カラヤンとフルトヴェングラー

2007年07月29日 18:42

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ベルリン・フィルの首席指揮者の座を巡る、カラヤンとフルトヴェングラー、タイトルには無いがチェリビダッケの3人の確執をドラマチックに描いている。
指揮者のリーダーシップが危ぶまれる昨今、1992年に38年ぶりにベルリン・フィルを振った、チェリビッダッケの言葉「昔はこんな音ではなかった、もっとすばらしかった」が印象的だ。



坊ちゃんの時代

2007年07月25日 15:18

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関川夏央作の漫画「坊ちゃんの時代」を読んだ。
漱石とその時代の人々の、IFも含めた(多くの)遭遇を描いていて面白い。
文字だけで、これだけの事を書かれたら長すぎて読めない。画だからこそ出来る。

この後全5巻となる「坊ちゃんの時代」、各図書館は最近になって購入したらしい。
1987年初版から13年後の2000年になって、やっと二十二刷を購入している。
初版本の多い図書館の本にしては珍しい。



風林火山

2007年07月24日 17:09

久々に面白い大河ドラマだ。

同じ題材である19年前の「武田信玄」を引っ張り出してみた。
前回は信玄の死までだったが、今回は川中島の戦いまでのため
個々の戦や喋略がより詳しく描いている。

今回のテーマ曲も良いが、前回は故山本直純の作曲。作曲者の出番(番組前)もあった。
前回の山本勘助は西田敏行が演じ、隻眼の軍師ではなく出番も少なかった。
中井貴一のトップクレジットは当然だが、ラストは「板垣信方」の菅原文太でも、「原虎胤」の宍戸錠でもなく、「八重」役の小川真由美でした。

変わらぬものは「躑躅ケ崎館」。この石垣・木屏の城のセットは「徳川家康」の頃に初期の江戸城として造られたようだ。以来、戦国時代の主人公の城として使い回されている。


人生の価値とは

2007年07月23日 20:43

退社の日が刻一刻と迫ってくる。

三十数年のサラーリマン生活とは何だったか。
一言で言えば、限りある人生という時間を計り売りしていただけ。
その前の学生時代は。
「いい人生を送らせる為」と親が敷いたレールの上を走っていたに過ぎない。
人生の時間は第4コーナーへ入ってしまった。
終の棲家は造ったし、一通りの備えはした積もりだ。
やっと「自由人」になれる。

ところが、この先の線路は実はまだデッサンさえ出来てはいない。
小原庄助さんをやるか。毎日あんな事してたらすぐ死んでしまう(笑
今や悲しきムスターパンになってしまっているのか。そんな金持ちじゃない(笑

「楽」とは「苦」との相対的な関係においてしか存在しないものなのか。
何故か気が滅入ってくる。
今夜は、サルトルでも読み直そうか。単に言葉の遊びが書いてあるだけだが。

贋作「坊ちゃん」殺人事件

2007年07月21日 19:46

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「現代漫画博物館1945-2005」→「坊ちゃんの時代」→関川夏央を経て辿りついた。
「坊ちゃん」の後日談で、「ミステリ赤シャツ殺人事件」になっている。
宿直初日のバッタ事件、師範学校対中学の決闘事件、最後の狸・赤シャツ制裁事件すべの事件が実は裏で繋がって・・・という趣向。確かな腕を持った作家による逸品。
「「吾輩は猫である」殺人事件」ほど「飛んで」いないので、ミステリ・坊ちゃん後日談の両面から楽しめた。

何故タイトルに「贋作」とついてるのか、僅かに疑問を抱いた。
「親譲(おやゆず)りの無鉄砲(むてっぽう)で小供の時から損ばかりしている」から数行が原作から引用されているだけなのだが。

もう一度原作を読み返そうとしたが、できなかった。
昔中学の時、国語の教師に「この作品は、読み手が歳を取るほど、苦くなる」と言われた。
当時は全く理解できなかったが、今はよく解る。



一枚の写真

2007年07月20日 14:20

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路面電車の軌道は、南海電鉄の今は亡き あべの斎場-飛田 間です。
古いネガからスキャンしましたので傷が入っております。

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洋館風の2階建ての建物は「あべのシャレム」の場所に建っていました。
自転車屋さんは今も1階に入居しています。
建物は戦前のものらしく左から右へ「国産瓦斯器具○○○」とあります。○○○は展示場でしようか。
わざわざ「国産」と銘打つということは、当時の瓦斯器具は高価な輸入品であったということでしょう。

