看護日記

2014年06月30日 10:53

6/26
薬を増やせば痛みを感じなくなるが、失うものも多い。
生きて行くには何か楽しみが欲しいという。
けれど、食べたら直ぐに腹が張ってくる。
さりとてゲームどころか、アニメを見ても漫画を読んでもストーリーが頭に入らなくなったという。
モルヒネの濃度と一日の絶対量の話をしてもサッパリ判らない。完全に麻薬中毒だ。

眠っているしかない。
つらい。何の為に生きるのかと問われる返答に窮する。

午前中眠っている時間が長くなってきた。
午後からは正反対で全く眠らない。
20:30頃やっと眠った。この後目を覚ましてから眠剤とのロヒプノールとテトラミドを飲ませる。

6/27
会社から特許の発明者のサインを求めるメールが来た。代わりに返信したが、向こうで判ると言っても、こちらの住所を入れておけと言ってきかない。几帳面な性格なので、傷病手当金の書式等、細かい事を気に病んでいる。
自分でも開き直ると言っているのだが。

モルヒネの送出量を0.7→0.9に増量。
(1100mg/48ml)x0.9mlx24hrで一日のモルヒネ量は495mgになった。
多根病院では、注射と飲み薬を合わせて300mgだったので、1.65倍になった。
怠いのが、少しでも楽になれば良いが。

2日位で薬が切れるので、夜になって80mlのタンクに付け替えた。
医者が又薬を濃くしてきて、これまでの0.9が0.55に当たるという。
ここを0.6にした。耐えがたい痛みでは無いのに、どんどん薬が多くなってくる。

右足を軽く上下に振って貰うのがお気に入りだが、子供が親に抱かれて眠るのに似ているという。
あれは人の手だから良いので、今も人の手で触って貰うから落ち着くのだと。
故に「新兵器」はボツ




看護日記~新兵器

2014年06月29日 12:21

6/24
今最も辛いのは、身の置き所の無い程の怠さ。しんどさ。倦怠感なんて生易しい物では無い。

ここのところ、身体が非常に怠くて辛い→気晴らしが何も出来ない→頭が空回りして気が狂いそうになるというサイクルになっている。
精神的な重圧がのしかかってきて、意地が張れなくなってきた。

トイレに行くにも非常に疲れる。我々が普通に歩くのを「羽根が生えてるようだ」と形容する。
そろそろ尿瓶を使わなくては。

右足に違和感がある。どうやら痛みの原因となっていた大腿神経に、更なる腫瘍の圧迫が加わって麻痺しかけているようだ。膝から下はこれまで通り動くのでトイレへ摺り足で行くぐらいは大丈夫なようだ。
この違和感が不安の原因のようで、逆に右足を何度もマッサージしてやると心地好くなって眠ってしまう。
でも直ぐに目が覚めて、また右足を上下、左右、振って欲しいという。

6/25
新兵器
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足を振れというリクエストが多い。長時間やっていると、腕が痛くなってくるので、こんな物を買ってみた。
金魚運動ダイエットマシーンで、足を左右に振ってくれる。
そのままでは速度が速くて疲れてしまうので、変圧器で90Vに落とすと丁度良くなった。


アンバサ・サワー・ホワイト~恐るべしヨドバシ・ドット・コム

2014年06月28日 14:28

ライフガードはあったが、コカコーラのサワーロイヤルは見つからない。30年以上前に発売されたものだから仕方が無い。
ネットで調べてみると、その後アンバサ・サワー・ホワイトという乳酸炭酸飲料が発売されており、代替品らしい。
これとて地域限定品(北海道)らしく、自販機ではお目にかからない。そこで箱入り(24本)をネットで探した。
アマゾンでも、飲料は発送・配達が遅くて、何時届くか判らない。しかし何と家電量販店のヨドバシ・ドット・コムが翌々日到着で発売していた。

