ディスクトップ・オーディオ

2010年01月29日 17:05

パソコンディスクでは VH7PC を使っている。改造は施しているが、元のキャラクターから劇的に変化するモノではない。ハイレベルのオーディオ音質を望んでも無理というものである。デザインは気に入っているが、スピーカーを交換してみようかとも思っている。しかし、その前に金を掛けずにやれる事があった。



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富嶽3号改 と呼んでいる全段差動の真空管アンプだが、ずっとベンチウォーマーになっている。余っているトランスの有効活用から始まっているので不細工だが、差動の音が最も色濃く現れるアンプである。これでVH7PC付属のスピーカーを鳴らしてやろうというわけだ。



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VH7PCはMDと繋いで録音するためにライン出力を持っているが、固定出力なのでこんなモノを用意した。アルプスのディテントボリュームが入っている。東京光音の方が音の抜けはよいが、音の柔らかさでこちらを選んだ。ツマミも部品ボックスに残っていたアルミ削りだしの最後の1個を使った。VH7PCのプリ出力を背面端子に引き出そうかとも考えたが、回路図 を見ると抵抗やコンデンサーがぶら下がっていて、直流電圧が乗っていそうだしインピーダンスも判らない。



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鳴りだした時は音が粗かったが、5分もすると滑らかになり、低域が以前よりハッキリ聞こえるようになった。ボリュームを絞っても量感がある。
アンプは机の下に置いた。足下がほんのり暖かい。今は良いが夏までに何か対策を考えないといけない。


(この項続く)

通過連絡運輸区間は通算距離に加算される

2010年01月28日 17:45

来月、四国全域と山陽に残っている路線を片付けに、出掛ける予定になっている。

四国はゾーン周遊券を使えば5日間あるので、余裕で回れる。
山陽は、岡山から先が周遊券の「行き」とは別個の切符になる。
岩徳線に乗って櫛ヶ浜まで行き、柳井港から船で松山に渡るという計画を立てた。

大阪から柳井港までの日程が、一泊二日では苦しい。二泊三日にしい余裕を持ちたい。そのためには、「行き」の距離を400キロ以上にして4日間の通用期間にしなければならない。周遊券の開始日と、行きの切符の最後の日が重なるというルールがあるためだ。

大阪から真っ直ぐに、ゾーン入り口の宇多津まで行くと、周遊券が使えるギリギリの200キロ程しかない。姫路からの播但線を入れ、鳥取から3セク線の智頭急行で上郡、岡山を経由して宇多津まで行く。智頭急行は通過連絡運輸区間が設定されている。途中にJR以外の路線か入っても、この設定がされていれば前後のJRの距離を通算した運賃になる。

しかし、これでもJR線だけでは395キロで、少し足りない。実際には環状線が入るので400キロを超えるのだが、環状線は「特定市内駅」になるので大阪駅までの距離になる。

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それで、天王寺から久宝寺まで行って、大阪東線経由で放出-大阪と回るルートを付け加えた。

これでOKの筈だか、念のために、大阪市内発になる普通のルートで試験発行をして貰ったら、なんと4日間の通用期間になった。約450キロというから智頭急行の分がそっくり入っている。
料金は2割引きして、6660円だったから智頭急行分は別払いで、JRの分だけ通算して割り引いている。料金では別扱いとしておきながら、距離は通算してしまうという妙なルールになっている。



プリンターインク交換騒動

2010年01月27日 17:32

インクジェットは直ぐインク液が無くなるし、メンテすると手にインクが付くので、大分前からカラーもレザープリンターにしてきた。しかし、BDのラベル印刷だけはどうにもならないので、インクジェットを買った。
そのラベル印刷専用にしていたキャノンのMP630が、早くもインク切れした。

ところが用意していた互換カートリッジをセットしようして、大きさが違うことに気がついた。
どこで間違ったのか不明だが、こんな事ならインクだけでも買っておくのだった。

互換カートリッジはもう使えないから、注射器でインクを吸い取ってPM630側に移すことにした。
一応使えるようになったが、インク切れのサインが消えない。

「スポンジの入っていない予備のタンクが空だから」と考えたのが間違いだった。
互換インクではその空のタンクの上に穴が空いていたが、純正には無い。細いドリルで穴を開けてそこへもインクを注入した。

