どうしょうもない自民党

2009年10月31日 11:16

自民党は、世襲制限を撤回するという。
「現役も新人も対等に公募するなら世襲を排除する必要はない」という事らしい。

まだ、こんな問題のすり替えで世間の目をごまかせると思ってるようだ。
職業の自由は保障されているのだから、誰も親の仕事を継ぐ事が悪いとは言っていない。
親の地盤と資金を継いで立候補するのは、イチから選挙を戦う人に対して余りにも不公平というのがポイントだ。
別の選挙区で立候補するなら何も問題ない。親の地盤がないと当選できないような人には国政を委ねられない。



民主党に引きずられて、イヤイヤながら決めたルールを一回も実施しないで撤回する。
党勢拡大どころか、もう自民党には一握りのボスとその後継者しか残らない。





名松線一部廃線

2009年10月30日 00:37

名松線の今後の輸送計画について

復旧しても又やられるから、松阪・家城間は鉄道で、家城・伊勢奥津間はバスでの輸送とすると。
乗客減少の推移も載せて、なんなら全線廃線にしましょうかという脅しもチラチラする。

名松線と参宮線は一纏めにして青春18切符日帰りコースと後回しにしていたが、えらい事になった。松阪発着の時刻は変わらないようだが、代行バスでは乗った事にならない。

東海道新幹線で大儲けして、リニア新幹線は自社工事すると鼻息の荒いJR東海だが、中間決算は減収減益。1000円高速のツケがこんな所に出てきた。国鉄時代に何度も災害に遭い廃線の噂が流れたが、その度に復旧してきた。JR東海は今度の災害を奇貨と捉えたようだ。




大フィル第432回定期演奏会 カルミナブラーナは凄かった

2009年10月29日 22:20

ハイドンのチェロ協奏曲も良かったが、今夜は次のプログラムが待ち遠しい。

オルフのカルミナ・ブラーナを一度は生で聴きたいと思っていた。


フルオーケストラのど真ん中にピアノが2台。
後ろは100人規模の合唱団で占められている。
児童合唱団はパイプオルガンの脇、何故か中央でなく右側に寄せられている。
奥行きのあるザ・シンフォニーホールの舞台も今日ばかりは満員で、3人の歌手は指揮台とピアノの間で小さくなっている。

同じリズム・旋律の繰り返し。様々な打楽器を駆使したオーケストレーション。
喧噪の坩堝という表現がピッタリな音楽。
後ろの席の爺さんが興奮するのか座席の背を蹴ってくる。

これ以上拙い言葉を並べる事はない。

矢っ張り、カルミナ・ブラーナは凄かった





南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅3日目その2 北陸本線・信越線

2009年10月28日 17:59

北陸本線の糸魚川から直江津までは、海岸沿いを走っているにも拘わらず海は殆ど見えない。線路が波風の影響を受けるのを防ぐために、山中をトンネルで抜けるような新線が造られた。能生(のう)駅と名立駅は共に駅を出ると直ぐにトンネルにはいる。その間にあった筒石駅はトンネルの中、地下駅となってしまった。


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乗ってきた列車が筒石駅を出発していく。駅員がホームに居たが、私が写真を撮って中々改札に向かわないものだから、しびれを切らせて上へ上がってしまった。


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下りホームの先に上りホームが見える。ホームが位置をずらせて設置されている。交換時に生じる風圧を避ける為か?


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トンネルの壁に扉が付いている。これがホームからの唯一の出口。ドラフトの原理で風が舞い上がるのを防いでいるのだろうと思うけど、意外と軽く開いた。


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扉の中は待合室になっていた。防空壕のようだ。


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66段の階段を上って上りホームからの通路と合流する。地上まではまだまだ。


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あと224段ある。駅舎が海抜60m、ホームは20mだから40mの落差がある。83mとこの倍有る上越線の土合程ではないが、見るだけで息が切れそうな階段である。


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地上の筒石駅は非常にシンプルな造りで、無人駅と見紛う。トイレはあるが自動販売機は無い。



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「駅前通り」を少し行くと海が見えた。


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現在の線路は、北陸自動車道よりも更に内陸側に造られている。
橋脚の下を流れる筒石川の底から階段で上がってきた。


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15分程下って海岸沿いの集落に出た。かっての北陸本線は国道の辺りを走っていたのだろう。


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1時間ほどの探訪を終えやって来た列車に乗車、もう来ることはないだろう筒石駅を後にする。


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直江津で信越本線に乗り換える。妙高号は特急用車両だが普通列車で特別料金も要らない。


