又もや「仕方ない票」が増える

2010年05月31日 16:40

鳩山内閣の支持率が遂に20%を割り、民主党の支持率も低下が止まらない。

これまでは、自民党の支持率も歩調を合わせる様に低下してきたが、今回は自民党の支持率や、参院選比例の投票先が伸びている。

旧態依然として変わらない自民党を支持する機運が上がってきたとは思えない。

去年の総選挙でも、民主党を積極的に支持したのではなくて、自民党以外でとりあえず投票する政党として「仕方なく」民主党を選んだ人が多かったのでは無いだろうか。
そもそもマニフェストなるものも、早くから出して自民党に対案を出されないように、直前のどさくさに出てきた。各マニフェストを実行したらどんな事になるのか、吟味するデータ・説明は全く示されなかった。

今回も、選挙が近づいてきて投票先を決めなければならないが、みんな党もイマイチよく判らないし、民主党以外に投票する先として「仕方なく」自民党が挙がっているだけではないだろうか。



ホームページ「終の棲家別館」を立ち上げました

2010年05月30日 12:48

一昨年11月から始めて今年4月に完了した、JR全線完乗の記録は当ブログに載せて来ましたが、
ホームページ形式に編集し直す事にしました。

第1旅「山陰本線各駅停車の旅」を手始めに、順次アップしていきます。

終の棲家別館~線路は続くよどこまでも

89才と86才

2010年05月29日 16:29

父と仲の良かった叔父が、従兄弟に連れられて来てくれた。
こちらも認知症で介護を受けている。

半年前に比べて身体も弱くなってきたようだ。ヨチヨチ歩きになっている。
毎日のように「家へ帰る」と言っていたという。ウチの父がいる場所が「家」だと思いこんでいるらしい。独立して60年が経つのに、兄弟一緒に暮らしていた頃に記憶がリセットされている。
単に昔帰りするというより、振り返って幸せだっと思う頃の記憶が蘇ってくるのではないだろうか。
私なら、子供達と4人で生活していた頃に戻るかもしれない。



不明瞭な声しか出せない父との会話はなかなか成立しない。
その上、突然大昔の事を言い出すから、何が何やら判らなくなる。

1時間ばかり居てくれたが、叔父は当たり障りのないことを言い続け、
父は何度も居眠り(寝たままで居眠りというのもおかしいが)する。

京都からタクシーで来てくれた甲斐があったのだろうか。
天気が良かったから、ドライブで気晴らしにはなったと思うが。


また2人が会う機会はあるのか。神のみぞ知る。

「吉田類の酒場放浪記」を肴に一杯

2010年05月28日 17:32

番組ホームページによると、現在約360タイトルが放映済みになっている。
初めのうちはハードティスクレコーダーに録っていたが、今はBDに5倍で入れている。
5倍で入れると一枚に50タイトルぐらい入る。

これを夜な夜な再生しながら一杯やる。
番組ではホッピーが多いが、焼酎の水割りで代用。
冷蔵庫に焼き鳥が入っている事は希なので、アテは漬物になる事が多い。

何軒かハシゴする内に眠たくなってくる。

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ちなみに、このオープニングはどこの酒場なのだろうと以前から思い悩んできた(大袈裟な!!)
後ろのカレンダーには12日から15日までが休日のマークが入っている。ここから8月である事がわかる。更に8月1日が金曜日になっていることから、これは番組開始の2003年に録られたものだと判る。初期放映分の中から選んでいるのではないか。


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第1回の「いせや総本店」を子細に見ると、まさしく、このカレンダーが写っている。
お品書きの文字も一致している。


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焼き場のシーンなぞは、

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番組と全く同じ角度のものを使っている。


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ハイボールを注ぐシーンは

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第4回の神谷酒場にあった。


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物憂げな表情の客達は、肖像権の問題があるからスタッフではなかろうか。
このカウンターと

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酒を注ぐシーンは録画分に無かった。

この2のカットは同じ場所であると思われる。

第2回と第5回が欠けているから、このどちらかに入っているのだろう。



突然ガスが止まる

2010年05月27日 17:11

事が何度もあった。

阪神大震災以降、ガスメーターにはマイコンが入っていて、ガス漏れや振動で元栓が自動的に閉まるようになっている。リセットボタンを押せば、使えるようになるが、又何の前触れもなく止まってしまう。

