自費出版で大変な事

2017年10月12日 06:29



あいつの遺作集「飛乃剣弥作品集」を自費出版してみて、書かれた原稿を本にするのも結構骨が折れる事を思い知らされた。

表紙や見返し、中扉にどんな用紙を使うか、仕立ては丸背なのか角背なのか等はWebに幾らでも出ているので、検索して選べば良い。

後は少ない部数でも引き受けてくれる製本屋さんに原稿を持ち込めば終わりのように思えたが、実はここからが大変だった。




WEB上では横書きになっているが、日本語の小説という事で縦書きに変更した。

ところが、1行あたりの文字数が全然違うので、空白のリズムとでも言うか、ページ面の印象がまるで違う。
1段では活劇描写(彼が自分で得意だと言っています)のような間投詞だけの文が続くと、やたらとページが白くなってしまう。
2段組みにすると、1行で済んでいた文が改行されてスッと入ってこない。
本来この辺りは作家とやりとりがされるのだろうが、それはできない。
結局、本人が推敲して調整したであろうWEBのページ面を尊重して横書きにした。



それでも4編の長編作品( )を1冊500ページ以内に収めるには1ページ当たりの文字数を増さなくてはならなかった。

文字数を増やすと活字が小さくなって読みづらい。
行数を増やすと行間の空白が少なくなって、これも読みづらい。
文字数を増やし、かつ読み易くする為に、文字数と行数と活字の大きさのベストな組み合わせを試行錯誤した。
また、ページの上端と下端の空白を減らして1行増やしたり、減った下端で、ページの数字を下では無くて角に付けたりと色々工夫をした。



最終的な仕様が決まると、全ページを印刷した所謂ゲラ刷りを渡される。

ここで入力ミスや変換エラーを更正するのだが、それは殆ど無かった。
それよりも、レイアウトの最終的な更正に追われた。

1行の文字数と行数を決めた枠の中に、機械的に原稿を流し込んだだけなので、
1~2文字だけの行が現れる。これを上の行の文字間を少し詰めて入れ込んでいく。
余りに多いので、2文字は許容して1文字行だけをつぶした。

行間を1行空けてある事もある。
ページの途中であれば良いのだが、空白の行が次ページの先頭に来だ場合は行を詰める。

等々、そのままの形で印刷されて出来上がってしまう所までやる。



商業出版で原稿が本になる際には「編集者」がいて、こういう作業をしてくれるのだが、自費出版では自分で作業する外はない。



国会図書館に「飛乃剣弥作品集」を納本した

2017年09月15日 13:17



『「納本制度」とは、図書等の出版物をその国の責任ある公的機関に
納入することを発行者等に義務づける制度のことです。
わが国では、国立国会図書館法(昭和23年法律第5号)により、
国内で発行されたすべての出版物を、
国立国会図書館に納入することが義務づけられています。』

国立国会図書館HP


総ての出版物は国会図書館に集められる。
この『国が出版物を保管してくれる制度』を利用してあいつの遺稿集を残す事にした。


方法は至って簡単、
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/deposit/request.htmlの「収集第2係」に送るだけだった。

✱第1係が「民間出版物」とあったので、そちらへ送ったら第2係から「受取証」が来た。
無償での納本は第2係が担当しているとの事だった。


2週間程度で書誌的事項が決定されて、検索出来るようになっていた。
https://ndlopac.ndl.go.jp/F/EMP7C8UQ3VCHI9BEVU3NMNGACFPPEQHBEXMA6UFJQHLXFRAQYE-26099?func=find-b-0

国会図書館31s

2冊送ったので、1冊は東京の本館にもう1冊は京都にある関西分館に保管されている。

✱著者名で検索すると同姓同名の方の博士論文が嫌と言うほど出て来て驚いた。



「飛乃剣弥作品集」配布完了

2017年08月25日 12:50



ライトノベル作法研究所(通称ラ研)で高評価を得た「あいつ」の遺稿を4作品収録した「飛乃剣弥作品集」を配布し終えました。

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最終チェックに装丁方法を変えて、丸背と角背で各1冊ずつ作らせた。
これが正解で、丸背の方は綴じ糸の所為で背表紙から中味が離れず、ページが開き難い装丁になっていた。以後は角背で注文した。
文字数と行数を何度も試行して、4長編を500ページ以下に収録して、かつ読みやくするという普通の出版社でやらない事にトライしているのに、装丁一発で台無しになる所だった。

