今年もモミジが枯れる うどんこ病でないなら何?

2010年08月31日 16:26

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昨年はうどんこ病にやられたので、冬に全ての葉を落としてから木全体にベニカXを散布した。
春は葉が良く茂って順調だったのだが、夏になると、褐色の斑が拡がって枯れる葉がでてきた。

うどんこ病は、粉をふったように白くなるが、褐色のもあるという。
何にせよ、道路側の葉に多く見られる事から、菌が飛んできて付着したものと思われる。
2週間ほど前におかしな葉は全て取って、今度はうどんこ病以外の病気にも効きそうなベンレート水和剤というのを散布したのだが、またぞろ出てくる。
この調子で、やられた葉を取っていくと、去年のように秋までに丸坊主になってしまう。



朝焼け

2010年08月30日 17:25

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[SIGMA 17-70mm 24mm F3.2 1/1000 ISO200 -1EV ]


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[TAMRON 10-24mm 10mm F3.5 1/2 ISO1600 ]

超広角で撮ろうと前夜試してみたが、明るくなれば電線が目立つ。
望遠端ではこれを使う意味がないのでSIGMAに変更した。
地平線近くの揮点は、ホコリではなくて宵の明星である。



ヨウラ(ユーラ)・ギュラー その2 古畑銀之助「ある晴れた日に」

2010年08月27日 16:29

「それでもクラシックは死なない」のギュラーの紹介で、古畑銀之助氏の名が挙がっていた。覚えのある名だと思っていたら、昔「ある晴れた日に」というミニコミ誌を発行していた人だという事を思い出した。

今ならブログやホームページ、少し前ならニフティのパティオようなBBSの運営、あるいはメーリングリストで、情報を発信することが出来る。それを40年も前に実現した人が古畑銀之助さんであった。

送料の切手を送ると、黄色の上質紙に印刷した「ある晴れた日に」が送られてくる。中には海外のLPの情報が満載されていた。当時はシュワンやグラモフォンのカタログを買うくらいしか、外盤の情報が手に入らなかった。「ある晴れた日に」は情報発信だけでなく、外盤を個人輸入する方法を教えてくれた。国内盤よりずっと質の良いイギリスプレス盤が、インド洋経由の船便で到着するのを待つ。そして「ある晴れた日に」到着の知らせが来るのであった。

ORDERのINVOICEを持って中央郵便局に受け取りに行く。梱包は船倉の熱で盤が曲がらないように、木でしっかりと組み立てられていた。やりとりはすべて手紙で、今の人にはまどろこしいだろうが、楽しさは待つ時間に比例する。



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その古畑さんが「ある晴れた日に」に掲載された記事をまとめて「ザ・レコード」という本を出しておられた。1989年の刊行だし、内容はそれより更に遡る。しかし、単なるレコード評ではないし、メディアに全く犯されていないので、今読んでも参考になる。「それでもクラシックは死なない」の著者松本氏も、ギューラーの事はこの本で知ったと書いている。「ザ・レコード」の中で唯一ギュラー(ザ・レコードではユーラ・グレアとなっている)だけが2回取り上げられている。



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[Nimbus NI5030]
『伝説のピアニスト~ユウラ・ギュラーの芸術』
J.S.バッハ(リスト編曲): 幻想曲とフーガ ト短調 BWV542/前奏曲とフーガ イ短調 BWV543
マテオ・アルベニス: ソナタ ニ長調
F.クープラン: 花笠、もしくはやさしいナネット
J-P・ラモー: 鳥のさえずり
L.ダカン: 旋回
C.バルバートル: ロマンス ハ長調
F.ショパン: 練習曲 ヘ短調 Op.25-2/バラード 第4番
E.グラナドス: アンダルーサ/オリエンタル

「それでもクラシックは死なない」で紹介していたのは、1975年録音のこのCDだ。
「ザ・レコード」で「オフ・マイクのようで、やや鮮明を欠く」とあったが全くの杞憂で、先の2枚より20年も後だけに鮮明な音がする。最初のバッハの2曲は、やはり彼女のスタイルだが、堂々としていてとても80才とは思えない。スペイン作曲家とはここでも相性が良く、アルベニスやグラナドスの2曲が光っている。ちょっとホロヴィッツを思い浮かべるが、彼より20才も年上である。ハイパー・ウルトラ・スーパー婆さんである。。

