海の見える丘 in 杉田

2017年04月28日 07:00



あいつのブログに『行きはよいよい帰りはいたい』という記事がある。

高低差が激しいマンションの周りを「ちょっと散歩しようぜ。」
結構急な階段をどんどん上へと上っていくと、20分位で「海が見えた」

『近くに横たわる街並みはミニチュアサイズ。』
『まさしく絶景でした。』
『気分はもう最高潮。』
『本当にずっとその場所に居たいとさえ思いました。』

ところがあいつは自他共に認める方向音痴で『迷子のスペシャリスト。』
階段を上ってきたから、下れば帰れると降りていったら・・・・・迷子になった

ようやく国道へ出たら、マンションから5キロも離れた所だった。
高低差の激しい場所をスリッパで1時間歩いて疲労困憊、結局タクシーを呼んでやっと帰れたというお話。




マンションに来るのもこれが最後だろうから、この「海が見える丘」に行ってみたいと思った。
とはいえもう70になろうかという身体で、どこにあるか判らない場所を求めて、高低差の激しい地形を歩き回るのは無理だ。


同じ場所に立つのは無理でも、同じ海が見える所に行って見たい。



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最初に目っ子を付けたのはマンションの北側にある小高い丘。
あの頂上なら海が見えるのではないか。

スマホ片手に「散歩」に出た。


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途中で「杉田湯」という銭湯を発見して寄り道。


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昼前なので閉まっているが、営業している雰囲気だ。
住宅街の真ん中だが、ワンルームで普段はシャワーという層が顧客なのだろうか。


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地図で見た熊野神社に到着。


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明治の廃仏毀釈で廃寺となって神社だけ残っている。
往時は関東の熊野権現信仰の中枢だったらしい。


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残念ながら海は見えなかった。

境内を清掃している人に聞いたが、さらにこの上へ行く道はない。
一旦京急の側に降りて、ぐるりと回ると磯子区の最高地点海抜69.1mの所へ行けるらしい。
けれどそこまで行くには結構距離があるし、グーグルストリートで見ると道路の両側は家が建て込んでいて見晴らしがききそうにない。




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次に目っ子を付けたのは、マンションの海側に見えるこの丘。
杉田八幡宮の裏山らしい。
視線の邪魔になる根岸線の高架はこの丘の下のトンネルを走っている。
ここかと思ったのだが、グーグルマップで確認してみると海側には木が生い茂っていて見晴らしが悪そうだった。
行ってみない事には判らないが。



荷物を取りにきたクロネコの運ちゃんに、海が見える場所はないかと聞いてみた。

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マンションの前の道を駅と反対の方向に少し上がると郵便局があって、その手前を左へ入る。
こんな近い場所から海が見えるの?


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二叉を右へ曲がる。
左へ曲がるとサウステラス横浜杉田という南隣のマンションに行く。


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その先で絶句。
心臓破りの坂!! 
車が通れないので坂になっているが、階段にすべき傾斜である。
転がったら下まで落ちてしまうので数ヵ所「踊り場」を設けてある。


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その後も坂道が続く。


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ようやく目印だと聞いていた自販機の有る家に到着したが、海は見えない。


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右側の駐車場に入って崖の際まで行き、目一杯ズームすると・・・・見えた。

標高よりも見晴らしがきく崖の上に立てるかどうかがポイントだった。



杉田八幡宮もこの辺りでは有名な神社で行ってみたいが、「心臓破りの坂」で体力を使い果たした。
満足のいく出来ではなかったが、杉田に別れを告げることにした。






「あいつ」のマンションを売る

2017年04月20日 06:57



あいつが住んでいた杉田のマンションは空き家のままにして来た。
突然、知らない不動産屋から手紙が来てマンションを買いたいという人がいるという。

売ったら、後であのマンションに行きたくなった時に、金に困っている訳でもないのに何故売ったのだと後悔する。
売らなかったら、もっと年取って行けなくなった時に、何故あの時に処分してしまわなかったのかと後悔する。

