知られざる名演」、「メジャーな人だっていいんです」はこのシリーズの肝だが、
「大作曲家のすてきなマイナー作品」ではちょっと引く。
「名前はきいたことのある作曲家の傑作」「マイナーな作曲家だってすごいんです」になると
CDのタイトルだけ見て読み飛ばしてしまう。


それでも、HMVの「1万円以上でクーポン20%」に惹かれてまとめ買いをした。
まだ一部しか入荷していないが、その中でベートーヴェンのピアノ協奏曲全集が面白かった。
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ベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集~試演時の編成による演奏 スホーンデルヴェルト、アンサンブル・クリストフォリ
[Outhere Music Alpha820]

ベートーヴェンの管弦楽作品を試演したロプコヴィッツ邸の会場に椅子を並べてみたら2管編成のほか
弦楽奏者は7人しかしか入れなかったという。その編成のオケとフォルテピアノによる演奏。
ピアノ協奏曲第6番(ヴァイオリン協奏曲のピアノ編曲)も入っている。

最小編成とは言え管が入っているからか、まだ「オケ」の音になっている。
スホーンデルヴィルトのフォルテピアノはクリアーで、オケの音量とバランスが取れている。



確か室内楽伴奏もあったような・・・・。

探したら、2枚出てきた。
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Pf)Heidrun Hoitmann [musicaphone M53849]
Vn 3にVla,Vcの弦楽五重奏でビアノ協奏曲の3番と4番が入っている。

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Pf)白神典子 [BIS BIS-CD-1177]
Vn 2,Vla,Vc,DBの弦楽五重奏でビアノ協奏曲の1番と2番が入っている。
こちらの方が弦楽の音域が広く、聴き応えがする。

ピアノ協奏曲第6番の室内オケ版もあった。
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Pf)Mustonen [DECCA4762728]
廉価版のELOQUENCEシリーズで出ている。
Deutsche Kammerphilharmonie とある室内楽団だが、こちらはティパニが加わっている。
古楽器オケではよくある事だが、これもティンパニが目立ち、「ティンパニ協奏曲」になっている部分がある。

因みに、ラローチャとメータ/ロスフィルの皇帝がカップリンク゜されている。
当然こちらが「A面」だったのだろうが、聴いた事が無い。





ル・カルネ・イナシュヴェ/ジョルジュ・パッチンスキー・トリオ

2014年07月22日 14:23

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[キングインターナショナル/Arts & Spectacles KKJ110]

これは寺島靖国氏が2013年のベストレコーディングに押しているアルバムだ。
これまでは寝室の小型コンポで聴いていた。
一応300Bシングル真空管アンプであったが、温和しくスローバラード調の曲が続くアルバムという印象だった。
安原顯とPCM放送でガンガンやっていた頃に比べたら、寺島靖国も歳取って丸くなったなあと思った。

ところが、タンノイヨークミンスター+RCA50シングル真空管アンプで聴いてみると、低域にぐっと帯域が拡がった。
更に、本ちゃんの4アンプマルチで聴いてみると、印象が以前とはガラリと変わった。
ベースがブンブン鳴っている。
スティックで叩くシンバルが真鍮の厚みと重さを感じさせる。
その間にピアノが丁度良い響きで割って入る。
基本線はギンギンバシバシなのだけれど、響きに奥行き感があって、音の空間の中で各楽器に実在感がある。
成程、これは寺島氏が押すハズだ。

このCDは聴く装置の大きさで評価が全く分かれる。
30センチウーファーのヨークミンスターでもまだ物足りないから、16センチサブウーファーの2.1ch位では良さは全く伝わってこない。
音楽評論家と称する人の中には、許某のようにカーステレオや小型ブックシェルフで聴いて評価を下す人も居る。
昨今のクラシックはコスト面で採算が厳しく、ゲネプロをライブ録音として出す事が多いからこんなCDは出ないけれど、
編成の少ないジャズでは、レコーディング・エンジニアがポリシーを全面的に主張してアルバムを作る事も可能なようだ。





