父に戒名を諡る

2011年01月06日 16:23

「戒名は坊さんに頼まず、自分でつけて構わない」と書いている「戒名ハウツウ本」が山ほど有る。
反面、ネットには高額の戒名料に悩む書き込みが後を絶たない。
いったいどっちなのだ。
よく読めば、「戒名本」もケースによって違うという事を言っているが、ハッキリとは書いていない。
ハッキリとケースによって全く違うと書けば、勝手に戒名をつけても構わないという「本のウリ」と矛盾してしまうからだろう。
しかもケース間の違いをごっちゃまぜにして論を進めるものだから、読んでいてよけい混乱する。


次のような3つのケースに分類できると思う。
(その前に葬式に戒名は必要ないという話があるが、それはここでは触れない。)


ケース1 寺の中に墓がある家。寺が管理している墓地に墓がある場合も同様。

檀家と呼ばれるこの人達は寺の坊主が戒名を決める。墓を人質に取られているようなものだから言うなりにならざるを得ない。
値段は決まっていないし、非常に安いケースもある。
その代わり普段から、寺を維持する費用を寄付させられている。奉加帳として回ってくるから、どこがどれたけ寄付したかは一目瞭然になる。
カミさんの実家はこれだった。義父の戒名には院号が付いている。


ケース2 墓も仏壇も無く、普段お寺さんと縁のない家。

「戒名本」の書いている通り、自由自在だ。
しかし、ある日ふと生前戒名を作ろうと思い立つ人はいない。家族の葬式で戒名が必要になる。
それでも、その場コッキりだったら「相場」を気にする必要はない。
例えば坊さんジェーピーというサイトを見れば、信士・信女で12万、院号居士でも25万と大ダンピングだ。それも戒名だけでなく通夜から初七日まで葬儀に必要な読経込みの価格である。
向こうも戒名を自作して貰ったら、パソコンソフトを立ち上げる手間が省けるというものだ。

但し、いくら院号付きでも、後々お参りもしない、その場限りの、いわば使い捨ての戒名である。
もし、葬儀の時の僧侶に、家に仏壇を置いて後々までもお参りに来て貰うなら、こんな値段では済まない。その場合は最初からその意図を告げておいた方が良いだろう。
父の次弟の家がこのケースだった。郊外ではあるが一応京都市内で、格式の高い寺だったからそれなりの戒名料だったと聞いている。



ケース3 自治体や民間の墓地に墓がある家。

我が家がこのケースに当たっている。
「戒名本」に触発されて父の戒名を作ってみたが、さて坊さんがスムースに認めてくれるかどうか。
成算はあった。寺内に墓がないから、戒名で意見が合わないなら、寺を替えてしまうばかりだ。
坊さんとしては固定収入源を一つ無くす事になる。

ただ祖父の代から70年近くずっと同じ寺に月参りして貰っている。向こうも2代目の住職だ。これまで永年築いてきた良好な関係を、戒名一つで壊してしまうのは気乗りがしない。
それに坊さんも寺を維持し家族を養い、年金や国民健康保険料を払うには金を稼がなくてはならない。
日本人は、慣習というと反発するが、伝統と言われると有り難く感じてしまうおかしな所がある。葬儀や月参りの読経を日本固有の伝統と捉えれば、坊さんはその大事な担い手である。
とは言うものの相場通りの戒名料を払うのは面白くない。

戒名は信士でなく居士に格上げしてある。お布施に「位の使用料」を少し上積みする事にした。
さて幾ら上積みするか。
「ファミリー葬」のスタッフに聞いてみると、この辺りに多い融通念仏宗で、信士の戒名込みでの相場は25~30万という。更に「檀家でもないのに、それ程永い間来て貰っているなら寺の維持に相当貢献しているはず、向こうから無料で戒名を差し上げますと言って来ても良いぐらいではないでしょうか」と言う。それでもプラスαしてあげる気があるなら、「お布施」と「戒名料」を別々に包んで意図をハッキリさせたらどうかとアドバイスしてくれた。

ここは経験豊富なスタッフのアドバイスに従い、お布施25万、戒名料10万とした。
車代やお膳代は無く、これがお寺に払った総てである。
最初坊さんは付けていない戒名料が包んであるので、怪訝な顔をしていたが、「使用料です」と言うと嬉しそうな顔をして受け取ってくれた。

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