売っても、売らなくても、どちらにしても後悔する
だからそのままにしてきたのに。
かといって今更手紙を見なかった事にはできない。

余計なことをしてくれる不動産屋だと、迷惑に思いながら話しをすすめざるを得なかった。



買い取りは仲介価格から2~3割安くなる。
その代わり仲介手数料や残した荷物の処分は必要ない。
相見積もりもとってみたが、他の業者は仲介の査定価格は高いものの、
買い取り価格は3割引きよりもっと低い価格しか出してこない。
買い取りする気はなさそうだった。
仲介で高い査定を出していてもその価格で売れるという保証はない。
医者にかかるのと同じでリスクはすべて当事者が負う。


色々あって、当初の話しとは違って最初の不動産屋が買い取る事になった。
10年前に買った価格より200万安い値段で仲介売りした時の手取り額で契約した。
東京圏、駅から3分、買い物の便が良い、おまけに窓からの眺望が良いという条件を考えれば安いけれど、
20年もののマンションにすれば、妥当な範囲の下限には入っていると思った。
長引くと、価格云々以前に手離す事自体迷ってしまいかねない。
不動産屋も、100万の手数料を稼ぐより、リノベーション後の転売でその何倍も儲かると踏んだのだろう。



あいつが自分で見つけて来て、ここしかないと気に入っていたマンション。
病状が進行して引きはらう時には、「これで最後か」と呟きながら室内を撮っていたマンション。
部屋をリノベーションされてしまえば、あいつが生きていたという証拠がこの世からまた1つ消えてしまう。
あいつの為に何がしてやれるのだろうか。

杉田という街で暮らして (2)

2017年02月13日 16:46



あいつが杉田のマンションを後にしてから丁度3年が過ぎた。


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2014年2月8日。
あの日は寒かった。
その上東京周辺が20年ぶりの「豪」雪で交通は陸も空も大混雑した。
我々の乗った便が羽田「脱出」の最終便となり、以降は全便欠航になった。

それから半年も経たないうちに死んでしまうとは・・・・・。


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あの日の南太田駅。
黄金町の病院から杉田へ帰る時、この駅で何本も列車が通過するのを待った。


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カミさんが片付けてしまったが、玄関の靴箱の上には飲み干したオールドの瓶が並べられていた。


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2月8日に「大阪に帰る」と最後の予定が書き残されている。
カレンダーはあの日のまま。
住人の帰りをいつまでも待っているかのようだ。



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一人暮らしを楽しんでいた頃は、会社から杉田に帰ってくると、


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このショッピングセンターで晩飯を買い整えていた。


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シーズンになるとサンタが宙を舞う。


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週に2日一人で酔っ払うまで飲むというスタイルだったが、時には商店街の居酒屋へも足をのばした事だろう。


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マンションの前の道は緩い上り坂が続いている。
日当たりの良い斜面にはテッペンまで住宅が建ち並んでいる。


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「プロムナード」ならぬ「ぷらむろーど」は踏切を越えてここまで続いているが、
流石に賑わいは息切れして住宅街に変わっていく。

この辺りの住宅は我々団塊の世代より一回り上の人達が建てたようで、代替わりしつつある。


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マンションのすぐ近くにある、廃業した理髪店が周辺の世代交代を物語っている。


(3年前の「杉田という町で暮らして」 の続編というより姉妹編になってしまいました。)






「あいつ」からのダメだし

2017年02月02日 14:24



あいつの小説を本にしようと計画している。
学生時代に下宿していた先のお嬢さんのツテを頼っている。
打ち合わせを兼ねて4日に、下宿で相棒だった名大名誉教授と3人で
京都で昼食しようというお誘いがあった。
彼には、あいつのアカデミックポジションへの就職を依頼した事もある。
あいつは親の世話になるのは嫌だからと断った。
私には黙っていてくれと頼んだ事は後で知った。


