鉄道模型は骨董品か

2011年03月09日 15:59

先週のエントリー 20年ぶりにオープンリールで録音 へのBigboyさんのコメントに少し考えさせられた。

「モノ」を伴う趣味には、「姿形」を楽しむものと、「機能」を楽しむものに分類できると思う。
大雑把にガーデニングや切手収集、書画・骨董品は前者だし、オーディオやPCは後者になる。

といってもその属性が完全に切り分けられるものでもない。
内部で配線が切れている真空管でも、「姿形」を楽しむ為にコレクションしている人も居る。
フィラメントだけでも生きていれば万々歳で、暗がりで点火して微かな光を愛でる。
古いラジオを、レストアして鳴らす人も居れば、そのまま置いて楽しんでいる人も居る。

「機能」を失っても「姿形」で生き残るケースは多々ある。

鉄道模型は、この分類では甚だ微妙である。
走らせるという「機能」と、置いて眺める「姿形」の面が全くイーヴンなのだ。
しかもどちらかが駄目でも、片方で生き残れるというのではなくて、
「姿形」の整ったものを、走らせるという「機能」も活きてなくてはならない。
ラジコン機なら、原型と同じプロポーションを求められることはない。
ここが同じ模型でも、船や飛行機と異なる。

新しいプラのモデルの方が原型への忠実度では優れていると思うが、古いブラスモデルの方が高くて珍重される。ここでは骨董品と同じ原理が働いている。しかし陶磁器のような長い歴史はない。電動となると実質的には50~60年ではないだろうか。もっと古いモノもあるだろうが、ナス管のアンプをメインシステムとして使うようなオーディオマニアが居ないのと同様、古いモデルにDCCを付けて走らせるような人は・・・・(居る?)

継続するには単なる保管ではすまない。機械と電機の両方のメンテを考えるとなかなか厳しい趣味ではある。


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