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向かい側のホームに派手な列車が止まっていた。北陸・東北地方の「天地人」人気は凄まじい。新潟と山形だけでなく、敵であった伊達の仙台や青森・秋田でも至る所に「天地人」の幟が立っていた。直江津は春日山城に近くいわば本場だ。


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この駅の名物弁当「鱈めし」。ご飯よりおかずの方が多い豪華な駅弁だ。


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北陸新幹線の工事が着々と進んでいる。これが出来上がると、軽井沢で分断されている信越本線はどうなるのだろうか。北陸本線と接続駅として賑わっている直江津駅もルートから外れている。歴史ある直江津の名前が消えて(自治体の名称はすでに上越市になってる)上越駅が出来るのか。



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直江津からの単線区間を淡々と40分ほど走って二本木に到着。ここは信越本線に唯一残ったスイッチバック駅だ。駅標が単に両端の駅を左右に書くのではなく、スイッバックになっている線路に合わせて書かれている。関山方面は枝線?


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関山からやって来た妙高号は本線にいる。ホームへ入って向きを変え左側の線路に入る。左奥のスノーシェードにつっこんで再び向きを変えると、ホームまで戻ってこずに手前で左に折れて新井方面へ去っていった。


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雪深い所でスイッチバック線を守るため、一列車分の長いスノーシェードが設けられている。次の関山駅とスイッチバック駅が連続していたが、関山駅は線路が付け替えられて解消された。

宮脇さんの時代にはスイッチバック駅が全国で30カ所もあったが、次々に解消されてしまった。立野(豊肥本線)、出雲坂根(木次線)、大畑・真幸(肥薩線)、二本木と土讃線にある坪尻と新改だけになってしまった。

南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅 3日目その1 大糸線

2009年10月27日 17:24

2009/10/13
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今日は大糸線で糸魚川に出て、北陸本線から信越本線を辿って大回りして長野まで行く。
放射冷却なのか松本市内は濃い霧に包まれている。列車は定時運行しているのか。
やって来た南小谷行きは2両連結だが、通勤通学客を詰め込むために1両は全部ロンングシート、もう1両にもボックス席は4つしかない。地図を見て景色の良さそうな左側のボックス席に陣取り、混まない内にコンビニで買ったおむすびを朝食に食べる。
視界は悪い。車なら徐行運転だが、ATSを頼りにスピードを落とさずに定時運転している。
7:01という早い時刻にもかかわらず定期客で満員。人いきれで窓ガラスが曇って外が見えない。見えたところで線路際の家が見えるだけで、それより遠くは霧に隠れて真っ白だ。


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1時間ばかり走り信濃大町の手前で日が差してきた。とたんに霧が晴れ、安曇野を囲む山々の稜線までクッキリと見えるようなった。ヴェールを剥がすようにという表現があるが、まさに見えない手で引き上げられたかのように突然視界が拡がった。


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仁科三湖のうちの木崎湖。ここから左窓の北アルプス山麓にスキー場が続く。
高校の時に初めて信州へスキーに行った。夜行急行「ちくま」で来て、半分しか開かない眼の前を「横浜フェリス女学院専用スキー場」という看板が通り過ぎた。専用スキー場!! なんとリッチな。しがない公立高校生には想像も付かない別世界だった。
今日その看板を探したが見つからなかった。


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佐野坂スキーへ行くには南神城で降りる。高校時代からここへはよく来た。今は線路際からリフトに乗れるが、当時はスキーを担いでエッチラ登っていった。リフトが2基しかない小さなスキー場で初めて滑った。最初は転けてばかりで雪で手袋や靴が濡れてくる。何度もロッジのストーブにあたって乾かさねばならなかった。昼になると民宿のおじいさんがお握りを担いで持ってきてくれる。疲れて帰ると暖かいおしるこが待っていた。


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その民宿が駅の傍にまだあった。ご主人は佐野坂スキー学校の校長先生で宿泊者に教えてくれる。しかしそれは何度か経験のある先輩たちが対象で、初心者の私はまず自分で「慣れる」事から始めなければならなかった。



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白馬駅辺りから既に冠雪した白馬岳が見えてくる。




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南小谷(みなみおたり)で電車からディーゼルカーに乗り換える。
相当古い車両で窓に木製の台が付いている。飲み物がビンで売られていた頃は、この台の下に栓抜きが付いていた。(帰ってから調べてみると、このキハ52という車両は2010/3限りで引退することになっていた)



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南小谷からは姫川沿いに走る。名前は優しいが、こんな大きな岩を運んでくるほどの暴れ川だ。


