ファミリー庭園の2年点検

2009年05月30日 12:11

ヘーベルハウスから、2年目点検の訪問日のお知らせがあった直後に、ファミリー庭園からも電話があった。こちらは、電話の翌日という忙しい話であったが。

ファミリー庭園には、完工後も枯れた庭木の交換や、ガレージの雨漏り(枯れ葉が詰まっていた)等で何度かメンテナンス・スタッフに来て貰っている。なので、今更どこと言ってクレームは無い。
外構というと、前の家ではやりっぱなし(それも施主の意向を無視して)だったので、そんなものかと思っていたが、嬉しい驚きだった。


JR西日本パス

2009年05月29日 08:57

2日券12000円、3日券16000円で週末(金~月)、新幹線・特急が乗り放題。指定も2日は4回、3日は6回。しかもJR西日本のエリア以外に四国と九州の北半分が入ってる。

朝日コム によると智頭急行や北近畿タンゴ鉄道の第3セクターて゜は使用できない事を知らなかった客との間でトラプルが発生しているらしい。

JRの切符だから、特に謳っていない限り三セクで使用できないのは当たり前の事だ。
「聞いて無い」と三セクの料金を踏み倒そうとするなんで言語道断である。

又JR西日本が、これまで、このような企画切符の発売に不熱心だった事も一因では無かろうか。
JR全社共通の周遊きっぷ以外に、フリーパスを殆ど出していない。西日本のエリア内で通用するフリー切符は他のJR社のものだ。JR西日本エリア内の客はフリーパスを使う機会が無いから、「常識」が学習できない。この切符も「2名様以上」と嫌らしい条件が付いている。こんな条件を付けるのはJR西日本だけである。収入面で魅力のあるビジネス客に的を絞り、旅行客の裾野拡大を行ってきた営業施策のツケが回ってきた。


朝日コムの記事も「東は新潟・直江津まで」と紛らわしい事を書いている。新潟までは行けない。直江津までだ。直江津は元々JR西と東の境界になっている。東へも延びている事を強調したかったものと見えるが、時刻表の路線図を見れば一目瞭然である。伝聞を作文するだけの手抜き記事のようだ。

ちなみにJR東日本にも同様の乗り放題切符がある。こちらは3日間12000円で、直江津から福井まで進出している。どちらが魅力的か言うまでもない。


全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅 第6日

2009年05月28日 07:48

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何度も検討して、秋田で泊まった場合は由利高原鉄道に乗れない事が分かっている。その代わりホテルの真ん前にある久保田城を散策する。秋田には10程前にも来た事があるが、印象がまるで違う。あの時はまだ開業間もない頃で、駅も、周囲の街並みも完成してなかった。駅から城跡が見渡せたので、堀の目立たない横手から入った。徳川幕府を憚った、石垣のない城という先入観からか貧相な城という印象だった。

今度来てみると、城の正門には幅の広い堀があり、千秋公園の入り口になっている。石垣はないが周囲を土塁で囲み、城域全体が盛り土がしてあって、それなりの防御機能を持っている。


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隅櫓が一カ所だけ復元されている。この建物には見覚えがある。前来た時には公園全体が見渡せたが、公園としての整備も進んでいるようで木々が生い茂っている。



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男鹿行きの列車を待っていると、隣のホームから奥羽線経由で上野-青森間を走っている寝台特急「あけぼの」が発車して行った。最早5列車しか残っていないブルートレインの一つであるが、新幹線が青森まで延長されると消えるのではないだろうか。


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琵琶湖に次ぐ、日本第2の八郎潟はすっかり干拓されてしまって、この巨大な水門に名残を留めるのみとなった。


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終点男鹿駅には貨物列車も来るのだろうか、大きなヤードが残されていた。



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羽後本荘駅通過。乗れなかった由利高原鉄道の列車が発車を待っていた。


