スルタノフ・伝説の日本ライブ

2011年12月28日 15:00

今年のHMVでの散財は、CD・LP・DVD併せて162枚、金額にして87866円、1枚辺り平均約550円だった。金額は前年の半分以下。年の前半は全く注文しなかったからこんなものだろう。

その今年の最後で凄いCDに出会った。


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【曲目】
ショパン:
 バラード 第4番
 スケルツォ 第2番、第3番
 ポロネーズ 第6番 「英雄」
 ピアノ・ソナタ 第3番
 ワルツ 第1番 「華麗なる大円舞曲」
 マズルカ 第35番、第34番
 練習曲 第12番 「革命」
 夜想曲 第13番
 幻想即興曲
 24の前奏曲より 第20番~第24番
スクリャービン: ピアノ・ソナタ 第5番
ラフマニノフ: ピアノ・ソナタ 第2番
【演奏】
アレクセイ・スルタノフ(ピアノ)
【録音】
1996年3月31日,4月2日 東京・紀尾井ホール(ライヴ)
[オクタヴィア OVSL00013]


スルタノフの凄さについては、以前 HMV夏のポイント10倍セール第3陣~「やっぱりクラシックは死なない」で書いた。
あの「はっきりいってケンカ」という演奏をもっと聴きたかった。

ショパンが主体のプログラムになっている。どれもこれも、若死にした繊細な作曲家というイメージからは程遠い演奏で、激し過ぎる打鍵は「リスト風ショパン」とでも言うべきか。
ショパンの曲は楽譜通りに弾いても「ショパン風」になかなかならない。MIDIを打ち込んで見れば判る。
ショパン弾きと言われる人は、それぞれ意図的に崩している。その崩し方が一方向に片寄って、「ショパン風」のイメージが出来上がっている。それが、スルタノフの場合一般的でない方向に向いたからと言って批判するのは不当だろう。中でも英雄ポロネーズやピアノソナタ第3番は、彼のスタイルによる演奏と良くマッチしている。


彼はホロヴィッツに傾倒していた。ラフマニノフの2番はオリジナルではなくて、ホロヴィッツの「改訂」版を使用しているという。そのラフマニノフよりスクリャビンのピアノソナタ第5番が素晴らしかった。スクリャビンってこんなに面白かったのか。スクリャビンはアムランの全曲集中のと聴き比べた。最初はスルタノフが弾いてるのと同じ曲なのか、CDを入れ間違ったのかと思った。スルタノフと比べれば、あのアムランでさえ曖昧で茫洋とした、これまでの「スクリャビン風」演奏スタイルを引きずっているように思われる。スルタノフは徹底的に豪快で切れの良い演奏で、別々に聴けば他の作曲家の作品と言われても頷首してしまいそうだった。


国内マイナーレーベルで、音質は「スルタノフ チャイコフスキー・コンクール・ライヴ」や「チャイコフスキーとラフマニノフの2番」よりはるかに良い。松本氏が「クラシックは死なない」シリーズで2度もスルタノフを取り上げていながら、なぜこのCDを入れいなていのか不思議である。

聴くと元気が出るCD~スパニッシュ・スペキュタクラー/スタンリー・ブラック

2011年12月26日 14:00

2011年は、3.11の震災と原発事故に始まり、史上最高の円高、欧州金融危機、世界各地では独裁政権が崩壊し、北朝鮮王朝のトップも死んだ。日本国債の発行残が短期を含めると遂に1000兆の大台に乗り、大阪では政令指定都市の解体というとんでもない実験が、無責任な政治トレンドに乗って執行されようとしている。
激動は越年し、止む気配はない。決して明るい未来とは言えない。

そんな中、聴くと元気が出るCDをご紹介しよう。

イギリスのVocalionというレーベルは、過去のLP2枚を1枚のCDにして出している。
マントパーニー、ポール・モーリア、フランク・プールセルといったイーシーニスリングものが多い。

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Spain & All Time Top Tangos
[Vocalion CDLK4231]

