大人の休日倶楽部パスで大旅行 第3日その4 左沢(あてらざわ)線

2009年11月30日 12:44

赤湯から再び奥羽本線に戻る。今年2月に山形空港に降りたって、さくらんぼ東根から汽車旅を開始した( 雪の東北冬の旅)。赤湯-さくらんぼ東根間を埋めなくてはならない。
スケジュールを組むときに、米沢まで来た後、山形鉄道、左沢線、米沢-さくらんぼ東根をどの順番で回るか頭を悩ませた。その結果待ち時間の少ない接続の良いスケジュールが組めたが、この行き帰りだけは時間が余った。

前回乗車したさくらんぼ東根駅は避けて、少し先の村山駅まで行って引き返すことにした。
山形は蕎麦どころ、ちょっと遅いが蕎麦屋を目指した。ところが食い物屋は開店したら閉店までずっと開いているモノだと思っていたら大間違い、午後2時を過ぎると午後の休憩時間に入って開いている店が全然ない。朝は全く食欲が無かったが、今度は本当に腹が減ってきた。団子屋が開いていたが、流石に入る気にはなれない。峠の力餅のタタリか。

諦めて駅に帰る。パンでも売っていないかと2階へ上がってみたら「うどん・そば」のカウンターがあった。きつねそば350円なのでホームの立ち食いと同じだ。腹がふくれさえすればいいと思った。
ところが、これが大間違い。旨くてビックリした。つなぎばかりの蕎麦ではなく、本物の蕎麦を使っている。ちょっとトッピングを変えれば800円、1000円充分取れる味だった。「新蕎麦」の張り紙がしてあって、まさかと思っていたが、本当に新蕎麦を使っていた。

村山駅2階の「うどん・そば」のカウンターは、値段は立ち食いだけれど蕎麦は本物。
こういうのを嬉しい誤算と言うのだろう。



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左沢線の列車は総て山形駅から発車するが、けしからん事に奥羽本線の列車が到着するのと同時刻に発車する。一駅先の北山形で待ち伏せることにした。
北山形の手前で、左沢線は奥羽本線から少しだけ離れる。そのため奥羽本線と左沢線のホームは長い跨線橋で繋げられている。


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北山形から3つ目の羽前山辺駅。駅構内での交換用の線路が外されている。その線路跡に、山形らしくリンゴの木が生えている。


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車窓の山々は綺麗に色づき、夕霞がたなびいている。畑に植わっているのは勿論リンゴ。




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リンゴをデザインした3セク線のような寒河江(さがえ)の駅標。




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終着駅左沢の手前で、最上川は大きく蛇行して180度方向を変える。
なかなかの絶景だと思うが、天気の悪い日の夕暮れとあって、シャッタースピードを上げられない。




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円錐形の帽子を被った奇抜なデザインの駅に見えるが、駅舎は右側にくっついている平屋の建物。
大江町交流ステーションとくっついている。



直ぐの折返しで山形駅には定刻17時に到着。真っ暗だが、もう一がんばりして仙山線で仙台まで行く。車窓の景色は見られないので、明朝、もう一度仙山線に乗って山形に引き返す。

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ホテルまで来たら歩道橋の向こうにテレビ塔がライトアップされていた。仙台には何度も来たが今初めて気がついた。天気はすっかり回復している。
仙台は駅弁の種類が豊富な上に、夜遅くなっても品切れにならない。ホテルは駅から離れているので夕食は駅弁で済ますことにした。いくら、うに、えび、ほたて、うなぎ、かにといろんな具が載っていて旨そうな「煌めき海鮮ちらし」にした。



アパヴィラホテル「仙台駅五橋」に投宿。素泊まり4900円

大浴場が付いているのが楽しみだが、アパホテルはどこも少し不便なところにある。駅から8分とあるが、最後に歩道橋を登って降りないとたどり着けないので10分と同等。

大人の休日倶楽部パスで大旅行 第3日その3 山形鉄道

2009年11月28日 17:14

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米沢駅から各停に15分程乗って赤湯駅到着。2分しかないが山形鉄道とは連絡していて、なんなく乗り継ぎできた。
旧国鉄長井線なので改札を出ずに跨線橋を渡ると、「SWING GIRLS」のロゴが入った1両のディゼルカーが待っている。