探したので発注は午後6時頃になったが、直ぐに進捗が「発送」になった。
20時新東京郵便局→4時新大阪郵便局で、翌朝9時には近くの郵便局まで来ていた。「翌日配達」になっていたが、電話で今日配達してくれないかと頼むと、ヨドバシ・ドット・コムに確認後配達してくれた。
結局、発注してから18時間で届いた。

家電量販店はジョーシン以外は価格コムには出てこないし、ホームページで見ても発送まで1週間くらいかかる。
その中でヨドバシ・ドット・コムだけは、アマゾンと同等以上のスピードで、送料無料、10%クーポン付きだ。

今後の「物欲」には、チェックがかかせない。



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看護日記~医者との確執

2014年06月27日 10:18

6/23
医者はモルヒネの量を痛みがコントロールできる以上に投与していき、呼べば起きるけれど、それ以外は眠っている状態をつくりたい思っている。身体が弱ってからモルヒネの量を急に増やすと、それだけで逝ってしまうからだ。
しかし、親としてはそれは切ない。残り少ない時間の中で、自発的な対話の機会は可能な限り残して欲しい。
何度か議論したが結論は出ず、結局本人の意向を聞く事になった。その結果、モルヒネの増量は痛みが出てきてからで良い。その代わり薬はいろんな症状に対応出来るものを用意して貰っておいて、自分で選択して飲む事になった。
開業医だからここまて踏み込めたので、病院なら紹介状を書くから出て行けという事になっていただろう。


この病気で全くやりあわなかった医者は西宮病院のナラケイ先生だけ。あんな包容力のある医者には出会った事が無い。その正反対は横浜市立大学付属市民医療センターの、手術しない消化器センター外科医大島貴准教授。テメエが肉腫になって死んでしまえ。

最近の病院医は「責任を取れない」から少しズル賢くなって「患者にとって利益がない」という言い方をする。どっちにしても同じ事、お為ごかしで、患者の苦痛や家族の悲しみをどうやって代替出来る。リスクは100%患者が負ってるんだ。その中で、利益不利益をテメエに決められて堪るもんか。どっちが金を払って、どっちが金を受け取る方なんだ。医者は患者の意向に従って最善を尽くすべし。ただでさえ苦しい患者や家族に余計なストレスを架けるな。嫌なら他人様の身体に手を触れるな。医師免許を返納せよ。PhDで食っていけ。


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子供の頃からの好物、赤貝と鳥貝を買ってきた。1貫ずつくらいだろうと思っていたら7貫も食べた。まだこんなに食べられるのかと驚いた。



看護日記~天津飯

2014年06月26日 10:15

6/22
午前1時に目が覚めてしまった。
トランキライザーでもオキシコンチンでも眠れない。
パニックの前兆が再三でてくる。
ポンプを首からぶら下げて室内を歩き回ったり、足裏マッサージで何とかしのいだ。

意地でもゲームを続けてやると「Y"s」をPS3にダウンロードした。

夕方になって天津飯を食べたいというので、王将でテイクアウトした。
学生時代を思い出しているのだろうか。量的にはわずかだが、旨いと言って食べてくれた。
こんなだったら、栄養ドリンクに拘らず、もっと早くから食べさせてやるのだった。

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看護日記~ライフガード

2014年06月25日 10:23

6/20(金)
夕方になって急にビールが飲みたいと言い出した。
慌てて自販機のある所へ自転車で走った。

旨そうに3口4口飲んだが、残念ながらそれ以上飲むと腹が張って苦しくなるのでストップをかけざるを得なかった。
明日は枝豆もという注文が来た。

6/21(土)
午前は看護師、午後は医者というパターンが一週間続いて本人もこちらも疲れてきた。
モルヒネはフラッシュしなければ月曜の朝までもつので、今日の午後と明日一日はどちらもご遠慮願う事にした。

今日も「もろきゅう」というリクエストがあった。虫の知らせでもあるのか?