試し印刷をすると、全体に継ぎ足したインクの色が乗るようになった。
本体の内部にもイングが溢れてこぼれている。

セロテープで穴を塞いでインクが出過ぎるのを防いだ。
更に、A4一面を出すぎる色で塗りつぶす画像を作って、内部に貯まったインクをはき出させた。

ようやくまともに印刷できるようになったが、手はインクまみれで洗っても中々落ちない。
こうならない為に、チップ付きの互換カートリッジを買ったはずだったのだが。
ネットを検索して、キャノンもエプソン同様にインクの出る量を積算してインク切れを表示している事を知ったが、後の祭りだった。

満タンではないので、リセッターを使っても正常なインク管理は出来ない。
今のインクは臨時のものとして、慎重に型番を確認して互換カートリッジを発注した。


ワルトシュタイン 聴き比べ

2010年01月26日 17:36

CDラックを整理した。整理すると思いがけない掘り出し物が出てくる事がよくある。大掃除で、畳の下に敷いた新聞紙の記事が面白いのと同じだろう。もっとも、近年は大掃除の習慣が薄れてしまったから、若い人には何の事やら判らないかも知れないが。

その中に先年引退したブレンデルの6枚組のセットがあった。1960年代のヴァンガード録音からのコンピレーションだが、強打でも音が濁らず心地よいタッチで弾きまくってくれる。このセットにはベートーヴェンが入っていない。ブレンデルを知ったのは、ベートーヴェンの作品番号の付いていないピアノ曲ばかり集めたVOXのセットだったので不思議に思った。ヴァンガードへの録音が無かっただけで、後年別レーベルに入れていた。デジタル録音の全集もあったが、フィリップスのDUOシリーズで出ている1970年代の旧録音の組み物を2組買った。


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28~32番の入ったセットはデッカ録音で、有名曲が入ったこちらはフィリップス録音だった。同時期に複数のレーベルに跨って全集を録音していた。演奏スタイルは先のヴァンガードと同じで、重くならずに軽快に弾ききっている。第1楽章は出だしから曲芸のような早いパッセージが続くが、コロコロと心地よく指が回る。そして強打で決める箇所はキッチリと決める。ただ録音は古いヴァンガードの方が良かった。10年後の録音なのだが、オーバーを2枚も重ね着したような厚ぼったい音で、ブレンデルの澄んだタッチと合っていないように思う。


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こういう技巧的な曲となればポリーニは外せない。聞き比べてみることにした。
ポリーニのベートーヴェン・ピアノソナタ全集の録音が中々完了しない。最初期の31番や32番はアナログ録音のままである。それなのにこの21番ワルトシュタインはデジタルで2回も録音している。2度、3度と全集録音する人も居るというのに、ポリーニは死ぬまでに完成させる気があるのだろうか。気まぐれな所までも師のミケランジェリの跡を継いでいる。
快刀乱麻を断つという形容にピッタリの演奏だ。鬼人の如き指捌きで一点の濁りもなく弾ききってしまう。録音もデジタルらしい切れの良い音に仕上がっている。第1楽章の演奏時間は、ブレンデルの10分40秒に対して9分59秒。タイム通りのスピードで演奏しているようだ。



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ポリーニは1988年に続いて1997年に再びワルトシュタインを録音した。第1楽章だけ比べれば演奏スタイルに特段の差はない。時間も9分59秒で全く同じ。録音には差がある。音の響きが豊かになっている。旧録音がキレだけなのに対して新録音はキレもコクも在るという所だろうか。録音の差で演奏の印象がガラリと変わる。スケールが大きくなり、巨匠の風格を感じる。しかもテクニックの衰えは全くなく、高域でキラキラ光るタッチは旧盤の輝きを失っていない。


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グルダはどうだろうか。ピアノ協奏曲とセットになったボックスがある。
驚いた事にポリーニより更に早かった。演奏時間は9分26秒と記載されている。確かにこのテンポで弾けば、こんなタイムも宜なるかな。無茶苦茶早いけれどグルダらしい優しい音は全く失われていない。こんな事があるのだろうか。
ピアノ協奏曲はDECCAだけれど、ソナタ全集の方はAMADEO録音だった。1968年の録音だがブレンデルより良い。デジタルのポリーニに比べてもアナログ特有の濁りが少し乗っているだけだ。マイナーレーベルに名盤あり。



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バックハウスのテンペストには2種類ある。モノラル盤を入れると3種類になるが、こちらの方は処分してしまった。左がステレオで再録音した全集で1960年の録音。右は1969年の「最後の演奏会」のライブ録音であるバックハウスは鍵盤の獅子王と呼ばれ、ケンプとドイツ系ピアニストの人気を2分した。全集盤では第1楽章が8分47秒となっているけれども、聴いてみると4人の中では最もテンポが遅い。省略があるのだろう。ベートーヴェンのピアノソナタと言えば真っ先に挙げられた演奏だったが、先の3人に比べると地味な演奏で食指が伸びない。