風呂に入れない事があったので、電話して大阪ガスに来て貰ったが、原因がわからない。メーターが敏感すぎるのではないかと取り替えて貰ったが、停止の間隔が短くなっただけだった。ガス会社の人(実際には配管工事会社の社員)は取り付け方に問題があるという。昔のガスパイプはスチールだったが、現在はステンレスの蛇腹になっており剛性がない。支柱一本で立っているから、横を通るときに触ったり、車の振動で止まるのだと。建物や塀に固定せよと言う。
しかし、大きな植木鉢をメーターの廻りに置いて人が触るらないようにしているし、塀や建物に固定しても車の振動なら逃れられないと思う。

取り付け方に原因があった場合、工事基準をキチンと守ったかどうか、守っても問題が発生したのなら大阪ガスの工事基準の妥当性が問題になる。ヘーベルと大阪ガスの間を自分で仲介するのは大変なので、営業さんに事情を話したら、ガス工事を担当した設備工事会社の人がやって来た。

自社に費用が発生する可能性があったからだろうか、事前にトラブルシューティングをしてくれていた。マイコンメーターには、ガス機器の異常を検知するパターンが流量に応じて幾つかあるという。シャワーなら数十分だがファンヒーターなら数時間の単位で設定される。浴室乾燥機のガス使用量なら、マックス2時間になっている。家人に聞くと、タイマーは2時間にしていると言う。どうもこれが怪しいのではという事になった。どちらも2時間だから、誤差でマイコンが強制停止したりしなかったりする。状況的には合う。



タイマーを1時間30分にして様子を見ているが、2ヶ月経ってもガスが止まることはない。ヘーベルの工事屋さんの推定が正しかったようだ。
マイコンメーターの機能について、このような状況になる可能性を大阪ガスからは何の説明も無かったし、自社のメーターなのにガス会社の方で対応できなかった。直接我が身に降りかかる事では無いので、生ぬるい対応しかできないのだろう。何度もガスが止まるので、一時はオール電化にしてしまおうかと考えた。しかし、関電も似たような体質だし、停電になった時の影響が大きすぎるので思い止まった。





デジタル一眼は進歩したのか

2010年05月26日 17:13

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押し入れからキャノンEOSkissを引っ張り出してきた。

EOSkiss 145×92×62mm、370g
α550  137x104x84 mm、599 g

幅だけEOSkissの方が少し大きいが、他はαの方が大きく重い。特に奥行きは20mmも大きく嵩張っている。それなのにαの撮像素子の大きさはEOSkissの2/3しか無い。

20年位前のフィルム一眼に、デジイチは大きさで負けている。カメラは携行してはじめてシャッターチャンスが生まれる。大きさは撮影性能と同じくらい重要なファクターだと思う。
ハイテクは日々小型軽量化が進んでいると思い込み勝ちだが、ことカメラに関しては嵩張り、重くなっている。更にEOSkissのフィルムと同じ大きさの撮像素子を持つフルサイズは比較するのが嫌になるくらい大きい。道具としては退化している。
光学系はどうしようもないが、電子デバイスはまだまだ小さくできるハズだ。奥行きはEOSkissプラス液晶の厚みぐらいにならないか。


マイクロフォーサーズは小さくなったが、マウント経由でのオートフォーカスは出来ない。ファインダー無しにマニュアルでのピント合わせは難しい。結局、殆どレンズ交換しないカメラに退化してしまった。


NEX5  110.8x58.8x38.2 mm、229 g
ミラーレスでここまで出来るというのなら、逆にここからミラーハウスの分だけ厚くなった一眼レフを造れないのか。
最終的にEOSkissぐらいの大きさで、フルサイズ機が出来ないと進歩したとは言えないのではないかと思う。




老々介護

2010年05月25日 17:59

もうすぐ90才になる父に介護保険を申請した。

今年の正月は普通に祝ったのに、今は一日中ベッドで横になっている。文字通りの寝たきりだ。
特段の怪我や病気は無い。
毎日散歩し、薬を飲むこともなかった。

胸が痛いというので検査して貰ったら、肺炎で胸に水が貯まっていた。
年寄りの肺炎は熱も咳も出ないので分かり難い。
抗生剤を2週間飲んだら胸の痛みも消えて直ったようだ。

しかし歩くどころか、立つこともできなくなった。
トイレや入浴にも支障が出てきた。
おしめが必要になり、風呂も2人がかりでないと入れられなくなったので、遂に保険を申請した。

時々、おかしな事も言うようになった。
認知症が進んでいるのかも知れぬ。
カミさんは老衰だと言うが、こんなに急ピッチで体力が無くなるとは思っても見なかった。
このままのペースで老衰が進めば、半年と保たないのではないか。
医者からは、経口で食事を続けるのか、身体に管を入れるかの選択も迫られている。