ところが、これよりもベートーヴェンのピアノソナタ第31番と32番を入れた同年代の録音は更に凄いらしい。

古畑氏によると、
ケンプ、ミケランジェリ、スコダ、デームス、グールドは明らかにギョラーに及ばす、
パックハウス、ブレンデル、グルダ、ハイドシェックはギューラーを下回り、
シュナーベル、ナット、アラウ、アシュケナージ、リヒテル、ポリーニだけが、ギュラーに迫るか、あるいは上回るとある。流石の「クラシック死なない」もここまでは引用していない。

これも入手可能だが、少々時間がかかる。
けれどネットを探すと、32番の全曲をMP3で聴くことができる。
http://nicosound.anyap.info/sound/sm3080005

むー。確かに凄い。
ほんまに80才近い婆さんが入れた、35年も前の録音なんか。


ヨウラ(ユーラ)・ギュラー その1 「クラシックは死なない」シリーズ

2010年08月25日 16:31

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[DORON DRC4012]
「ショパン マズルカ&夜想曲集 ギュラー(Pf) 」

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[TAHRA650]
「シューマン/交響的練習曲 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番他 ギュラー、アンセルメ&スイス・ロマンド管 」

第2作「それでもクラシックは死なない」: ヨーロッパ音楽会の中心で一時代をなした彼女の演奏には、ちょっとやそっとでは語り尽くせない華やかさ、ロマンが満ちあふれている。この幸福感、この甘美さ。これぞ栄光・爛熟のヨーロッパ帝国が生んだ真の芸術であろう。

グレタ・ガルボより美しく、クララ・ハスキルのライバルで、ジャック・ティボーから「音楽の女神!」と賞賛された。そのあまりの美貌のため映画界からも出演依頼があり、断った役がグレタ・ガルボにまわっていったという。(HMV)

アンドレ・ジイドが自分の弾くピアノを聴いて批評してほしいと頼んだ時の写真が残っている(「ザ・レコード」古畑銀之助)


こりゃ聴いてみずばなるまい。
ただし1895年生まれで、1985年に90才で亡くなっている。「クラシック・・・」で紹介されているのは1975年、80才の時の演奏。もう少し「若い時」のが聴きたい。「マズルカ・夜想曲集」は1956年のもの。録音は何と、3大レコーディング・エンジニアの1人、あのアンドレ・シャルラン。TAHRAから出ている「協奏曲」のほうも1958~62年でステレオの可能性もある。

果たして・・・。
自分流に崩して弾く19世紀風の演奏スタイルだが、60才の女性が弾いているとはとても思えない、精気溢れる演奏だった。クララ・ハスキルと同い年で、コンセルバトワールでも席を並べたという。ハスキルもパキパキした演奏をする人だったので聴き比べてみたが、ギューラーからハスキルに代えるとホッとする。緊張感の高い演奏だった。
音が低域が籠もり気味で、響きが薄い。本当にシャルランが録音したのか疑わしい。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲でも、ショパン同様自分のスタイルを貫き通す。ちょっと変わったベートーヴェンだが、意外に音も良くて楽しめた。(残念ながらモノラルだった)
オマケに入っているアルベニスのトゥリーナが2枚のCDの中で最も良かった。母はルーマニア人という事だか、ロマ族の血が共感を呼ぶのか、ギュラーの個性とアルベニスの音楽がピッタリ合っている。それでもスペイン音楽ではなく矢張りギュラーの音楽になっているが。


「本」で紹介しているのは、更に20年後の演奏で、「若い」時の方が良いだろうとこちらの2枚を選んだ。しかし、この人の演奏は年に関係が無さそうだ。録音は良くなっているだろうから、そちらも聴いてみたい。


今年のサルスベリ(百日紅)

2010年08月24日 16:26

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[SIGMA 17-70mm 70mm 1/100 F13]

久しぶりに宙玉TWINで。左右の玉で少し角度の違う画が出来る処がミソ。



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[SIGMA 17-70mm 55mm 1/1250 F4]
今年のサルスベリは、ほんとうに花房の数が多い。
あらゆる枝先から花芽が出てくる。



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[SIGMA 17-70mm 70mm 1/640 F4.5]



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[Vario-Sonner16-80mm 80mm 1/250 F4.5 -0.7EV]