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全線完乗の為に、出来るだけ羽越本線を南下しておく。その限界が象潟だった。田んぼの中に点在する九十九潟の跡は、昔ここを通った時の記憶と変わらない。駅の横に芭蕉の句碑が建っていた。例の「雨に西施がねぶの花」の句だろうけど、読めない。



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帰りの下り特急から鳥海山が見えた。北海道からの帰りに、この山の上空を何度も通った事がある。周囲の地形からポツンと切り離された、綺麗な円錐状の山だが、地上から見ると然したる山にみえない。


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再び羽後本荘を通過して、一旦海岸線から離れた後、再び海岸線に沿って走る区間がある。日本海からの風がきついのか、松が同じ方向に傾いて生えている。



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秋田で乗ってきた「いなほ1号」のホディを眺める。車内も塗装が黄ばんでいるが、窓枠の層状に重なった錆びはどうだろう。何度も塗り直されて、国鉄時代から走り続けているのでは無いだろうか。
東北地方の在来特急は、青森-八戸間を走る「つがる」以外は、皆こんな老兵達ばかりだ。



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弘前で途中下車する。学生時代に来たことがあるが、赤い橋しか印象に残っていない。あの頃、城と言えば天守閣だった。印象が薄いのは松江城と同じく、その天守閣の規模が小さかったのだと思う。

しかし、12しか残っていないオリジナルの天守閣である上に、3重の堀、重要文化財に指定された5つの城門と3つの櫓を持つ城域全体が残された唯一の城と言われれば、もう一度しっかり見ておこうという気になる。

外堀に配置された3つの外門と、中堀と内堀の間にある2つの中門は、規模、デザイン共によく似ている。外門には格子が填められていて櫓の機能を持っているのに対して、内門は白壁になっている点が異なっている。


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有料(といっても天守閣への登楼を含めて300円だが)の本丸跡に立てば、岩木山が見える。強い風に乗って大陸の砂が飛来しているのか、鳥海山同様翳んでいる。


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お目当ての天守閣。真っ赤な橋に三層の白い壁が映える。
ここまでは良い。


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しかし、ここから見るとゲンなりする。
これでは天守閣ではなくて櫓だ。実際、熊本城の宇土櫓と同じか、向こうの方が大きいくらいだ。
幕末に、それまでの4万7千石から10万石に加増された。北方警護の代償として大名としての格が上げられた。藩士の士気を鼓舞するために、シンボリック意味で天守閣が再建されたのだと言う。
しかし何故こんな隅に?


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天守閣の中にある模型が答えてくれた。
長年天守閣がないままに、本丸の建物が増築された。ここが政治の中心になっていたのだろう。空いている隅に天守閣が建てられた。シンボリックな建物だからそれで良かった。


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その本丸御殿跡は、徒に大きな敷地を晒すばかりである。
桜の季節しか人気がないのも頷ける。


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お堀の文字通り「おしどり夫婦」が、人を怖がることもなく、悠々と目の前を横切って行った。
「この城は私達のものよ」とでも言っているようだった。



奥羽本線の新青森や青森空港への途中で、新幹線の青森延長工事の進捗を確認した。駅はほぼ出来上がり、高架は更に北へ、海峡を目指して延びていた。


60才からのJR全線完乗率 52.09%




曲者揃いのプロで、大フィル自滅~第428会定期演奏会

2009年05月27日 01:17

2009/05/26

2階バルコニーから会場を見渡してみる。マスク顔で埋まっていると気味が悪いなと思っていたが、マスク派は2割程度であった。
マスクでウイルスは防げない。保菌者の咳やくしゃみによる拡散を防ぐだけなのだけれど。今回の騒動で儲かったのはマスクと空気清浄機のメーカーだけか。


コダーイ/ガランタ舞曲
ジプシー風のメロディが楽器を渡り歩きながら展開されていく。適度に緩急、クレシェンド/デクレシェンドが付いて、オケの腕慣らし、客の耳慣らしには丁度良い。もっと演奏されても良い曲だ。