約束した後で腰痛が出てきた。
今度のは冷やしても、温めてもダメ。
少し動けるようになって、可動範囲をひろげようと軽く動かすと痛みが更に増してくる。
ドタキャンで迷惑かけてはいけないので、早い目にキャンセルの連絡をした。


ところがその後ロキソニンを飲んで寝ると楽になってきた。
これならと思い始めていると、寺から電話があった。
都合で午前11時の予定を午後1時からにしてほしいという事だった。

ガーン!
4日は月命日のお参りがある日だった。
隔月なのでウッカリしていた。
元の時間なら何とかなったかも知れないが、これで完全にアウト。


腰痛は「俺のお参りの日を忘れるな」というあいつからのメッセージだったのか。
先ほどの電話は・・・ダメだし!
「ダメじゃん、おやじ」






英雄症候群

2016年11月21日 06:00



NHKの「漱石の妻」の録画を全話通して見た後で、正月に放送していたTBSのドラマ「坊ちゃん」を見直した。

見ながら、ふと「あいつ」の事を思い浮かべていたら、
突然スウッと腑に落ちて、胸のつかえがおりたような気がした。

そうか、あいつは「坊ちゃん」だったんだ。




次男が母親についていた大嘘がバレた時も「俺は常に弟の味方」と庇った。
カミさんは黙っている女では無いから、あいつはカミさんから2時間程こっぴどくやられていた。

あいつのブログのカテゴリーでは「仕事」が最も記事数が多い。
その中にも 仕事仲間を守ろうとする様子が見て取れる。



「坊ちゃん」は自分の損得を考えずに行動する。
私はあいつの行動を勝手に「坊ちゃん的正義感」と名付けていたが、心理学的には英雄症候群というらしい。

会社内で自分の主張や、やり方を通しながらも上からも下からも憎まれず、
むしろ信頼感を持って見られていたのは、そのお陰かもしれない。




ロストチルドレン~Slaves of the Nightmare~  by飛乃剣弥

2016年08月22日 07:08



飛乃剣弥作品のご紹介です。
原稿用紙115枚の中編です。

この作品も、未完の魂、死の予定表同様、ライトノベル作法研究所に「高得点小説」として掲載されています。

「作者自身の小説紹介文」

○食って、寝て、女抱いて、薬をキメる。最高の人生だね。反吐が出るほどな。
○近未来SFを舞台としたかなりダークなお話です。ラストはバッドエンドっぽい……。まぁ個人的にはこういう終わり方も、有りかとは思ったりしますが。



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「どんなお話し?」

近未来のお話。
戦闘シーンの映像から始まる。姿は子供だが超能力を持った兵士、ロストチルドレン対政府軍の戦闘だった。
『ショットガンを携えた数名の兵士が、小柄で華奢な少女に向かって怒声を浴びせながら、戸惑うことなく引き金を引いた。
 全身にくまなく穴を開けられ、無数の小さな傷口から血を噴水のように吹き出して絶命したのは、兵士達の方だった。』

ユティスの父ジュレオンは、自らが創りだした人工生命体であるバイオドールを、ロストチルドレンに変える技術を研究している。
彼はバイオドールの発明を「悪魔の行為」として政府の研究機関から追われ、今は反政府テロ組織の為に働いている。
バイオドールはロストチルドレンに変わる時、記憶や感情といった人間性を失う。失う人間性が大きい程高い能力を得る。
優秀なロストチルドレンを創る研究は完成まで今一歩の状態だった。

両親は研究開発に忙しく、多感な時期にユティスと触れ合う時間が取れなかった。
13才の頃には母親を「アミーナ」と名前で呼ぶようになっていた。
アミーナは、それまでユティスに対しては放任主義だった夫が、最近ユティスと接触し始めているのに気がついた。
ユティスは荒れていた。麻薬を打ってもすぐに多幸感から引き戻される。変調は肉体にも及び始めていた・・・・・。

