全線完乗へ、ラストラン その3 最後の一線 参宮線

2010年04月29日 16:22

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松坂を出て、多気駅の手前で櫛田川を渡る。左窓に櫛田可動堰が見える。堰の上は遊歩道になっいて単車や自転車も通れるという。赤川仮橋のような景色が見えるのだろうか。もっとも赤川仮橋は、あくまで歩道で自転車の通行は禁止という事になっているが。


多気から参宮線にはいる。田丸城の脇を通り抜けると、城山の桜が満開だった。石垣しか残っていないが、信長に滅ぼされた北畠氏の本城だったので規模は大きい。


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伊勢市、五十鈴ヶ丘、二見浦と過ぎ、やがて列車は海岸線を走るようになる。


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養殖筏が見える。伊勢志摩名産「あおさのり」だろうか。



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突然、海岸線との間に、複線の線路が不躾に割り込んできた。近鉄鳥羽線である。それまで山中の最短コースを走り、ここで一気に海岸に出てくる。この線には乗ったことがない。伊勢・鳥羽へは会社のグループ旅行等で来る機会が多いが、鉄道で来たのは小学校の修学旅行以来である。上本町から近鉄に乗って伊勢まで来た。当時はまだ鳥羽線は建設されて居らず、次の宇治山田が終点だった。隣の国鉄ホームに、長い客車列車を引いた蒸気機関車が停まっていたのを覚えている。
その時の宿は、二見浦の夫婦岩の見える旅館だった。天皇陛下も泊まられた由緒正しき旅館であるが、消灯後は当然枕投げが始まった。忽ち明かりがついて、「首謀者」とおぼしき者は廊下に座らされる。全く悪びれることなく、にこにこして座っている。200人を越す男子を大広間に詰め込んでおいて、温和しく寝ろというのは無理な相談である。
伊勢神宮から、その二見浦までどうして行ったのか記憶がない。今なら当然バスをチャーターするだろうが、当時は公共交通機関の使用がメインであった。伊勢から二見浦のでは国鉄で行ったのだろうか。すると帰りは国鉄を使って、関西本線経由で天王寺へ帰着したのだろうか。何故か小、中、高とも修学旅行の2日目以降は、記憶が定かでない。夜明かしすると、翌日の記憶力も低下してしまうのだろうか。




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終着駅鳥羽に到着。J近鉄との共同使用だが、JRは1、2番線だけで、3~6番ホームは近鉄が使っている。あちらは複線電化で黄色のアーバンライナーが次々に発着するのに対して、単線非電化のJR側は、乗ってきた2両のディーゼル列車が折り返すまで列車の発着は無い。ホームは、乗ってきた客が去ってしまうと、無人になる。



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そんな状況を予想したわけではないが、幸い三脚を持参しているので、記念撮影に支障は無かった。
人の流れの邪魔にならないよう、ホームの端にある、二本足の「国鉄タイプ」と呼ばれる駅名標の前で撮るつもりで用意してきた。しかし、人の流れも、「国鉄タイプ」の駅名標も無い。長いホームに、つりさげタイプのが一つあるだけだった。
かって東京、大阪からの直通急行で賑わった面影はどこにも無い。それどころか、伊勢商工会議所会頭が、自動車での観光客誘致に「参宮線が大きな阻害要因」になると主張し、2013年の第62回神宮式年遷宮で予想される交通渋滞の緩和のためとして、参宮線の廃止と伊勢市駅構内にある車両基地用地の駐車場への転用を提案した。怪しからぬハナシである。
それにしても地元から出て行けと言われるようになるとは、鉄道の凋落も極まった感がある。JR東海は、名松線で明らかなように、新幹線以外なら廃線に前向きである。この提案を奇貨としてJR東海が参宮線を廃線にするような事態になれば、事は伊勢市だけの問題ではない。周辺自治体にとっては、大迷惑な発言だろう。
この商工会議所会頭とは「赤福」の会長で、こんな自分勝手な事を言える人だから、製造月日や原材料の偽装事件を引き起こしたのだろう。


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駅の外へ出てみる。近鉄線を跨ぐ大きな建物であるが、主な施設は近鉄側にあり、バスターミナルも反対側の近鉄改札側に設けられている。元は国鉄しか無かったが、後からやって来た近鉄に母屋を取られ、今ではJRが居候しているような格好になっている。


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完乗の旅を始めてから、車窓のちょっと変わった建物に目敏くなった。来る時に、二見浦駅の山側に金色に光る屋根が見えた。新興宗教の寺でも建っているのかと思ったが、形は城の天守閣に近い。しかし、こんなところに城があった史実は無い。帰ってから調べてみると、「伊勢・安土桃山文化村」というテーマパーク内にある安土城の模擬天守閣だった。熱海城と同じだが、写真を見るとなかなか立派な城になっている。 テーマパークがブームになっていた頃、「伊勢戦国時代村」というのがあったが、直ぐに破綻した。経営者を変えて再建したようだが、伊勢のイメージとマッチしないコンセプトが、マイナスになっている。考証に忠実に造られているらしいので、寒いアトラクションなぞ止めて、模擬天守の展示を中心にやれば、どうだろうか。・・・矢っ張り、駄目だろうな。今の日本は、何もない所にドッと建物を造って人集めする、万博型のビジネスモデルが成り立つ状況にない。あれは中国やドバイのような右肩上がり経済の所でないと駄目だろう。昔のモノを大事に残すヨーロッパ型が現状には合っていると思うが、あれはあれで「サアどうだ、お前等に我々の文化の高さか理解できるか」という排他的、独善的な所があって好きになれない。



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津で、停まっている伊勢鉄道の電車を見て、少し考えさせられた。伊勢鉄道のレールの上は通ったが、JRの列車で通過しただけだ。伊勢鉄道の電車には乗っていない。その線路を所有している鉄道会社の車両に乗って、はじめて、その鉄道に乗ったと言えるのではないだろうか。智頭急行「線」や北越急行「線」をJR西日本の特急で通過しても同様で、その鉄道に乗ったとは言えまい。JRと相互乗り入れしている3セク線は結構ある。JRの特急に乗れば、両方一度に乗れるので便利ではあるが、地の人や風景、その鉄道ならではのシーンを見ずに通過してしまうことになる。



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亀山から関西本線のレールバスに乗り換え、鈴鹿山脈を加太越えで越える頃、山の彼方に夕日が沈んでいった。中在家信号所では、廃線となったスイッチバック線が左の草むらに消えていく。三重では加太をカブトと読み、和歌山ではカダと読む。近いだけにややこしい。共にJRの駅だったらどう読ませただろう。

加茂で改札を出て、近くのコンビニでビールを仕入れてきた。クロスシートの窓際に缶とつまみを並べる。ようやく、完乗したのだという、安堵感が湧いてきた。



JR全線完乗率 100.00%

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