「ローカル私鉄の旅」第2旅  阪堺電気軌道 その3

2010年05月24日 16:57

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住吉鳥居前から飛び乗った電車は、あびこ道行きだった。大阪市内最後の駅で車庫がある。


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緑とカーキ色の、南海電車時代の標準色に塗り分けられた車両もある。


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緩い傾斜で堤防を登り大和川橋梁を渡る。渡り切った所の大和川駅で途中下車。チンチン電車用なのに、この長い鉄橋が複線になっている。まあ全線複線なので、ここだけ単線には出来なかったのだろうが、普通は富山の万葉線のような簡単な単線ガーター橋で済ませるだろう。



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立派な鉄橋を、チンチン電車が一台トコトコ渡っていく。
タムロン 10-24mm 10mm F5.0 1/800 +0.7EV ISO200



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堺市内では道路を走るが、車とは区分されていて、実質的に専用軌道になっている。


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低い跨線橋で南海本線の上を跨いだと思ったら、直ぐに降りて、終点浜寺駅前に到着。1面1線しか無く、通過駅のような終着駅だ。



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道路を渡ると広大な浜寺公園が拡がっている。「駅前」の駅は、南海本線の浜寺公園駅だが、公園にはこちらの方が近い。



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東京駅を設計した辰野金吾の設計になる木造平屋建ての洋風駅舎は、国の登録有形文化財になっている。明治30年の創業時の建物で、私鉄最古の駅である。


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駅舎の左端には、臨時用の改札口が設けられている。夏休み、海水浴客が大勢押しかけた頃に設けられたのだろう。


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一区間だけ切符を買って、なんば行き普通に乗る。


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浜寺公園駅と比べると小振りだが、次の諏訪ノ森駅も、国の登録有形文化財になっている。


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明治40年に、こんなモダンな駅があったのか。
2018年に高架化が予定されている。浜寺公園駅は移築されることが決定されたが、ここは解体される可能性もあるという。


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諏訪ノ森駅から歩いて、船尾駅で阪堺軌道に戻る。恵美須町行きに乗るので住吉で乗り換える。レトロな車両がやってきた。この型は昭和初期に製造された、日本において定期運用される電車として現役最古参だ。冷房が無いので夏季は車庫で眠っている。


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こんな飾りがある。


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冷房がないので、もうすぐ朝以外は車庫で休憩するようになる。



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平野線が廃線となり、飛田駅の代替として設けられた今船駅を過ぎると、築堤を登っていく。今池駅の直前で南海天王寺支線と立体交差するためであった。JR天王寺駅と南海本線天下茶屋駅を結んでいたが平成5年に廃線になった。写真左に緑地帯が延びているのが廃線跡で、斜めに堺筋を横断し、このガード下をくぐった所に今池駅があった。地下では地下鉄堺筋線が、ここで西へカープして天王寺支線跡を天下茶屋へ向かっている。



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南霞町駅でJRのガード下をくぐる。霞町という優雅な地名に相応しくないドヤ街で、平成2年の第2次釜ヶ崎暴動で駅舎が焼き討ちされた。仮設駅となっているサイトも多いが駅の位置は変わっていない。なお霞町は、通天閣の南からフェスティバルゲート一帯の地名だったが、住居表示変更というムダ行政の犠牲になって消えてしまった。



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なんやかんや言いながら、終点恵美須町到着。


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久しぶりに「更級」で蕎麦でも食っていこうと思っていたが、あちこち寄りすぎて晩飯の時間になってしまった。
最後に一つだけ実験を。


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偏光フィルター無し Vario-Sonnar DT 16-80mm F7.1 1/500 +0.7EV

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偏光フィルター有り Vario-Sonnar DT 16-80mm F7.1 1/125 +0.7EV

シャッタースピードで2段分か。


ローカル私鉄完乗率 40.96%

残り69路線



「ローカル私鉄の旅」第2旅  阪堺電気軌道 その2

2010年05月21日 16:41

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境内は広々としているが正月には人であふれかえり、すぐ目の前に見えている太鼓橋までなかなかたどり着けない。



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太鼓橋を横目に北側の出口へ向かう。



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大海神社(おおわだつみ)は、住吉大社が創建されるより以前に鎮座していたとされている。神明造りの拝殿と、その後ろに千木が見えている住吉造りの本宮、共に重要文化財に指定されている。


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真っ赤に塗られた古代様式の建物は、ここだけが別世界のような異様な雰囲気がある。


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住吉大社を出て北へ向かう。生根神社は淀君が寄進し、片桐且元が奉行を務めて建立した。ここも住吉大社の鎮座以前よりこの地に鎮座しているという。


