未完の魂、死の予定表 by 飛乃剣弥

2015年08月31日 10:08



「あいつ」は33編の小説と1つの短編集を残した。長編❪100枚以上)は23編あり、千枚を超える大作もある。
その大半を2005~2008の4年間に書き上げている。
会社へはキチンと行っていたし、「落ちのある」ブログもほぼ毎日更新、どんな生活をしていたのだろうか。
本人も「絶頂期」と言っていたから、次々とアイデアが浮かんで、書き上げるのも速かったのだろう。

ちなみに、この頃の飛乃雑記は、ブログといっても、好きな事を書いて「見てもいいよ」ではなくて、
読み手のウケを狙って書かれた「作品」になっている。フィクションも混じっている。



これまでは落ち着いて文章に目を走らせる事ができなかったが、ようやく作品を読めるようになってきた。

これは、自薦他薦共に彼の最高傑作で、ライトノベル作法研究所というサイトに「高得点小説」として掲載されている。

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「概要」
「予定表に抗う事なく当洋館で過ごせば、十日以内に死にます。しかし、生き残れば一生働かなくてもいい
だけの大金が手に入ります」
こんな招待状で天才医術師アクディ=エレ=ドートの館に招待された客は5人。
彼らにはある共通点があった。
渡された「死の予定表」には10日間のスケジュールが書かれている。スケジュールを変更するチャンスは一回だけ。
彼らは自らの意志に反して、予定表に書かれた通りの行動をとり、次々に殺されていく。


「感想」(ネタバレ)
全5章の各章は5人の招待客がそれぞれ主人公に設定されており、「死の予定表」に基づいて互いの死に関
わる行動をするという凝った構成にチャレンジしている。

ミステリーっぽい筋立てだが、伏線とその回収に遺漏は無く、構成感のある作品になっている。
作りものっぽさは感じるが、「こんな手法で書きたい」と思った構想は実現されている。



しかし、最終章で死んだ人間が生き返るというエンディングは、小説としてはチョット例外的だ。
ここは死んだ事実は変えずにエンディングに持っていくのが普通だろう。
そして読後に余韻を残す。

「あいつ」はそうしなかった。
小説としての価値・評価を上げるよりは、自分の好きなエンディングを書く事を優先した。
だから、エンディングの後に大団円が続いて、余韻の余地を残さず書ききってしまう。
この大団円の章を書きたい為に、それ以前の4章を苦労しながら書いたのではないだろうか。

「僕はこんな終わり方にしたいねん」。
子供の頃からゲームやアニメの元のストーリーとは違った物語を書き綴っていた、「あいつ」の声が聞こえてきそうだ。

「蛇足」
ここにでてくる「 コールド・エッジ」という病気は、確たる治療法がなく治癒率5%以下、大半は3年以内に死ぬ。
「あいつ」が罹った平滑筋肉腫をとそっくりだ。まるで予感があったような。




スケジュールの検証 12番焼山寺~17番井戸寺~10番切幡寺  

2015年08月28日 10:17



焼山寺から切幡寺までのルート


計画時には、移動時間をグーグルマップの「ルート検索」から求め、参拝の標準時間を20分とし、切幡寺は階段を考慮して30分とした。
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308分、5時間8分で回れる計画だった。
実行時には焼山寺到着が7時45分で、切幡寺出発が15時なので7時間15分を要している。
この中には福屋での休憩45分が含まれている。
この時間を除いて、実行時間と計画時間を比較すると390/308で1.27倍の時間がかかっている。
計画値を1.27倍して昼食時間をプラスすれば、妥当な時間がでてくる。


次回は、今回パスした徳島市内の3寺と18番恩山寺から23番薬王寺までを予定している。
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太龍寺だけはロープウェイでの往復が入るので、待ち時間を含めて50分を見ている。
今回の係数を当てはめて380x1.27+30とすると513分、8時間33分という事になる。
最後の薬王寺を16時30分くらいに切り上げるとすると、7時57分に十楽寺に到着していればいい。
これは前回と大体同じだが、自宅からの時間を焼山寺と十楽寺で比較すると、50分くらい短い。
なので前回より遅い目の出発が可能になる。
(その代わり、帰りは約30分長くなる)
ロープウェイの待ち時間等の不安定要素はあるが、充分に勝算の可能性のあるスケジュールだと思われる。
あとは、時間内にギブアップしないよう、参拝時のスタミナ配分に注意をしないと。






