大阪市電が走った街

2008年10月30日 10:24

写真が残っている停留所付近を、可能な限り同じポイントで現在の風景と対比した写真が興味深い。

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その内の一枚で、ステーションビルから阿部野橋を撮ったもの。
子供の時の記憶では、南海上町線が橋の上まで伸びていた。
ところが調べてみると、阿部野橋は昭和18年に掛け替えられている(先代の写真があれば見てみたい)。
現在の上町線は四天王寺の西門前まで伸びていた。それを大阪市が買い取って市電の軌道にした。
これは戦前の話で、その後橋が架け替えられたのなら、軌道は現在の位置までしか無いはずである。
しかし、天王寺駅の木製の改札と共に確かに記憶にはある。

この写真は昭和33年に撮影されたとある。橋は架け替えられたが、その上の軌道は残されていた。
記憶に間違いはなかった。

今年4度目の北海道は炭鉱跡巡り その3

2008年10月29日 09:35

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幌内立坑から更に東へ進み、住友奔別の立坑櫓を目指した。
国道から少し入ったところに有るが、遠くからもよく見える。幌内と違って櫓は工場の屋根から聳えている。
残念ながら建物の傷みが激しく、構内は立ち入り禁止だった。
この後も裏山の中に立て坑以前の奔別炭鉱跡を探したが、緯度の高い北海道では4時半になると街に灯が点り、
5時で完全に日が暮れる。捜索を断念して引き返した。

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そんな中で露天掘りの鉱区の出会った。霞んでいるのは粉塵のせいである。
ここはヤードで、堀上げた石炭の場替えをしているらしい。掘っているのは更に奥だろう。

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帰りに通った岩見沢駅は、大きく変貌していた。


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翌10/23は朝から雨で、風が強い。しかし、一日中ホテルに居るのもつまらないので、室蘭の地球岬へ向かった。
車から出ると傘をさせないほどの強風である。地球儀のようなものは電話ボックス。

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展望台では吹き飛ばされそうで、辛うじて2枚シャッターを切った。
灯台は展望台より上にあるものと思うが、ここでは逆で灯台を見下ろせる。
アイヌ語の発音から昭和60年代にここを地球岬と名付けた時に、新しく展望台を造ったためと思われる。

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帰りの飛行機から撮った室蘭市。赤い>印の所が地球岬。

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札幌と室蘭を結ぶ国道36号線、通称室蘭街道は海岸線を国道とJR室蘭本線が併走している。北海道らしく、鉄道も道路もどこまも一直線に走っている。室蘭本線が複線だとは知らなかった。


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今回の宿となったメッツホテル。北18条で北大に近く、元々は女子大生専用のワンルームマンションとして建てられた。
シングルなのにソファがあり、キッチンや洗濯機も付いている。
北大へ出張で来た時はよく利用していた。10年振りに来てみると、さすがに古さは否めない。
ロビー横でLANに繋がるが、ADSLらしく非常に遅く感じる。



今年4度目の北海道は炭鉱跡巡り その2-幌内炭鉱

2008年10月28日 08:32

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重要文化財の旧花田家番屋の前を通って、留萌から中央道へ。
本来の行程では留萌、増毛とオロロラインに沿って小樽まで走るはずだった。
明日は大荒れという予報に予定を前倒しし、三笠を本日に回し、美唄は割愛した。

三笠インターで降り、国道116号線から道道1129号線へ入ると、道の右側に線路が現れる。
北海道で最初に建設された幌内線である。
幌内炭鉱で掘り出された石炭は、列車で小樽の先の手宮まで運ばれ、そこから船で国内各地へ搬送された。

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三笠鉄道文化村に到着。
旧幌内駅を使用し、かなり大きな規模だが、降雪シーズンを迎えて既にブルーシートで養生されていた。
カーラジオでは、明日から知床横断道路の夜間通行止めをアナウンスしている。
北海道の観光シーズンは終わったようだ。

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文化村から奥へ一本の線路が延びている。幌内炭鉱へと繋がる線路だ。道路の舗装もここで途切れ地道になった。

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ほどなく右手の原っぱに石炭処理設備の遺構が見えてくる。
金属製の構造物は運び出されコンクリートの台座だけが骸を晒している。

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シックナー(沈澱槽)の土手。シックナーとは選炭作業で使用した粉炭混じりの排水を貯めて沈澱させる装置。