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桃山風の拝殿。


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更に立派そうな本殿だが、中へは入れない。


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「神明穴立石」の穴は真東を向いている。由来については、伊勢神宮を向いている、少彦名命が浜の石をここに運んで霊石とした、和歌浦から住吉浜に一夜でやって来たと諸説ある。



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その石から真西を向いて撮った。凄い逆光で心配だった。液晶画面では右の本殿は真っ黒になって、撮れたのか撮れていないのか確認できなかった。それでもチャント撮れている。タムロン 10-24mmは本当に逆光に強い。


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大海神社や生根神社の西側は、切り立った崖になっている。往古はこの下に波が打ち寄せていたという。
階段を降りて、古い家並みを更に北へ向かう。


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閻魔地蔵尊。



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お地蔵さんというと、小さな祠の中に入っているイメージがあるが、ここのは祠を収納するお堂がある。左側の壁際には、堂守りのお婆さんが座っていて、線香や蝋燭を売っている。こういうスタイルのお堂は、町内の守り神としてあちこちにあったが、今は見かけなくなった。珍しいのだろう、お婆さんが「明日は、NHKが取材に来る」と言っていた。


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閻魔さんのお顔は撮したらアカンらしい。この写真の明度を上げれば顔が見えるが、ここに全体像がアップされている



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六道の辻はあの世とこの夜の境で、天界から地獄までの6種類がある。閻魔その内の地獄の王で、亡者の仕分けをする。ここには6本の道が集まっていて、まさしく六道の辻だったが、今は1本増えている。



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南東の方角へ見当をつけて歩いていくと、熊野街道に当たる。少し北へ行くと宝泉寺がある。平野の大念仏寺を総本山とする融通念仏宗は、大阪南部をテリトリーとするマイナーな宗派で、ここも入っていけるような境内はない。



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十三仏の拝観に一々案内を請わねばならないのかと思ったら、塀の裏の通路のような所に並べられていた。



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熊野街道に沿って南へ向かうと、古い店の軒に高灯籠が乗っている。住吉味噌の池田屋である。



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ここは熊野街道と住吉街道が交わる所で、往時は参拝客で賑わった。建物は国の登録有形文化財になっている。



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池田屋を右へ曲がると住吉大社の東門はすぐそこだ。民家の入り口に蝋燭を形取った石がある。建築でいう蝋燭石とは関係がない。店の看板みたいなものだと思うが、注連縄が張ってある。



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ここまで来たら、境内に入らない訳にはいかない。石舞台の横を通って本宮へ出る。



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結婚式の写真を撮っているカップルが居た。親族らしい人は見あたらない。式や披露宴とは別の日に、写真だけ撮るのが流行っているらしい。逆光なのでレフ板をあてている。国宝の拝殿を背にすれば良いのにと思うが、「門出」だから入り口の門を背にしているのか。



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かなり勾配がきつい上に、踏み板の奥行きが狭い。降りる時は特に注意を要する。初詣時にはスロープを付けて、将棋倒しになるのを防いでいる。

住吉鳥居前駅から阪堺軌道完乗に戻る。

それにしてもタムロンレンズの何という色乗りの良さ。空は本物より青く、朱は毒々しいまでの赤に撮れている。

(この項続く)


より大きな地図で 住吉大社周辺 を表示





「ローカル私鉄の旅」第2旅  阪堺電気軌道 その1

2010年05月20日 16:19

2010/05/14

次はどこにしようか。智頭急行か、北近畿タンゴ鉄道か、それとも長良川鉄道か。もっと手近に未乗のローカル私鉄があった。

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主に利用したのは天王寺駅前・住吉公園の上町線だが、廃線となった平野から阿倍野を通って今池で恵美須町・浜寺公園の阪堺線と合流する平野線を最もよく利用した。南海電鉄の路線だったが、地下鉄谷町線の天王寺 ・八尾南間が延伸し、平野線が廃線となった昭和55年に100%子会社化された。この鉄道の堺市側は乗ったことがない。



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本日のメインレンズはタムロンの超広角10-24mm。広角端では阿部野橋の交差点がすっぽり収まった。



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子供の頃から見慣れた近鉄百貨店の旧館が完全に姿を消した。当分フープの円筒形の建物が、この一角の顔になる。近鉄南隣の木村ビルにも工事用の足場が組まれている。この一、二階には、倒産した山一証券が入っていた。



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交差点の南西側では阿倍野再開発が着々と進んでいる。タワークレーンが高層棟(といっても90mではインパクトも薄いが)の鉄骨を組み上げている。完成図にはチンチン電車の駅舎はない。地下化されるのだろうか。