キース・ジャレットのバッハ平均律クラヴィーア曲集第2巻

2012年12月24日 11:25

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今度の件では、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」に随分と救われた。
プレイヤーをリピートにして、朝から晩まで、来る日も来る日もこのCDを流し続けた。
スマホにも入れて、移動中、病院での待ち時間ずっと同じ音楽を聴き続けていた。
あの曲が聞こえてないと正常でいられない。中毒患者のような状態だった。
音楽による究極の癒しだった。


あんな大手術でも、翌日から病棟内を自立歩行し、9日後には退院した。昔なら最低1ヶ月は入院しただろうが、手術を必要とする患者が次々に押し寄せるから、最低限の期間で退院させるシステムになっている。

退院後はこちらも少し心に余裕が出来てきて、ジャレットの他のクラシック曲を探して、このアルバムに行き当たった。第1巻だけは以前から持っていた。どういう訳か第1巻はピアノだが、第2巻はチェンバロを弾いている。それで第1巻しか買わなかったのだと思う。

チェンバロも好きな楽器だから買ってみた。
まず音の違いに驚いた。クラッシックのチェンバロ録音とまるで違う。やたらオマイクにしてタッチノイズも一緒に拾うのではなく、綺麗なホールトーンが適度に入っている。クラシックのチェンバロ録音では音の輪郭をクッキリ・ハッキリさせ、その結果平板な音になってしまう事が多いが、この録音では音の響き・深さを最優先させている。写真でいえば輪郭のシャーブさでなく、色彩のダイナミックレンジで解像度を高めているツァイスのレンズで撮っているような感覚だ。
演奏はクラシックのプレイヤーがよくやるパッハの「新解釈」を振りかざし、やたらと装飾音を入れるような喧しいものでなく、音を一つ一つ選んで最小限の音で音楽を構成している。この辺りはグールドのゴールドベルグと通ずるモノがある。

これはECMの録音とジャレットのスタイルが絶妙にマッチングした、チェンバロではヴァルヒャ以来の名盤だ。ジャズピアノニストが弾くバッハ、という偏見や先入観を持たないで一度聴いてみられる事をお勧めする。それと、できれば真空管アンプで。

病気で一時活動を停止していたらしいが、演奏活動を再会している。願わくば第1巻のほうもチェンバロで再録音してくれたらと思う。

これ以外のキース・ジャレットのバッハでは、フランス組曲が平均律と甲乙付けがたい出来だ。一方、ゴールドベルグはテンポも音も重く、肩にやや力が入った演奏になっている。使っているチェンバロも他と違う新しい楽器のようだ。
またモーツァルトのピアノ協奏曲を、第9・17・20番と第21・23・27番の入った2つのアルバムで出している。オケは小編成の割にトゥッティでは重いところがある(名門シュトッツガルト室内管弦楽団の伝統か)が、いずれの曲でもキースの繊細で柔らかいタッチが楽しめる。ゆったりとしたテンポで温かいモーツァルトになっている。



26枚目のマーラー交響曲第6番~ハイティンク指揮ベルリン・フィル

2012年01月06日 14:40

放送録画・録音を除いてマーラーの交響曲第6番は全集で6種、単独で19種持っていた。
26枚目は、ハイティンクが1989年にベルリン・フィルを指揮したものになった。

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このコンビの録音は第8、9番を残して途中打ち切りになって久しい。
ハイティンクはコンセルトヘボウ時代にフィリップスで全集を録音していた。その後フィリップスはドイツグラモフォンを中心としたユニバールに吸収合併されてしまい、社内でのプライオリティが下がってしまったのだろうか。

このシリーズの国内盤があって5番と1番持っていたが、好きな6番をこのコンビで聴いてみたいと思っていたのに、6番だけずっと廃盤だった。
最初から人気があって、売り切れたけど追加プレスをしていないのかとあきらめていたけれど、なんだアマゾンりマーケットプレイスなら簡単に入手できるではないか。


それにしてもこの悠揚感は何だ。
元々楽天的な人なのか。ベルリンフィルというスーパーハイテクニックのオケだから安心しきって振っているのか。演奏時間は83分。ハイティンクがフランス国立管弦楽団2001年のライブは78分なので少し遅い。1~3楽章が長く、最終章は逆に少し早くなっている。

ハイティンクはコンセルトヘボウ時代からゆったり系の指揮者だった。
だがチェリビダケッケがそうだったように、思い通りにオケを従わせた悠揚迫らぬ大家の演奏になっているかといえばそうではない。