怠くて何も出来ない、何もする事が無くて退屈といいながら、PS3の体験版をダウンロードしている。
心、身とも調子がよかろう筈が無いが、医者が勧めるような意図的に意識レベルを下げるという事はやりたくない。

夕食は、ニラもやし炒めと枝豆とスパードライ

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現在のお気に入り飲料。味はちょっと水っぽいオロナミンC。

これは近所の駐車場にある自販機で入手したが、同じくコカコーラのサワーロイヤルのほうは発売が古い所為か見当たらない。

これを飲みながらゲームをしているのを見ると、死が近づいているなんて冗談だろうと思ってしまう。

看護日記~秘密兵器

2014年06月24日 10:13

6/17
西宮病院へ傷病手当金の書類を取りに行った。12時5分前に付くと、第一駐車場が空いていた。こんな事は初めてだ。
いつもなら車椅子を取りに行かねばならないが、今日は一人だ。5分で用事は済んだ。
もう二度とここへ来る事はない。2/10から5月末までの間にここへ来た日数を数えてみると、111日間に外来で28日、入院で15日も来ている。3日に一度以上の頻度だった。よく通ったものだ。

夕方ハンバーグを少し食べた。一口くらいかと思っていたら半分も食べた。

食後、ゲームをやっていた。ソニックというアクションゲームシリーズで、前からやってみたいと思っていたらしい。その為に一世代古いWiiというゲーム機も買っていた。RPGと違って疲れるので、ここ一カ月はやっていなかった。ラストステージまで行っていないのが気になっているようだが、長くは続けられない。

6/18
昨夜の夕食のハンバーグが消化しきれなくて、午後11時頃まで眠れなかった。
その後午前3時に目が覚め、ロヒプノール(2mg)をもう一錠飲んだが2時間程で目が覚めてしまった。
普段の怠さに加え、睡眠薬で眠れなかった不快感が重なり、パニックになりかけた。

お昼には、自分から言い出して素麺を食べた。ほんの0.5束ぐらいだったが。
夜はしゃぶしゃぶ用の肉を軽く焼いたのを用意したが、肉より添え物のもやしの方を食べていた。肉は懲りごりなのだろうか。


秘密兵器
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オムロンのハンディマッサージャーの柄を竹で伸ばして、足裏の当てる位置を寝たままでコントロールできるようにした。
足裏をマッサージしていると気が休まるらしい。指でやってやるのだが、長い時間続けられないので試しに作ってみた。これだと本人もいつでも気兼ねなく使える。一定の時間使うと切れるので付けたまま眠っても大丈夫。

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夜にこれを使っても、こちらが目が覚めないかと、よけいな気を遣う。





PCA ポンプ

2014年06月23日 10:30

6/16 病院から帰宅すると、これからお世話になる先生と看護師が待ってくれていた。
早速、精密定量ポンプをセットしようとするが、プログラミングがうまく行かない。輸入代理店に電話してどうにか作動しだした。単3電池2本で動くポータブルタイプで、移動の際は首からぶら下げる。0.5ml/hrで50mlのリザーバタンクを持つ。これまでの2倍の濃度に調整した液(12ml中にモルヒネ塩酸塩200mg)を送り出すと、4日間は交換しなくて済む。入院中は終了のアラームが鳴ってからナースコールしていたのでどうなのかと思っていたが、これならジャストタイムで駆けつけられない訪問看護でも交換していける。

これを所有する訪問看護医が近くに居てくれた御陰で、家で看取ってやれる方向に傾いた。

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緩和ケア病棟入退院記

2014年06月19日 10:42

6/4(水)
朝から腹痛が続く。我慢しきれず一昨日初診を受けたばかりの緩和ケアの先生に緊急入院する事を告げ、救急車で移送してもらう。CTで腸閉塞はないと判明。空きがあった内科の個室に入るが、主治医は緩和ケアの先生なので緩和ケア科に入院したのと同じ事になった。
オピオイドと吐き気止めを定量ポンプで1ml/hrで皮下注射。痛みが収まらなければ、ワンショットで1mlが送られる。
食事はメイバランスが一回に2個。全部飲めば1日1200kcal入るが計算だが、1個が精一杯。
腹の出っ張りが急に大きくなった。