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国道が川の向こう岸を走っている。列車は時々スノーシェードに入るが、向こうも雪に対しては相当な構えをしている。


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平岩-小滝間では列車の速度が極端に落ちた。25パーミルの標識が出ている。急な坂を下り続けているのだろう。上り坂より下り坂の方がスリップの危険が大きいので慎重に下っていく。姫川は大きな蛇行していのでトンネルや鉄橋が増える。大糸線のハイライトだ。


3時間の汽車旅を終えて糸魚川に到着。昨日から日本列島の最も幅の広い所を縦断してきた。
昨日は飯田線、今日は大糸線、明日は飯山線、明後日は越後線と、長いローカル線を1日1路線ずつ各駅停車で行く旅が続く。


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糸魚川には煉瓦造りの車庫が残されている。1912年に竣工した全国的にも極めて貴重な存在だが、北陸新幹線の建設に伴って来年取り壊される事になっている。地元で保存運動が起こっている。


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乗ってきた老兵は一息ついた後、再び険しい坂道に挑む。


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奴奈川姫(ぬなかわひめ)の像が駅前商店街に建っている。大国主命の奥さんの人だが、なんでこんな所に出てくるのか。強大な権力者に翡翠を貢ぎ物にしていた象徴ではないかという説がある。


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商店街を突き進んで行ったら海に出た。糸魚川駅は何度も利用したが、こんなに海が近いとは知らなかった。



四条河原町「響」

2009年10月26日 11:29

2009/10/24
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久しぶりの京都、京阪四条駅(今は祇園四条駅になっている)から地上へ出ると大変な人混み。帰宅ラッシュ? え、今日は土曜日なのに。



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ちょっと新京極の繁華街を散策。このお店は 吉田類の酒場放浪記 で紹介されていた。



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今宵は四条河原町のこのビルの7階にある「響」で会食。サントリーの子会社で外食産業の中核会社ダイナックが経営するレストランチェーンで、銀座や北新地にある水響亭も同じ系列。ビールを頼むとモルツが出てくる。



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交差点を眼下に眺めながら食事をするというコンセプトになっているらしい。
『響 hibiki』コースを頼んだ。
京都木屋町のお豆腐、壷蒸し温野菜(大きな陶器のカップが運ばれてきて、何が来たのかと吃驚する)や造りの盛り合わせ等があって、メインは豚肉の鍋。薄味の出汁であっさりとして美味しかった。
〆にご飯を頼むと、釜で炊いた出来たてを持ってきてくれる。このご飯に鍋のスープをぶっかけてかき込みたかったが、周りの雰囲気からそれはやりかねた。
京都の一等地、ゆったりとした店内のスペース、この食事の内容で3000円は非常にお値打ちだと思う。


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食後は「フランソワ」でコーヒー。周囲の雰囲気はすっかり変わってしまったが、店内の様子は昔のままだった。


Windows7 が届いた

2009年10月24日 12:56

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ドスパラで買ったパソコンにグレードアップ権が付いていたので申し込んでおいた。
10/22発売なので、届くのはもっと先だろうと思っていたら早くも今朝届いた。矢張り数は出ていないのか。

Xpなのでダイレクトにアップすればクリーンインストールになるが、一旦VISTAを経由すれば上書きでやれる。さてどうしようか。


南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅 2日目 飯田線 その3

2009年10月23日 06:40

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小和田の次は秘境駅ランキング30位の中井侍(なかいざむらい)駅。この崖の上に家が2軒ある以外何もない。


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鶯巣駅。柵が無くホームから天竜川へダイレクトに繋がる。


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駅を出て直ぐにこんな社がある。ちょいと由緒ありげだ。
この先に使われなくなった鉄橋がチラリと見えてトンネルに入る。川沿いのルートが土砂崩れでも起こしてトンネルになったのだろう。


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為栗(してぐり)駅が近づくと天竜川の水面が見えてくる。気持ちよさそうに写真を撮っている人がいる。


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少し後ろを振り返れば吊り橋が見えて程良い景色だ。


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ここで上り列車と交換のため6分ほど停車。さっき写真を撮っていた人がゆっくりとスロープを上がってくる。この為栗駅も32位にランクされている。駅の周りには本当に何もない。集落はあの吊り橋を渡った所にあるのだろう。



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13位の金野、38位の千代と過ぎて天竜川を鉄橋で渡る。
ここまで飯田線に乗って来て、天竜川を渡るのはこれが初めてである。