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Spain 2 / Top Tangos
[Vocalion CDLK4286]

スタンリー・ブラックとそのオーケストラによるこの2枚は、前半がタンゴ、後半がスペインものになっている。その後半がお勧めだ。ロンドン・フェスティバル・オーケストラと表記されているオケの実態はロンドン交響楽団である。


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LP時代に「スパニッシュ・スペキュタクラー/スタンリー・ブラック」というタイトルの2枚組がキングから発売されていた。(SL179/180)
長岡鉄夫が、特にスピーカーマトリックスによる4チャンネル効果が大きいとして絶賛していた。
録音は1960年代であるが、ロンドンのフェイズ4録音は半世紀経った今も輝きを失わなず、今でも変わらず愛聴している。

HMVのサイトに日本語の曲名リストが無いので、LPジャケットからスキャンした。
SIDE1/SIDE2が[Vocalion CDLK4231]、SIDE3/SIDE4が[Vocalion CDLK4286]の後半の内容になっている。

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ヴァレンシア、マラゲーニャ、カルメン幻想曲、闘牛士現る、「カスティーユ勇将」の行進曲という派手で豪快な曲。
ブレリアス、グラナダ、セビリャーナス、エスパーニャ・カーニ(スパニッシュ・ジプシーダンス)、ルンバのフラメンコもの。
それにエストレリータ、ラ・パロマのような静かなソロギター中心の曲が巧みに配されており、何度聴いても楽しく、気分転換させてくれる。

「闘牛士現る」は観客の「オレー」という歓声や指笛まで入り、自分が闘牛場の中に居るような気にな。擬似4chで聴くとはサラウンド効果が抜群だ。
同じくニューマン作曲の「カスティーユ勇将」の行進曲は、ティンパニが強烈にリズムを刻み続け古代の歩兵軍団を思わせる。ブラスが効果的に入り、ボレロのように同じ旋律を繰り返しながらクレッシェンドしていく。やがて曲はクライマックスに向かい、勇壮なマーチの高揚感は頂点に達して終わる。レスピーギの「ローマの松」のアッピア街道に比肩しうる名曲だ。


どちらのCDもLP1枚分のタンゴか「おまけ」についてくる。スタンリー・ブラックはタンゴが嫌いだったと言われている。しかし変にコブシを効かせたをアレンジせず、ストレートでダイナミックナなタンゴも又いいものだつた。

ヒッチコック「めまい」~原作を読む

2011年12月23日 11:26

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ボワロー&ナルスジャック。ずいぶんと懐かしい名だ。
「死者の中から」は1954年に発表、58年に早川ポケミス(No278)として日影丈吉訳で出た。
1958/10の日本での映画公開に会わせて出版されている。

キム・ノヴァクは大好きな女優の一人で、「めまい」ではミステリアスで妖艶なマドリン役を演じた。誠実な元刑事役のジェームス・スチャアートとは、同じ1958年に「めまい」「媚薬」と立て続けに共演している。
キム・ノヴァクがあまりに役柄にピッタリだったので、オリジナル脚本だと長い間思いこんでいて、原作のミステリを読み逃していた。


原作の舞台はパリで、時代は第二次大戦を挟んでる。
当然登場人物の名前も映画とは違っているが、ややこしいので映画の役名で統一する。

第1部 ナチスドイツがフランス国境を侵し始めた頃
学生時代の友人エルスターが、妻のキムノヴァク演ずるマデリン(原作はマデレーヌで、これのみ同名)の尾行調査を、ジェームスチュワート演ずるファーガソンに依頼する。妻に曾祖母の魂が乗りうつっているという。
マデリンがセーヌ河に飛び込み自殺を図り、ついに鐘楼から落ちて亡くなる。ファーガソンは高所恐怖症で塔の天辺まで追っていけなかった。