6/5(木)
腹の痛みは収まったが、足の痛みは軽くならない。
昨夜は1時間おきのレスキューを何度もコールしたという
ヘモグロビンが低下しているので、赤血球の製剤を400mlいれた。
先生からは、固形物も摂るようにとの指示。
今日も足の痛みは収まらず、家でオキシコンチン錠、フェントスパッチ、アンペック座薬をフルに使っていた時のほうがましという。注射薬を合成麻薬からモネヒネ塩酸塩に変更する。
300mg/dayを定量シリンジで1ml/hrの量を入れている。

こちらでは足の痛みは骨盤内の腫瘍が神経を圧迫しているとの見解だ。
それならL2に放射線を当てても効かないはずだ。(L2は大腿神経の一部と外側大腿神経がでている。また座骨神経は腸骨の裏側を通っている)L4とL2からでた大腿神経は外閉鎖筋と内閉鎖筋の間を通っている。そこは5/2のCTで転位が指摘されている。

ずっと点滴をしているので足がいよいよ浮腫んできた。
夜に息子からお菓子をリクエストするメールが届いた。

6/6(金)
今日は、楽になったらしい。10段階の6位。でも、ろれつがまわらなくて、行ってもうつらうつらしている。

腹痛は治って、固形物を食べられるようになった。栄養状態が悪いので点滴も併用している。
身体が怠いと言ってるが、麻薬の他に吐き気度目の精神安定剤も入れてる所為だと思う。
これから徐々に注射を飲み薬に変えていく方針らしい。

もう褥瘡が出来ている。栄養状態が悪いのだろう。エアマットを頼んだのに、予防用のクッションしか持ってこない。


6/7(土)
褥瘡が更に増えた。エアマットの予備がなく、順番待ちだという。待ってられないので、介護用ベッドをレンタルしている業者に追加で入れてもらうように頼んだ。土曜日も営業してくれていて助かった。

痛みは少し楽になり我慢出きる範囲になったが、ダルくてしんどいという。楽な時間が全くないと。麻薬の所為だと思いたいが、腫瘍がどんどん増殖している為だとも考えられる。後者だと痛みはとれても楽にはならない。家に帰りたいと言うが、帰っても眠っているだけになる。

6/8(日)
洗髪してもらう。頭をベッドから伸ばすのは痛いので、紙オムツで水を吸収しながらシャンプーする。更に身体を拭いてもらうが、もうシンドクて休憩。少し濡れたシーツを交換して貰うのにまた休憩。全く体力がない。


6/9 (月)
モルヒネ塩酸塩を300mgから200mgに減らし、オキシコンチン120mgが新たに加わった。医者が来て、明日緩和ケア病棟へ移る事と、麻薬の点滴が無くならないと家に帰れないという。午後やっとエアマット到着。

6/10(火)
午後、12階の緩和ケア病棟に移動。
階は高くなったが、病院の裏側の部屋なので、ドーム球場しか見えない。
動かすと痛いが、じっとしていると痛みを感じないという。その代わり傾眠が酷い。
行っても殆どの時間、口を開けて眠っている。今、怠さが一番辛いという。

部屋の構造は他の科と全く同じで、患者が家族と一緒に過ごし易くするという特段の配慮は見られない。緩和ケア病棟とホスピスは一致しないらしい。
この階には、普通のデイルームの他に緩和ケア専用のデイルームがある。その正面に「仏光殿」のパンフレットが置いてあった。置く方も置く方だが、置かせる方の神経を疑う。


6/11(水)
今日はカミさんだけ行った。
モルヒネ塩酸塩を200mgから更に100mgに落とし、オキシコンチンを240mg/dayという処方になった。
オキシコンチンが効いてないようで、痛みがぶり返してきてトイレにも行けなくなった。
午後200mgに戻したら、痛みが引いたようだ。熱が出てきている。38.1℃だった。
これでは帰れない。

