朝来市の産業遺産 その2 神小畑選鉱所 生野銀山

2010年05月07日 17:03

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神子畑橋から更に県道を進むと、突然左手に巨大なシックナーが現れる。神子畑選鉱所跡だ。
山の反対側の明延鉱山から、ほぼ直線に鉱山軌道が敷かれていた。鉱山関係者以外の便乗も認められていて、一円で乗せたので「一円電車」として有名であった。「途中下車の味」の冒頭「松葉ガニと一円電車」で取り上げられているが、「松葉ガニ」にスペースを取られて、当時の様子についての記述が殆ど無い。どのあたりに神小畑側の駅があったのか判らないが、山の中腹にコンクリートの足を持った軌道敷のような構造物が見える。



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このコンクリートのひな壇に、明延鉱山から運ばれた錫鉱石の選鉱設備が並んでいた。残念ながら2004年に全撤去されてしまった。


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鉱石運搬に使用されていたインクラインのレールがまだ残っている。明延側にも同様の設備が残されている。




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ムーセ旧邸には当時の写真が展示されているが、入り口は閉じられていた。休日にしか開かれないようである。

出発の前夜、タイミング良くNHKの「クローズアップ現代」で明延鉱山跡が紹介されていた。それによると、明延側は坑道入り口と一円電車が保存されているだけのようなので、ここから引き返す。

円山川の対岸にある生野銀山跡に向かう。


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ここにも一円電車が展示されている。遊園地の電車並みの大きさである。大人はかなり窮屈な姿勢で乗っていなければならない。その上「トンネルのなかでゴトゴト揺られ」たら、「修行僧のような気分になって」もおかしくない。



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生野銀山は佐渡の金、岩見の銀と並ぶ江戸幕府の最重要拠点だった。明治維新後、政府直轄の鉱山として皇室の管轄下に置かれていたが、明治29年に三菱に払い下げられた。その為門柱に菊の御紋が刻まれている。


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時代劇のセットのような門をくぐって、観光坑道に入る。


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内部には作業の様子を表す人形が江戸時代のと、近代のが混合して置かれている。こいつが顔をこちらに向けた時はギョッとした。


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近代にはこの竪坑で800メートルの地下まで降りて採掘していた。観光用に使われている坑道は江戸期に掘られたが、トロッコの運搬用通路として拡張されている。坑道は長いが、通路を歩かされるだけだから、ハッキリ言って面白くない。少しで良いから更なる地下に行く工夫があれば、又別なのだが。



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帰りは、銀山湖の名前に惹かれて生野ダムを回った。


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ダム湖の真ん中に神社がある。満水に近いので下にある小島が隠れている。


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