リゲティ/ヴァイオリン協奏曲
曰く「印象では調子っぱずれに感じる箇所が多い」、曰く「音律同士の軋みや拮抗が積極的に用いられている」。聴く前から、身構えさせられる解説がプログラムに載っている。
のっけからソロヴァイオリンが鋸の目立てのような音を出す。シンセサイザーが出る前の、単純なサイン波しか出せなかった時代の「現代音楽」をオーケストラでアコースティックに再現しているようだ。
と思って以後記憶が途切れる。何度か大太鼓やマリンバの強打に覚醒を促されたが、頑張って眠る。

庄司紗矢香さんとは、別の曲での再会を望む。

ラフマニノフ/交響曲第3番
第2楽章で、ラフマニノフらしい暗くて気怠いメロディがパープに流れ、弦・木管に引き継がれて前半を覆っていた。聞き所はそれぐらいで、第1、3楽章は盛り上がったと思ったら、直ぐ梯子を外してしまう。テーマが次々変わるが脈絡がない。精神分裂的で捉え所が無い。
「お前ら、やる気あるんか」と叫びたいが、作曲者に言えば良いのか、指揮者なのか分からない。

アルバー君、この難曲(駄曲?)を料理するのは無理だった。
まあ、スヴェトラ老も苦労してるけど。
しゃ、またね。




全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅 第5日

2009年05月26日 10:05

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宮古の街で懐かしい擬似西洋風の建物を見た。ペンキが剥げ落ちて、何の店だったのか分からなくなっている。

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宮古から田老ので伸ばした宮古線も、久慈から普代までの久慈線も、田老と普代を繋ぐ新線も纏めて廃線になるところを救ったのが三陸鉄道北リアス線である。
三陸海岸の宮古以北を回ったのは昭和44~5年で、まだ宮古線や久慈線は出来ていなかった。潮吹穴や北山崎へはバスで行き、そのまま海岸沿いに本州北端の尻屋岬まで達し、恐山、仏ヶ浦を回った。

昨日の雨の名残か、宮古駅に大きな虹がかかっていた。



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南リアス線と違って、北リアス線は本当にトンネルばかりの線だった。駅でちょっと外へ顔を出しては直ぐにトンネルに潜り込む。線路は真っ直ぐで、勾配を避けるため全線高架。地上の駅舎からホームまで階段を上る。

鉄橋のトラスがコンクリートで出来ている。この線では鉄建公団がいろいろな形式の鉄橋を造ったらしい。人気のない山の中にSF的な形の構造物がポツンと浮かんでいる。


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島の越で降りて北山崎の観光船に乗った。風か強かったので欠航になるかと心配したが、時間通り出港した。ゴールデンウィークが済んだ今の時期は閑散期なのだろうか。観光船一隻貸し切りかと思ったら、出航前に車で4人やってきた。



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港をでたとたん船が大きく上下動する。北海道の沖で低気圧が荒れているらしい。北山崎の断崖見物には、この位ゆれた方が相応しい。風も強くて、デッキに出ているとスピーカーの音声が聞き取れない。太平洋の荒波で造られた奇岩の数々を、50分間の観光コースで充分に堪能した。



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記憶にある北山崎の風景と何となく違ったていたような気がするので、パンフレットで確認してみた。この写真は陸上の展望台から撮ったもので、切手の構図にもなっている有名ものである。
穴の空いた岩の外側にもう一つ岩が立っている。それは同じなのだが、岩と岩の距離や大きさのバランスが違う。よく見ると遠くの方にも穴の空いた岩が見える。撮った写真の岩と同じ形をしている。どうやら観光船は、この岩の所までは行かなかったものと見える。
三陸の隆起海岸(宮古から南はリアス式沈降海岸だが、以北は隆起海岸。北リアス線の命名はおかしい)の絶景を楽しませて貰ったので文句は無い。