そうか映画「SWING GIRLS」に出てきた鉄道は山形鉄道だったのか。
女子高生達が補習授業サボリたさに応援部のプラスバンドに入り、ジャズに目覚めていくという青春映画だった。ノリの良い映画だったが、1~2週間で金管楽器が吹けるようになるという設定には疑問を抱いた。トランペットやトロンボーンのようなマウスピースのある楽器では、音程を唇の閉め方で取らねばならない。その為には長時間吹いて、唇を硬くしないといけない。映画の設定には無理がある。
映画では2両繋いでいたが連結した列車にはお目に掛からなかった。朝夕の多客時間帯にしか見られないのだろう。




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赤湯を出て20分ほどで今泉駅到着。山形鉄道はこの駅でJR米坂線と接している。
駅舎は共有しており前後の区間は同じ線路を走る。
宮脇ファンにこの駅は見過ごせない。旅の途中、終戦の詔勅をこの駅で聴いたという。
戦いには敗れた。けれど列車は何の混乱もなく時刻表通り走っていた。

「放送が終わっても、人びとは黙ったまま棒のように立っていた。ラジオの前を離れて良いかどうか迷っているようでもあった。目まいがするような真夏の蝉しぐれの正午であった。

時は止まっていたが汽車は走っていた。」(時刻表昭和史)


駅から長いコードを引っ張ってきて、ラジオで玉音盤を聴いた駅前広場はどんな所なのだろうと、動き出した列車の車窓に目を凝らした。車が1~2台入れば一杯になるような小さな空間が、10軒ほどしかない集落との間に開いているだけだった。



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今泉の一つ赤湯側にある西大塚駅。漆喰壁に板張り、窓脇も木製のが残っている。長井線開通の大正時代の駅舎だろう。
NHKの「にっぽん鉄道駅舎の旅」に登場してくるかと思っていたが、この線では長井駅が選ばれた。NHKらしく、一県あたりの紹介駅数を一定にしているから、古い駅が多い地方では漏れが多い。




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山形鉄道の車窓は畑ばかりで平凡だ。最上川を渡るこの鉄橋が唯一のアクセントになっている。

何となく形がユニークなので帰宅後調べてみた。
明治時代に東海道線の木曽川に架けられていた橋が、その後大正時代に国鉄長井線に転用された。"ダブルワーレントラス橋"と呼ばれるタイプのこの橋で、現役の鉄道橋として使われているのは、ここと左沢線にある最上川橋梁の2つしかない。



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発車後1時間で終点荒砥に到着。他の駅は国鉄時代の駅舎を転用しているが、ここだけは三角屋根の瀟洒な建物に建て替えられていた。車両基地が設けられている。
駅舎内にも直江兼続関係の展示コーナーが設けられていた。最上との長谷堂城合戦に因んだもので中々充実しているが、時間がないので瞥見して折返しの列車に乗り込んだ。




大人の休日倶楽部パスで大旅行 第3日その2 上杉神社

2009年11月27日 17:52

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米沢駅は福島駅や山形駅に比べると小振りだが、明治の洋館を模した瀟洒な駅舎だった。




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上杉神社は旧市街の真ん中にあり、駅とは最上川を挟んで約2キロ程離れている。
春日山城や妻女山へは算段がつかず行けなかったので、ここは謙信の「遺跡」としてどうしても行っておきたかった。雨の平日とあって観光客は少ないが、ボランテイアに方々はちゃんと「出勤」されている。



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橋を渡ってすぐ右に謙信の像


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反対側に、「成せばなる」の碑と共に上杉鷹山。



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上杉神社は謙信を祀るため、明治になって米沢城趾を境内として建てられた。
武田信玄の武田神社と同じといわれれば、そうかと肯いてしまう。
しかし躑躅ケ崎館が戦国時代に放棄されたのに対して、米沢城は明治まで米沢藩が入っていた。天守閣や高い石垣は造られなかったにしても城趾として残るのが普通だろう。同様に天守や石垣のない秋田佐竹家の久保田城は、ちゃんと城趾として残っている。

