歳末風景

2010年12月31日 16:00

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[Vario Sonnar DT16-80 16mm F3.5 1/10 ISO1600 ]

家族で精進落としにミオで食事した帰り、ふとエレベーターーから外を見ると旧館が完全に消滅していた。
今年後半は出歩く機会が殆ど無かったので、自分の目で見るのは初めてたった。
手持ち1/10secでも奇跡的に手ブレが無かった。10秒のセルフタイマーで記念写真を撮った後、そのままになっていて、シャッターの落ちるのをじっと待っていたのが、かえって良かったのかも。


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[Vario Sonnar DT16-80 80mm F4.5 1/125 ISO1600 ]

あべの橋駅にもこんなイルミネーションが。


最期の日

2010年12月30日 16:00

杉本医師から、 急に酸素の取り込み能力が低下して来たと告げられた。
併せて肝機能も腎機能も低下している。
現在は酸素マスクでボンベ圧を上げているが、それ以上になると肺に直接チューブを差し込まないといけない。苦しいので意識は無くすという。そこまで、するかどうかの決断を迫られた。
それで肺の機能が回復して、先に望みがあればそうするが、もし回復したとしても足の切断が待っている。

先に「このままスッと息を引き取る方が、よっぽど楽なのにと思う。」 と書いた。
神が居るとすれば、これぞ神のご加護ではないか。
「そこまでは結構です」と答えた。

その夜、父は静かに息を引き取った。

LED照明は本当にエコか。

2010年12月29日 16:18

「消費電力1/10、寿命は半永久的」をキャッチフレーズにLEDランプが売れている。
値段もジョージンのWEBちらしを見ると40~60Wで1500円前後とお手頃価格になって来ている。


実は必要に駆られて、我が家の照明をLEDへ交換する事を検討してみた。


気をつけなければならないのは、比較対象が白熱灯であること。
家庭内照明の主力は蛍光灯である。
蛍光灯は1/5の電力で白熱灯と同じ明るさになる。

それでもLEDの方が倍明るい。
しかしもう一つ落とし穴がある。
LEDは正面しか照らせない。
明るさの比較はこの正面だけで比較している。

天井灯に蛍光灯を使うと、直接光に、傘や天井に反射した間接光が加わって、部屋全体が明るくなる。
同様の効果をLEDで出そうとすると、上下に2個のランプが必要となり、蛍光灯と同じ電力が要ることになる。

寿命についても、LED素子は白熱灯や蛍光灯のようにフィラメントを使わないので熱劣化が無い。
しかしダイオードである以上、電球型蛍光灯と同様内部に整流回路と電圧調整回路が要る。
こちらの方が先に寿命が来ると思われる。


結局、安定器付きの蛍光灯照明が最もエコという事になり、LEDへの交換き見送った。

LEDに換えて効果が大きいのは、信号機のような白熱灯からの代替でかつ交換に手間が掛かる処とか、後ろを照らす必要のない懐中電灯やダウンライトの類だろう。


最後の日々の始まりなのか

2010年12月27日 16:32

年が明けたら、切断手術が予定されているようだ。
杉本医師からは、同様な症状での術後生存率は3割と言われている。非常に厳しい。

右足の状態は日々黒い部分が拡大し、壊疽が進行している。
一方で、栄養状態の回復は思うように進まない。
身体の吸収能力が落ちていて、点滴しても、胃ろうから高栄養価の液体を流し込んでも、素通りになっている。
腎臓も老化しているから、水分が尿として体外へ排出され難い。利尿剤を使ってどうにか基準最低限の500mlを保っている。

先週から、病室に空気清浄機が置かれている。壊疽が進行して臭うようになったという。
幸い冬場はいつも鼻が利かなくなるので、病室にいても臭気を感じない。何時間居ても平気だ。


胃ろうや点滴をすれば、身体か楽になるかと思っていたが、相変わらず「しんどい」と言う。
音楽や映像にも反応しない。アルバムを持って行ってページを繰ってやるのだが、目はうつろだ。