第2部 大戦後まもなく
退役したファーガソンは、エルスターがドイツ軍に銃撃されで死んだ事を知る。
その後マデリンの姿をニュース映画で偶然発見し、彼女を追う。
マルセイユでマデリンと再会したファーガソンは、彼女に以前着ていた衣装を着せ、同じヘアスタイルや化粧をさせる。それは彼が知るマデリンそのものだった。化粧室で発見した首飾りが決定的な証拠となった。真相(あえて説明しないが、お解りだろう)を知ったファーガソンはマデリンを絞め殺してしまう。


ヒッチコックがかなり手を入れているだろうと思っていたが、映画は原作に忠実というか、トリックを含めてほぼ完全にコピーしている。

原作と少し異なるのは、映画ではマデリンを同じ鐘楼から事故で墜落するという、ロマンチックな方法で始末している点。また原作ではニュース映画で発見したマデリンは「スクリンの若い女は三十がらみの年配で、かなり肥っているように見えた」と、必ずしも魅力的な女には描かれていない。

ファーガソンが元刑事で高所恐怖症という設定も同じだが、映画ではヒッチコックが新しいカメラワークで映像として、何度も観客に訴える。原作では最初と最後にしか出てこないので、インパクトは弱い。


ヒッチコック+キム・ノヴァクで、映画は原作に勝っていると思うが、監督もしくは主演女優が変わってたら、私の評価はイーブンあるいは逆転するかもしれない。ヒッチコック自身はヴェラ・マイルズを使いたかったようだが。


WINDOWSがぶっ飛んだ その3

2011年12月20日 15:38

ソフトの再インストールをすると、プロダクトキーやパスワード以外にも問題が出てくる。

1.
HPへのファイルローダーにFFFTPという古いフリーソフトを使ってきた。
インストールの必要はないので、フォルダーごと旧ドライブからコピーしたが、FFFTP.exeをクリックしても「新規」登録しか出来ない。保存してあった設定が消えてしまっている。
今はもう、登録先も登録の仕方も忘れてしまっている・・・・

ここはカンでFFFTP.regをクリックして回復できた。


2.
フォトレタッチにはMicrografx社のPicture Publisherというソフトを使ってきた。
これもwindows3.1時代から有る古いソフト。
操作に慣れているので、Photoshopやgimpはどうしても使わなくてはいけない時だけ使っている。
ところがその最新バージョンであるiGrafx Imageで.JPGファイルを開けない。
何度かインストールを繰り返してから、旧ドライブの¥Program Filesの中を覗いてみた。
iGrafxのフォルダーにはドローソフトのDESIGNERしか入っていなくて、別途Micrografxというフォルダーがある。

ようやく思い出した。XPではVer9に当たるiGrafx Imageが使えず、旧バージョンを使っていたのだった。


3.
天気予報サイトはいろいろあるが、「ウェザーニュース」の「ピンポイント天気」が更新頻度が多くて重宝している。ところが、これの画像が表示出来ない。

「Adobe Flash Playerをインストールするか」と何度も出てくるので、OKを押したが状況は変わらない。「バージョンアップしますか」と聞いてくるので、それもOKしたが同じ。

Explorer7では表示できないので8にアップしないといけないのか?
しかし8にすると「ctrl+」でウインドウを大きくする時のステップが25%刻みになってしまう。7なら10%。
それに8にまだ非対応のサイトもあって、いちいち「互換」を押さないと見られない。
試しにExplorer7が入っているカミさんのパソコンでアクセスするとチャンと表示された。
ならばExplorerの問題ではない。

で、Adobe Flash Playerのサイトに行ってバージョンをチェックしてみたら、最新とは言い難いVer6でしかない。
最新のVer11にするとチャンと見えるようになった。
あのバージョンアップは何だったのか?