変な緊張感はなく、緊張感が非常に強いテンシュテットの1991年のライブと対極にあるような演奏で、これはこれでいいと評価している。

悲劇的という表題を意識していたらアテがはずれるが、元々悲劇的という副題はマーラー自身の意思ではない。


スルタノフ・伝説の日本ライブ

2011年12月28日 15:00

今年のHMVでの散財は、CD・LP・DVD併せて162枚、金額にして87866円、1枚辺り平均約550円だった。金額は前年の半分以下。年の前半は全く注文しなかったからこんなものだろう。

その今年の最後で凄いCDに出会った。


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【曲目】
ショパン:
 バラード 第4番
 スケルツォ 第2番、第3番
 ポロネーズ 第6番 「英雄」
 ピアノ・ソナタ 第3番
 ワルツ 第1番 「華麗なる大円舞曲」
 マズルカ 第35番、第34番
 練習曲 第12番 「革命」
 夜想曲 第13番
 幻想即興曲
 24の前奏曲より 第20番~第24番
スクリャービン: ピアノ・ソナタ 第5番
ラフマニノフ: ピアノ・ソナタ 第2番
【演奏】
アレクセイ・スルタノフ(ピアノ)
【録音】
1996年3月31日,4月2日 東京・紀尾井ホール(ライヴ)
[オクタヴィア OVSL00013]


スルタノフの凄さについては、以前 HMV夏のポイント10倍セール第3陣~「やっぱりクラシックは死なない」で書いた。
あの「はっきりいってケンカ」という演奏をもっと聴きたかった。

ショパンが主体のプログラムになっている。どれもこれも、若死にした繊細な作曲家というイメージからは程遠い演奏で、激し過ぎる打鍵は「リスト風ショパン」とでも言うべきか。
ショパンの曲は楽譜通りに弾いても「ショパン風」になかなかならない。MIDIを打ち込んで見れば判る。
ショパン弾きと言われる人は、それぞれ意図的に崩している。その崩し方が一方向に片寄って、「ショパン風」のイメージが出来上がっている。それが、スルタノフの場合一般的でない方向に向いたからと言って批判するのは不当だろう。中でも英雄ポロネーズやピアノソナタ第3番は、彼のスタイルによる演奏と良くマッチしている。


彼はホロヴィッツに傾倒していた。ラフマニノフの2番はオリジナルではなくて、ホロヴィッツの「改訂」版を使用しているという。そのラフマニノフよりスクリャビンのピアノソナタ第5番が素晴らしかった。スクリャビンってこんなに面白かったのか。スクリャビンはアムランの全曲集中のと聴き比べた。最初はスルタノフが弾いてるのと同じ曲なのか、CDを入れ間違ったのかと思った。スルタノフと比べれば、あのアムランでさえ曖昧で茫洋とした、これまでの「スクリャビン風」演奏スタイルを引きずっているように思われる。スルタノフは徹底的に豪快で切れの良い演奏で、別々に聴けば他の作曲家の作品と言われても頷首してしまいそうだった。


国内マイナーレーベルで、音質は「スルタノフ チャイコフスキー・コンクール・ライヴ」や「チャイコフスキーとラフマニノフの2番」よりはるかに良い。松本氏が「クラシックは死なない」シリーズで2度もスルタノフを取り上げていながら、なぜこのCDを入れいなていのか不思議である。

聴くと元気が出るCD~スパニッシュ・スペキュタクラー/スタンリー・ブラック

2011年12月26日 14:00

2011年は、3.11の震災と原発事故に始まり、史上最高の円高、欧州金融危機、世界各地では独裁政権が崩壊し、北朝鮮王朝のトップも死んだ。日本国債の発行残が短期を含めると遂に1000兆の大台に乗り、大阪では政令指定都市の解体というとんでもない実験が、無責任な政治トレンドに乗って執行されようとしている。
激動は越年し、止む気配はない。決して明るい未来とは言えない。

そんな中、聴くと元気が出るCDをご紹介しよう。

イギリスのVocalionというレーベルは、過去のLP2枚を1枚のCDにして出している。
マントパーニー、ポール・モーリア、フランク・プールセルといったイーシーニスリングものが多い。