頭にだけはブドウ糖が効いたようで、正気に返っている時間が増えた。
ボケている時は、突然大きなハッキリした声で、訳の分からない事をいう時もあったが、
最早しゃべる元気が無い。イエスかノーで答えられるように話しかけても、その返事に頷いたり首を横に振る動作をするのさえ大儀なようだ。
傍にいても、背中をさすってやる事位しか出来ない。



身体の総ての組織が「耐用年数」を越えて悲鳴を上げている。
こんな状態で生きる、いや生かされる事が本当に望ましいことなのか。
このままスッと息を引き取る方が、よっぽど楽なのにと思う。


大手前病院の診療拒否

2010年12月24日 15:00

翌週再度、大手前病院に宛てて情報提供書(紹介状)がFAXされ、12/16午後に「翌日、循環器内科外来へ」という返事があった。カテール治療にしても、血管バイパスにしても一旦循環器内科へ行く決まりになっているのは、セカンドオピニオンの時に聞いていた。



2010/12/16

朝、こちらの病院の看護師から「帰りの介護タクシーの予約」をしておくよう薦められた。
昨夜、大手前病院の友人からも後押しして貰っているので大丈夫だと思ったが、「もう帰ってきません」とも言えないので、仰せに従っておく。

処置室で30分程待たされて、担当医が出てきた。メタボでは無いが無精髭を生やしている。
嫌な予感がする。
この山田(貴之)医師が、父に掛けられたシーツをめくって足を見るもしないで、隣室へ来るよう告げる。

先日の新谷医師のセカンドオピニオンを見せて
「血管パイパスもカテーテルもリスクがあると言っているでしょ」
なんと、杉本医師が「こんな肯定的な」と評していたレポートを、前置きの否定的な単語だけを取り出して、逆手に取る。

「高齢であり、このような患者を入れるリスクを大手前病院では取れません」
一つしかない命を懸けて、リスクを負っているのは患者の方だろ。
ローランドR09の録音を何度聴き返しも病院側のリスクだと言っている。
此奴は、入院患者が死ぬ事によって、病院の評価そして自分自身の成績評価に傷が付く事と言ってるのだ。

血管造影してみないと判断できないだろうと言うと
「血管造影する事自体リスクがある。そのための全身麻酔もリスキーだ」と取り付く島もない。

その上、これまで世話してくれた件の友人に「ご相談されたら」と嫌味を言う。
そんな事をしても自分の判断が決して覆らないのをよく承知した上での事だから、よけいに腹が立つ。


前もって送った情報提供書の段階で門前払いする事に決めていて、端から診察する気なぞ無かったのだ。
そんなら、「来い」と言う返事を出すな。
患者側の肉体的、経済的、そして何より無駄骨を折らされた事による精神的負担なぞ屁とも思っていない。
ヒューマンインターフェスが壊れている医者にはちょくちょく出遭うが、ここまで酷いのは初めてだった。依怙地、傲慢、慇懃無礼、組織に対する忠誠心と、まるで霞ヶ関の官僚だ。



杉本医師や看護師の予想通りの結果となった。
彼等にとってこんな事は日常茶飯事なのだろう。
それだけ大病院による患者の選別が常態化しているという事だ。
日本は産業構造だけでなく、医療体制も二重構造化している。
大病院は医者も設備も良いから、治癒率が高いと思ってたら大間違いだった。
「タチの良い」の良い患者だけを選別していれば、腕や設備に関係なく、「分母」が減って成績が良くなるのは当然の事だろう。



大手前病院のパンフレットの巻頭には、モットーとして誠意(Sincerity)、笑顔(Smile)、安全(Safety)が3Sとして掲げられている。誠意もスマイルも無く、あるのは「病院の体制の」セイフティだけだった。
「not for patients but for the hospital」と書き加えるべきだろう。


大手前病院のセカンドオピニオン

2010年12月23日 16:04

ひざ上にしても、下にしても、90才の骨と皮だけになった身体に大腿の切断が堪えられるのか。
病院嫌いの父の希望も強かったが、家で介護したのは静かに最期の時を迎えさせてあげたいと思ったからだ。

手術をしても麻酔が覚めて痛みに七転八倒しながら死ぬのか、
せずにおいて敗血症で、これも苦しみ抜いて居ぬのか。
今や全く思いも寄らなかった、正反対の局面に立たされている。