試作が命日の7/4に間に合ったので、「命日までに出版」という目標はクリア、
その後、急いで本製作にかかって貰ってお盆前には納品してもらった。


本の製作は全く経験がなく、陶芸、美術研究家の中ノ堂一信氏夫人の順子さんには大変お世話になりました。
厚くお礼申しあげます。


関連記事

「飛乃剣弥作品集」見本の一冊が届きました(飛乃雑記Ⅲ)

「飛乃剣弥作品集」配布しました(飛乃雑記Ⅲ)

只今校正中

「あいつ」からのダメだし

ロストチルドレン~Slaves of the Nightmare~

未完の魂、死の予定表



豪華装丁と好評だったが、
紙質、装丁等は、ほぼ製本屋さんの仕様通り。
栞や、布を使用した表紙は、ハードカバーなら此れくらいしないとという認識だった。

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唯一、エクストラの注文をしたのは表紙と背表紙のタイトル。
凸版を製作して金箔押しとした。


あいつの本

2017年06月29日 22:37



あいつの本が出来上がってきた。

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http://hinokenya.blog74.fc2.com/blog-entry-973.html




マンション売却

2017年05月30日 13:26

今日はマンションの受け渡しをする日だ。
代金と権利書を交換する。

10年前に買った時は、あいつが「代理」で銀行の窓口に行って振込みをし、
その用紙を売り主と仲介不動産屋がその場で確認して権利書等々を受け取った。
今回は現地に行かずに済ます。


契約は買いとる不動産屋との間で既に済んでいて、手付金も受け取っている。
司法書士には権利書、移転手続き依頼書、委任状、印鑑証明を送ってある。




午前中に振り込んだという電話があり、ネットで確認し、その旨返事する。
30分程してから司法書士から確認の電話があった。

これでおしまい。
随分とあっけない幕切れだった。


今日明日にも残った荷物を廃棄して505号室のリノベーションが始まり、あいつの痕跡は無くなってしまう。

権利書の効力は無くなったがどうすると聞かれたので、
記念に取って置きたいというと、1ケ月後に送るという。



SPACEWARP3500

2017年05月28日 12:49



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鋼球が平行チューブのコースを回り、ギミックを通って下まで行くとエレベーターに乗って天辺に戻り、また落下していく。
今頃こんなオブジェを組み立てる事になるとは思わなかった。


「あいつ」は窓際にオブジェをいくつか飾っていた。
横浜から引き揚げてくるときに確認したが「いい」というので置いてきた。
メールで買った時期を調べたら、どれも独身寮からマンションに移った2006年頃だった。
新しい自分の城を飾って満足度の高い日々だったのだろう。それで敢えて持って帰らなかったのかもしれない。
そう思うと居ても立ってもいられなくなって、マンションを買い取ってくれる不動産屋に頼んで送って貰った。

荷を開けてみると、何と埃まみれだった「ジェットコースターみたいな」オブジェは分解されて綺麗に掃除されていた。
室内のスナップ写真を元に復元を試みたが、その積もりで撮ったものではないので全く役にたたない。

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30年も前に発売されたものだが、根強い人気に10年前にバンダイから再発売されたSPACEWARPというシリーズで、今でも「新品」が取引されている。
幸いな事に法外な値段で新品を買うこともなく、外箱が少し草臥れた未開封の中古が手に入った。

取説と首っ引きでなんとか復元した。スナップ写真だけではとても元には戻らない。
「留め具」は陽に当たって脆くなり壊れてしまうものがあったが、白い「線路」はそのまま使えた。ベースやエレベーターも使ってないのでもう1台組めるくらい残った。


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一緒に送って貰った猫ちゃんは「夢ねこヴィーナス」というロボットだったが、壊れているようで電池を入れても全く反応しなかった。