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Spain & All Time Top Tangos
[Vocalion CDLK4231]

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Spain 2 / Top Tangos
[Vocalion CDLK4286]

スタンリー・ブラックとそのオーケストラによるこの2枚は、前半がタンゴ、後半がスペインものになっている。その後半がお勧めだ。ロンドン・フェスティバル・オーケストラと表記されているオケの実態はロンドン交響楽団である。


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LP時代に「スパニッシュ・スペキュタクラー/スタンリー・ブラック」というタイトルの2枚組がキングから発売されていた。(SL179/180)
長岡鉄夫が、特にスピーカーマトリックスによる4チャンネル効果が大きいとして絶賛していた。
録音は1960年代であるが、ロンドンのフェイズ4録音は半世紀経った今も輝きを失わなず、今でも変わらず愛聴している。

HMVのサイトに日本語の曲名リストが無いので、LPジャケットからスキャンした。
SIDE1/SIDE2が[Vocalion CDLK4231]、SIDE3/SIDE4が[Vocalion CDLK4286]の後半の内容になっている。

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ヴァレンシア、マラゲーニャ、カルメン幻想曲、闘牛士現る、「カスティーユ勇将」の行進曲という派手で豪快な曲。
ブレリアス、グラナダ、セビリャーナス、エスパーニャ・カーニ(スパニッシュ・ジプシーダンス)、ルンバのフラメンコもの。
それにエストレリータ、ラ・パロマのような静かなソロギター中心の曲が巧みに配されており、何度聴いても楽しく、気分転換させてくれる。

「闘牛士現る」は観客の「オレー」という歓声や指笛まで入り、自分が闘牛場の中に居るような気にな。擬似4chで聴くとはサラウンド効果が抜群だ。
同じくニューマン作曲の「カスティーユ勇将」の行進曲は、ティンパニが強烈にリズムを刻み続け古代の歩兵軍団を思わせる。ブラスが効果的に入り、ボレロのように同じ旋律を繰り返しながらクレッシェンドしていく。やがて曲はクライマックスに向かい、勇壮なマーチの高揚感は頂点に達して終わる。レスピーギの「ローマの松」のアッピア街道に比肩しうる名曲だ。


どちらのCDもLP1枚分のタンゴか「おまけ」についてくる。スタンリー・ブラックはタンゴが嫌いだったと言われている。しかし変にコブシを効かせたをアレンジせず、ストレートでダイナミックナなタンゴも又いいものだつた。

ミケランジェリのラヴェル-ピアノ協奏曲~こんなに美しい音楽は聴いたことがない

2011年10月28日 15:01

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ミケランジェリの弾くラヴェルのピアノ協奏曲は、先日発売されたN響85周年記念シリーズ
の5つのアルバムの内の一つで、1965年、45歳の時の初来日時にN響とやった録音が初CD化されたもの。

ラヴェルのピアノ協奏曲はノダメカンタービレで、ノダメが千秋と最初に共演を望んだ、冒頭に鞭がパーンと鳴ってピアノが軽快に弾き出す曲としてすっかり有名になった。
(あのピアノはランランだと思うが、あそこまで鞭の音を際だたせた演奏はチョットない。)

アダージョの第2楽章になって、静謐なオケをバック中に異常な美しさでピアノが鳴り出した。
本を読みながら寝ころんで聴いていたのだが、本を棄ててスピーカーの前に座り直した。
低い音量なのに輪郭のハッキリとした音で、まさにミケランジェリなのだが、後年のエキセントリックさは無い。何度聴も直したが、ただもう美しいとしか言いようが無い。月並みで陳腐だが、ほかに言葉を思いつかない。

サンソン・フランソワやアルゲリッチ、グリモーからミケランジェリの他の録音も聴き直したがが、これほど切羽詰まった美しい表現をした演奏はなかった。

実演で聴いたらさぞ・・と思いつつ帯を読むと、「当演奏を聴いた日本の評論家と聴衆で、ショックを受けなかった人はいなかった」とある。さもありなん。

このアルバムには、他にミケランジェリのリストや、もう一枚には若きグルダのベートーヴェン-ピアノ協奏曲第1番と第4番が入っている。良い演奏なのだが、このラヴェルと比較するには分が悪すぎる。



