投稿日:2008-07-07 Mon
昭和57年朝日新聞発行後水尾院の戴冠から譲位までが半分、その後上皇、法皇時代が半分という構成になっている。
なんと前半分は、「花と火の帝」で語られる帝の「行動」と全く一緒だった。
「花と火の帝」は伝奇小説であるが、荒唐無稽とも思われる設定に対してリアル感を出すべく後水尾院の史実がベースに流れている。その「ベース」が先に出版されている本の内容と一致している。
史実であるから誰が書こうが同じだと言う見方も出来るが、この本をベースに安直に史実を構成したとも受け取れる。事実、「花と火の帝」で読み覚えのある文章が、この本に散見される。勿論こちらが「先行」だから、マネしたのは「花と火の帝」の方になる。
前半では政治の表舞台が語られるが、後半は和歌も立花等の文化面での帝の評価がメインとなっている。ここで修学院離宮が後水尾院によって、桂離宮が弟の八条宮智仁親王によって造営されたを初めて知った。
「花と火の帝」は帝の人生で見ると、この本の前半部分しか出来ていない。
後半は譲位の20年後から始まっている。連載が続いていたら、帝の行動はどんなふうに描かれていただろうか。
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