只今校正中

2017年05月25日 01:30



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「あいつ」は未完を含めて34編の長編小説と41編の短編小説を遺していた。
あいつが生きていた証にと、その中の「ライトノベル作法研究所の高得点作品掲載所
に取り上げられた4編の長編小説を本にする事にした。
400~500ページの分厚い本になりそうだ。

その本のゲラ刷りを校正中。
最初に形式を統一させる為の校正をしたら、こんなに沢山付箋が付いた。
次に、中身の校正にかかっている。
誤変換や入力ミスは殆ど無い。
極力あいつのオリジナルを尊重しているが、ンーという箇所がどうしても出てくる。

例えば作品の最後に「プロローグ」なんて書いてあると「エピローグ」に治したくなる。
読んでみると別の登場人物の視点で物語を再構成したあとで、更に別の登場人物に冒頭の場面を語らせている。
内容はプロローグなのだが、小説中の機能はエピローグである。
んー。

普通なら作者と打ち合わせする所だがあいつは天国に行ってしまった。
結局「悩んだ時はオリジナルを尊重する」の原則に従ってプロローグのままにしたが・・・。




海の見える丘 in 杉田

2017年04月28日 07:00



あいつのブログに『行きはよいよい帰りはいたい』という記事がある。

高低差が激しいマンションの周りを「ちょっと散歩しようぜ。」
結構急な階段をどんどん上へと上っていくと、20分位で「海が見えた」

『近くに横たわる街並みはミニチュアサイズ。』
『まさしく絶景でした。』
『気分はもう最高潮。』
『本当にずっとその場所に居たいとさえ思いました。』

ところがあいつは自他共に認める方向音痴で『迷子のスペシャリスト。』
階段を上ってきたから、下れば帰れると降りていったら・・・・・迷子になった

ようやく国道へ出たら、マンションから5キロも離れた所だった。
高低差の激しい場所をスリッパで1時間歩いて疲労困憊、結局タクシーを呼んでやっと帰れたというお話。




マンションに来るのもこれが最後だろうから、この「海が見える丘」に行ってみたいと思った。
とはいえもう70になろうかという身体で、どこにあるか判らない場所を求めて、高低差の激しい地形を歩き回るのは無理だ。


同じ場所に立つのは無理でも、同じ海が見える所に行って見たい。



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最初に目っ子を付けたのはマンションの北側にある小高い丘。
あの頂上なら海が見えるのではないか。

スマホ片手に「散歩」に出た。


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途中で「杉田湯」という銭湯を発見して寄り道。


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昼前なので閉まっているが、営業している雰囲気だ。
住宅街の真ん中だが、ワンルームで普段はシャワーという層が顧客なのだろうか。


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地図で見た熊野神社に到着。


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明治の廃仏毀釈で廃寺となって神社だけ残っている。
往時は関東の熊野権現信仰の中枢だったらしい。


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残念ながら海は見えなかった。

境内を清掃している人に聞いたが、さらにこの上へ行く道はない。
一旦京急の側に降りて、ぐるりと回ると磯子区の最高地点海抜69.1mの所へ行けるらしい。
けれどそこまで行くには結構距離があるし、グーグルストリートで見ると道路の両側は家が建て込んでいて見晴らしがききそうにない。




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次に目っ子を付けたのは、マンションの海側に見えるこの丘。
杉田八幡宮の裏山らしい。
視線の邪魔になる根岸線の高架はこの丘の下のトンネルを走っている。
ここかと思ったのだが、グーグルマップで確認してみると海側には木が生い茂っていて見晴らしが悪そうだった。
行ってみない事には判らないが。



荷物を取りにきたクロネコの運ちゃんに、海が見える場所はないかと聞いてみた。

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マンションの前の道を駅と反対の方向に少し上がると郵便局があって、その手前を左へ入る。
こんな近い場所から海が見えるの?