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島の越駅へもどると、構内放送で強風のため列車が徐行運転をしていると言っていた。
久慈で2時間の待ち時間があるから丁度良いが、不安定な船が定時運行していて、大地にへばり付いている鉄道の方が風に弱いとは。
駅を依託されている女性が「サンテツは一度強風で落ちたから、慎重なんです」と言っていた。高架から落ちたら大変だ。

ここで久慈までの切符を買ったら今時珍しい硬券だった。宮古や盛では自販機のペラペラの切符だった。発行枚数の少ない途中駅では、25年前の発足時に印刷した切符がまだ残っているか。

2両編成で閑散としていると思っていたら、次の田野畑で団体が2つも乗り込んできた。車内販売もワゴンも付いてきた。
徐行運転と言っても、風の影響の無いトンネルでは通常のスピードに戻る。団体はスケジュールがあるから、安全を楯にむやみに列車を遅らせるとソッポを向かれる。営業を勘案して現実的な判断になったものと思われる。


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安家川(あっかがわ)橋梁では右手に海が大きく開けた。カーブしている鉄橋と相まって北リアス線のハイライトだ。普段は鉄橋の上で観光停車するらしいが、今日は安全のため徐行運転で通り過ぎる。



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途中で風が収まるまで停車していた事もあり、久慈には予定より45分遅れて到着。
久慈線時代は繋がっていた線路が分断されている。

北リアス線発祥の碑を見て、隣のJR駅に入ったらショッキングな知らせが待っていた。
「12:51発八戸行きは強風のため運休します」
構内には地元の人が大勢いた。皆八戸線を待っているのかと、聞いてみたらJRバスで二戸方面へ行くらしい。そう言えば三陸鉄道の接続案内で二戸行きは11時30分とか言っていた。三陸鉄道が動いているんだからとタカを括っていたが、あのバスが最速ルートだった。次は2時間後まで便がない。

八戸行きの列車はすでにホームに入っているので、ひょっとしたらと一縷の望みを託したが、発車時間を過ぎてもアナウンスは無い。ここで八戸線を乗り残すと、来年12月の新幹線青森開通まで機会がない。全線完乗はそれまで待たねばならない。バスで二戸へ行っても、新幹線の八戸-二戸間を乗り残すのは嫌だから、この区間を往復して埋める事になる。予定している象潟までは行けそうにない。
バスの時刻が近づいてヤキモキしていると、14時46分発の次の八戸行きは運行するという放送があった。やれやれだが、今更発車までの時間内に行けるところは無い。2時間待ちが3時間待ちになってしまった。


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八戸線は、大湊線以上に荒涼として人気のない海岸線を黙々と走る路線である。
3両編成のディーゼルカーの天井が広々としている。空調なぞ、この赤字線には取り付けられませんと言う事らしい。こちとらは、その方が好都合だが。
当然の事ながら、ここも徐行運転をする。三陸鉄道のような長いトンネルは無いから、ずっと徐行したまま。海岸から離れて森の中を通っているのに徐行する。最後のほんの少しだけ海岸線に出た。
徐行区間は駅で区切られているようだ。一旦徐行区間を過ぎると、いくら海岸でもスピードを落とさない。JRらしい大雑把な規制の仕方だ。

海猫の舞う蕪島を見て本八戸まで来た。17時の新幹線にはギリギリ間に合時間だったのに、またもや徐行運転。既に家の建ち並ぶ地域で風も収まっている。信じられない決定である。


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時刻表には載っていないが、秋田には新しいホテルが沢山ある。八戸駅に本屋が入っていたのを思い出す。ネット予約で重宝している「じゃらん」が月刊誌になっていた。風呂に入りたかったのでドーミーインを電話で予約した。

八戸の駅弁「あなごいくら飯」は、とろけるような穴子とタップリ乗ったいくらが美味かった。
こういう駅弁を食べると、高いだけの東海道新幹線の幕の内は何だったのだろうと思う。


