87番長尾寺~古い町並みの中の寺 四国88箇所車遍路(56)

2015年12月31日 10:12




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11月24日
9時17分長尾寺到着。
長尾は琴平電鉄の長尾線の終点の古い町だ。ちょっと歩くと銭湯でもありそうな街並みの中に長尾寺は有る。
八十八箇所遍路に出るまでは気がつかなかったが、琴平電鉄の3本の路線の終点は琴平、志度、この長尾と全部参詣用に敷かれている。
かってはそれだけの参拝客があったという事なのだろう。


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山門の両側に石碑がある。経幢(きょうどう)と呼ばれるもので、この下にお経が収められている。
元寇の役の死者を弔う為に造られ、重文に指定されている。


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山門は鐘楼になっている。境内は充分に広いのに何故独立した鐘楼がないのかよく判らない。
街中なので鐘は突けないようになっている。


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境内は広いが建物は端に寄せられている。中央の広場は行事の時には駐車場にかわるようだ。

ここは天台宗の寺で、88箇所の内真言宗でない8つの寺の内の一つになっている。

讃岐藩高松藩初代藩主松平頼重(水戸光圀の同母兄)が堂宇を寄進し、天海に命じて真言宗から天台宗に改宗させた。
頼重は82番根香寺も同様に改宗させている。頼重の宗旨が天台宗だったという事か。
頼重は長男であったが家督を継げなかった。それどころか父の命で生後すぐ殺されるところだった。
しかし光圀の措置によって、頼重の家系が水戸藩を継ぎ、反対に光圀の家系が讃岐高松藩を継ぐようになった。
宗派替えは、この事と彼の信仰が関係しているのかもしれない。



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本堂

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大師堂


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本堂の梁の装飾彫刻が凄い。

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大師堂の方も。


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小さくて見逃すところだったが、源義経の側室の(正妻はいなかった)静御前はここで剃髪し、その髪の塚が建てられている。


[α7S+SEL24240]Capture oneで補正



88番大窪寺~結願の寺から 四国88箇所車遍路(55)

2015年12月29日 16:20



11月24日
香川県は結願の寺大窪寺から逆打ちで廻る。
逆打ちだと団体と遭ってもその寺だけで済むからだ。

でも来年は逆打ちの年なのでどうなるかなあ。

四国88箇所車遍路第6回
日帰りで88番大窪寺から81番白峰寺まで廻る。


スケジュール
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※実時間(min)=(参拝時間の合計+寺間移動画時間の合計)×1.27+30


ルート





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8時8分88番札所大窪寺に到着
最後に来る結願寺だが、真念坊主が勝手に決めた順番を守る必然性は無い。
昨日の雨で紅葉が相当散ってしまったようだ。


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山門をくぐる。
造られたのは江戸時代と言われている。


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中に居るのは仁王さんではなく四天王のようだ。
2体だから二天門か。


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矢筈山を背景に本堂と、その後ろに多宝塔が並んでいる。
山岳宗教というイメージにピッタリだ。


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傾斜地を切り拓いた所にあるので、ここから見る境内はさぼと広くない。
不動尊の石碑がある。

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本堂と隣の阿弥陀堂の間に厄除け不動尊があった。
特に深い関係は無さそうだが、お遍路以外の人もやって来る。


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ここの本堂にも「ガラス戸」が仕掛けてあるが、今日は曇りなので写り込みが強くない。


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夜行列車で車窓の景色を撮る時と同じように、レンズをガラスに密着させて撮った。


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結願寺らしく、ここで杖を納めるようになっている。

大師堂が見あたらない。
本堂の右手に階段があってその上だという。
元々の境内だけでは手狭なので拡張したらしい。


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大師堂の横に立てられた大師像。
こちらは窮屈そうに堂宇が建っていたこれまでの境内と違って、本堂と同じくらいの大きさの大師堂がゆったりと建っている。


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お大師様も見られる。


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大師像の反対側には、奉納された金剛杖を納めるガラスの塔が建っている。
この杖は半年ごとに法要して燃やされる。


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拡張された側に、大きな山門が立っている。


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こちらは仁王門になっている。


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後ろの鐘楼と比べて見れば判るように、門の内側には巨大な草鞋が奉納されている。


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元の境内に戻って、本堂の後ろの多宝塔の下に行けないのかと聞いてみたら、本堂の後ろには立ち入れないという。
手狭なので仕方のない事だが、折角の多宝塔がもったいない事だ。


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山門の下には八十八庵という十割蕎麦の有名か店があるのだが、まだ腹が減ってこないのでパス。