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二叉を右へ曲がる。
左へ曲がるとサウステラス横浜杉田という南隣のマンションに行く。


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その先で絶句。
心臓破りの坂!! 
車が通れないので坂になっているが、階段にすべき傾斜である。
転がったら下まで落ちてしまうので数ヵ所「踊り場」を設けてある。


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その後も坂道が続く。


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ようやく目印だと聞いていた自販機の有る家に到着したが、海は見えない。


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右側の駐車場に入って崖の際まで行き、目一杯ズームすると・・・・見えた。

標高よりも見晴らしがきく崖の上に立てるかどうかがポイントだった。



杉田八幡宮もこの辺りでは有名な神社で行ってみたいが、「心臓破りの坂」で体力を使い果たした。
満足のいく出来ではなかったが、杉田に別れを告げることにした。






「あいつ」のマンションを売る

2017年04月20日 06:57



あいつが住んでいた杉田のマンションは空き家のままにして来た。
突然、知らない不動産屋から手紙が来てマンションを買いたいという人がいるという。

売ったら、後であのマンションに行きたくなった時に、金に困っている訳でもないのに何故売ったのだと後悔する。
売らなかったら、もっと年取って行けなくなった時に、何故あの時に処分してしまわなかったのかと後悔する。

売っても、売らなくても、どちらにしても後悔する
だからそのままにしてきたのに。
かといって今更手紙を見なかった事にはできない。

余計なことをしてくれる不動産屋だと、迷惑に思いながら話しをすすめざるを得なかった。



買い取りは仲介価格から2~3割安くなる。
その代わり仲介手数料や残した荷物の処分は必要ない。
相見積もりもとってみたが、他の業者は仲介の査定価格は高いものの、
買い取り価格は3割引きよりもっと低い価格しか出してこない。
買い取りする気はなさそうだった。
仲介で高い査定を出していてもその価格で売れるという保証はない。
医者にかかるのと同じでリスクはすべて当事者が負う。


色々あって、当初の話しとは違って最初の不動産屋が買い取る事になった。
10年前に買った価格より200万安い値段で仲介売りした時の手取り額で契約した。
東京圏、駅から3分、買い物の便が良い、おまけに窓からの眺望が良いという条件を考えれば安いけれど、
20年もののマンションにすれば、妥当な範囲の下限には入っていると思った。
長引くと、価格云々以前に手離す事自体迷ってしまいかねない。
不動産屋も、100万の手数料を稼ぐより、リノベーション後の転売でその何倍も儲かると踏んだのだろう。



あいつが自分で見つけて来て、ここしかないと気に入っていたマンション。
病状が進行して引きはらう時には、「これで最後か」と呟きながら室内を撮っていたマンション。
部屋をリノベーションされてしまえば、あいつが生きていたという証拠がこの世からまた1つ消えてしまう。
この先、あいつの為に何がしてやれるだろうか。

杉田という街で暮らして (2)

2017年02月13日 16:46



あいつが杉田のマンションを後にしてから丁度3年が過ぎた。


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2014年2月8日。
あの日は寒かった。
その上東京周辺が20年ぶりの「豪」雪で交通は陸も空も大混雑した。
我々の乗った便が羽田「脱出」の最終便となり、以降は全便欠航になった。

それから半年も経たないうちに死んでしまうとは・・・・・。


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あの日の南太田駅。
黄金町の病院から杉田へ帰る時、この駅で何本も列車が通過するのを待った。


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カミさんが片付けてしまったが、玄関の靴箱の上には飲み干したオールドの瓶が並べられていた。


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2月8日に「大阪に帰る」と最後の予定が書き残されている。
カレンダーはあの日のまま。
住人の帰りをいつまでも待っているかのようだ。



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一人暮らしを楽しんでいた頃は、会社から杉田に帰ってくると、


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このショッピングセンターで晩飯を買い整えていた。


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シーズンになるとサンタが宙を舞う。


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週に2日一人で酔っ払うまで飲むというスタイルだったが、時には商店街の居酒屋へも足をのばした事だろう。


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マンションの前の道は緩い上り坂が続いている。
日当たりの良い斜面にはテッペンまで住宅が建ち並んでいる。


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「プロムナード」ならぬ「ぷらむろーど」は踏切を越えてここまで続いているが、
流石に賑わいは息切れして住宅街に変わっていく。

この辺りの住宅は我々団塊の世代より一回り上の人達が建てたようで、代替わりしつつある。


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マンションのすぐ近くにある、廃業した理髪店が周辺の世代交代を物語っている。


(3年前の「杉田という町で暮らして」 の続編というより姉妹編になってしまいました。)