6/12(木)
主治医から話がありますと、告げられた。いい話ではない。

黄疸を示すビリルビンが6.3になっている。怠さはその為だった。胆管が腫瘍に圧迫されて閉塞しているという。CRPも20近くあり、何処かで出血している。週単位で見なければいけない。7月は難しいと。

それでも家へ帰りたいなら、近所で往診に来てくれる医者が見つかる事と注射で入れているモルヒネが飲み薬で置き換えられる事という2つのハードルを乗り越えなければならない。

飲み薬もモルヒネになった。

次男が金・土でカミサンと孫を連れて来る事になった。先月ゴールデンウィークの時に来ているので早いけれど、本人も自分の事を理解していると思う。

6/13(金)
朝、病院から電話があり今日も主治医から話があるとの事だった。
私は次男達を連れて行くので、カミサンだけ先に行かせた。

午後2時頃電話があり、昨日の2つのハードルは、病院のと同じタイプの注射器を用意出来るクリニックがあって一挙に自宅で緩和ケアを続けられる事になった。

6/14(土)
息子の腹が更に膨れてきた。顔が黄疸で黄色くなってきた。

もう身体を起こして食事するのはしんどいので、メイバランスのような寝たままで摂れる栄養ドリンクだけにしたいと言う。

午後5時に訪問看護に来てくれる医者と看護師が来てくれた。主治医は不在だが、話がついて明後日、月曜日の午後2時に退院と言うことになった。

寝台付き介護タクシーを予約し、エアマット回収の連絡を入れた。

午後4時頃に来たカミサンはもう少し居るという。帰宅して横になったら疲れが急に来た。11時から7時間病院に居た。椅子を並べて横になったりしていて、病院に居る間は辛くはなかったが、緊急がほぐれるとどっと疲れが押し寄せてくる。このままだと、こちらの方が先にダウンする。

6/15(日)
便がモルヒネの所為で硬くなって出ない。今日は3回も摘便してもらったという。
頬の肉が落ち込み、顔は黄色くなっている。それでも、明日は退院なのでシャンプーと清拭をして貰った。

6/16 (月)
ずっと剃ってなかった髭も剃り、摘便もしてもらって準備完了。
14時に予定通りストレッチャーのまま介護タクシーで帰宅した。
腹はパンパンに張り顔も白目も黄色くなったが、気分的に楽になのか録画してあったアニメを見ている。熱も平熱に戻っている。

息子の「家に帰りたい」コールが奏功して帰ってきた。
久しぶりに息子が部屋で寝ていると、こちらも何となくホッとする。


緩和ケア病棟

2014年06月17日 19:12

せっかく緩和ケア病棟に入院出来たのに、どうしても家に帰りたいと言うので、退院して訪問看護に変更。
13日間の入院で医療点数は65807点。65万8070円也(差額ベッド代と食事代は別)。それが3割負担で約20万になり、高額医療費で8万4000円まで下がる。患者負担は1/8になるが、7/8は健康保険が負担する。ちょっと入院してこれ。しかも今月は月末までタダ(いったん支払うが後で総て返ってくる)。財政が逼迫するはずだ。



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JR大正駅を降りて、高架下を暫く行く。
場末の酒場らしいこんな看板が出ている。今時中生?225円とは。


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この通りでは自販機は基本100円。BOSSコーヒーでもCCレモン500mlも100円で飲める。


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尻無川を渡り


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ドーム球場の隣に病院がある。
先日、「嵐」の公演があった時は、大変な混雑だった。

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パノラマ写真(クリックするか記事の下のバーを動かすと全体が見えます。)
デイルームからの眺め。
かって、尻無川から艀で石炭が運び込まれ、ドーム球場の場所で都市ガスが作られ、ガス灯が灯った。


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赤いトラス橋は港大橋。1974年完成だが、今でもトラス橋では日本最大、世界第3位という。


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外回り線と内回り線の間が開いている場所は、かっての境川信号所で、ここから貨物線の大阪臨港線が分岐し、高架になった外回り線の下を潜って大阪港まで伸びていた。

大阪臨港線 その1
大阪臨港線 その2
大阪臨港線 その3