10番切幡寺~ギブアップ 四国88箇所車遍路(10)

2015年08月26日 09:33



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8月3日
14時25分切幡寺到着

県道から分岐してこの寺へ至る道も細かった。
私達は左折だったが、対向車線にLEXSUS LSが現れて右折しようする。
地元ナンバーだったので、先に行って貰った。
あれが通れる道幅ならこちらは大丈夫。
案の定対向車が現れた。
寄り代は全く無いし、傾斜も急にキツくなっている。
対向車はバックで路地へ入って道を譲った。
LEXSUSはクラクションを軽くならす事もせず、そのまま通り過ぎる。
登り優先と言う事か。

この山門を右脇から入ったところが駐車場だ。
LEXSUSは居なかった。


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階段と同じ急傾斜の山道を、上の駐車場へ向かって上がっていった。
ハリアーも行けるが、カミさんが333段の階段を上がろうという。


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手水場まで99段。ここからまだ234段ある。


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女やく坂

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男やく坂が最後の階段だった。

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ようやく山頂、もとい本堂に着いたときは、汗が背中を流れ落ちていた。
今日は暑い上に、こんなに上がってきても風がない。
境内は影が少なく、休んでいても西日が身体をなめ回す。


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ふと見上げると、まだ上にお堂が建っている。
上のが「大塔」らしい。


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更に百数十段上がって、ようやく大塔に辿り着いた。
建物の大きさに比して敷地が狭い。24mmmまでズームアウトしても、これがいっぱい。踵が崖にかかっている。

元々ここに造られたものではない。
2代将軍秀忠が大阪の住吉大社の神宮寺に東西の2塔を寄進した。 
明治初頭、その神宮寺が神仏分離により廃寺となったため、2基の塔の内、西塔を切幡寺の住職が買い取って解体移築した。
1,2階とも方形の多宝塔はここにしか残っていない。

住吉大社にそのまま残っていたら、2基とも国宝になっていただろう。
「奇貨居くべし」。逆風はこの寺にも同じように吹いていたはずで、当時の住職は慧眼であった。
こういう先が見える住職が居るといないとで、同じ札所でも格差が生まれるのだろう。


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ここからは徳島平野を一望に出来る。


午後3時。
残り3寺を回る時間は充分にあるが、333段(私は約500段)が堪えた。
体力より、気力が萎えている。
それに屋外で読経するのは、思ったよりエネルギーを使う。
次回に回して、帰阪する事にした。



[α7s+SEL24240]Capture Oneで補正



「刑事フォイル」がNHK-BSに

2015年08月24日 10:19

スカパーの「AXNミステリー」チャンネルで放送されてきた「刑事フォイル」全28話が、今週末の30日からNHK-BSで放送される。

当ブログで「オックスフォード・ミステリー 」の一つとして、「主任警部モース」や「ルイス警部」と一緒に2月に紹介した。

原題は「Foyle's War」で使いにくかったのだろうが、フォイルは警視正なのに邦題が「刑事」とは解せなかった。
しかし、この原題には意味があった。

他のミステリー・ドラマと違って犯人はフォイルに指摘されると、簡単に犯罪を認めてしまう。
この辺は「捕物帖」並みだ。
その代わり第二次大戦の開戦から、終戦、冷戦と時代背景に沿った「犯罪」を描いてる。

戦時中は一人息子が戦闘機のパイロットだったり、ダンケルクの撤退作戦、対独諜報活動等々、
戦時下の事件がストーリーに取り込まれる。
シリーズの前半はヘイスティングスという田舎町の警察署が舞台だが、戦後はロンドンに移る。
個人の犯罪を暴いても、組織の力に押し戻されてしまうのに倦んだフォイルは何度も辞職願いを提出するが、
その度に「余人をもって替え難し」と慰留される。
冷戦下、とうとうMI5にリクルートされるが、フォイルは警察時代と変わらぬ鋭い洞察力で事件を解決していく。

