「悠久の急行列車~国鉄からJRへ」 種村直樹

2010年02月11日 17:29

2006年と、最近の出版なので借りてみた。

新しいのは巻頭の「さよなら<かすが><出雲>」だけで、他は1980~90年代に雑誌に掲載された記事だった。

折尾駅を目指して中国地方2泊3日の旅 で泊まった事のある、鳥取で評判の良い温泉旅館「こぜにや」が、種村氏の奥さんの実家というのは初めて知った。この旅館は宮脇さんの作品にも登場する。

宮脇さんと比べると文章は粗く、とても紀行文学とは呼べないレベルだけれども、まだまだ鉄道が旅客輸送で大きなシェアを持っていた頃のルポなので、当時の熱気が伝わってくる。取り上げられた路線はすべて既乗で、沿線の情景を頭の中に再現しながら、乗車記を楽しめた。反面、ダイヤの変遷や車両の型式等、その方面に興味のない人間には煩わしい記述が多い。紙面を年号の漢数字や列車番号の数字が乱れ飛ぶ。タイトルに惹かれて読んだ人が、旅情をもよおすかどうか甚だ疑問に思う。限られた読者層にしか支持されないのも宜なるかな。

特急「白鳥」に昇格する前の急行「しらゆき」には、非冷房車両が連結されており、立って冷房車両に乗るか、非冷房車両でゆっくり座るかの選択が描かれている。普通列車でも完全冷房が当たり前になった現在では考えられないが、80年代にはまだ、車内の熱気で流れる汗を拭きつつ列車に乗っていたのかと思う。昼間特急列車としては最長距離を走っていた「白鳥」も既に廃止になってしまった。

83年に書かれた急行「うわじま」では、高松駅のホームをもう「走らない」乗客が描かれている。宇高連絡線で四国に着いた乗客は、座席確保に長いホームを懸命に走ったモノだが、この頃既に、走らなくとも座れる程乗客が数が減っていたのかと、改めて鉄道の退潮を認識する。
JRになって人気路線となった瀬戸大橋線の工事中止とか、今では当たり前になったが、車掌が車内放送で氏名を名乗るのに感激したり、高松-宇和島間を10時間かけて走る普通列車や、指定席券でグリーン車両に乗れた話を読み進めるウチに、終着駅宇和島に到着する。


長いトンネルや鉄橋を、たった一両のディーゼル・カーがコトコト走る。維持だけ考えても、とても採算の取れるシステムではない。まして新しく作るなぞとんでもない事である。新幹線を除いて、日本の鉄道は動く産業遺産だ。動いているうちに、できるだけ沢山乗っておきたいと改めて思う。


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