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八戸-盛岡間は三陸鉄道以上のトンネル線だった。
盛岡付近では、在来線と並んで高架を走る。建物に邪魔されずに夕焼けの岩手山が見えた。



ドーミーイン秋田に投宿。素泊まり5800円だが、「じゃらん」で見たと電話で言ったので朝食付きで5900円だった。生憎早立ちで7時朝食開始では間に合わない。その事を言うと、ネット予約特別料金の部屋を宛がってくれた。4500円だった。チェックインが混む時間帯が幸いしたかも知れない。
ダブルベッドの大きめの部屋で、エントランス部分との間にスライドドアが付いている。
最上階の大浴場はルートインチェーンより大きかった。


全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅 第4日

2009年05月25日 09:56






JR宮古駅と並んで三陸鉄道の宮古駅がある。名目上の本社は岩手にあるが実質的にはここが本社機能を果たしている。国鉄が赤字ローカル線を切り捨てようとした時、最初に第三セクターの鉄道会社としてなのりを挙げたのが三陸鉄道だった。第三セクターに共通した、カラフルな車両、お洒落れな駅舎、ニックネーム付きの駅名はここから始まった。今年は25周年だという。国鉄が無くなってから、もう25年が経ったのかと思う。

生憎の雨模様だが、今日は1日列車に乗っているだけなので気にならない。









今日の口開けは岩泉線である。全線を走る列車が、朝1往復と夕方2往復しかない。終点の岩泉駅は龍泉洞という鍾乳洞に近いが、観光客は盛岡か海岸沿いの小本からバスでやってくる。
計画では、山田線を宮古から盛岡に少し戻った所にある、茂市から岩泉を通って小本に至るはずだった。その後、岩泉以降は未着工のまま、全線廃止ローカル線の指定を受けた。
盛岡側や釜石側からこの線に乗ろうとしても、山田線自身が全線を走る列車が1日4往復と少なくて、日のある間に乗るのが難しい。結局、宮古に前泊して朝の列車を捕まえた。

列車は山田線の山峡を、もっと詰めたような所を走る。押角峠を長いトンネルで抜けると、分水嶺を越えて川の流れが変わった。小本川となって太平洋に注いでいるのだろう。川の中州から糸を垂れる釣り人がいた。

車内を見渡しても他に乗客はいない。岩泉の3つ手前でやっと高校生が乗って来た。岩泉で何か運動の大会があるらしく、降りる時にホームにいる人から「頑張れよ」と声をかけられていた。

全線無人駅だが、岩泉駅は思ったより立派な建物だった。これ程の駅舎に見合う乗客が居るのかと思う。小本まで通じて初めて用をなすのではないか。もっとも小本も今では三セクの三陸鉄道しか走っていないが。

茂市の駅ではタブレットを手渡しているのが見えた。蒸気時代の給水塔が残っていたりと、この路線には徹底して金をかけないというJRの姿勢が窺える。




宮古からは快速列車に乗る。回転式リクライニングで、3両編成のうち1両は座席指定車だった。指定車は空気を運ぶだけになるのだろう。
車掌が、女性客に山田線経由の盛岡行きへの乗車を勧めていた。この列車も盛岡行きだが、釜石、花巻を経由するから宮古-釜石、花巻-盛岡という余分な路線を走り、時間もかかる。かっての盛岡発盛岡行き程ではないが、循環列車の名残のような運用をしている。シートは列車の進行方向とは逆向きにセットされている。釜石で進行方向が変わる為なのだろう。この旅では、以後も秋田新幹線の大曲-秋田間、弘前発の八戸行き特急で弘前-青森間でも逆向き走行を経験した。レールがそれぞれ独立して敷設されて来た歴史に思いを巡らせる。



陸中大橋のヘアピンカーブ。ループ線ではないが、山腹を180度回るので、乗ってきた線路が眼下に見える。駅弁の朝食を済まして、ついウトウトしたらしい、駅を撮るタイミングを失してしまった。




