「時刻表地図から消えた街」~福田宏年

2011年08月12日 15:32

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何やら曰わくありげなタイトルに惹かれて買ったが、ずっと「積ん読」になっていた。
昭和56年の初版本で、「'81年12月の新刊」という集英社文庫の案内が挟まっていたから、出たてで平積みになっていのを買ったのだろう。以来30年間本棚の肥やしになっていた。

取りだしてみる気になったのは福田宏年という名に覚えがあったからだ。
調べてみると宮脇さんの「時刻表おくのほそ道」で解説を書いていた。
汽車ポッポの旅行作家ではなく登山やドイツ文学の研究で有名な方だったようで、学生時代お世話になった大独和辞典の相良守峰のお弟子さんだった。

タイトルからすると廃線になった駅のある町の訪問記と思ってしまうが、第2回(「旅」に1年間連載)のタイトルがそのまま本のタイトルになっている。
「綾」(あや)という街が時刻表のバス路線地図には載っているのに、巻末の時刻表には無い。この事を指摘されたJTBが路線図から削除した。その綾へ言ってみようという話だった。広尾や熱塩という今では消えた駅(当時はバリバリの終着駅だった)への旅行記もあるから、まあよしとしよう。ちなみに現在の時刻表では綾行きのバス路線が「復活」している。当時も時刻表に載らなくてもバスは走っていた。このタイトルは編集者が悪知恵を働かせたのだろうか。

目的の街に着くと酒を飲んで数日間逗留する。歩き廻った跡は漫画的なイラストで説明される。
元々辺鄙な場所を選んでいるが、単なる物見遊山の旅ではない。
宇和島の先、城辺では旧制高校の悪友が辿ったであろう遍路道に友の影を重ね、広尾では山岳事故で亡くなった学生の遺族を訪ねる。
現在の画一化された街と違った濃い地方色が描かれると共に、著者の人生と世界観が浮かび上がる。

大竹は学徒動員先だった。投下直後の広島の地獄を彷徨った記憶が生々しく描かれている。
『「原爆許すまじ」という歌がある。私はあの歌が嫌いである。唄っているのを聴くと、怒りが衝き上げてくるのを覚える。あれほどの悲惨を小綺麗でセンチメンタルな歌にまとめて、心理的な玩具にしているが、どうにも許し難いのである。』

この人がもし、現在のクソ菅から市井のプロガーに至るまでのヒステリックで短絡的な反原発の言動を見聞していたら、どんな見解を述べただろうか。「千年に一度の大津波と原発事故を一緒くたのイメージにまとめて、言論の玩具にしているのが、どうにも許し難いのである」とでも言っただろうか。



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