ライブ盤も基本的には同じスタイルだが11分18秒となっており、この位のテンポだと判る。
この録音は学生時代に金持ちの友人に聴かせて貰った事がある。安い方のモノラル盤でやっとこさピアノソナタの全曲を聴いたが、スペシャル盤として通常のステレオより高い2300円で発売されたこちらのレコードにはとても手が出なかった。
プログラムはワルトシュタインから始まる。御歳85才、さすがにミスタッチが散見され、全集盤に比べても力強さで劣る。この日のプログラムではモーツァルトのピアノソナタ第11番「トルコ行進曲」が滋味があって好きだった。
LPでは途中で「少し休ませてください」というバックハウスの言葉が入っていたと記憶しているが、CDではカットされていた。
LPで聴いたのは6月26日のコンサートだけだったと記憶しているが、このCDには6月28日の分も納められている。しかし通常の半分の時間しか収録されていない。途中で心臓発作を起こして後半がキャンセルになった。そしてコンサートの一週間後帰らぬ人となった。死ぬ一週間前までワルトシュタインを弾けたピアニストは空前絶後だ。



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さて、バックハウスのライバル、ケンプだが、LPがあるので追加する。
演奏時間はバックハウスとほぼ同じ8分台。3曲入っている内の2曲目なのでA面とB面に跨っている。LPでは音質面から片面30分以内に納められている。1曲目はテンペストで22~3分ある。ケンプのテンポも早くはないから普通にやると30分を大きくオーバーしてしまう。そこで繰り返しを省略する等して短縮したのだろう。バックハウスの全集もレコード枚数が決められていて、曲の順番をアレンジしても入りきれない為には短縮版を使ったのではないだろうか。

ケンプはテクニックでバックハウスに劣ると言われていた。1964年の3度目の全集版でケンプも70才近いが、わざとゆっくり弾いているようなところは無い。ただ音の強弱の幅が小さくて、テンポの揺れも少ない。バッハを演奏する時の奏法に似ている。ダイナミックに弾かない為に、技巧云々を言われたのだろうか。


まだルプーやホロヴィッツが残っているが、我が家のワルトシュタインはトップがグルダで、2位がポリーニの新盤というのは動かないだろう。



北森鴻死す

2010年01月25日 18:29

最近新作が出ないなと思っていたら・・・・。まだ48才の働き盛りだった。

凝った構成とともに、バックグラウンドが緻密に書き込まれていた。一見ストーリーと関係のない何でもない出来事が、後で大きな意味を持つというサプライズを楽しませて貰った。

彼と共に、連城那智も冬孤堂も、「裏京都」の有馬次郎も逝ってしまった。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン東京 楡周平

2010年01月25日 11:57

宿命1969-2010の原作である。

上杉景勝の北村一輝が出ていたので1/15の第1回を観た。
70年安保の学生運動の中で結ばれた苦学生と女性闘士が、大物代議士と医療法人会長として、婚約する子供の親となって巡り会う。真野響子の息子を北村一輝が演じている。エリート官僚で政界進出を目論んでいるという設定だが、無口な景勝役の時と同じような印象を受ける。このカップルに小池栄子演ずる宣子が絡んで三角関係になっている。「華麗なる一族の再来」かという声もあるので、原作本を借りてみた。

上巻では彼らのリッチな生活ぶりから、東大安田講堂の籠城戦、2人が異父兄弟ではないかという疑惑、捨てられた宣子の復讐開始までが描かれている。こりゃ面白いぞと下巻に取りかかった。ストーリーの広がりを期待したが、復讐劇は中途半端に終わり、異父兄弟の結婚を阻止しようとする真野響子の工作もトリックに引っかかって功奏しない。尻すぼみで終わってしまう。

上巻で設定された舞台がちゃんと回っていれば華麗なる一族に近づけたかもしれないが、これでは比較するのが失礼だ。連載回数に制限があったのだろうか。

60年代を団塊の世代として生きてきた者から見ると、至る所に見えるミスが気になる。
「バイト3軒で6千円」はあり得ない。桁が違っている。
一方で有名幼稚園の年間費用が50万とか、熟代が1科目月4万円といっている。これは団塊ジュニアの教育費だ。第一当時、進学熟なんて果たして存在していたのか。
公立の保育園というものも、真一郎の世代には殆ど無かった筈だ。今と違って、幼稚園や保育園へ行かずに小学校へ上がる子が多かった。