こうしてシリーズ全体を観ると「Foyle's War」というタイトルがしっくり来る。


[蛇足]
スカパーでは暫く新作の放送が無かったが、先々週末、先週末と1日に3作、計12作を一挙に放送した。
NHKがやるというので、急遽前倒し放送が決まったのだろう。
でも、NHKは1回を前後編にわけるので、全編放送するには1年とちょっとかかる。慌てなくとも良かったのでは。
ファンにとっては好都合だったが。




11番藤井寺~空海の道 四国88箇所車遍路(9)

2015年08月21日 09:47



焼山寺を優先したので変則的な順序になったが、本来なら焼山寺の前に行く藤井寺に向かった。
8月3日13時22分 藤井寺到着

門前に観光バスも楽に駐められる広い駐車場があるが、駐めているのは私達の車だけだった。

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ここから焼山寺までは「遍路転がし」と呼ばれる長い山道が続く。
ここで1泊して、その遍路転がしを行くお遍路さんが多かったというが、
今では山門前の売店でさえやっているのや、いないのやら見分けが付かない。

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山門も、やや荒れ気味

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本堂の左手から焼山寺への道が始まっている。


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その行方をお大師様の像が見守っている。


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本堂の賽銭箱は堂内に置かれていて、小さな窓からお賽銭を入れるようになっている。
住職が常駐せず夜間は無人になって、賽銭泥棒が現れるからだろうか。


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窓からα7Sを入れて本尊(多分前仏)を撮る。
実はこの天井に、昭和の作であるが迫力のある龍が描かれている。
α7Sなら、この暗さでも充分撮れたのに、残念。


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大師堂のお大師様も、扉の間から顔が見える。

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駐車場の椅子にこんな言葉が。
空海は讃岐の人なので、修行僧の時代にこの辺りを歩いた事があったかもしれないが、
たとえ藤井寺と焼山寺を結ぶ道が当時存在していたとして、
山岳宗教の修行の道で、一般人が歩けるような道だったとは考えにくい。
しかし、よく読むと「歩いた道が残っている」ではなくて「歩いた時の自然が残っている」となっている。
むむ、これなら否定はできない。
ならばキヤッチコピーである「空海の道」も否定できない。
この文言を考えた人はデキる。


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藤井寺から切幡寺へ、歩き遍路のルートで向かうとこの川島潜水橋に出会う。


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向こうから車がやってくる。
対岸は、吉野川に存在する日本最大の無人島といわれる善入寺島で、アクセスは総て潜水橋である。


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潜水橋を車で渡るのは初めてだ。
向こうから車が来ない事を確認して渡り始めた。

中州を横切ると再び潜水橋が現れ、対岸の堤防の上までたどり着いた。



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藤井寺から川島潜水橋へ向かう際、右手に川島城が現れる。
純然たる観光のための城で、この地に阿波の本城の支城はあったが天守は確認されていない。
名古屋の墨俣城のようなものだ。
JR全線完乗で徳島線に乗っていて、居眠りから覚めたらこの天守閣が目に入った。近くで見ると意外と大きい。

[蛇足]
大泉洋の「水曜どうでしょう」では、3回八十八箇所を廻っている。その2回目に、チラリと川島城が入っている。
夕方薄暗くなってからの映像だが、車がUターンする瞬間に写っていた。


[α7s+SEL24240]


17番井戸寺~独り言  四国88箇所車遍路(8)

2015年08月19日 09:30



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8月3日
12時28分井戸寺到着。
山門裏の駐車場を探すまでもなく、寺の北側のスーパーの駐車場のように大きな駐車場に着いた。

寺伝によれば天武天皇の勅願寺である妙照寺が前身とされる。
阿波国の国司がこの地にあり、広大な伽藍を有していたという。
町名が国府であり、間違いないだろう。

その後、「長宗我部元親の戦いにより焼失し蜂須賀家により再興された。」
どこかで聞いたような・・・・。この辺りの札所は皆そうなのか。


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朱塗りの武家造りの山門は徳島藩主の別邸から移築したという。


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境内は広く、本堂は大きい。裕福そうな寺だ。

七仏薬師如来坐像-聖徳太子作
脇侍の日光・月光菩薩-行基作
十一面観世音菩薩-空海作

これってオールスター・キャストじゃないか。ここまでやるか。
仏像って数日あれば造れるのか。
聖徳太子は総理大臣、行基も空海も仏教による護国国家の中枢人物、そんな人々が仏像を彫っている暇が有るわけないだろう。
そもそも八十八箇所にしてから、空海が知っていたのか。眉唾物だと思っている。
すべては「寺伝」。言うた者勝ち。