心臓の血管バイパスさえ出来る時代である。足先は駄目であっても、太股の閉塞している血管が再生できれば切断は最小部分に押さえられるのではないか。リスクは。それより、どうやって。


思い余って、高校時代から友人の医師に電話した。
「目の前に深い崖があって、それを飛び越える勇気があるかどうかや」
「お父ちゃんに、やってやれる事は全部やったと思いたくはないのか」
「人間死ぬ時は、誰でも苦しみながら死んで行く」
そして、セカンドオピニオンを受ける事を薦めてくれた。

彼は府立急性期総合医療センターを薦めてくれたけれど、市内で公立系で救急でない病院を探すと彼のところの大手前病院も該当する。何故お前の所を推薦しなかったのかと聞くと、医師特に外科医不足のため、大阪では大阪医療センターと府立急性期総合医療センターに優先的に配属しているという。

セカンドオピニオンの手順を調べてみると、府立急性期総合医療センターは情報提供書やデータを病院へ持参してからでないと予約できないが、大手前は申し込み書をFAXで送って予約し、前日までに必要な書類を揃えてFAXで送れば良い。当然、大手前を先に当たる事にする。


2010/12/7
新谷心臓血管外科部長が対応してくれた。
切断もバイパスも同程度のリスクはある。それ以外に循環器内科が行うカテーテルによる治療もある。いずれにせよ血管造影検査が必要。等々の説明を受けた。
終了後、婦長さんが出てきて「入院のご案内」というパンフレットを貰い、「認知症があるなら個室に」という話も出た。

翌日新谷医師から杉本医師に宛てて、私が聞いたのと同様の内容の返事がFAXで届いた。
杉本医師からは「これほど肯定的な返事が来るとは思っていなかった。情報提供書を出しても拒絶されるのが殆どで、3度目4度目になると焦ってくる」という話を聞かされた。それが普通なのか。
とにかく後は病院同士で遣り取りして貰って、直ぐにでも転院できる。


ところが帰宅した後に、杉本医師から電話があった。
肺に水が貯まっていて、最悪の場合は人工呼吸をするが、良いかという。勿論そうして欲しいと答えた。
私は酸素マスクを付けるのだ思っていたが、カミさんは喉を切って酸素チューブを入れるのだという。そうなると医師も家族も止めることはできない。殺人罪になってしまう。

幸いな事に、利尿剤で数日後に肺の水は引いた。勿論人工呼吸には至らなかった。
貧栄養状態の身体に、高濃度の点滴をしているだから、浸透圧で血管から輸液が体内に出て行く事は容易に理解できる。栄養補給の主力は点滴から胃ろうへ変わった。

転院の件は仕切り直しになった。


(この項続く)

老衰と閉塞性動脈硬化 その2

2010年12月22日 15:46

その後の介護のことは、このブログのカテゴリー「介護日記」に書いてきた。

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経口食のみなので栄養状態は悪いが、徐々にではあるものの回復傾向にある。10月から始めた静脈注射も無駄では無さそうだ。

しかし、実体上の体力は全く回復して来ていない。
風呂に入るのだけが楽しみで、これまでは気持ちよさそうに湯船に浸かっていた。
けれども、だんだんと嬉しそうな表情が無くなり、頭を垂れている事が多くなってきた。

一旦栄養状態を上げてあげれば、それを維持するのは可能ではないかと思う。
中心静脈点滴や胃ろうをすれば可能かもしれないが、認知が一挙に進むとか、入院したらあちこち悪いところが見つかって、退院できなくなるのではないかと心配して、なかなか踏ん切りが付かなかった。

10月末頃から右足の色が悪くなってきた。血行が悪い。靴下をはかせて温めると戻る。
その内右足の人差し指が黒ずんできた。
リハビリの人が樋口医師に連絡するが中々連絡が付かない。
後で聞くと、訪問看護の者だというとなかなか医者本人に繋げて貰えない事があるという。