WINDOWSがぶっ飛んだ その2

2011年12月19日 15:38

まずXPのメディアを入手しなけばならない。
プロダクトキーは正規のが有るので、再インストール用のDVDをヤフオクで手に入れた。キー無しなので安い。
HDDは、現用HDDの使用領域が50%近くになった時に用意してあった予備品を使用する。

インストールはDVDドライブから起動するだけで、あっけなく終わった。
適合したドライバーを手動でインストールしなければならなかったり、リソースのバッティングの回避に苦労した、2000以前のOSとは月とスッポンだ。
ルーターも自動的に認識してインターネットもOK。

起動はケースのパワースイッチを押してから、砂時計が消えるまで55秒
シャットダウンは「電源を切る」をクリックして8秒と大幅に改善された。



しかし、やっぱりOSを弄るとハマルのは昔と変わらなかった。
プリンターを認識できないのだ。


PCと同じハブに繋いでいるのに、「プリンタとFAX>プリンタのインストール>ネットワーク又はほかのコンピュータに繋がれているプリンタ」に何も出てこない。
もちろんコンピューター名やワークグループは以前と全く同じものにしている。

○PINGは通るのでポートは合っている。
○家内LANの別のコンピュータを起動すると、ちゃんとネットワーク上のプリンターとして現れ、「テストページの印刷」が出来る。しかし、そのコンピューターを切ると使えなくなる。
○壊れたOSからは以前通りテスト印刷ができる。


試行錯誤の末、「このコンピュータに接続されているローカルプリンタ」からTCP/IPポートを選んで、昔ながらのINFファイルを使う方法でインストールすると、NECの7500Cは認識できテスト印刷も出来た。


しかし同じ方法では、CANONのLBP430は認識出来るのだがテスト印刷が通らない。
どこか違うのか、2つのプリンターのプロパティを比較した。
そしたら「ポート>ポートの構成」で7500CはプロトコルがLPRになっていた。LBP430はRAWになっている。
プロトコルを変え、LPR設定のキュー名をLPRにしたらやっとテスト印刷が通った。


その「プリンタテストページ」を見ると、どちらもデータ形式かRAWになってい。
又、何回か起動とシャットダウンを繰り返していると、2つともネットワークコンピューターに登録されていた。


訳が判らないが、とにかく結果オーライ。



WINDOWSがぶっ飛んだ その1

2011年12月17日 15:39

朝、いつものように立ち上げると、デスクトップアイコンが殆ど消えて壁紙がお仕着せの「草原」に変わっていた。
エクスプローラーを起動すると、お気に入りが総て消えていてドスパラのHPが出てくる。

リセットして再起動し、ハイレゾの画面になってからエラーメッセージが出てくるのを確認した。

大事なIDやパスワードはSDカードに別途保管しているが、必ずしも最新ではない。
ブルーレイディスクの中身を管理しているエクセルデータや、住所録、メールのログ、撮りまくった写真のファイル・・・
文字通り青くなった。

カミさんのノートパソコンの時のように全くHD内の各ファイルにアクセスできない訳ではない。
ソフトは動かないが、ローカルディスク内のデータは残っているようだ。
OSが飛んだのであって、HDのクラッシュでなさそうなのは不幸中の幸いだ。

予兆はあった。
1.お試しソフトを入れたら、うまくインストールできなくて、その後NET FRAMEWORK関係のファイルがアップデート出来なくなった。
2.起動や終了に時間がかかるようになった。
3.ファイルのコピーやリネイム時にエラーが頻繁に起こる。

しかし、その状態で1年間動いていたので、OSのクリーンインストールを怠ってきた。

マシンは、もう組み立てるのが面倒になってきたのでドスパラのPRIMEシリーズを買っている。
当時WINDOWS7発売直前で、アップグレード権付きだが、評判の悪いVISTAでなくXPにダウングレードしてくれるサービスをしていた。但し、梱包の中にはWINDOWS7とVISTAのメディアしか入っていなかった。


WINDOWS7も大分こなれて来たが、OSは枯れている方がバグが少なくて軽い。使い慣れたソフトとの相性を気にする事もない。

今一度XPに戻したい。



アスターホビー社のD51

2011年12月12日 14:23

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このデゴイチは電動でなく、本当にスチームでピストンを動かし、その往復運動を動輪に伝えて動くライブスチームモデルという事だ。