なぜ城と呼ばせず、神社に変えてしまったのか。
奥羽列藩同盟に参加した東北諸藩に対する、薩長の遺恨が絡んでいるのではないかと思う。爵位では、毛利島津の公爵は仕方ないとしても、佐竹、蜂須賀が侯爵で伊達や上杉はその下の伯爵でしかない。伊達なぞは、分家の宇和島伊達が侯爵で本家が伯爵と、恣意的な叙爵をされている。悪意はこれを見ても明らかだろう。

米沢藩の創始者達が徳川と争ったのに、何故後継者は徳川に忠誠を尽くしたのだろうか。
景勝の血筋は3代目が急死して絶えている。その末期養子に迎えられたのが吉良上野介の息子だった。上杉は末期養子を認めて貰う代わりに30万石を半分の15万石に減封させられた。にもかかわらず上野介は屋敷の造営や能舞台の建設等で上杉に多大な負担を負わせた。本当は良き殿様であったと吉良を再評価する向きもあるが、矢っ張り強欲爺のイメージが拭えない。
年間の実入りより多い借金を毎年行い、その何倍もの債務を抱えた(どこかの国とそっくりだ)米沢藩の財政を立て直したのは上杉鷹山だったが、彼も他家からの養子だった。

血縁関係の希薄な彼らは景勝・兼続の思想を引き継ぐ必要がなかったのではないだろうか。




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城の南東の隅に謙信の遺骸を祀った祠があった。



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堀の向こうには白壁の土蔵が塀に囲まれて城下町の雰囲気が漂っている。


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正面の堀も堂々としている。矢張りここは城趾なのだ。



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正門から出て真っ直ぐ行くと、右手に白い大きな建物があった。
大河ドラマに合わせてこの市立博物館で「天地人博2009」が開催されている。
雨を避ける為か大勢の観光客が詰めかけていた。


大人の休日倶楽部パスで大旅行 第3日その1 峠駅

2009年11月26日 13:06

2009/11/11
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天気予報通り朝から雨。地面に落ちてハネが上がっているから、相当な本降りになっている。

予定では、峠駅で下車して次の列車で米沢へ行く事になっていた。しかし、昨日福島駅から伸びている単線の高架線を見て気が変わった。山形新幹線が奥羽本線へ入る進入線が、空中に浮かんでいるのを見て、あれは乗らなければと思った。総ての線路の上を走る気持ちは更々ない。基本的には時刻表の路線図に記載されている線だけを対象としている。しかし、効率や結果を求められる「実務」ではない。趣味だから、気になれば幾らでも特例を作って乗る。

昨夜、時刻表を検討して、峠駅で途中下車するのではなく、米沢まで引き返してから新幹線に乗れば、米沢から赤湯へ向かう列車を変更せずに済むことが判った。米沢での滞在時間が少し減るから、米沢神社まで片道はタクシーを使わねばならないが、この雨ではかえって好都合である。「大人の休日倶楽部パス」は新幹線乗り放題なのでスケジュール変更も簡単に出来る。

奥羽本線は福島から秋田周りで青森に至る、東北本線のバイパスだが、1本の列車で走り通すことはできない。東北新幹線から乗り換え無しで山形新幹線に入れるように、福島-新庄間が狭軌から標準軌に変更されている。その際赤岩、板谷、峠、大沢と4駅連続になっていたスイッチバックも解消された。元々特急はスイッチパック駅を通過するのだから、そのままにしておけば良いのにと思うが、効率を求められれば致し方ない。代表格であった峠駅だけは下車して見ておく事にした。


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奥羽「本線」の列車なのに、福島駅での停車位置はホームの先で、支線や3セク線のように扱いだった。
今年の東北地方は、どこへ行っても天地人の旗が翻っていた。ましてや「本場」米沢を通る奥羽本線とあって、通常の列車もこんな絵で飾られている。



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赤岩駅付近。深山幽谷の趣があるが、生憎の雨で視界が悪い。

次の板谷駅は拓けていた。


そして、いよいよ峠駅



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トンネルが終わっても長いスノーシェッドが続くので、暗がりの中に停車する。
NHKの「列島縦断鉄道乗りつくしの旅」 で、この駅に着いた関口知宏は開口一番「なんじゃこりゃ」と叫んだ。テレビの画面ではそれ程のインバクトは感じられなかったが、実際に降りてみると確かに「なんじゃこりゃ」である。
複線の為の2本のトンネルの他に、もう1本トンネルがある。レールが外されている。長編成の列車の為の待避線のようだ。



