アルバムの謎

2014年08月04日 10:15

引き出しを整理していると、写真帳が見つかった。
フィルムを現像・焼き付けに出すと、おまけで付いてくるやつである。
36枚撮りで39枚撮れていて、オマケのは32枚入りなので残りは別途買ったものに入れている。
サービスサイズのプリントをスキャナーで取り込み、画像処理で輪郭をハッキリさせた。


以下アルバムに入っていた順に写真を並べる。

albam1s.jpg
毛越寺へ行ったらしい。へえ、まだユースホステルが残ってる。私が泊まったのは半世紀近く前だった。
プリント裏に日付がなく、ネガ番号がNo37となっている。

albam1-1.jpg
右端の看板から、5月5日に「弁慶力餅大会」が開催されるようだ。

毛越寺の庭園と境内のお堂が何枚か続いて、大きな本堂が出てきた。
お堂の2枚は画像検索で開山堂と常行堂と判明した。

album2s.jpg
ネガ番号No25

album2-1.jpg
どこか判らなかったが、提灯の文字が「東北大本山」と読める。
それなら中尊寺だ。

するとその前のお堂は中尊寺付近という事で、中尊寺で画像検索して
album9s.jpg
ネガ番号No27
赤堂稲荷

album8s.jpg
ネガ番号No26
弁慶堂

と同定出来た。
麓から、赤堂稲荷、弁慶堂、中尊寺と順に巡ったようだ。

album2-3s.jpg
中尊寺本堂の右端の塔婆は平成18年3月に立てられようだ。


album3s.jpg
ネガ番号No23
これが中々判らなかった。
鳥居の外に狛犬があるのは珍しいので「鳥居 狛犬」で検索すると、水沢市(現奥州市水沢区)の駒形神社がヒットした。

album10s.jpg
ネガ番号No22
このお堂もこれだけでは判らなかったが、駒形神社内の塩竃神社だった。
駒形神社の境内はこの塩竃神社だったが、明治になって駒形神社が国幣小社になって移築され、隅に追いやられたらしい。
こんな事まで調べていたのか?

しかし、毛越寺や中尊寺なら判るが、観光地でも無いここへ何故立ち寄ったのか?

その後は田んぼや車窓風景が何枚も続く。かなり移動したらしい。
途中で同じ場所らしい小さな神社が2枚写っているが、特定出来なかった。

album11s.jpg
特定出来ず

album12s.jpg
特定出来ず

album4s.jpg
ネガ番号No8

小高い所で、鳥が沢山居る。この後の2枚を見ると海猫らしい。
すると海猫で有名な青森の蕪島神社が思い浮かぶ。あの石段でも撮っていればハッキリするのだが、
中尊寺でさや堂を撮っていないように、彼はここぞという場所は撮らない。

album5s.jpg
ネガ番号No11

album5-1.jpg
このコンベアーが付いた建造物は住友系の会社らしい。

住友鉱業s
グーグルストリートで八戸市を探して、鮫駅付近で同じ工場を発見した。
ここから岸壁まで行って写真を撮った後、蕪島神社へ行ったに違いない。


ここから2冊目になる。アルバムには最初にマンションの中を撮した写真が3枚(ネガ番号00,0,##)、
その後に旅行の写真が続く。

album6s.jpg
ネガ番号No2
雨かんむりの下に「口」を横並びに3つ、その下に「龍」という変わった名前から、八戸のおがみ神社と判った。


album7s.jpg
ネガ番号No5
「八戸 神社」で画像検索して、三八城神社と判明した。


謎その1
行程

行程は、ネガ番号からすると、マンション内で試し撮りを3枚してから、八戸、水沢、平泉になる。
またネガ番号の順番通りだとすると、マンションに移った後に旅に出たと言う事になる。
しかし毛越寺の池を撮ってから、出る時に大門を撮るというのは不自然だし、
アルバムには行った順に並べるのが普通だ。

撮影とネガ番号とは逆順なのではないか。フィルムカメラの中には、フィルムを装填すると一旦カメラ内の
ロールへ全部巻き取り、撮るに従ってパトローネへ戻していく機種があった。
フィルムを取り出す時に誤って日光にさらす事を防止する為だ。これを持っていたのではないか。
行程は、東京から新幹線で一関へ出て在来線で平泉、その後も在来線で水沢、八戸、であったと考える。



謎その2
何時行ったのか。

彼のブログ2007/7/23付けの記事に
夏休みにどこへ行くかと社内で話題になった時、「で、一昨年に東北地方、四拍五日一人旅とかやらかしたもんですから」
とある。これからすると2005年の夏と言う事になる。
しかし、毛越寺の看板に「5月5日」の力餅大会というのがある。夏に行ったのなら、こんな看板は無い筈。
一昨年だが、夏休みでは無く2005年5月の連休に行ったのか。

同じフィルムに納められたマンション内の写真がある。マンションへの入居は2005年の10月だった。
5ヶ月放っておいて、3枚(すでに36枚撮っている)撮ってから現像に出した事になる。


しかし、中尊寺本堂の写真にある塔婆が平成18年3月に立てられたとすると、最早でも2006年5月という事になる。
これならマンションには既に入居している。


もう一つ。マンションの写真に大型テレビが写っていた。
http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200408/08-0819/
2004/8/19に発表している。

これに関して2007/1/17付けの記事に
3ヶ月ほど前に悩ませられたという前置きで、
「去年と今年の違い。何だソレは。」
「テレビを薄型液晶にした」
文脈からして2005年と2006年の比較で2006年の購入という事になる。
2006年5月説有利。


しかし、去年と一昨年勘違いするかなあ。



謎その3
何故これらの場所へ行ったのか。最大の謎。

駒形神社、おがみ神社、三八城神社は義経北行伝説由来の場所である。
特定出来なかったお堂も、その可能性大。
毛越寺も中尊寺も義経を匿った為に、鎌倉幕府に滅ぼされた奥州藤原氏のもの。

しかし、歴史には全く興味が無かったし、自分の小説でも取り上げていない。
こんな地味な行程で4拍5日も費やせるか? 北行伝説を追うなら竜飛まで行けるやろ。
2005年の大河ドラマは義経だったが、テレビ番組は全く見なかったし。


生きていれば一言聴けばすむ話が、永遠の謎になった。


shitsunais.jpg
マンション内の画像。ソファーが今とは逆に外向きになっている。横浜の夜景を楽しみながら、一人で飲んでいたのだろうか。






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