寺がなんと言おうと、有料で朱印を書く以上、これはスタンプラリー。
納め札の色が回数によって変えられるのは、リピーターを呼ぶ仕掛け。
テーマパークの経営と同じじゃないか。


それでも、巡る事に抵抗はない。
子供の頃から数え切れない程訪れた「四国」という地を、全体として俯瞰してみるのに絶好の機会だと思っている。
また下手な読経が「あいつ」に届いていると感じられる事があれば、それだけで廻る価値がある。
信仰と関わらなくても、それぞれの理由、それぞれの価値観で廻れば良いのだ。



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十一面観世音菩薩は製作年代等が不詳でもOKの重文だった筈で、国宝ではなかったと思うが。いつのまに昇格。
私達は本堂と大師堂でしか読経しないが、ここでもお経をあげているお遍路さんが居た。


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真ん中のお堂の中に、弘法大師が掘ったという「面影の井戸」がある。
これが井戸寺という名称の元になっているという。


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空井戸ではなく、水がある。
この水面に自分の姿がハッキリ写れば・・・・・・。
ってこれは3番金泉寺と同じ伝説では。


[α7s+SEL24240]





16番観音寺~熱中症  四国88箇所車遍路(7)

2015年08月17日 09:52



8月3日
15番国分寺から16番観音寺までは、広い国道192号線を2キロ走れば良いだけなのだが、喉が乾いて無性に冷たいモノが欲しくなった。

丁度、「氷」の旗がぶらさがっていたので、躊躇なく入った。
国道の脇に氷屋というのはちょっと妙だし、平屋のちょっとオシャレな建物でバスでも駐められる駐車場が広く取ってある。
高級甘味処だった。
ショーウインドウに高級そうな和菓子が並び、その奥の暖簾で仕切られたコーナーに椅子とテープルが並んでいた。

冷房がギンギンに効いている。普段なら5分と我慢できないところだが、不思議に気持ちがいい。
お冷やを何杯かお変わりしたら、喉の渇きが収まった。
食欲が出て来て、かき氷より腹に何か入れたくなった。
赤飯とお汁という唯一のランチメニューが、量も丁度良かった。

小一時間程その店に居たら、体内の熱が取れたようで、怠さがなくなり、頭もスッキリしてきた。
車遍路でも、乗っている時間より外に出ている時間の方が長い。
今日は暑い上に風がない。
条件は揃っていた。どうやら、熱中症になりかけていたらしい。
あのまま強行にスケジュールを消化していたら、危なかったかもしれない。
こういうのを「お大師様のお導き」というのか。


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和菓子処 福屋 「盛壽の郷」店。
グーグルストリートより。

PS..ここは「おへんろ八十八歩記」にも取り上げられていた有名店だった。



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11時54分 観音寺到着

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寄付金額を彫った奉納石柱が、並べられて塀の代わりになっている。
街中の「お寺」だ。


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後ろ側から

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本堂から。
この寺は山門以外に被写体がない。

我々がお経をあげている間に、納経所では菅笠に白衣、金剛杖と出で立ちは完璧だが、スタンプラリーに兄ちゃんが
後から来て納経所で朱印を受けていた。
形から入るか。


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道の反対側に、この寺とかっては一体になっていた神社が、お社だけになって残っている。
この駐車場に、寺のものと覚しき青のBMWが何時も駐まっているとネットで囁かれているが、今はいない。


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15番国分寺~背筋がゾクッとする庭  四国88箇所車遍路(6)

2015年08月14日 10:06



8月3日
10時34分 国分寺到着。

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阿波の国の国分寺で、国分寺は四国各県に一つずつある。
「聖武天皇勅願」の碑が重々しい。

向かって右の柱に菊のご紋、左に五七の桐が飾られている
菊のご紋は言わずと知れた天皇家の家紋で、勅願寺であるこの寺が用いても不思議ではない。
五七の桐も天皇家の紋でもあるから有って不思議ではないが、菊のご紋があれば、それを並べるのが普通である。
五七の桐は、また豊臣家の家紋として有名である。この寺を再興した蜂須賀家の豊臣氏に対する心意気なのか。
しかし家政の時代から何代も後の藩主にそんな気持ちが芽生えるだろうか。
妄想を逞しくさせてくれる山門だ。