より詳細な仕様と画像はこちら

極く小さいけれど本物の圧力計が付いているし、汽笛の音もPCMでなくて弁から蒸気を出して鳴らす。

欲しい!!!!!!!!
欲しいけれど、室内で動かすような代物ではなさそうだ。

もう少し簡略して良いから、せめてHOケージで出してくれないかなあ。




薄くなった「ブラタモリ」

2011年12月09日 15:31

第3シリーズが始まったが、「荒川」が前後編、昨日の「地下鉄」も次回と合わせて前後編である。
この番組は、日常の見慣れた風景の中で「実は」という蘊蓄をたれるのがミソなのだが、そのサプライズの量から言うと内容はこれまでの1回分しかでない。ブラタモ写真館でも、裏トークで放送時間を水増ししている。

6月にブラタモリ第3シリーズ 今秋放送再開で、『水増し放送や、ネタ不足で都内から外へ出る回数が増えるという「予想」は留保しておく。』と書いたのが当たってしまった。


NHKのディレクターというのは変なプライドがあって、「手垢の付いた画」なんか使うものかと、皆が知っているような名所・景色を外したがる傾向があるように思う。火野正平が自転車で旅する「日本縦断 こころ旅」でも、月曜日朝の予告編で出てくる名所が、火曜以降の本編では尽くカットされている。その前を通らなくても、輪行時には近くを走っているだから、10秒ぐらい紹介しても良いだろうに。

ブラタモリでも同様で、例えば野方と駒沢に現存する給水塔は、何度も水道をやっているのに採り上げない。
実は東京以外の各地にも、遺構として重要で面白いデザインの給水塔が残っている。参考写真として集めて「参加」させれば、番組の引き延ばしになるだけでなく、番組そのものに資料的な価値が出てくると思うのだが。




年賀状の図柄

2011年12月07日 15:24

インクジェット・プリンターが普及して、写真の賀状もよくいただく。
前述のとおり、出す枚数が多かったので早くからレーザープリンターを使ってきた。
ネットや賀状ソフトには目移りして困る程沢山のカットが出ているが、モノクロなので形しか使えない。
毎年今頃は、年賀状の図柄作成に呻吟していた。


そこで思いついたのが、干支の文字だった。
古い字体は元になった動物の形を残していて、デザインとして面白い。

hitsuji.jpg

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上は羊で下が酉だ。
一旦和紙に筆で書いてスキャナーで取り込んでいる。

saru.jpg
2値化するだけでなく濃淡をそのまま使う事もある。

saru2.jpg
更に画像ソフトで色を付ける。


カラーレーザーにはなったが、写真画質はまだまだなので、今後もこのシリーズで行く積もりにしている。

そろそろ年賀状

2011年12月06日 15:33

の時期になってきた。

これまでは200~300枚位だった。
両親が現役だったころは2人で1000枚位出していた。
当時は総て墨で手書きだったから、年末は本当に大変だったと思う。
今でも学校の父兄と先生の間で年賀状のやり取りがあるのだろうか。

20年前にパソコンを買って、最初に買ったソフトは年賀状印刷だった。
可成り早い時期にレーザープリンターを入れたが、50枚くらい刷るとフィーダーが詰まってしまう。
書き損じで済め良いが、場合によってはローラーにくっついたカーボン粉を掃除しなくてはならない。
50枚程度で済む平均的な家庭が羨ましかった。
プリンターも何台か買い換え、今はカラーレーザーになっている。



今年は家族全員で80枚だった。
郵便局から「今年は何枚ですか」と訊ねに来る事もなくなった。

昔は、年末ギリギリになると寄付金付きの高いものしか残っていなかった事もあるのに、今では年が明けてからでも売れ残っている。
今時はメールで済ます人も多いのだろう。
年賀状の画像を作って添付すれば、ハガキもプリンターも要らない。
けれど、こちらが葉書で出しているのに、メールで貰ったらどんな気持ちがするだろうと思うと踏み切れない。