作者お得意の伏線とその回収、ラストのどんでん返しが楽しめます。



「感想」

冒頭のシーンからバイオレンス、バイオロボットものかと思ったが違った。
両親と子供の葛藤がテーマになっている

少年期に、忙しい両親から、かまってもらえなかった子供の気持ち。
心外に思った親の態度への反抗。
自分は本当の子供では無いのだと思う妄想。
これらをベースとして反抗期の子供の気持ち、つまり自分自身の心の葛藤の過程を描いている。
それは普遍的というか、多くの人が少年期に経験してきた事だった。

ロストチルドレンというタイトルには、作品に登場するバイオロポットを表すと同時に、
失われた親子のコミュニケーションという意味も含まれているのではないだろうか。



冒頭のロストチルドレン技術を説明するシーンが伏線となって、ラストに活かされている。

ラストで幼年期に戻るユスティスの一人称が、だんだんとひらなかに変わっていく。
これも精神だけが、楽しい記憶のある幼年期へと戻っていくのを描写したかったのではないか。




「続編」があります

3年後に続編を書いています。
これは原稿用紙115枚の中編ですが、続編は549枚の長編です。
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↑このバナーをクリックすれば作品のindexページに飛びます。

ただ
○朝起きると父親は首だけになっていた。母親は腹の中の物全部ブチ撒けていた。俺が5歳の時だった。しょうがないさ。死んでしまったものは。世の中の殆どの事は、自分の力だけじゃどうにもならない。望んでも叶えられない。なら最初から諦めて、大きな流れに身を任せているのが一番楽だ。面倒な事をしなくて済む。考えずに、ただ言われた事に従っていればいい。上の奴等が裏で何を企んでいようと、俺には関係のないこと事だ……。

○もう二度と書かないと思っていた鬱ワールド。ようこそ狂ったサイバーパンクの世界へ。今回は政府組織の方に焦点を当てて書いてみました。ロスト・チルドレンに対抗するための特殊組織『オッドカード』のメンバーが主人公。前作と繋がっていますが、前作を読んでなくとも分かる構成にはなっているはずです、多分……(汗)。甘い恋愛、萌え要素、努力、友情、勝利などを期待される方はご遠慮下さい。そういった物は皆無です。

相当ダークな・・・・・、と思っているのは作者だけかもしれない・・・



「あいつ」の「お陰」に助けられた

2016年08月15日 09:08



遍路に出れば、何事もお大師様のお陰(お導き )という。
忘れてきたと思っていた数珠がリュックに入っていたり、
道に迷ったと思ったら、次の札所への案内札が見えたりする。

最初の車難所だった第12番札所焼山寺で、行き帰りとも1台の車とも出会わなかった事もお大師様の「お陰」という事になる。
出会わなかったのは偶然だが、迷いに迷った末、朝5時に家を出て7時45分という微妙な時間帯に到着するスケジュールに決めたのは「お陰」かもしれない。


今日はお盆、「あいつ」の「お陰」に助けられた話を。

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ドライボックスからカメラを取り出す時に滑って落とした。
普段は両手でやるのだが、偶々右手が塞がっていて左手だけで済ませたのがいけなかった。

ドライボックスの斜め前にはあいつの上着をかけたコートハンガーがずっと生前のままにしてある。
反射的に伸ばした左手にカメラがあたり、反動でカメラはその上着に当たった。
上着が落下エネルギーを吸収してくれたので、何度かジャグリングしたが、床に落ちる前に捕まえる事ができた。


49日が過ぎればあの世へ行ってしまうという。
丸2年経過してしまうと、直ぐその辺に居るような感じは薄くなった。
それでも、どこかで見ていると思いたい。





あいつの麻雀牌

2016年04月18日 09:35



あいつが亡くなって、マンションから持ち帰った荷物の中に麻雀牌がある。

大学時代はゲーム機から麻雀が流行った頃で、仲間も5人居て1人抜けで徹マンが出来る体勢だった。
あいつが触った牌の感触を確かめたかった。

私が押し入れの中にあるのを見つけて、元に戻そうとして箱の中の牌と点棒を落としてしまった事がある。
帰りがけだったので、あいつが戻しておくと言った。

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一部裏になっていた牌を元に戻すと綺麗に整列している。
使った形跡が無い。
2段目も。