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境内に入った途端、何か落ち着かないものを感じた。
よく見ると本堂に比して鐘楼が大きいし、その本堂は屋根の傾斜が急で視覚的なバランスが崩れている。


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本堂の軒裏には千社札が至る所に貼り付けられている。天井板の痛みもあって少々荒れた感じがする。
88箇所の札所ならどこも左団扇のはずだが、それでも格差がある。


型どおり本堂と大師堂に参って帰ろうとした時、お遍路さんに「庭が見られますよ」と声をかけられた。
この寺には非公開の石庭がある事は知っていた。
要予約というので諦めていたが、いつの間にか公開になったらしい。
300円の拝観券を買って、納経所の横から庭に入った。


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話には聞いていたが、聞くと見るとでは大違い。
背筋がゾクッとして暫く動けなかった。

使われている石は相当の年月が経っているにも拘わらず、鋭利な角はそのままに残っており、その先を天に向かってそそり立たせている。
庭という物は見る人の気持ちを和ませるものだが、ここのは戦乱の跡を模しているようでもあり、荒廃した気分にさせられる。
どんな天才が、どんな意図を持ってこの庭を造ったのか。
心揺さぶられる造形に、久しぶり出会った。



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空池で表現された水の流れは、ここから本堂の下を通って、


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反対側のこの4.3mの巨石に続くとされている。
庭は本来、お堂側から眺めるよう意図されている。
庭と建物が一体となって作られているなら尚更、本堂の中から両側の景色を見渡したいものだ。


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元は庭に配されていたと思われる石が積んである。
倒れていた石を起こして修復したというが、並べきれなかったのではないだろうか。
普通の感覚では、あれ以上石を持ち込むとバランスが保てなくなる。

もし天才の技をもって総てをあそこへ立てたら、
・・・・・・・見る者は心を掻きむしられ、尋常の精神状態では居られなくなる。毎日見ていたら気が狂う。

[α7s+SEL24240]




あいつの初盆

2015年08月13日 09:27



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今年のお盆はあいつの初盆だった。


日常生活の折に触れて「あいつ」が言った事を思い出す。

テレビを見ていて、音が画面から外れた所で鳴れば、
「さすが、サラウンド」

風呂に入れば、
「湯船で温もったら、折角洗い流した汗を又かく。意味ないやん」

等とその時々の言葉が頭の中に浮かぶ。

マンションではシャワーだった。
けれど、家に帰ってきて風呂に入ると1時間も長湯をしていた。
子供の頃によく、長湯の祖父と一緒に入っていたからだろう。

後の掃除が面倒なだけで、入浴そのものは好きだったのか。

来年のあいつの3回忌は、その祖父の7回忌と祖母の17回忌と重なっている。

向こうの方が賑やかになってきた。








14番常楽寺 四国88箇所車遍路(5)

2015年08月12日 10:32



8月3日
10時05分 常楽寺到着
駐車場が判りにくい。
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グーグルマップでは寺の裏に、大きな駐車場があるように見える。右上から入ったが、見回してもそこへ誘導するような看板は無い。
池の横の少し道路が膨らんだ所(赤で囲んだところ)に、この写真同様車が一台停まっていた。
お墓の掃除をしにきた軽トラックのようだった。
横に並べても、文句を言われそうに無かったので、ここに駐めた。
下から来たら、常楽園とあるところに駐められたのかもしれない。

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池の縁に沿って戻ると、境内へ行く短い階段がある。
寺全体が低い丘の上にあるようだ。


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山門はない


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堂宇は岩盤の上に建てられている。
地面がデコボコして歩きにくい。


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「流水岩の庭園」と呼ばれているが、単に雨水で浸食された岩盤であり、美は感じられない。
悪いジョークだ。


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この寺のもう一つの「名物」はアララギと呼ばれるこの楠の大木だ。
煎じて飲むと万病に効くらしいが、削られたような跡は見えない。
木の股に「アララギ大師」と呼ばれる、小さな大師像が置かれている。はずだが、撮り忘れた。

[α7s+SEL24240]