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.炭鉱跡は景観公園として保存され、幅の広い踏み分け道で一周できるようになっている。ここから谷間に下っていく。

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巻揚げ機の台座と、谷の向かい側にある原炭ポケット。

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常磐坑の封止口。ガス抜きのパイプが付いている。

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レンガ造りの安全灯室。

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炭鉱跡を一周して出てくると、右手に大きなレンガ造りの建物がある旧北炭幌内変電所とある。
変電設備も残っており、保存状態はよい。

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変電所の脇に石造りの階段がある。榎本武揚の扁額が掲げられている幌内神社とある。
階段は立派だったが本殿は無惨にも倒壊していた。


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三笠市への戻り道をクロフォード公園手前で右折、しばらく行くと右手に幌内炭鉱立抗櫓の巨大な姿が見えてくる。
この立坑は昭和41年に、発祥の地本沢地区と唐沢地区に出来た新幌内との中間部に建設され、
設備系統、資材搬送の一元化が行われた。
幌内炭鉱は1989年に閉山し、明治から111年に渡る活動を終えた。
現在は北海道プラスという会社の敷地内ある。

今年4度目の北海道は炭鉱跡巡り その1-羽幌炭鉱

2008年10月27日 07:17

夕張以外の炭鉱跡も見たくなって、また旅に出た。

10/23 札幌から中央道で留萌へ。日本海側へ出て、オロロンラインを北へ走る。

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羽幌を過ぎて暫くすると「曙」への分岐点が現れる。この辺りの海岸は海蝕台が多い。


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築別川に沿って道道356号線を走ると、羽幌炭鉱鉄道の鉄橋跡が現れる。

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2つ目の橋梁跡

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3つ目の橋梁跡。。「鉄道廃線跡を歩くⅣ」(宮脇俊三・JTBキャンブックス)で、『桁にあわせてピアを立てた橋梁』として紹介された。

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成る程長さも、厚みも違うガーダーに合わせてピアが建っている。
鉄橋も自然に帰りつつあるようだ。

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曙で左折して、なおも356号線を進む。国道を走っていると鉄道跡が見つけにくくなる。

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分岐を過ぎて、少し坂を登ると国道脇に巨大なホッパーが現れる。羽幌鉱業所の看板が残っている。
堀上げた石炭は、ここから羽幌炭鉱鉄道で積出港まで運ばれた。

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天井の穴から貨車に石炭を落とす。現物の積み出しホッパーは初めて見る。列車が2編成入る巨大なものだ。

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ホッパーから築別川を見ると川の中に橋脚が立っている。線路はここで川を渡って炭鉱へと向かっていた。

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ホッパーから暫く進むと、道路はかって病院であった建物脇で終わる。右へ橋を渡るとここで働いていた人々の街があった。

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消防署の廃墟の向こうに、発電所の煙突が見える。

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煙突を目指して歩く。映画館の映写室だけが残っている。木造の建物は崩れ落ちてコンクリートのこの部分だけが残っている。

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煙突の反対側にコンクリートの無人の炭住が、右に4棟左に1棟。ゴーストタウンを目の当たりにする。

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建物の脇に植えられた木立がベランダを突き破り、辺りを自然に帰そうとしているかのようだ。

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建具・畳は回収されており、暮らしの痕跡は残っていなかった。

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帰りに道道から分岐する橋を渡り、丘の上の太陽小学校跡に立ち寄った。校舎や円形の体育館は健在である。

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脇の戸が開いていたので、校舎内に入った。こんなものがあって一瞬ドキッとさせられた。

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こんなものも置いてある。数年前までは「緑の村」として、キャンプ場兼資料館として利用がなされていたらしいが、それもやめて放置されたままになっている。





恐るべし一徹

2008年10月23日 20:35

今年4度目の北海道に来ている。

詳細はさておき、狸小路7丁目の「一徹」にポテトアンナを食べに行った。
ビールと、まずは本マグロのさしみを注文。徐にポテトアンナを注文したが、なかなか出来そうにない。すぐに来そうな羊スジ煮込みを頼んだ。

牛スジ煮込みと同様、鍋から掬ってすぐ出されるものと思っていた。
ところが、これも一手間かかる。

なんと、小さめシチュー皿の中に、厚め羊肉が濃厚なスープに浮いている。スープをしみ込ませるためのパンも付いている。そう、ここではシチューをスジ煮込みと呼んでいるらしい。