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鉄橋の後、トンネルを抜けて天竜峡駅に到着。ここまでで丁度飯田線の半分を走破したことになる。豊橋発の特急伊那もここまでしか行かない。この先飯田を通って辰野までは単調な風景が続く。景色の良いところは各停でゆっくり見て、平野は特急で走り抜けたいのだが反対になっている。


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天竜峡を眺めるために歩行者専用の橋が架けてある。
関西人は「峡」と言われれば直ぐ保津峡を思い浮かべ、比較の基準にする。
よく似た景観だが、ここは川幅が広過ぎて少し大味な感じがする。


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橋の上流側に天竜下りの船着き場が有る。
三連休で人出はあるが、それ程大勢の人が乗り込むようには見えない。
さして急な流れとは見えないし水が濁っている。飯田線沿いに天竜川を眺めてきたら、もう充分という気がする。


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駅前に戻って蕎麦を食う。天ぷら蕎麦を頼んだら人が居ないので出来ないという。今は書き入れ時ではないのか。中を見たら年寄り夫婦しか居ない。若い人は観光地からも出て行ってしまうのか。ざるそばを頼んだが流石に旨かった。



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今日は晴れている上に空気が澄んでいる。中央アルプスと南アルプスに挟まれて、伊那盆地をひた走る。天竜峡までと違って列車は混んでいる。山を眺めるツアーの人達が乗り込んで来た。全行程バスでは飽きるので、一部列車に乗せるツアーが流行っている。三陸リアス鉄道や五能線でも途中から大勢乗り込んできた。
辰野に近づくにつれてだんだんと観光客以外の人が増えてきた。


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一旦岡谷まで行って辰野に引き返す。
今ではみどり湖経由の短絡線が出来ているが、かって中央東線から来た客は辰野へ大回りしなければ塩尻に行けなかった。辰野-塩尻はメインルートだったが、今は岡谷から短絡線経由に取って代わられている。岡谷から辰野へ来た列車は飯田線に入り塩尻に行く列車はない。辰野-塩尻間はこの列車が往復している。地元では辰野支線と呼ばれている。


塩尻から篠ノ井線で松本に出て東急インに投宿。素泊まり ¥5500
最近リニューアルした。部屋がゆったりとしている。空調までは手が回らなかったようで、コントローラーはデジタル表示だが天井付近のダクトから出る空気の温度をコントロール出来ない。この辺りでは10月半ばともなれば寒い朝もあるだろうに。



南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅  2日目 飯田線 その2

2009年10月22日 17:18

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小和田駅には昭和8年開業当時の木造駅舎が残っている。
駅付近に人の住んでいる家は無く、細い山道以外の道路は無い。秘境駅ランキングでは室蘭本線の小幌駅に次いで堂々の第2位にランクされている。ちなみに先の田本駅は第4位である。

降り立ったのは私1人で「先住者」は居なかった。又しばらく完全に孤独になれる。

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駅のローケーションは田本駅と同様両端にトンネルが有り、天竜川と切り立った崖に挟まれている。
田本駅とは少し向きが違うのか、日当たりが全くない。秘境駅の雰囲気が濃い。



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豊橋側には、スイッチバックで入る古いホームが残っている。


小和田駅で降りたら、車掌が自分で車内販売した田本-小和田間の切符を回収に来た。携帯プリンターで印刷したやつで特段残しておきたいと思うようなモノでは無かったが、これまで回収なぞされた事がなかった。律儀なことである。
「片道最長切符の旅」で「券面事項が途中下車印で見えなくなっています。再発行しなければならないのですが」と言われて、「ここは長野県だな、と私は思った。この県は教育県の代表のように言われる。学校の勉強をちゃんとやる子が多いのだろう」の件を思い出した。あの車掌は長野県人に違いない。



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そろそろ愛知県から長野県へ入る頃だ思っていたら、更に静岡県を含む3県の県境になっていた。



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何故か「花嫁号」というヘッドマークが掲げられている。
駅の読みは「こわだ」だが皇太子妃の旧姓「おわだ」と同じ表記であった事から、平成5年のご成婚時には大勢の人が訪れたという。



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実際、駅の直ぐ下の原っぱに結婚式場が建てられていたらしい。


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駅構内には当時の結婚式の記念写真が多数飾られている。


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小道の先の東屋には「幸せを呼ぶ椅子」が置かれている。



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ホームには恋成就駅という杭が立てられている。


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小道を下っていくと民家があるが、廃屋となって久しい。



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小和田駅を使っていた人たちの集落は、更に下の天竜川沿いにあったが佐久間ダム建設によって湖底に沈んでしまった。
台風18号の後片付けなのだろうか、浚渫船が作業していた。