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反対側の米沢方面は、スノーシェッドが二股に分かれている。左端のレールが撤去されているのが、ステッチバック線だ。



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スノーシェッドの幅が広いのはスイッチバック線も複線だったからだろうか。
一部レールが放置されているが、路盤はコンクリート舗装されている。



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格納庫のような巨大なスノーシェッドが延々と続いている。
雪下ろしだけでも膨大な費用が発生する。朽ちるのを待って取り壊される運命なのだろう。



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人っ子1人いない「駅前広場」で、紅葉が雨に煙って出迎えてくれた。
ここも秘境駅である。周囲には3軒しか家が無く、他の集落へは山を越えないと行けない。



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その内の一軒が「峠の力餅」の本店である。
入ってみたいが、お茶以外は腹に入りそうにない。


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スイッチバック線跡を巨大な岩山が塞いでいる。
「峠の力餅」主人作の石庭のようだ。



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岩山に登って「駅前」の全貌を見渡す。


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スイッチバック線は先へ続いて、スノーシェッドや旧駅のプラットホームが見える。



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けれども道が川のようになってしまって、スニーカーではとても行けそうにない。



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普通列車も直通線を通って通り過ぎてしまう。


駅に戻って帰りの列車を待っていると人が入ってきた。
他にも乗客がいるのかと思ったら、力餅売りのオバサンだった。
新幹線の中でも販売している、それは米沢支店で作られたモノで、この峠の茶屋のとは味が違うらしい。
「おはようございます」と声をかけられた。
わかっています。餅を買いたいのだが、生憎昨夜は福島駅ビルの回転寿司をタラフク食って、今朝は全く食欲がない。雨の中を上杉神社へ行く予定もあるから、荷物は増やしたくない。
気がつかぬふりをして「おはようございます」と返事した。

列車がやってきてドアが開く。
「ちからぁーもち」と売り声をあげるが、乗っているは地元の人達ばかり。買い手はいなかった。



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福島駅に戻ると、切り離しを終えた新幹線が待っている。
この進入線の為にスケジュールを変更したのだが、あっけなく地上の在来線に入った。

峠駅を通過。長大なスノーシェッドも文字通りあっと言う間に通過してしまった。途中下車しないとその在にすら気がつかない。
最後の大沢駅のスノーシェッドは長かった。トンネルで無いことは線路際に明かりが漏れている事で判る。どれ程巨大なスノーシェッドなのだろう。


ヘーベル クレーム:軒天、耐火性向上工事

2009年11月25日 07:18

ヘーベルハウスが使っていた軒天の材料が、メーカーの偽装で表示されている耐火性能が無いという事が、我が家の竣工直後に暴露された。

ヘーベルは過去に遡ってその軒天を交換する事となったが、工事中の物件は別として完成した家は古い順に工事する。我が家に順番が回ってくるのは5年先といわれた。

ところが先日、ヘーベルから「順調なので、前倒しで工事したい」と連絡があった。
話を聞いてみると、今ある軒天を外して新しいモノと交換するのではなくて、耐火性のある材料を現在の軒天の裏に敷き詰めるという。これなら5年を2年半に短縮する事も可能だ。


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これがその「新材料」。
使い捨てカイロ大の袋に粉末が入っている。銀色の台紙みたいなものにホッチキスで止めてある。この粉が難燃材で、本来何かに練り込んで板状に成形するのだろうが、ちょっとお手軽すぎないか。


確か、難燃材の含量と強度が両立できなくて、耐火性能を確保すれば強度が保てず、強度を確保すれば耐火性能が落ちるという事だったと思う。

強度は現用で充分だから、耐火性のある薬品だけ軒天の裏に敷いて基準を満たしたのか。
こんな数字合わせの足し算が、現実の火事に通用するのか。
火事で軒天が焦げてきたら、この粉が「消火」してくれるというのか。
火は反対側の軒天の表面からやってくる。屁の突っ張りにもならないとしこの事だ。