ようやく来た医者は、直ぐに血管拡張剤の投与を決めた。
注射と経口薬があるが、主力は経口のほうだという。
ところが、規定の量を飲ませると吐いてしまう。

半分の量を食後、時間をおいて飲ませると、吐かなくなった。


この時点でようやく切断手術に話が及んだ。
切断だけならば自分の医院でも、お望みなら在宅でもやる。
しかし傷の回復を考えると、胃ろうでも中心静脈ででもして栄養状態の改善をした方が良い。
残念ながら病床がないので、自分の所で胃ろうの手術はできないという。

それなら早いほうが良い。
血管拡張剤の効果を見る前に、入院させて胃ろうでも中心静脈栄養でもはじめる決心をした。
まだ、切断してもまだ指か、最悪でも足の半分と思っていた。医者も私も。



(この項続く)

老衰と閉塞性動脈硬化 その1

2010年12月21日 16:00

結果には原因があり、その予兆は何処かにある。はずなのだが・・・・。
時間を半年戻す。


父は大正9年生まれの90歳だが、「老いは足腰から来る」と毎日散歩をかかさなかった。
80台でも2時間の散歩を日課としていた。私も真似をしているが、30~50分である。寒いと更に短くなる。
「同窓会へ行っても、薬を飲まず杖もついてないのは儂だけや」と健康自慢であった。
4年前の家の建て替えの時は、2階から本箱や長椅子を降ろすのを手伝って貰った。


それが1時間になり、30分にと短くなってきた。
今年春からは、とうとう起き上がるのも大層になってきた。
それでAmazonから電動リクライニングベッドを買った。

横道にそれるが、Amazonでの買い物はAmazon自身が一貫して販売している商品にだけにした方が良い。
5日以内に出荷とあるのに、待てど暮らせど届かない。メールは梨の礫で、電話は「混雑しております」で一方的に切られる。2週間以上かかってやっと到着。中国へ発注して送らせているらしい。判っていれば初めから発注しない。
更にやっかいなのは、Amazonに配送だけを委託しているケース。相手の連絡先を教えて貰うだけの為にAmazonと1時間以上やり合わねばならなかった。

閑話休題

5月初め救急車で病院に搬送された。
妹に手を引かせて、家から100メートル程の所にある散髪屋に行き、途中で顔面蒼白になって一歩も動けなくなった。潔癖で、殆ど無い髪が耳朶にかかるのが気になったらしい。
ところが、入院せよというのを振り切って介護タクシーで帰宅したらしい。
らしいのというのは、私は外出していて、知ったのは翌日のことだった。

タクシーを呼んでくれた散髪屋さんが、民生委員をされていてケアマネジャーに連絡をしてくれていた。
介護度認定の申請、介護用品のレンタル(Amazonのベッドは没)、訪問看護先の選択とあなたまかせで手続きが進んでいく。患者が総てを手配しなければならない医療保険とは雲泥の差がある。

病院での検査で、肺炎で胸に水が貯まっている事が判った。
数ヶ月前から胸が痛いと言っていた原因はこれだった。かかりつけの樋口医師は胸部圧迫骨折かもと言って湿布をくれただけだった。

薬を全く飲まない人だったから、抗生物質が良く効いた。一週間ほど痛みが引いて、血液検査からも炎症が無いと判った。本当はX線撮影で確認しなければならないのだろうが、医師の判断に任せた。

しかし、姿勢で血圧値が変化する?で書いたように、姿勢によっては180以上の高血圧を示す。拘縮防止為にリハビリに来て貰っている介護の人は、訪問介護管理医でもある樋口医師に連絡する。

父は血圧の低い人だった。往診に来た医者に姿勢による変動の事を尋ねるたが「どちらも正しいのです」という、判ったような判らないような返事だった。目まい等の高血圧の症状が無いと判ると、往診の度の「お約束」になっている血液検査のサンプルを採って帰って行った。


この段階でキチンと処理しておればと思うが、血圧が高いだけで、血流のエコー検査等をしただろうか。したとしても、閉塞がなければ、老化で血管も細くなっているという判断しかないのでは・・・。


既往症が無いのが徒となった。



(この項続く)