気温が高いせいか、乱気が地上から山に昇る。






三陸の海岸を走っていると、城のように見える家をよく見かける。入母屋の二階建てで、破風を大きく取っている為そんな印象を与えるようだ。山陰の瓦葺きの家では、鯱のような鬼瓦が多いが、ここの鬼瓦は普通だった。






一関から再び北上山地に分け入る。ここまで下ってくると、なだらかな山裾なので、田畑の中を走る。大船渡線のナベヅル区間は、うつらうつらする内に通り過ぎてしまった。2月にも通っているので気が緩む。

盛から、いよいよ三陸鉄道に乗る。2両編成の後ろの車両がレトロで面白そうだったが、団体貸切り専用の列車だった。

盛-釜石間の南リアス線は、思ったほどのトンネル線ではなかった。山田線の宮古-釜石間と同程度に、眼下に入り江の奥の集落が見える。

本日2度目の釜石駅に到着。もう一度ゆっくりと見渡してみるが、矢張り高炉は無い。本当に取り壊されてしまった。辺りを睥睨していた高炉だが、見慣れたものが風景から消えてしまうのは淋しい。


全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅 第3日

2009年05月23日 07:19



宿のマイクロバスで北上駅まで送ってもらい、乗り尽くしの旅再開。今日は昨日に続いてゆったりしたスケジュールだ。北上線を乗り尽くした後、田沢湖線で角館へ向かい、盛岡から山田線経由で宮古まで行く。




北上線は1番線のホームを途中から切り欠いて作られた、典型的な0番線から出る。







北上線のハイライト錦秋湖を渡る。

一口に新緑と言うが、杉の黒々とした緑から、薄い緑、黄色がかった緑、赤味がかった緑、白っぽい緑と色んな緑が山肌を賑わしている。そこに真っ盛りの野生の藤が、薄紫の彩りを添える。









2月に角館で秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えたときは、駅前に大きな雪溜まりが出来ていてとても街中へ入っていく気になれなかった。今日はたっぷり時間をとってある。
東北本線や北上線沿線では半分葉桜になった桜を見かけたので、ひょっとしたらと期待を抱いていたが若葉になっていた。

街並みを楽しみながら、何故こんなに道幅が広いのかという疑問が湧いてきた。武家屋敷だから路そのものも鍵型にして、敵の移動を妨げている。しかし、こんなに道幅が広くてはその意味もない。
ある屋敷の説明に明治の大火後に建築されたとあった。そうか、ここは火事に遇って以後、防火のために道幅を拡げたのか。道理で、大きい屋敷でも門から玄関までの距離が短いのだ。角館の武家屋敷でイメージするのは屋敷そのものでは無くて、黒塀、しだれ桜、掘り割りの街並みだが、それらは総べて明治に造られたものだった。






盛岡駅で降りるのは10年ぶりだ。あの時は駅だけえらい立派なのを造ったなと感じたが、今は高層ビルが林立して景観のバランスが取れている。
旧市街の城まで行く元気が無いので、開運橋から北上川と岩手山を眺めるだけにした。





山田線の盛岡-宮古間は北上山地の過疎地を走る。猿を乗せるのかと言われた路線だ。
浅岡駅から廃校が見える。校舎が残っている間はまだ良い。無くなってしまうと皆が集える縁が無くなってしまう。

人が住んでいない地域を走る路線ほど景色が良い。山田線も山間を川に沿って走る。どこというポイントは無いが、山あり谷ありの見飽きない景色が続く。区界駅は分水嶺にあるようで、これまで列車の進行方向と逆だった川の流れが、同じ方向に流れる。ここから宮古まで閉伊川に沿って山を下っていく。