シーズンが終わったら、お礼肥を余程しっかりやっておかないと、来年は花が咲かないのではないかと心配する。

家族葬

2010年08月23日 16:56

この夏を乗り切れるか心配だったが、なんとか越しつつある。
しかし、病気ではなく老衰での介護だから、命の灯火がいつ何時フッと細くなるかもしれない。
体調が一旦下向いてしまったら、止めようがない。


葬儀の時はやってくる。そう遠からぬ日に。

人間なかなか真っ昼間には死なない。深更あるいは明け方が多い。
夜通し看取って、翌る夜はお通夜でまた徹夜。葬式当日はクタクタになる。
気力が無いので、これまでのシキタリに乗っかっていく仕方ない。そういう仕組みになっている。

最近はゆっくりと見送りたいと、シキタリから離れた家族葬が増えている。
近所でも一軒がやると、後は軒並み家族葬になって来ている。

試みに地元の葬儀屋に行って、家族葬の次第と費用を聞いてみた。
近隣の人を呼ばないだけで、従来の葬式と代わり無いというのが彼等の認識だった。
家族葬=経済的なお葬式というわけだ。
見積もりも、市基準の仕様フォーマットがある。
これにドライアイス代等の不足しているものを補っていけば出来上がる。
「心付け」という欄があるので聞いた見たら、彼等への心付けだという。
「定価」には含められないから、「オプション」で要求するしかないのだろう。
いやはや、なんとも寒いものだ。
いっそ火葬場だけの直葬の方がスッキリする。



はじめは、家族だけでしめやかにお通夜をして、式は簡単に、精進落としなんて止めてとプランを描いていた。しかし、例えば故人を悼んでくれる人は家族以外に、これまで付き合ってくれた人が居る。その人達にどう報いれば良いのか。本人がプランするなら良いけれど、いまさら葬式に呼ぶ人のリストを作れとは言えない。
葬式は、ある意味で残された人の為のものでもある。世間体は気にしないけれど、あまりに貧相なものにはしたくない。かといって次から次へと、「行程」に追いまくられる従来型の葬式にはしたくない。親を見送るのに、金を惜しむ気はないけれど、納得のいく金のかけ方をしたい。当然の事なのだが、なかなか難しい。


SONYのペリクルミラー新型機A55はG2、GH1サイズ

2010年08月20日 16:55

毎度お騒がせの43rumorのサイトだが、SONYが秋に発表する?新機種が上がっている。

ペリクルミラーはレンズに行く光量が減る。性能が低下するデバイスをわざわざ導入する事はないと思っていた。しかし、サイズがパナソニックのG2、GH1並み というので少々興味が出てきた。NEX5,3はマウントが別になるという難点があるが、ペリクルミラーによる小型化機種ではAマウントが引き継がれるらしい。(Eマウントは鬼子扱いになるのか。)

本家のsonyalpharumorsのサイトに行くと、「学研」編集部?からリークした画像とスペック が出ている。
AF追随10/秒連写、露出6段分のHDRや、NEXに搭載されている、6枚合成による手持ち夜間撮影機能にスイングパノラマ等々、そそられる機能満載だ。

A55の詳細スペック?によれば、16.7 megapixel APS CMOS、15点AFシステム、ISOは100-12800でISO6400でのノイズはα900の400並み、FullHD 1080 60i(動画には興味がないが)と動画機能を持ったカメラのフラグシップ機的なスペックになっている。価格も10万とα550クラスとは一線を画す。


あくまで「噂」で、パナソニックのスーパーコンパクト機のように全てがガセだったりもする。しかし、小型化、高機能化、保有レンズが使えると三拍子揃っている(光学ファインダーが無く、EVFオンリーという多少のデメリットはあるが)。今月24日の発表を楽しみにして待ちたい。


立石寺のすべり台

2010年08月19日 16:49

昔山形の立石寺に行った時に、頂上からすべり台で降りた記憶がある。日本一のすべり台だったはずだが、最近話を聞かなくなった。又修行の山寺に、何故すべり台のような遊具が設置してあったのか不明だった。

鮎川哲也の鬼貫ものを読み返していて、昭和44年の「鍵穴のない扉」という作品で、立石寺のすべり台に触れているのを発見した。設置理由は、登るのに力を使い果たして、膝もガクガクするような観光客が利用するのだとある。なるほどリフト代わりだったのかと少々納得した。

