紀州鉄道

2012年07月24日 11:39

ローカル線に乗るのは、昨年3月の九州満喫切符 でローカル私鉄3泊4日の旅以来で、久しぶりだ。
今回は鉄道の乗り継ぎでなく、車でここまでやってきた。


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紀州鉄道はJR紀勢本線御坊駅の0番ホームから発車する。一日に20往復以上の便があるが、この車両一台が往復を繰り返すという単純なダイヤになっている。


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運転手は制帽だけで制服はないようだ。兵庫県の北条鉄道から譲られたレールバスには冷房が付いているが、一日中炎天下にさらされていて、殆ど用をなしていない。
草に覆われた2条のレールを、30キロの低速でたどっていく。

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次は「学問」。畑の中の無人駅だが、合格祈念用としてこの駅の入場券が売られている。


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その次の「紀伊御坊」が御坊の旧市街の中心にあたる。
車庫があって、この駅だけ複数のレールが見られる。


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同型のレールバスが留置してある。これも北条鉄道から来たのだろう。
今はこの2台で運用しているが、この後ろに、おタカラが置いてあった。


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2009年まで運用されていたキハ603だ。
1960年製で1975年に大分交通耶馬渓線から移ってきた。
宮脇俊三が「時刻表おくのほそ道」で、「三本の私鉄を平等公平に扱うつもりでいても、私たちの関心は紀州鉄道にやや偏っている。三私鉄のうちでは紀州鉄道がいちばんオンボロらしいからである。」と書いていたのはこの車両の事だろう。
もう3年早く来ていたら、同じ車両に乗れた。


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次の「市役所前」から、終点の西御坊まではほんの数百メートルだった。4駅2.7キロを8分で結んでいる。

「運転席のうしろに立って見ていると、遮断機のない踏切が100メートルごとぐらいに煩雑に現れる。家の蔭になっている踏切もある。運転士は前方を凝視している。けれども、歩行者も車も、みんな紀州鉄道をバカにしたようにディーゼルカーの直前を悠々と横断して行く。」

福井鉄道編で70キロのスピードを出すのを見て、「『紀州鉄道の運転手に運転させてやりたいな』と、名取君がひとりごとのようにいった」

同書の時代からは少し改善されたようで、踏切には遮断機がついていた。
しかし速度は相変わらず30キロのままだった。


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ここが終着駅だが常駐している社員はおらず、運転手が傾いた廃屋のような駅舎に入っていった。


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車止めの間からレールがはみ出ている。


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反対側を見ると、鉄橋は撤去されているもののレールがその先へ伸びている。
「時刻表おくのほそ道」の頃は、700メートル先の「日高川」という駅まで伸びていた。
その廃線跡を辿る。


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「西御坊を過ぎると、線路が草むらに変わった。その中に二本のレールが隠見していた」
現役の頃から既にこんな状態だった。路盤は両側の家の庭に浸食されていて、レールが回収されずに残っているのが不思議なくらいだ。

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アスファルトを盛られて歩道と化した所もある。
前をいく背番号2の人は、どうやら同病者らしい。


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日高川駅跡。小野田線の支線にある長門本山駅と同じような状況で、民家の裏庭に突っ込んだものの、道路に遮られてこれ以上行けなくなっている。

ここまでレールが残っているのは意外だった。ホームも残っている。
「終点の日高川は、駅というよりゴミ捨て場に近かった。晩秋の夕べの、うら寒い風が人気のない終着駅のガラス戸を鳴らしていた。」
今の西御坊駅のような駅舎があったのか。


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紀州鉄道の行く手を遮った道路を少し行くと、日高川の河口に出た。
前身の御坊臨海鉄道というネーミングからは、日高の山から切り出した材木をここから船に積み替えるという構想が伺える。


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