天竜峡行きの列車がやってきた。私が乗り込むのと入れ替わりに2人連れが下車した。


南紀周りで新潟へ各駅停車で日本縦断の旅  2日目 飯田線 その1 

2009年10月21日 17:44

2009/10/12
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飯田線は豊橋から辰野まで196キロの間に92の駅がある。もとは4社の私鉄がリレーしていたが、戦時中に買収されて国鉄になった。駅間距離は平均2.1キロでJRの半分しかない。

『郊外電車に7時間乗り続けるようなものである。いわゆる汽車なら7時間でも大したことはないが、郊外電車同様の状態で、となるとわけがちがう。だから飯田線の全線を各駅停車で乗り通して、欠伸ひとつしないようだったら、鉄道病院行きの資格があると言ってよいだろう』(片道最長切符の旅)

現在は1時間短縮されて6時間になった。そのかわり秘境駅として有名な田本駅と小和田駅に途中下車する。普通に途中下車しては次の列車まで2~3時間待たねばならないから、田本から小和田に引き返して次の列車を捕まえる。

コンビニで食料とお茶を仕入れる。飯田線は殆どが無人駅で弁当どころか自販機すらない。
薄暗いホームに2両編成の列車が入ってきた。まだ6時なのに、丁度ボックス一つを一人が占有するような乗車率だ。3連休で鉄道の日記念切符が発売されている期間となれば、ほぼ全員が普通の乗客ではないと思われる。


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1時間ほど走り本長篠を過ぎると平野が尽きてい山峡に分け入る。鳥居や長篠城という駅があって、鳥居強右衛門が磔になった長篠城の籠城線を思い起こさせる。

湯谷温泉を過ぎると豊川の河原が滑らかな岩盤に変わる。鳳来峡と呼ばれている。木立に視界を遮られて途切れ途切れにしか見えないが、可成の間この景色が見られる。


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中部天竜駅には佐久間レールパークという鉄道博物館が併設されている。まもなく閉館となり、最終日の11/1には上下併せて20本もの臨時列車が豊橋から運転される。この小さな施設にそんなに客が押し寄せて、収納できるのだろうか。


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次の佐久間駅を出ると直ぐに佐久間発電所がある。飯田線の一部が湖底に沈んでいる有名なダムだが、肝心の発電所は意外と小振りだった。
ここから右にカーブしてダム建設で造られた新線区間に入る。


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長いトンネルを出て大嵐(おおぞれ)に到着。新線区間がここで終わるとともに、天竜峡まで小和田、中井侍(なかいざむらい)、伊那小沢、鶯巣、為栗、田本、門島、金野、千代と続く秘境駅ゾーンに入る。



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田本駅は天竜川の左岸にあり、前面は天竜川背後は切り立った崖、両端はトンネル、おまけに駅自体がカーブ上にあるという飯田線の秘境駅(周囲に人家がなく、道路からも離れていて鉄道以外のアクセスが困難な駅)の典型的なパターンを備えている。

乗ってきた1人の乗客と入れ違いに降りる。今から1時間は他に誰もいないし、列車もやってこない。



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駅から外へ出られるのはこの階段だけ。


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道はトンネルの上へ続いている。
この先上へ登る道と下へ降りる道に分かれている。上へ行く道を取ると20分のきつい山道を経て国道へ出る。そこが田本の集落になっていて焼き肉屋がある。よく紹介されているコースである。



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下へ降りる道を選ぶ。栗が落ちている山道を下る。「遊歩道工事中」の看板が出ている。こんな所に遊歩道を設けてどうする積もりだ。



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小振りな吊り橋に出遭う。橋は天竜川と平行に架かっている。沢を越える為の橋のようである。



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その先に天竜川に懸かる大きな吊り橋があった。
オートバイくらいなら通れそうだ。


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橋の上から天竜川が一望に出来る。さっきの橋と違って可成り高い。高所恐怖症では足がすくんで前へ進めない。

秘境駅で天竜川の絶景を独り占めできるのは嬉しいが、利用客が1日たった1人!(降車客含まず-2005年-)の駅周辺にこんなに公共投資をしても良いのだろうか。 長野県というのは土建屋にばらまく金が有り余っているいるようだ。県内の税収ではとても賄えない筈だ。面積で決まる地方交付税が北海道と同様に、国から大量に振る舞われているのだろう。人の金ならいくら無駄遣いしても腹は痛まない。