要介護度5、だけど介護保険はもう使えない

2010年12月20日 15:16

先週までは、相も変わぬお気楽なテーマを書き綴ってきたけれど、
殆どが書き溜めてあった記事で、実生活ではシリアスな事態が進行していた。
今日からは、その事に触れていく。


11月下旬に届いた12月からの介護保険証では介護度が4から5に上がっていた。
最初は6ヶ月だったが、2回目は有効期間が2年間に伸びている。

来月からはこれでと思った矢先、入院することになった。
医療保険と介護保険は排他的使用なので、貰ったけど使えない。

2カ月間、静脈注射による栄養補助を続けている。血液検査のデータは徐々に良くなっているが、実際の体調には反映されていない。
その上、数週間前から右足人差し指が黒変して硬くなってきた。
栄養状態の改善に胃ろうを付けるのと合わせて入院させた方がよいと、いつも往診に来て貰っている樋口先生に言われた。

しかし命が危ない大手術をしなければ、ならなくなるとは夢にも思っていなかった。



2010/11/30

ピンボーンとなったので、ドアホンの画面を見たら消防の救急車が来ている。
紹介状を書いてくれた樋口先生に、車椅子か寝台車と聞かれて、寝台車でお願いしますと言ったが、病院の搬送車が来るものと思っていた。まさか本マモンの救急車とは。

衣服を付けさそうとするが、慌ててうまく行かない。
隊員の方に「車内は暖房が効いていますので」と言われて、取りあえずパッチだけを履かせた。

説明したって認知が進んでいるので理解できないだろうから、親父には何も言っていない。
目を白黒させている。

5分ほどで病院に到着し、すぐ処置室に入る。

10分ほどして、医者に呼ばれる。若いのにメタボで無精髭を生やしている。
こういう医者とは相性が悪い。よくない予感がする。

いきなり、大腿部切断を告げられる。「閉鎖性動脈硬化」だという。
耳を疑う宣託である。
「大腿付け根に脈はあるが、膝の裏にない。この間で動脈が閉塞しているから切る。」という
外科らしい判断だが、見た目に悪いのは足の指先だけである。なんで健全か膝や脛や足首まで棄てられるのか。一回の触診だけで、そんな重大なことを決められていいのか。

その上この医者は「紹介状には胃ろうを付けてくれと書いてあったから入院してもらったのに・・・」と、不満をこちらへぶつけてくる。
しかし、見せられた紹介状の下の方には、内服した血管拡張剤の名前が書いてある。嘘はついていない。その意味を深く考えなかった事を棚に上げて、患者に鬱憤をぶつけるような医者とはやっていけない。
「他の先生に診て貰ってもいいよ」と言うのを幸い、隣室の整形外科の医師に代わって貰った。

足を切断する部位の選択の事や、今すぐに切断する必要はないと、丁寧に説明してくれたこの杉本(瑞生)医師に主治医をお願いして、引き受けて貰った。

(この項続く)

経県値

2010年12月17日 16:06

経県値 というサイトがあるのをご存知だろうか。住んだことがあるから、未踏までを0~5点で採点する。
私も試してみた。

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JR全線完乗のお陰で、殆ど県で宿泊している。
駅前のビジネスホテルが多く、その県でたった一泊だけというケースが多いけれど、スコアとしては可成り高い値になった。

社会人となってからで、最も「宿泊」の多いのは北海道だろう。札幌に偏在しているが、釧路、知床、稚内、弟子屈でも宿泊している。それでもまだまだ行き足りない思いがする。それだけ魅力があるという事だろう。

滋賀、奈良、岡山は近くて交通の便が良いから宿泊する事が無かった。
鹿児島は次の日の日程から隣の熊本や宮崎に泊まった。
佐賀は泊まる程の処はなかったが、消えゆく「はやぶさ」の個室寝台で九州へで、筑後川に掛かる昇開橋に行った。
静岡は新幹線で通過してしまう。それでも世界一長い木造橋「蓬莱橋」まで、JR島田駅から歩いた。また焼津の大崩海岸に転がる旧石部トンネルの衝撃的な景観には、是非とも生で触れたいと思っている。


沖縄県だけは未踏になっている。

いつかモノレールに乗りに行かなくては。