恐るべしフレンチ居酒屋「一徹」。

ポテトアンナとは、ポテトのスライスをチーズで絡めてプレートで焼いたものだった。前回のポテトアミー程の驚きは無かった。

さらばベルリン

2008年10月21日 09:50

1945年5月ドイツ降伏後、スタリーンやチャーチルが戦後処理のためポツダムに集まる。4:3 白黒のニュース映像の中に「オーシャンズ」シリーズのジョージ・クルーニーが現れる。回想画面かと思ったが全編4:3 白黒だった。
 死んだと思われている親衛隊将校の捜索に新聞記者のクルーニーが巻き込まれる。クルーニーの戦前の知り合いである謎のドイツ人娼婦は、将校の妻だった。彼女はベルリン脱出を望んでいる。
 怪しい人物が次々と現れるところは「第3の男」、ヒロインが現地からの脱出を望んでいる設定は「カサブランカ」である。
 これらの名画を追った企画かとも思われるが、映像は露出過度気味でクッキリしている。「欧州名画」的なくすんだ、ぼんやりとした雰囲気は全くない。ハードボイルドな内容に合わせたと言うより、挿入されている、当時のニュース画像と違和感をなくす為であったのでは無いだろうか。

事件の背景にあるのが、ロケットなのか原爆なのかハッキリしないままにラストシーンを迎える。ヒロインが、双発の飛行機に乗って去っていく場面は「カサブランカ」そのもののである。

どこまでが過去の映像で、どこからがセットなのか区別が付かないカットは優れている。同じ手は2度と使えないだろうが、それなりに楽しめた一編だった。

鯛めし

2008年10月20日 17:01

今日はカミさんの帰りが遅くなるので、炊事当番。

2人分 材料 分量
鯛 1尾
生椎茸 4個
塩 少々
米 2合
昆布 10x5 2枚
◎酒 50cc
◎みりん 大さじ1
◎しょうゆ 大さじ2

1. 鯛はウロコと内臓を取り除き、2枚におろして塩を両面にふりかけておく。
  身はほぐし易いように切れ目を入れておく。生椎茸はスライスする。
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鯛は丸ごとの方が見場が良いのですが、電気釜に頭から尾っぽまで入るようなものでは、小さすぎて美味しくありません。頭も尻尾も取って、身だけにします。今日のは連子鯛ですが子が入ってました。

2. といだ米を入れ、◎を加えてトータルで2合の目盛りまで水を入れる

3.昆布と身、スライスした生椎茸を入れる。
  炊飯器のスイッチを入れて、後は待つだけ。


出来上がり

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昆布は米の中へ入れてしまうと、ご飯がべったりついてしまうので上へ載せます。


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つゆくさ

2008年10月19日 10:28

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公園の道ばたに群生していた。
夏の朝を代表する花だったはずだが、10月の下旬に入ろうかという今頃まで咲いている。
温暖化、温暖化と煩いことだが僅か1,2度の温度差である。それでも植生は敏感に変化するようだ。

退職者医療制度って、詐欺かタカリか

2008年10月18日 17:47

市から新しい保険証が来た。一人分ずつカードになっている。
それはいいのだが、同封のお知らせに「退職者医療制度」というのがあって該当するようだ。しかし、ホームページを見ても説明はなく担当者に聞けとなっている。どうも面妖だ。

こんなブログの記事を見つけた。

退職者医療制度??? なんじゃそれ!!

被保険者に全くメリットはなく、健康保険組合から国民健康保険へ金が流れる制度らしい。
こんな事をするから、西濃運輸のように健康保険組合を解散して政府管掌に入り、税金の負担が増える。その説明を公式のホームページですることなく、証拠となり難い電話説明で済まそうとする。大阪市の隠蔽体質の面目躍如である。

この外にも保険料が年金から天引きなるとの「お知らせ」もあった。
まだ入ったばかりなのにもう?
これはホームページを見ると、家族全員が65才以上とか色んな条件が重なって天引きとなるようだ。「お知らせ」には、その条件は書いて無くて、天引きの例外だけが詳しく書いてある。市の「金を取りたい」一心が、そのまま自己主張しているような説明であった。

新たな人生の門出に

2008年10月17日 20:17

先日年金証書が来た。
もっとしっかりした用紙かと思っていたが、ペラペラで直ぐにどこかへ消えてしまいそうな紙だった。

退職以来いろいろ手続きがあったが、これでお仕舞い。いよいよ新たな人生が始まった。

生きている楽しみを見つけなければならない。