今日と明日は宮古セントラルホテル熊安に連泊する。素泊まり5600円。空調はファンの強弱のみ、羽布団ではなくベッドカバーという古いタイプのビジネスホテルだった。



全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅 第2日

2009年05月22日 10:45




早朝の青森駅には、八戸行き、秋田行き、函館行きの特急列車が勢揃いしていた。
函館まで新幹線が伸びてしまうと秋田行きしか残らない。






青森港の岸壁まで伸びた線路の脇には八甲田丸が係留されて、メモリアルパークになっている。
とうとう青函連絡船に乗ることは無かった。次に来た時にはせめてフェリーで北海道へ渡って見よう。







野辺地から大湊線の単行ディーゼルカーは、陸奥湾の何もない海岸を高速で走る。
下北半島の先に温泉や観光地がある所為か、行きも帰りも込んでいた。



ローカル線八戸線の起点でしかなかった八戸駅は、奥羽本線、東北本線、海峡線の特急から新幹線に乗り継ぐ駅に大変身した。
もっとも賑わいは表通りの西口だけで、東口側は住宅街のままでタクシーがあぶれている。




八戸から三セク線になった元の東北本線を各停で2時間ばかり走る。
雲を被っていない岩手山が、頂までクッキリ見えた。




盛岡から新幹線に乗る。
花巻を過ぎてしぱらくすると北上川を渡河する。この辺りは北海道の川と同じように護岸工事をしていない。岸に木々を茂らせ、蛇行しながらゆったりと流れる。



2時半に北上駅到着。今日はこれまで。
路線バスで夏油温泉に向かう。



道はどんどん山を登っていく。山のてっぺんに温泉がある?実際、冬期はスキー場になる夏油高原温泉は山頂付近にあった。そこから一転して谷へ降りていく。深い谷底を流れる夏油川に沿って10分ほど走って夏油温泉に到着した。積雪でアクセスできないため、11月から4月までは閉鎖されるこの秘湯に来てみたかった。






温泉は、露天風呂5カ所と内風呂が2カ所有る。各風呂が別々の原泉を持つという贅沢な湯である。温度もまちまち。上の大湯がもっとも熱いが、露天なので丁度よい。夏油川を渡ったところにある目の湯(めのゆ)はヌルくて長時間入るのに向いている。



夏油川を20分遡った所にある、特別天然記念物の「天狗の岩」まで行ってみた。
日本最大の石灰華ドームで、温泉成分の炭酸カルシウムが何万年もかかって沈着したものだ。バスの案内テープでは、てっぺんに湯船があると言っていたが定かではない。



散歩道には巨大なぜんまいの他、タンポポに似た野草が咲いていた。


元湯夏油に投宿。湯治向け温泉なので一泊二食9600円と安い。部屋は民宿並で、トイレ洗面は共同。食事は肉シャプ、刺身、山菜の天ぷらが出て、質量とも満足できた。

今月再開したばかりなのに宿泊客は10人だけ、混むのは連休時だけか。

全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅 第1日

2009年05月21日 10:50

2009/5/14





新千歳空港-南千歳間は「みちのくフリー切符」の対象外なので、一駅だけ切符を買って乗る。この区間だけ乗るのは初めてだが、3分の区間で300円もする。地下区間の高い工事費の所為で特別区間になっているようだ。

かってはこの駅が千歳空港駅で、長い跨線橋が空港ターミナルビルに直結していた。跨線橋は途中でちょん切られて、空中に浮かんでいる。


函館までの特急スーパー北斗はガラ空きだろうと思っていたら、あに図らんや指定席は満席で、登別以降の通路側の席しか無かった。連休も終わったのに何故と訝りながら乗車したら、修学旅行だった。インフルエンザにやられてた高校も連休明けに出発していた。
客が来ない指定席に取り敢えず座って、登別で自分の指定席に戻った。幸い、室蘭で自由席から大勢の乗客が降りたので、やっと窓側の席に座れた。