アマゾンの購入履歴を見ると2013年8月24日に購入している。
卓上用のマットも買っている。
パゾパニプを始めて30日くらい経った頃だ。
その数日前には折りたたみの杖も買っている。

こんな時に麻雀をする相手がいよう筈が無い。
もう一度、牌の感触を楽しみたかったのか。
整列した牌を見るとそれもしていないようだ。


何で買ったのか聞いてみたい。
つまらなそうな顔で、「ただ、なんとなく」という答えが返ってくるのだろうか。

もうちょっと話がしたかった。




あいつの部屋

2016年03月07日 09:09



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暖かくなってきたので、週末に横浜の「あいつ」の部屋に行った。
「あいつ」も一緒だった。
もう一年半以上になるが、まだまだ土の下に埋める気にはなれない。


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「私鉄のりつぶし」の為に新横浜から上大岡まで市営地下鉄に乗って、新横浜~横浜の7kmを追加する。
快速があるので、どこか待避線のある駅でもあるのかと微かな期待を持ったが、


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大阪環状線の快速同様、駅を通過するだけで先行列車を追い越す事は無かった。




京急の杉田で降りて、「杉田 ぷらむろーど」と書かれたアーケードの下を歩くうちに、ちょっと目が潤んできた。


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整理の後商店街の居酒屋で、転勤でこれまでのように気軽にマンションに来られなくなる次男と一杯やった。
「あいつ」も一緒に。




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部屋には2014/2のカレンダーがずっと掛かっている。
8日には「大阪に帰る」のメモがある。
あの大雪の日にここを出たっきり、帰ってくる事は無かった。

まだ、ついおととしの事なんだ。







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時計の電池が切れてしまったようだ。
窓の周りを雑貨で飾って、ここからの夜景を楽しんでいたのだろうか。


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空が赤い。天気予報通りなら明日は雨だ。
根岸線の下り列車が通過していった。




[GX7+LUMIX GX VARIO 12-35mm/F2.8]



そんなに怒るなよ

2016年02月29日 07:51



ソニーのBDレコーダーAT970Tが突然リモコンを全く受け付けなくなった。
最近のデジタル機器は本体のスイッチが無く、リモコンがないと全く機能しない。
ここには「あいつ」と弟の子供の頃のVTRを編集して入れてあった。

電池を新しいのと取り替えてみたり、マニュアルと首っ引きでリモコンの設定を変えてみたが、状況は変わらない。
このリモコンでもう一台のBDレコーダーは動くので、具合が悪いのは本体の方だ。
電源コードを引き抜くという最終手段を取ってみたが、状況は変わらない。

万事休す。
あの映像は永久に失なわれたか・・・・・。



最後に電源コードを引き抜いて30分程待ってみた。
そしたら、突然リモコンが効き始めた。
最初に、『「あいつ」と弟の子供の頃のVTR』分のバックアップを取った。



昨日は朝のお勤めを怠った上、その事を夕食後まで忘れていた。
ロウソクや線香は上げずに、お経だけにした。
実は一週間睡眠薬と精神安定剤に頼る日が続いていた。
しかし、それ以上続けると依存症になるので前々日に止めていた。
眠れないばかりか、精神的にも肉体的にも仮死状態だった。


これまで朝少し遅くなる事はあったが、「お勤め」を夕食後まで忘れるような事は無かった。
また、BDも2年に一度くらい「反乱」を起こして電源コードを引き抜く事があった。
しかし、その両方が同じ日に起こる事は確率的に考えにくい。
むしろ因果関係があったと考える方が妥当では無いか。

怒ったのなら両親ではなくて「あいつ」だろう。
すまんすまん。