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境内の下に大きな本坊が建っており、庭園の紅葉が美しい。あの庭は公開されているのだろうか。

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長尾寺へ向かう途中、ちょっと車を駐めて撮ってみた。
来る時は緩い上り道で気にとめなかったが、大窪寺は結構な高さの山の中に建っていた。


[GX7+ LUMIX G X VARIO 12-35mm]


56番泰山寺~城のような寺 四国88箇所車遍路(54)

2015年12月28日 00:15



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11月12日
10時6分泰山寺到着。
本日最後の寺である。

寺は石垣の上に造られた白漆喰の築地塀で囲まれている。
小さな城のような外観である。


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この本尊も「ガラス戸」で中が見えない。


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本堂と社務所を繋ぐ廊下に仁王像が置かれている。
元は大きな寺だったが度重なる兵火で規模を縮小し、山頂から平地へ降りてきた。
いつか山門を造るという事なのだろう。


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バスが何台も駐められるような駐車場だったが、寺そのものは案外コンパクトになっている。


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ここの鐘楼は今治城が廃城になる時、太鼓櫓を資材として使ったとある。
天井の装飾等は、太鼓櫓のものを引き継いでいるのだろうか。


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大師堂は


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ちゃんとお大師様を拝めた。

これで愛媛県の26寺を総て打ち終え、香川県の全23寺と高知県の7寺を残すのみとなった。


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パノラマ写真です。記事の下のバーをスライドして下さい。

去年はこの3連の来島海峡大橋を自転車で渡ったが、しまなみ海道を完走するのは久しぶりだ。
始めて走った時は島では地道を走ったが、今は総て高架道路になっている。






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57番栄福寺~「ボクは坊さん」の寺 四国88箇所車遍路(53)

2015年12月26日 00:15



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11月12日
9時33分到着


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一つだけ願いを聞いてくれるという「お願い地蔵」が迎えてくれる。


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短い参道をUターンして本堂へ


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鐘楼の後ろに、場違いな印象の建物が・・・。
ここの住職は、高野山大学速行後、書店店員をやっていたという変わり種。
著書「ボクは坊さん」が今年映画化された。


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本堂


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ここへお参りしたら、イザリが治ったという少年が置いていった箱車。


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大師堂
残念ながら本堂も大師堂も「ガラス戸作戦」のために内部が全く見えなかった。


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見えなかったら見えるようにしよう。

正体は後ろの大師の石像だが、これだけ映り込みが強い。まるで鏡が置いてあるようだ。


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大師堂は彫り物が多い凝った建物になっている。
この梁の龍の凄い事。左端の尻尾の絡んでいる様は装飾の域を逸脱している。


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また欄間には十二支の動物が彫られている。
扁額の後ろは干支頭の子。

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寺に入らずに、そのまま参道を上がっていけば石清水八幡宮がある。栄福寺はその別当寺だった。
57番札所も石清水八幡宮が担っていた。

その参道の石段の前に仙遊寺で見たワンボックスカーが駐まっていた。
どうやら車で寝泊まりしながら廻っている様子だ。
駐車場に駐めても、「申告」しなかったら料金を払わずに済む。
それをしないで駐車場でない所に駐めているのは、この人も自分流の88箇所遍路をしているのだろう。



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58番仙遊寺~温泉のある寺 四国88箇所車遍路(52)

2015年12月24日 01:12



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11月12日
目の前の山の頂上近くに建物らしき物が見える。
標高300mというからあれが仙遊寺らしい。


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道はやや広いが結構な山道を上ってくると山門があった。
車が駐車している。中にはお遍路の白衣があるが誰も乗っていない。


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仁王像は新しいものだが、躍動感があってなかなか良い。


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山門から参道が続いている。
歩いて参拝するにはこれを上るのだが中々ハードな山道らしい。
車の持ち主はここを上がっていったのか?