今回のヘーベルの対応には本当にがっかりした。
新築にはこんな対応はしない。ちゃんとした軒天材を使っているはずだ。
こんな事で誤魔化そうとする事に憤りさえ覚える。


大人の休日倶楽部パスで大旅行 第2日その2 上越・東北新幹線 阿武隈急行

2009年11月24日 17:45

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燕三条から乗った新幹線はガラガラ。3月に乗った時とは大違い。通勤時間帯を過ぎたらこうも減るモノかと思った。
2階建て新幹線からの眺めは格別。山裾に靄が低く垂れ籠めている。


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浦佐到着。ここから高崎までが未乗区間だ。
やがて、線路の直ぐ傍にスキー場が見えて来て越後湯沢到着。


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スキー場と反対側の山は全山紅葉している。

とノンビリしていたら、大勢乗ってきて、あっという間に総ての座席が埋まった。
金沢、富山から北越急行に乗り継いで東京へ向かうのだろう。矢っ張り新幹線は甘くない。

高崎までは殆どトンネルだった。
高崎から大宮までは関東平野を高架で横切るので景色が楽しめるはずだったけれど、そうでもない。
旅の印象は、季節、天候、乗り物の混雑具合、その時の気分、懐具合で変わると宮脇さんは度々書いている。今日は3番目の混雑具合に当たったようだ。座ってはいるけれども、隣が塞がっている。ローカル線でなくとも各停だと概ねボックス席を1人で占領している。それに比べれば緊張感が自然に高まる。仕事の時は元々高い状態だったから気にならなかった。反対側の車窓の景色が良さそうでも席を移る事ができない。心理的に窮屈な思いをする。いつものような景色の中へ身を置いている気分になれない。



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大宮で東北新幹線に乗り換えたが、これも満員。
仙台でだいぶ降り、2人共降りて空いている席に移って、ようやく落ち着いた。

こんなに新幹線が混んでいるのは、「大人の休日倶楽部パス」の所為では無いのかと邪推する。
隣にいたのは、どう見ても30前だったがパスを持っていた。新幹線は検札がないし、自動改札なので年齢制限をチェックできない。主要な駅もそうだ。誰かに買って貰えば、50歳以下でも堂々と使える。指定が買えなかったビジネス客も、東京-仙台間は飛行機がないので、自由席で我慢するか奮発してグリーンに乗るしかない。JR東日本は列車を増発するわけではなく、切符が売れた分丸々増収になる。下手にチェックするより見逃した方が得だ。



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一関からは在来線に乗って福島まで引き返す。普通の旅行ではあり得ない、アホらしいところだ。しかも東北本線の電車はロングシートなのでイマイチ気分が乗らない。


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それでもこんな駅に停まっていると、旅に出ていることを実感する。
特急が走らなくなった東北本線は、ローカル線が数珠繋ぎになっているようなものだ。


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仙台から7つ目の槻木で阿武隈急行に乗り換える。
元々東北本線は、現在阿武隈急行の走っているコースで仙台と福島を結ぶよう計画されていた。しかし沿線からの反対でやむなく現在の山沿いのルートに変更された。しかし鉄道ルートから離れた地域の衰退が明らかになってくると、一転して誘致運動に走った。戦後ようやく仙台から丸森までが開通し、丸森線と呼ばれた。その後国鉄の赤字線整理で廃線リストに入っていたが、3セク線として福島までの工事を完了させて阿武隈急行となった。

国鉄時代の終点丸森から、あぶくま、兜の間が、阿武隈峡と呼ばれる景色の良いところだが、秋の日はつるべ落とし、目を凝らしてなんとか川下り船の看板が見えた。

2両編成だが、車内は閑散としている。帰宅時間帯なのに、こんな乗車率では阿武隈急行は危ないのではないか。それなのに途中から車掌も乗車してきた。

福島駅の1番ホームの端っこに到着。
降りてビックリ、大勢の客が各ドアの前に一列に整然と並んでいる。
なんでこんなに行儀が良いのかと思ったら、1面のホームを私鉄の福島交通と供用していた。
双方とも一列になって、交互に列を作らないとホームに入りきれないのだった。
これなら両鉄道とも何とか保つのだろう。