噴火湾に入ると駒ヶ岳が見えてくる。湾を半周する間ずっと左窓にある。



大沼と小沼の間の細くなった通路を通り抜けて大沼公園駅に停車。
大沼国定公園は、まだシーズンオフのようだ。





大沼公園を出てしばらく進むと、急に視界が広がって函館平野に入る。
ポツンと小さく見えていた函館山がどんどん大きくなって、やがて函館駅に到着。



遅ればせながら、初めて海峡トンネルを越えた。
よく見るとドアのガラスに渡島半島と青森県がデザインされている。



蟹田駅で1時間以上待ち時間があるので海岸へ出てみた。
ミャオ、ミャオと煩い程に鳴く。なるほど海猫だ。







津軽線は半島の北辺に達して海岸沿いを走る。竜飛岬の姿がチラチラする頃、左へ急カーブして山に向かったかと思うと、唐突に終点三厩に到着。三厩駅は、これから前方の山峡に分け入っていきますよと言うような場所にある。
竜飛岬行きのバスが待っていたが、前に行った事があるので今回はパスする。








蟹田で乗り換えた青森行きの電車はロングシートだった。日がとっぷりと暮れた中を走っていると、まだ近郊の郊外に居るような気がして、本州の果てまで旅している感慨が損なわれる。

ホームで撮ってから、跨線橋に上がるとベイブリッジのライトアップの色が変わっていた。手が込んでいる。


ルートイン青森駅前に宿泊。朝食付き5900円。大浴場で疲れを取る。
最近はビジネスホテルでも女性客をよく見かける。「風呂場は大きいですか」と聞かれても、女湯に入った事は無いので答えられない。


全線完乗~みちのくフリー切符で行く北東北3県の旅

2009年05月20日 10:47

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東北へ行くのに、航空機のチケットは札幌行きになっている。JR北海道発売の「みちのくフリー切符」は北海道に入らないと買えない。出発時に切符が手元にないのは少し不安だ。
この切符のフリー区間は青森、岩手、秋田の北東北3県なので、このエリアの路線を総べて乗り尽くす。ここは1日3往復の岩泉線の他にも、津軽線、八戸線、三セクの青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道、大湊線の乗り継ぎにくい路線が手ぐすね引いて待っている。散々こねくり回したけれども、連日早朝に発って、日中は1時間も時間待ちをするという情けないスケジュールしか立てられなかった。一軒宿の温泉に泊まったり、北山崎で遊覧船に乗る等の「旅行」の要素を譲らなかった所為もあるけれど。

札幌発の「みちのくフリー切符」の通用期間は6日間だが、第1日目は殆ど札幌→青森の移動に費やされてしまう。津軽線の便が少なくて三厩-蟹田往復に時間を取られる。
第2日目は三セク化された旧東北本線の八戸-盛岡間がネックになる。3月末まであった快速が無くなったのが痛い。この区間は新幹線も通っているのでもう一度通らねばならない。
今回は盲腸線以外にも田沢湖線(秋田新幹線)の大曲-盛岡や山田線の釜石-宮古、奥羽本線の秋田-象潟を2度通らないと乗り継ぎできない。三セク線の三陸リアス鉄道や由利高原鉄道にも乗るのでなかなかタイトなスケジュールになっている。しかしこの日は北上駅で早々に切り上げて夏油温泉に向かう。
第3日目は北上線で大曲へ行き、秋田新幹線で盛岡に引き返してきて、山田線で宮古まで行く。
第4日目は、かなりアホらしいルートだ。早朝に岩泉線を往復した後、宮古から釜石線で花巻に出て、花巻-一関-大船渡という2月にも乗ったルートを辿る。大船渡からは北上して再び宮古へ戻る。
第5日目は三陸リアス線、八戸線に乗って2度目の八戸へ。新幹線を乗り継いで秋田に出て、象潟まで行く。
最終日は由利高原鉄道と男鹿線に乗ってから奥羽本線で青森に行って、空路伊丹へ戻る。

2月に乗った花輪線と五能線を除いて、この切符で乗れる総ての線を乗り潰す。乗り潰しの為に乗る所為か今ひとつ意気が上がらない。