すべり台は勾配が急すぎて、40年代に安全面の問題から撤去されたらしい。元気な人が乗るならともかく、気息奄々の中高年が乗っていたのなら、さもありなん。ネット上では出来て直ぐに撤去されたように書いてあるが、私が知ったのは小学校の学級文庫だった。漫画で日本の観光名所を紹介していた。それで覚えていて、現物に出会ったのは大学生の頃だったはずだから、結構な期間存在していたはずだ。


Amazonのマウス

2010年08月18日 16:25

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マウスの調子が悪くなった。Amazonを覗いてみると、これが580円だった。近所のジョーシンより安い。しかも送料込みである。発注の翌日に届いた。

LEDが前後に付いていて、後ろのは動かすと光量が増大する。ボディカラーだけでなく、「イルミネーション」も派手だった。


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問題は、PCを切ってもLEDの光はそのまま残ること。以前使っていたメルコのマウスはLEDも切れたのに。

部屋の照明を消しても、LEDの光が天井まで届く程輝いてる。
エコもヘッタクレも無い。
気になって眠れない。


毎晩ケースの電源まで落とすハメになった。
あるいはケース電源まで落として、エコを徹底させるのが狙いなのか。


HMV夏のポイント10倍セール第2陣~「クラシックは死なない」シリーズ

2010年08月17日 17:01

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[BEARTON CDB010]
「ショパン ピアノ・ソナタ第2番、第3番(ナショナル・エディション8) パレチニ 」

第2作「それでもクラシックは死なない」: ポーランド人が弾くショパンは、われわれが普段耳にする演奏とちょっと違ったりする。なんとなくたどだとしく、無骨で、ぶっきらぼう。男性的で、無口な人が無理矢理口を開いたかのような不器用さがある。巷でよく聴かれる女性的・サロン的で優美な演奏とは何か違うのである。(中略)
さてそのバレチニの演奏が誰もが一聴してわかるほど、個性的。頑固で不器用で(間違ってもへたではない。それどころかむちゃくちやうまい)、人にすりよらない。なのにその違和感が次第に深い説得力をもって響くようになる。もっとこの人の演奏を聴いてみたい、と思わせてくれる。


「本」で紹介しているのは、室内楽伴奏のショパンのピアノ協奏曲だが、このバージョンはクラシックCD異稿・編曲のよろこびで、既に白神典子のを持っている。なのでショパンのピアノ・ソナタにした。
不器用どころか、スッと滑らかに音楽が入ってくる。「もっとこの人の演奏を聴いてみた」くて、もう一枚買った。


paleczny-ballades.jpg
[BEARTON CDB001]
「ショパン バラード集、幻想曲(ナショナル・エディション1) パレチニ 」

こちらも大いに満足した。
ショパン・ナショナル・エディションというのは、
『ポーランドが国を挙げて取り組む「ショパン・ナショナル・エディション」は、ショパンの自筆譜を丹念に校訂し、旧ナショナル・エディション(パデレフスキ版)の問題点を洗い直し、さらに新たな資料にもあたるなどして、最も信頼の置ける状態にしたうえでショパンの全作品を出版するという事業です。
 実際の作業は、ショパン生誕150年の年である1960年に、ヤン・エキエル教授をキーパーソンとして開始され、半世紀近くをかけて進められたもので、2005年のショパン・コンクールからは公式推奨楽譜に認定されてもいます。
』(HMV)
「国を挙げて」いるので、いろんなピアニストが参加している。パレチニのソロはこの2枚だけのようだった。


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[カメラータ CMCD15040]
「ショパン:夜想曲全集,舟歌&子守歌/フェルツマン」

第1作「クラシックは死なない」:「ソビエト最後のヴィルトオーゾピアニスト」
  その音色の瑞々しいこと。潤いに満ち、エレガントでぜいたくな響き。そして、ノクターンの、ややもすると少女趣味的な装飾音符のひとひらひとひらにまで、フェルツマンのこまやなな神経はいきわたる。


ショパンの夜想曲全集は、マリア・ジョアン・ピリス以来かと思って買ったが、よく見るとアシュケナージのショパン全曲集やサンソン・フランソソワの全集の中にも入っていた。それでも一聴して納得した。「細やかさ」は女性の資質かも知れないが、フェルツマンはそれを緻密に計算しつくして演出する。静かで細やかなノクターンだが決して女性的ではない。音がきれいし、録音も良い。
アタリ