文献と自身の経験がごっちゃになっている。その割には籠城戦の状況は良く書けていると思う。文献が良かったのか。安田講堂ほどではないが、私の大学でも時計台での機動隊との乱闘はあった。投石、放水、催涙ガスは日常茶飯事の時代だった。

連載は2004年だが、「無責任な理想論を掲げる野党に政権政党を取られてしまうくらいなら、泥水を飲んで、一切何も言わずにこのまま政界を去る」というくだりは現在に通ずる所がある。自民党総裁の誰かにこれだけの覚悟があれば、北村一輝演ずる挫折を知らぬ坊ちゃんエリートを地でいくような首相を戴くような事にはならなかっただろう。


大フィル第434回定期 エルガーアーベント

2010年01月22日 17:46

2009/1/21

海の絵と交響曲第2番とエルガーの作品2曲だけというシンプルなプログラム。
さぞ客の入りは悪いだろうと予想していたが、7割程度のまあまあの入りだった。

海の絵は声楽作品で、オケは静かに伴奏するだけ。興味の薄いジャンルで気乗りがしない所為か、テクストが英語であるにもかかわらず聞き取りにくい。

後半の交響曲第2番もシノーポリのCDで聴く限りは、同じようなメロディをずっと繰り返すだけの淡々とした曲だ。今夜は久しぶりに心地よく居眠りさせて貰おうかと、空いている隣の席にプログラムを置いた。
ところが曲が始まると、前半とは別のオケのように音量が俄然大きくなり、特に第3楽章になるとティンパニや大太鼓が思いっきり鳴り響いた。プログラムには「魔性のものの跳梁を思わせる」とある。さもありなん。CDでの印象と全然違う。ふと見ると天井からマイク何本も下がってきているし、舞台後方にも2本立っている。ライブレコーディングで盛り上がっているのか。
弦も終始トゥッティを強いられている。ただ音が何時もと違って柔らかさが無いしヒステリックに濁っている。こんな事はこのシリーズで初めてで、生ではなく録音を聴いているようだ。ここ数日、オーディオシステムの調整で粗を探すような聴き方をしてきた事が影響しているのだろうか。

プログラムでは、ロンドンでの初演での聴衆は「狐につままれたよう」であり、消え入るような終わり方に戸惑ったとある。芳しい受け入れられ方ではなかったようだ。しかし第4楽章に入っても相変わらずテンションは高く、少し忙しいブルックナーのように盛り上がる。ラストは長いフェルマーターで静かに締めくくられた。これのどこが悪かったのだろうか。ベートーヴェンのようにラストは「ダァーン」とやるものと思いこんでいたのか。そりゃ2世紀も前の事ですぜ。


サラウンドのススメ

2010年01月21日 17:19

部屋は、音を決める大きなファクターになる。
アンプ、スピーカーに置かれている部屋の「色」が付く。
普段は同じファクターの中で比較するから意識しないけれども、建物が変わるとビックリするくらい変わる。
終の棲家のオーディオシステム でも、それまで手塩にかけて育ててきた音がガラリと変わってしまった。

一言で言うと、音が重い。
木造から、鉄骨と軽量コンクリートの家になったら音が重くなると考えるのは短絡過ぎると思うが、現象としてはそうなっている。


対策として
①アンプの動作を差動に戻す。
 差動にすると、万一片方の球がやられた時に、もう一方の球に2球分の電流負荷がかかる。それで固定バイアスで使ってきたが、差動に戻した。軽いというより少し暖色系の音になる。

②200Hz~7kHzと殆どの音を出しているスコーカーを610から、610Mに変える。
 コーン紙は同じなので、基本的なキャラクターは変わらないはずだが、使い始めて20年経つ。サブウーファーに使ってきた610Mのエージングも進んだ。そろそろ引退を考えても良い。


①②では、まだ不十分だった。

新たに
③サラウンドのリア部を併用する
最初タイトルを「4チャンネルのススメ」と書いていた。しかし5.1chから7.1chへと多チャンネル化が進んでいる。ブックシェルフタイプが本当に本棚サイズになり、小型化が進んだからだろう。昔のブックシェルフなら4本で充分なのだが。「4チャンネル」は死語になってきた。