このあたりのビルは、「あべのベルタ」の1階が墓石屋さんだったりで、賑わいに欠けるのも無理無いように思います。




関西省エネルギー協会

2007年07月18日 12:28

が来て、電気代が概ね12000円/月以上だと契約を変更したほうが安くなるという。

新手の詐欺ではないらしい。
(但し、協会を通すと手数料が要るが、自分で行くと契約切り替えは無料という話が2チャンにあった)
ハンフレットにも「実費」という記載がある。


電力会社が外郭団体を作って、こうすれば電気代が安くなるというPRをする。
昔なら考えられない話だ。多少安くなっても、ガスに電力の市場を荒らされるよりましだということか。

矢張り、「方舟」は化け物だった

2007年07月13日 09:34

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「開拓者 長岡鉄男」という本があった。
部屋の広さは48帖。天井高3.7mで、換算すると容積では72帖相当らしい。

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2階建てで、2階は倉庫で時にはパーティ会場にもなったという。
遮音効果抜群の壮大な天井裏と考えていたのかもしれない。

この方舟をそのままコピーして造った坊主が居る。坊主が造ったなら、その金は檀家からの寄付しかない。
出来上がった建物を見た檀家の人たちの心境は、穏やかならぬモノがあったのではないだろうか。



我がVH7PCのスピーカーは、1999グランプリJrのLS-SG7のデザイン変更版であったことを発見
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そんなにタチの良いスピーカーなら、管球メインでも繋いでやろうかと思ったが、プリ出力がなかった。



たまには脳の中まで立ち入ってみようか

2007年07月11日 10:54

人間には与えられた才能があり、幾ら努力しても越えられない壁がある。
所謂、「天賦の才」というやつだ。しかし、日本の会社、日本の社会は言うに及ばず、
多くの日本人自身が「努力して越えられない壁はない」と考えている。

グローパルスタンダード、能力・成果主義を押しつけられているが、「奴ら」は越えられない壁が有るという事を知っている。だから「唯一」「全知」「全能」の神を信仰「できる」。

これが、最近の鬱病、躁鬱病、統合神経症患者が増加し、「逃れようのない」ストレス社会になりつつある原因ではなかろうか。

自分がどう見られているか VS 実際の自分
  不安、焦り、自身の誤解。
  自分がどう見られているか、本当のところは知りようがない
自分がどうあるべきか VS 実際の自分
   目標無くして、人生の成果無し。
   プラスに回れば「限界」まで能力を発揮出るが、諸刃の剣。
自分はどう評価されてしかるべきか VS 自分の現実。
   プライドは棄てなければならないときもある。
自分はどう見られるべきか VS 自分に対する自身の評価
     そのギャップは、努力で埋めることが可能なものか。  

下を見たらきりがない、上を目指してもきりがない。
自分の人生を自分で設計することはできない。
「SLOW BUT STEADY」は、たとえ報われなくとも、自己満足を与えてくれる
そんな技術屋を数多く見てきた。そうしなかった自分には眩しい人々である。

腐らず、挫けず、焦らず。

至福の時

2007年07月09日 21:23

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QUADのESLだけ、離れてリスニングポジション近くに置いてある。
STAXにイヤー・スピーカーというのがある。コンデンサー型で繊細で柔らかく、かつ情報量の多いヘッドフォンである。
難点は耳を覆ってしまうこと。耳は頭の放熱フィンだから、長いこと付けたままにしていると耳が汗をかく。
同じコンデンサースピーカーのQUADのESLを「大型イヤースピーカー」として、至近距離で使う。
以前の部屋では叶わなかった願いだ。

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ホリガー、ニコレが協演するモーツァルトの室内楽のLPを「発見」した。
多分「有名なオーボエ四重奏曲K370」を聴くために買ったのだと思うが、
室内楽の楽しみ方を知らない頃だったので全然記憶がない。1978年発売。
協演はホフマンが参加しているグラスハーモニカの為のアダージョとロンドだけだか、B面が面白い。
管楽八重奏→弦楽五重奏→オーボエ五重奏曲と編曲を重ねたK406だった。多分CDにもなっていると思う。
至近距離で聴くと又格別の聴き心地がする。これだけは、方舟でも味わえなかったはずだ。

ホリガーはこのころから「世紀を代表する名人」だった。30年経った、今でも現役で「トップ」である。
9月の来日公演が楽しみだ。