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駐車場前の旋回場から今治の街が一望に出来る。
右端の一際高い建物が愛媛県で最も高い今治国際ホテルだろう。


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8時54分到着
願掛けのお礼参りなのだろうか、沢山の地蔵がならんて居る。


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本堂は屋根が2層になった豪華な造りだ。

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後ろから見ると構造がよく判る。
平屋に裳階を付けたものだった。
この寺は1947年に山火事に遭い消失したが、1953年に昔のままに再建された。
戦後すぐの物資も金もない時代に、よくぞこんな豪華な建物を造ったものだ。

豪華なのは建物だけではない。


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本堂内はオープンで


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立派な本尊を拝顔できる。
頂部がちょっと隠れているのが残念だが、十一面千手観音だ。


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おびんずる様の前に帽子を忘れていった人がいる。
自分にも経験があるが、失礼だからと帽子を脱ぐとついこういう事になる。
普段自分の家ならやらない事だが、外に出て疲れると集中力が失われていく。
自分がメガネを掛けているのを忘れてメガネを探すなんて事は、コメディのギャグでしかないと思っていたが、
自分でやってしまった。
そんな歳になってしまった。


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本堂の脇にこんな看板があった。
ん、温泉に足湯?
えらく豪華な宿坊だ。


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本堂に隣接して「温泉付き」宿坊があった。
下から見えていたのはこの建物だったのか。見晴らしは良いはずだ。
こんな所で温泉が出るわけがないから、どっかから温泉又は冷泉を引いているのだろう。
火事で痛めに遭っているから貯水槽を造ろうという話になって、ならそれを浴槽にして温泉にしてしまえというアイデアが出たのかも。


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大師堂も

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お大師様を見られる。


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パノラマ写真です。記事の下のバーをスライドして下さい。



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59番国分寺~東塔の夢 四国88箇所車遍路(51)

2015年12月22日 01:58



11月12日
今日は今治の残り4寺を59番から56番まで逆打ちで廻り、しまなみ海道経由で帰宅する予定だ。

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7時47分到着

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石段を上がると、お迎え大師が握手を求めている。


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鐘楼の前に小さな七福神の石像が並んでいる。
今度は1体欠けるような失敗はしない。


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本堂。
新しいように見えるが18世紀に再建されたものだ。
この国分寺は何度も兵火に遭い、江戸初期には「茅葺の小堂が寂しく建つのみ」という状態だった。
再建されたのは真念が札所に選んだ事が影響しているかもしれない。


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本堂と廊下で繋がっている大師堂。
本尊や大師像は「確認」できなかった。
というのも中にカラス戸が有ってこちら側の景色が映り込んでしまい、内部が全く見えなかった。
今日はこういうパターンが多かった。
こしゃくな。


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寺の隣に神社がある。
鳥居の右の石標には「春日神社」とある。


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境内はキチンと掃除されているが、神社単独で運営されている様子は無い。

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寺とは行き来自由になっている。
帰って調べてみると、1050年国分寺の鎮守として春日神杜を勧請している。

以下第59番札所 伊予の中心だった(四国八十八カ所)国分寺&春日神社よりの引用
『後冷泉天皇の永承5年月に
国分寺第一二世権大憎部雲海が国分寺の鎮守として、
春日神杜を勧請して、寺内に杜殿を建立し奉斎したのが本杜の創祀。

主祭神:天児屋根命(あめのこやねのみこと)
     比売大神(ひめのおほかみ)

春日大社の祭神と、同じです。

そして、
明治元年4月、神仏分離の政令により合祀の仏体は別当国分寺に奉納したそうです。』

という事で、もとは一体であった神社をいまも寺が維持管理しているようだ。
四国88箇所の神仏習合に関する記事は多いが、伊予国分寺の春日神社の事が書かれているのはこのブログだけだった。
ただ、神社の「坊」であった南光坊等とは違って、先に寺が出来て居るのだから別当寺という言い方が正確かどうか判らない。


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駐車場の出口(一方通行)を左へ100m程行くと、国分寺の東塔の礎石が見られる。
今の国分寺は元の国分寺の位置とは関係なく建てられている。


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石には柱を据える突起が細工されている。


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石柱には「内務省」と彫られている。
伊予国分寺の遺跡の内ここだけは戦前から判っていたようだが、これ以外の遺跡は明らかになっていない。

今は今治市の外れだが、かってはこの辺りに伊予国の国府があり、国分寺の大伽藍が展開していた。
東塔は7層60mの高さだったという。
(ただし東塔があっても西塔があったわけでは無い。伽藍の西か東に塔があったいう事だ。)
60mといえば現代でも超高層建築で20階建てに相当する。
そんな建物を60余州に建てさせたという。
総てに7層の塔があったのではないだろうが、そんな技術があったのか。
平安時代に、古代出雲大社は48mの高さがあり東大寺(1180年に焼失する前)より高く日本一大きいと評判になっていたが、それより更に高い事になる。




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55番南光坊~幸運の寺 四国88箇所車遍路(50)