走行距離1062.5キロ、長い1日が終わった。
2本の新幹線にも乗って、運賃共々4000円(阿武隈急行は含まず)は安い。



リッチモンド福島駅前に投宿 素泊まり5000円

最も安いコースを選んだら、歯ブラシとひげそりがついていなかった。
その上、ATMのような機械で客が自分で支払いをしないといけない。
しかし、部屋はゆったりとしていて、通常のビジネスホテルの倍以上ある。
窓際には椅子とテーブルが置いてある。
省力化分が還元されてい。


大人の休日倶楽部パスで大旅行 第2日その1 急行きたぐに 越後線 

2009年11月23日 12:54

2009/11/10
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携帯の目覚まし音で目が覚めたら4時20分だった。
4時5分にセットしたのだが目が覚めず、何度目かのスヌーズで起きたらしい。
10分後に列車は発車してしまう。
あわてて着替え、ホテルを飛び出した。
駅前が幸いした。なんとか間に合い、ホームの自販機でお茶を買って乗り込む。

こんなに早起きするのは、先月路盤の陥没で途中で運休になつた越後線の所為である。
7時18分の北越1号でよかったのに、3時間近く早く出発しなければならない。



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急行「きたぐに」は大阪と新潟を結ぶ夜行列車だが、全車寝台車ではなく座席自由席を4両つないでいる。今時急行も珍しいが、昔ながらの夜汽車を味わえるのは「きたぐに」だけである。

ところがガラ空きの列車に乗り込んでみると少し雰囲気が違う。自由席も寝台車を使っている。



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581-28とあるように、夜は寝台車昼は座席車としてフル回転していた581、583系の車両だった。かねがね一度乗ってみたいと思っていただけに嬉しい。



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座席の背と尻をずらして下段、
窓の上の函が開いて座席の背の上端に乗っかると中段、
函の中にはもう一つベッドが隠されていて、網棚の上に乗っかって上段となる。



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下段は座席2人分の幅があり、窓の下まで高さがあるから広々としている。
天井が通常の車両より高くなっているとはいえ、上段は窮屈そうだ。
とはいえ、B寝台でもA寝台同様列車の進行方向と平行に寝られると、得した気分になる。寝台車両としてはシュプール号で乗ったことがある。

A寝台は2段ベッドになっている。おそらく上段と中段が一緒になっているのだろうが、網棚はどう処理しているのだろう。



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5時56分、直江津でようやく夜が明けてきた。
車内放送が始まり、座席車に変更されるB寝台の客が起き出してくる。


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この列車は直江津で21分も停車する。特急車両を使っているにも拘わらず、特急でなく急行たる所以だ。
柏崎で下車。長岡や新潟に向かう通勤客が大勢乗り込んでいった。



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本来駅名の看板が上がっている所に酒の広告が乗っており、駅名は左端に縮こまっている。



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越後線は柏崎駅1番線ホームの先に切り込まれた0番ホームを使用している。


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0番ホームの向こうに何本もの留置線がある。


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しかしホームの先へ行ってみると、留置線のレールは途切れている。もう、この線路を列車が通ることはない。


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先月は、向かいのホームのあの階段を降りたところで転んだ。


折返し列車がやって来てようやく越後線に乗ることができる。


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西山駅と礼拝駅の間で路盤が陥没していた。「れいはい」でなく「らいはい」と読む。いずれにしても奇妙な駅名だが、新しい駅ではない。大正2年の開業である。



吉田で弥彦線に乗り換えて燕三条に向かう。
燕三条は新幹線との接続駅だが、在来線のは無人駅のままになっている。駅舎内にゲートらしきものはあるが、乗車券の回収箱が置いてあるだけである。ワンマンカーなので運転席横のドアしか開かないが、大勢の乗り換え客をさばけるモノではない。めいめい勝手に近くのドアを開けて降りていく。運転手は前を見たまま知らんぷりしている。開かないはずのドアが開き、運転手は黙認する。そういうローカルルールになっているらしい。



