いとせめて

2011年10月24日 15:01

小松左京の「女シリーズ」の中に「待つ女」という作品がある。

その中で、
昔、女学校の寮で寝巻きをわざと裏返しに着て、『いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る』という歌を三度唱えて寝ると、好きな人、恋しい人の夢が見られる、というまじないが流行ったという件がある。
彼女らの間では「"いとせめて・・・"ですか?」で通じている。

永年、小松左京の法螺だと思っていた。


最近、田辺聖子(あの文体に馴染めず、これまで未読だった)の「小町盛衰抄」を読んで、

小野小町の「いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る」
『古今集』恋歌の中でも絶唱である。
衣を返して着て寝ると、思う人を夢にみるという俗信があったという説明がされている。

という記述に出遭った。


試みにネットで「いとせめて」を検索してみると、

『万葉集』に「袖を返して寝て夢を見る」という歌がある」とあり、
この小町の歌では "返してぞきる" となっているので、袖だけではなく衣全体を裏返していると考えられる。俗信・おまじないの類はどんなものがあっても不思議ではないが、「袖を折り返すぐらいなら、いっそ全部を裏返しに着た方が効果があるのではないか、独り寝の夜は誰が見ているわけでもないのだから」という発想と見ても面白いような気がする。

とある。


ルーツを探れば、万葉の時代にまで遡る「由緒」正しい「まじない」だったのか。
ただ小松左京はこの歌を素姓法師の作としている。
古今集では小野小町のこの歌の次に、素性法師の歌が並んでいるので作者を取り違えたのだろう。法螺ではなくとも、小耳に挟んだ位の話だったと思われる。


ちなみにカミさんにこの話をしてみたら、「そんなもん知らん」という予想通りの答えが返ってきた。



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