2015年12月20日 01:05



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11月11日
15時40南光坊分到着。
本日ラストだ。

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この山門は鐘楼になっている。
建てられてからそれ程経っていない。
前面に2体、後面に2体の四天王が置かれている。
仁王門のない四天門という事になる。
今治市のほぼ中央にある寺なので、あったとしても元の仁王門の痕跡はない。


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四天王像も新しく、写実的な造形で迫っていくる。


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車はそのまま境内にある駐車場に入る。
市街の中の寺だが敷地はゆったりしている。


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本堂はどうやら昭和の終わりに再建されたようだ。
本尊は大通智勝如来という非常に珍しいものだが、お姿は見られなかった。


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角石に「金」の文字が刻んである。
金比羅権現を祀ったお堂だ。


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大師堂は通路をへだてて本堂と反対側にある。大きく立派なお堂だ。
空襲で殆どの堂宇を失ったが、金比羅堂とこの大師堂だけが残った。
焼夷弾が落ちてきたが総て屋根を滑って地面に落ち、内部に避難していた人は助かったという。
空襲の時に木造の建物に居るのは最も危険だと思うが。

残念ながらご本尊同様、大師像も見られなかった。


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路地を隔てた隣に大山祇神社の別宮とその末社の奈良原神社がある。
南光坊とほぼ等しい広さの敷地だ。


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大三島の大山祇神社は伊予国一宮だが、島と言う事もあって不便なので一部の別当寺を移した。
天正年間に、ここでも長宗我部元親による四国統一の兵火が起こって、大山祇神社の別宮も焼かれた。
その後南光坊だけが再建されて今に至っているとある。

ん、昨日の62番宝寿寺も大山祇神社の別当寺ではなかったか?

明治の廃仏毀釈ではこの別宮大山祇神社と分離されて残った。

ともかく8つの別当寺のの中でただ1つ残り、明治の廃仏毀釈にも生き残ったという運の良い寺である。


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大きな石の鳥居が通りに向かって立っている。
国家神道の威勢の良い時代の産物だろう。
寺に吸収されて消えてしまった神社もある。
こちらも運の良い神社だ。




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54番延命寺~ちょっと一言 四国88箇所車遍路(49)

2015年12月18日 01:17



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11月11日
延命寺は今治市の街はずれにある。
元は松山の園明寺と同じ寺名だったが、88箇所で番号も隣り合っている事からよく間違われた。
それで同じ読みのこの名前に変えた。


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15時5分到着
この門は今治城が明治になって解体される時に譲り受けたと記されている。


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残念ながら本堂の改築工事現場で小さな境内は一杯になっている。


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本尊が見られるかと思ったが脇侍だけしか見られない。


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大師堂は境内の奥、石段を上がったところにある。


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ここでも大師像は見られない。


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画像変換してあるが、この人は赤色の納め札を入れていた。5~24回廻った証である。
70代に見えるが足は速く、次の南光坊では入れ違いになった。
年齢に拘わらず、この位の健脚でなければ何度もお遍路を繰り返す事は出来ないのだろう。
カミさんがこの人が幾らお賽銭を入れるのか見ていたら、1円だったという。
快哉快哉。
お賽銭を入れないと周りから変な眼で見られから、最低限の額を入れているだけで、元々そんなものに拘っていない。
仏様、大師様に手を合わせてお経をあげるだけで良い。
自分のための遍路だから形に拘らない。
まして金を払って寺の印形(ご朱印)を貰うような事はしないのだろう。

こういうお遍路さんが増えると札所の権利に胡座をかいている寺は困るだろうなあ。
けれど、江戸期やそれ以前のお遍路は行き倒れもある命懸けでの旅だったのだから、形なんぞに拘っている余裕は無い。
朱印を集めるだけでお経をあげない参拝者を「スタンプラリーではない」と怒る坊主も居るようだが、
本当にあれは記念スタンプ以上のものではない。怒るなら金を取るな。
飲み屋のお通しと同じだとも考えられる。
飲み屋はレストランのようにテーブルチャージを取れないので、その代わりに一品強制オーダーとなる。
88箇所の寺も入場料を取らない(この点は京都の観光寺より良心的だ)が、巡礼者が増えると維持管理の為に何らかの収入がいる。
その寄付の印代わりだと。
ただ、そんなものは歯牙にも掛けない、高収入の寺が沢山あるのも事実だ。



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寺の外にも鐘楼があった。
江戸前期の梵鐘だが、戦争に供出されるところを地元の人の尽力で残った。
2つも鐘がありながら、この鐘も寺の鐘(工事の材料置き場になっている)も突けなかった。