ヘーベルから積水ハウスへ 

2009年11月22日 17:59

自分のブログがどんなキーワードでアクセスされているか時々見ているが、それで面白いサイトに出会うことがある。

このキーワードは、ここを探していたと思われる。
ヘーベる から せきすい へ
ヘーベルと積水の比較はよくある。私も2社から比較見積もりを取っていた。
しかし、契約後にハウスメーカーを変更したというのは少ない。
ン百万もの契約金を払って契約してしまうと、もう俎板の上の鯉でメーカーの言うことを聞くしかない。
しかし、この人たちはヘーベルの態度に業をにやして契約解除した。本当はそれくらいの心意気が無ければならないのだが、なかなか踏み切れない。費用の負担もある。ここでも印紙代だけでなく作業費等も支払っている。それでも敢えて踏み切った。ヘーベリアンになりたいと言っている奥方が、遂に堪忍袋の緒を切って決別の決心をさせたのだから、それだけの事情が記されている。
交渉の進め方は非常に参考になる。



契約解除以外でいくつか、気になる記述があった。

①3階は、ヘーベルのトップハットより積水の方がよい。
ここでいう3階は、1,2階と同じ仕様で建てる3階建てではなくて、2階建ての仕様にプラスして造る3階の事だ。3階建てになると重量鉄骨になりコストがかさむし、固定資産税の単価も上がる。

ウチでは家内がトップハットのデザインを気に入ってしまったので、それ以上追求しなかったが、確かに有効スペースは少ないし、夏はとにかく暑くて個室には向かない。
積水ではアティックといっていたように思う。低い壁が付いている。ヘーベルでもローハットという傾斜の緩い屋根がある。但しその分単価は上がる。トップハットが2.5階なら2.7階くらいになったと思う。それならちゃんとした3階をと思う人が多いのだろう。ローハットは余り見かけない。

②ヘーベルはALCなので建物が重くなる。
これは勉強不足だと思う。
ALCの面積当たりの比重は木と同じである。柱材で外壁を覆うようなモノである。
積水のダインコンクリートは厚みは薄いが、発泡率が低いので面積当たりの重量はALCと変わらない。同じ軽量鉄骨でもヘーベルの方が僅かに太い。
だから鉄骨がALCの重量に負けるとは言えない。

③ヘーベルは次世代断熱レベルではない。だから寒いのでは?
次世代断熱に適合するには、ALCではなくて壁の中に入る断熱ボードをテープで繋ぐ必要がある。これは事実だ。それで断熱計数が数%上がって基準に達する。
しかし、話はスペックだけでは終わらない。建築基準法で居室には換気扇を設けなければならない。直径10センチもの穴が貫通している。これではいくら壁内部の断熱率を上げても、ザルで水を汲むようなモノである。

ヘーベルが寒いというのは、私たちの担当インテリアコーディネーターも言っていた。
それはマンションと比較しての話である。集合住宅が暖かいというのは、短い期間ながら公団に仮住まいして経験している。
私たちはヘーベルで過ごす冬はとても暖かいと感じている。木造と比較すると段違いである。冬にファンヒーターを出すことも無くなった。エアコンだけで充分なのだ。
これはヘーベルだけではなくて積水でもダイワでも同じ事なのだと思う。
寒いか寒くないかは、その前に住んでいた住環境による。




つくづく、メーカーハウスによる家造りは営業さん次第だと思う。
ヘーベルでは建築時の営業担当が、転勤しても後々のケアの担当をする。

契約解除の勇気がなくても、気になる営業さんだったら変えて貰えれば良い。会社に直接言わなくとも、展示場を代えれば済む。営業にとって一軒取る取らないの差は大きい。取れないと営業車を外されて自転車になる会社もある。だから、あなたに担当して欲しいと言って断る営業はいない。担当エリア外でも必ず調整する。
私たちの場合も、あの時積水の営業を変更していたら、ヘーベルで建てても今より良い家になったのではないかと思う時がある。




京大アメフト入れ替え戦免れる

2009年11月22日 16:25

本日、対神戸大戦に14-9で勝って、入れ替え戦を免れた。
http://www.kansai-football.jp/

国立大が1部リーグに2校も入っているスポーツはなかなか無い。
神戸大には入れ替え戦をがんばって欲しいと思う。



閑古鳥鳴く大相撲

2009年11月20日 16:05

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中入り前の土俵入りというのに、館内はガラガラ。
取り組みの時は土俵の周りしか写らないから目立たないが、こんなにも入りが悪くなっているとは。
これじゃ地方巡業すると赤になるはずだ。

連日満員お礼が当たり前だった、あの人気は今何処。
上位は外国人力士ばかりだからねえ。