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とりあえず、停まっている電車に乗る。去年から浜寺駅前行きが復活した。堺市側へは路線図通り、恵美須町発の浜寺公園行きがメインで、天王寺駅前からは住吉公園行きと、阪堺線の大阪市側の端の駅、あびこ道行きがあって、その先は乗り換えだった。どう見ても乗客数は恵美須町より、天王寺駅前の方が多い。やっと実態に合わせた運行をするようになった。
ちなみに、駅のある場所は阿倍野区で、近鉄もあべの橋駅としている。交差点が区の境界で、北側が天王寺区、南側が阿倍野区になっている。JRは天王寺駅になっている。チンチン電車の駅も、かってはJR天王寺駅の西側にあった。ターミナルは更に谷町筋を北進して、四天王寺西門にあったのを、天王寺・西門間を大阪市が強制的に買収して市電に組み入れた。買収は戦前の話だが、レールは戦後も橋の上に残っていた。



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600円乗り放題は安い。しかし車内放送で宣伝しているのは回数券だけ。これは東京の都電荒川線も同じだった。あちらは400円で更に安い。地下鉄と合わせて1000円で乗り放題という切符もある。



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阿倍野の次、松虫から専用軌道に入る。ここの駅舎は阪堺電車の典型的なスタイルで造られている。
会社で何人ものオーディオ好きに出会ったが、感心したのは私の師匠の春田さんと、松虫に居たY君の2人だけだった。師匠は屋根裏にオーディオルームを造り、Y君は地下室を造った。


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再び併用軌道に入る。姫松は駅舎のある数少ない駅である。柱と棟木の間に補強材が入っているが、直線でなく、円形にデザインされている。
窓ガラス越しに撮っているので、映り込みを消すために偏光フィルターを試してみた。口径が大きくなると高いので、62mmのVario-Sonnar DT16-80mm用の物しか用意していない。映り込みは無くなったが、16mmの広角端では四隅をけられた。



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帝塚山3丁目で途中下車する。電車は、道頓堀の八軒屋浜から始まる熊野街道とほぼ平行に走っている。


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熊野街道の東側には万代池がある。



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反対の西へ向かって進む。帝塚山は市内の高級住宅街として知られているが、最近はマンションが多くなった。その中で一際目を引く、美術館のような建物は帝塚山学院である。私達の頃は中学までが男女共学だったが、今は狭山にある大学まで共学になっているようだ。


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大正6年に小学校から始まり、戦前に幼稚園と高等女学校が作られ、お嬢さん学校として知られている。学院と学園、一字違いで紛らわしいが、奈良の帝塚山学園は元々ここが経営していた。
「プールサイド小景」の庄野潤三は旧制住吉中学出身で、父が帝塚山学院の初代院長で、兄も学院長を務めた。作品の中のけだるい住宅地の雰囲気を感じながら、散歩を続ける。



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南海本線の踏切を越えて更に西へ進むと、帝塚山古墳が現れる。
高校の英語の時間に、The top of the hill is covered with dust.と教師が半ば冗談に板書したのを覚えている。ゴミで覆われていると揶揄される程、当時は出入りが自由だったのだろう。板書を思い出してここまで来たが、住宅で囲まれて、古墳が見えるのはここしかない。門は固く閉じられていて、立て札の説明も読めなかった。



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住吉駅は、路線図からも判るようにダイヤモンドクロスになっている。市電が動いていた頃は、市内の交差点の至る所で見られた光景だが、今はここにしかない。



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住吉駅も姫松とよく似たデザインの駅舎である。次の住吉公園駅とは100メートルも離れていない。


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住吉公園駅は南海本線の高架下にある、ひっそりとした終着駅である。


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駅舎の外壁は新しそうだが、駅名は右から左向けに書かれている。古い建物を化粧直しだけして使っているようだ。本線の駅名も、住吉公園だったと記憶しているが住吉大社に変わっている。


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駅前の通りは住吉大社の参道になっているが、ここまで来たら公園を横切って見に行かねばならない物がある。



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高灯籠は、公園の西側、国道26号線沿いの交差点に立っている。日本で最も古い灯台とも言われているが、ここが海岸だったのではない。昭和25年のジェーン台風で倒れた際に、200メートル内陸に入ったここへ移築された。



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駅の方向へ引き返す。鳥居の向こうに太鼓橋が見える。阪堺線は早くも住吉の次の駅、住吉鳥居前駅になっている。付近は戦前の町並みが残っているので、周辺を散策してみる。


(この項続く)