[α7S+SEL24240]Capture oneで補正




Capture One 9へのバージョンアップ

2015年12月17日 01:39



RAWデータの現像に重宝しているCapture Oneのバージョンが8.3から9.0に上がった。
ソニーカメラで使用するには、PRO版と比べて幾つか使えない機能があるものの、常に無料で使えるEXPRESS版が有る。

早速ダウンロードしてインストールしたのだが、エラーが出まくって動かない。
CCleanerでレジストリを掃除するなどして、何度もインストールをやり直すのだが結果は同じ。
ネットを見てもインストーラーの不具合という言葉は出ていない。



Windowsにトラブルがあって立ち上がらない時の緊急用に別のハードディスクにWIN7を入れてある。
これに入れてみるとちゃんと動いた。
その時に気付いたが、Runtimeのインストールで3/4だけが凄く時間がかかる。
フリーズしてしまったのではないかとアクセスランプを見ると、時々点滅している。
最初のインストールでも同じ現象が出て、フリーズかと思ってタスクマネジャーを呼び出したりした。

その後のインストールではこの現象が起こらず、高速でインストールされる。
既にインストールされたものとして、最初の不完全なモジュールをそのまま使用するのではないか・・・・。



エラーメッセージに有る「api-ms-win-crt-runtime-l1-1-0.dll」を検索するとMicrosoftのサイトで
「vc_redist.x64.exe」64ビット版プログラム用の再頒布可能パッケージ
「vc_redist.x86.exe」32ビット版プログラム用の再頒布可能パッケージ
の2つが該当した。

両方ともインストールできるが、先に32ビット版をインストールすると、
最初にCapture One 9をインストールした時と同様の、フリーズ寸前の状態が再現された。

そしてインストール後、Capture One 9が無事立ち上がった。



開発元のPHASE ONEのサイトではこれまでの8シリーズと9との違いをいろいろ書いているが、
GUIは変わらず、画像にタグを色々と付けて検索出来るという機能以外は小さな変更のようだ。
バージョンアップは付いていかないと、今後出る新しいボディやレンズの補正パラメータが入らないので必須の作業ではある。
しかし、この程度のメジャーアップデート毎に料金を払うのは堪らない。PRO版購入は見送ってEXPRESS版を使い続けた方がよさそうだ。




53番園明寺~左甚五郎の龍 四国88箇所車遍路(48)

2015年12月16日 01:11



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11月11日
13時45分到着
園明寺は街中のこじんまりした寺だった。

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ちょっとユーモラスな仁王さん


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中門があってその向こうに本堂がある。
本堂の写真を撮り忘れた。


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本堂内はオープンになっている。
内陣の上の梁に彫られた龍の彫刻が有名だからだろう。


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本尊と脇侍も見られる


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肝心の梁の彫刻は天井からの飾り物に邪魔されて全体を撮れない。辛うじて龍の頭だけ。
左甚五郎作と言われているが、頭はともかく胴体は装飾的なのでどうだろうか。
反対に、元々梁に施された装飾なのだから、これでもやり過ぎ、甚五郎ならではとも考えられる。


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大師堂は中門の外にある。
中門の扁額にある「遍照金剛」は南無大師遍照金剛の事かと思うのだが、何故その中門の外にあるのか?
社務所を拡張する時に、大師堂と場所を入れ替えたのか?
大師像は見られなかった。


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大師堂の向かいにあるのが観音堂


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こちらも祀られている仏像が見られる。
本尊とされている十一面観音は手前の方だが、後ろのは・・・・前立ちと本尊の両方がオープンになっているのか?


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おっと忘れるところだった。
山門のすぐ左ある小さな墓地の奥にあるキリシタン塚。
頂部が僅かに十字になっているのと、前面にマリア像と覚しきレリーフが施してある。


これで松山の8寺を終え今治に向かう。
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道はほぼ海岸沿いで、予讃線のすぐ海側を走る。


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菊間付近では、急に石油コンビナートのような風景になる。
出光石油と同様の民族資本系の太陽石油の製油所だ。
この近くには2箇所の石油備蓄基地もある。



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今治に近づくと造船所のクレーンが見えてくるが、面白い形の船が停泊してた。
後で調べると自動車運搬船だった。
いかにも喫水が浅そうで、空荷になった帰りはどうするのだろうと思う。
タンカーなら海水を入れれば良いが、貨物室に海水を入れる訳には行かないだろう。




[α7S+SEL24240 & α7R2+SEL1018 ]Capture oneで補正