SR8002はヤマハほどでないにしてもDSPを持っていて、2チャンネルソースからサラウンドを作り出す事が出来る。読み辛いマニュアルを解読すると、フロントスピーカーのA,B切り替えとサラウンドモードの選択がリモコンで出来る事が判った。
CDプレイヤーからのデジタルアウトをSR8002に入れて、スピーカ-システムを「B」に切り替える。これでサラウンド用のフロントスピーカーを殺し、フロントには手を付けずリアからサラウンドモードの音を流せる。



結果は上々だった。

サラウンドというのは、音場が拡がるだけでなく、音に艶が乗ってくると言う効果もある。
この事はアナログの時代から知られているが、定位が不安定なつたりノイズが部屋中に拡散するというデメリットがあった。蒸気機関車が頭の上を通り過ぎていくのを楽しんだが、大概の人は実験だけで元に戻していた。

最近のデジタルDSPはノイズが無く、不自然な定位に悩まされる事もなかった。音質向上の効果だけを享受できる。
サラウンドモードはPLⅡx、Neo:6、CSⅡ、THX等いろいろ搭載されているが、効果に差はあまりなかった。


サラウンドを併用すると音像が膨らむので、歌手の口が壁一面の大きさになるのではないかと危惧したが、そんなことは無かった。

フロントとリアではボリュームが別だが、これは却って都合が良かった。音が小さいときはサラウンドの効果が相対的に大きく現れる。ラウドネス効果と同じで、フロントに合わせてリアのボリュームも下げてしまうと、サラウンドによる音質改善の効果が薄れてくるようだ。


バッハの平均律あれこれ

2010年01月20日 17:18

グルダに惹かれている。音色やテンポを言う以前に、聴いていて気持ちが良いのだ。ポリーニのような研ぎ澄まされた美しさとは正反対で、柔らかく澄んでいて安らぎを覚える。ホルスト・シュタインとやったベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は名盤の誉れが高いけれど、ユニークなピアノソナタ全集ももっと評価されて良いと思う。


もう新たに買うことはないと思っていたが、グルダの平均律クラヴィア曲集を買った。

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響きを抑えて、フォルテピアノを弾いているかのような音を出している。グルードもバッハでは似たような弾き方をするが、それより柔らかくて深い音色だ。躊躇うかのように静かに始まる曲集は、第5曲嬰ハ長調になって急にテンポも音量も上がる。第7曲からの短調との対比を見せるためだろうか。どんな強奏になっても柔らかさを失わないのがグルダらしい。やがて、あれこれ考えるのをやめて、紡ぎ出される音に身を任せるようになる。



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これまで標準にしていたリヒテル盤はどうだろう。
リヒテルはグルダと違って遠慮無くキーをたたく。しかしお城の広間での録音のようで、ピアノが遠くに置かれているような音がする。残響を多く取り入れた編集が激しさを和らげている。


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ホールトーンはLPの方が巧く出せるのではないかと思って、引っ張り出してきた。殆ど変わらない音で鳴るが、残響の量はCDの方が多いと感じる。アナログはカートリッジからスピーカーまで音を変化させる要因がデジタルより多いので、CDのマスタリングで本当に残響音を弄ったかどうかは確実ではない。


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チェンバロでやっているピノック盤を聴いてみる。相変わらず賑やかで気品に欠ける演奏だ。第5曲での音量の変化はない。現代の楽器でも音量の差を出すことは難しい。あれは、グルダやリヒテルの「演出」だったのだろうか。

チェンバロでは、ヴァルヒャのLPがあつたと思って探したが見つからない。処分してしまったようだ。


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キース・ジャレットも聴いてみる。ジャズ・ピアニストとしては異例に美しい音を出すので好きなプレイヤーだ。グルダやリヒテルとは明らかに違う。一言でいえば窮屈さの無い演奏だろうか。ジャレット盤も第5曲での音量の変化はなかった。


母の預金通帳

2010年01月19日 17:37

9年前に亡くなった母の郵便貯金通帳が出てきた。

平成6年で終わっているが、全国各地の郵便局に1000円、2000円と預け入れしている。
鉄道趣味の一つに降車駅の郵便局で預金するというのがある。
銀行の通帳と違って、各郵便局の朱印が押されていて、どこで預け入れしたか直ぐ判る。記念スタンプ代わりになっただろう。

旅行にはよく出掛けていたが、こんな趣味があるとは知らなかった。平成6年で途切れているのは、パーキンソン病の症状が顕著になり、もう旅行に出られなくなった為だろう。

生きていれば、今頃この通帳で話に花が咲いていたかもしれない。