ブレイクして今では国内盤が出ているが、当時は『第2弾として「バッハ/パルティータ」が予告されているが、1年半経っても入荷していない。また消えてしまうのか、フェルツマン』とか細い存在だった。その上1枚だけ持っていたフェルツマンがラフマニノフのピアノ協奏曲第3番で、ガンガン弾きまくるタイプだった。こいつのノクターンなんか聴きたくないとバスしたが、フェルツマンは変貌して復活した。


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[HM HMC901883]
「ラプソディ・イン・ブルー(ピアノ・ソロ版)他 ブラレイ(p)」

第2作「それでもクラシックは死なない」: フランス生まれなのだが、もはや誰も彼をフランス限定のピアニストとして考えていない。スケールがでかいのである。しかしそれを正面切ってアピールするような無粋なことはしない。すべてがしゃれている。そしてそれが決まっている。

「本」にあるベートーヴェンのピアノソナタは既に廃盤。「ラヴェル・ドビュッシー作品集」というぴったしカンカンなアルバムがある。しかし他のレパートリーを見ると、どうもブラレイがやりたくて録音したのではなく、日本のメーカーからのリクエストのように思われた。それで敢えて異色のこのCDを選んだのだが、正解だった。いつもは煩く聞こえるこの曲が、ちょっとだけ表情を付けているものの、クラシック古典曲の仲間入りした。一緒に入っている「パリのアメリカ人」も同様だった。パレチニ同様他のCDも注文しようと思ったが、別途入手できることが判って、まずそれらを聴くことにした。(結果はまた何れアップ)



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[DENON COCQ84526]
「モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番、ディヴェルティメント、アダージョとフーガ ヴァルガ&ヴァルガ室内管 」

「クラシックは死なない」以来ずっとヴァルガの「チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲」を探し続けてきたが、未だに入手出来ないで。久しぶりにHMVで検束してみると、このモーツァルトが国内盤の廉価盤シリーズで出ていた。想像通りの端正なモーツァルトだった。意外に新しい1976年の録音のようで、音も合格。チャイコフスキーがどんな演奏なのか益々楽しみになってきた。


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[Piano21 P21020A]
「カツァリス ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番他」

第3作「やっぱりクラシックは死なない」:いや、もちろんカツァリスなんだから、すごい超絶技巧バリバリの演奏と思いますよね、誰でも・・・。でもこれがそのはるか上をいく超本格派演奏、そしてかつ、ヴィルトゥオーゾ・マニアも熱狂し沈黙させる大サーカス演奏。

技巧を褒めているのか、音楽を褒めているのか、はたまたその両方といっているのか、よく判らない文章だ。
出来の方も、ラフマニノフは良いけれど、チャイコフスキーはハズレ。この後の文章もよく読むとチャイコフスキーの協奏曲だけは避けている。それに録音がイマイチ。特にチャイコフスキーはプライベート録音並み。1970年代の録音なのに。

凄いと思うのは「熊蜂の飛行」だけ。ラフマニノフは音楽的に評価できるのだといわれれば、敢えて反対はしないが。



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[Melodiya  MELCD1001063]
「セレブリャコフ リスト:ピアノ協奏曲第1番 死の舞踏 バルトーク 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 コンドラシン&モスクワ・フィル」

第3作「やっぱりクラシックは死なない」:セレブリャコフは1906年生まれ、レニングラード音楽院の院長にのぼりつめた人である。老獪、熟練、孤高・・・そうしたよくある老人への賛美の言葉を受け付けないおそるべき70才。この情熱・劇性はなんともはや・・・。(中略)ベートーヴェンの「熱情」(中略)ラストの1分は防空壕で聴いて欲しい。ショパンの第2ソナタ。これはスタジオ録音ということだが、もしライヴだったとしたらホールにいる人間はまるで爆撃・銃撃に晒されているようなもの。

残念ながらソロのCDは手に入らなかったが、「本」に取り上げられているもう一枚の協奏曲ものを入手した。『熱情やショパンほどムチャはやっていない』というものの、相当な爆演である。コンドラシンが振った1960年代のメロディアだから、音は粗い。それでも、そんじょそこらの新録音なぞ蹴散らかしてしまう。凄い。

更に凄いというソロのほうも聴いてみたいものだ。