「まだまだクラシックは死なない」~松本大輔

2011年10月26日 14:53

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今年7月に上梓された「クラシックは死なない」シリーズ第4段だが、予約もなくすんなりと借りられた。そろそろ飽きられてきたのか。

第1弾「クラシックは死なない」では、登場する「銘盤」を実際に購入して自分なりに検証してみた。
第1章 この演奏は聴け
第2章 この人だけは語りたい
第3章 衝撃的アルバム群

この後の「それでもクラシックは死なない」、第3弾「やっばりクラシックは死なない」でも「検証」の為にそれぞれ数十枚のCDを買っている。

第4弾となると流石に食指が動くモノが少ない。内容がこれまでの比較的ポピュラーな曲の名・迷演奏から、知られざる名曲、作曲家へと対象が変化したこともある。
ゲテモノは昔から好きだったので、ベートーヴェンの弟子リースのピアノ協奏曲という、この本にも載っていない珍品をLP時代から持っているし、ブゾーニのコーラス入り「変態」ピアノ協奏曲は、松本センセーご推薦のオグドンだけでなくバンフィールド教授のも揃えていたりする。トヴォルザークの交響曲第1番と弦楽四重奏曲第1番が佳曲として取り上げられているけれども、こちとら両方とも全集で持っている。
こんな具合だから今回ばかりは「免疫」が出来ている。どんなに「激賞」されていても、せいぜいこんな程度でしょうと話半分に読める。
(それでも、10枚くらいはHMVのお気に入りに登録したけど)


このシリーズ、出る度にもう打ち止めだろうと思って来たけれど、止みそうにない。
アリアCDのHPを見れば、文章が書き下ろしではなく、営業用に使ったものをコピペしているのが判る。
店が続く限り、このシリーズは続く。
そしてゲテモノCDのコレクションが増えるという「被害」も果てしなく続きそうだ。




84分の第9~ビレットのリスト編曲「合唱」

2011年10月03日 15:45

74分というCDの標準的な収録時間は、「第9を一枚に入れろ」というカラヤンの一言で決まったという。LPでは1枚半になり、途中で2回の中断を余儀なくされるのが、「座ったままで」聴き通せるというのは大きかった。

ピレットはどんな曲でも弾く人で、時折ミスタッチも見せるが、大らかで奇を衒わず、表情の濃い演奏をする。そのピレットの弾くリスト編曲ピアノソロ版の第9は、CD一枚の収録時間を大きくオーバーしてしまう。


同じ楽譜によるカツァリスのピアノソロと比較すると、18分もの差がある。

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カツァリスのは、「俺様のテクニッを聴け」と言わんばかりにたたみかけてくる演奏だ。
例えば第4楽章冒頭で、左手の和音はビレットは普通に弾いているが、カツァリスは分散和音で弾きばかりか重低音を新たに付け加え、劇的効果を出している。合唱には同じリストによるピアノデュオ版がある。手持ちのコンティグリア兄弟のLPを聴いてみると、分散和音はあるが重低音は無い。カツァリスの「サービス精神」とテクニックには恐れ入る。


何故こんなに遅いのか
かってグールドの「運命」が出たときに、そのテンポの遅さをテクニックのせいにする批評家もいた。
その後次々にグールドの演奏が世に出てくると、リストの編曲を譜面通りに演奏できないから云々は間違いで、彼はむしろテクニシャンで、遅いのは彼の演奏表現の結果である事が明らかになった。

ビレットの場合も、カップリングされている第6「田園」では、カツァリスと比べてこれ程大きな演奏時間の差はない。してみると、第9の超スローテンポはビレットの「主張」なのだろう。
オケでは極端にテンポを遅くすると音が合わなくなってしまうが、1人で弾くピアノならどんなテンポでも採れる。

後半の2楽章が特に遅い。しかし聴いていてダレてしまうような所は全くない。第3楽章を聴いていると、色んな演奏を聴いてきたはずなのに、「合唱」にこんな所があったのだろうかと不思議な気分になってくる。優しくゆったりとしており、いつまでもこの楽章が続けばよいのにと思いながら最後まで聴きいってしまう。