アルバムの謎(2)~不明だった神社と旅のコース特定

2014年08月18日 06:05

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8月4日の記事『アルバムの謎』では、この小さな神社がどこなのか特定出来なかった。
義経北行伝説に関係する神社の画像を探したが、一致するものは無かった。

方向を変えてこの神社の由来を説明していると覚しき看板の解読を試みた。このサイズのプリントでは、文字が書いてあるという事だけしか判らないが、ここだけを1600dpiでスキャンした。

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アンシャープマスクをかけてみると、最初の1字が判別しづらいが「野神社」と読める。
神社の名前としては「熊」野神社が最もありそうだ。岩手県や青森県の熊野神社を片っ端から調べた。
画像ではヒットするものが無かったが、住所の出ている熊野神社をしらみつぶしに調べるウチにとうとう、
岩手県一関市中里字荒谷の熊野神社』に行き当たった。

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ドンピシャだ。
正面の建物だけかと思ったが、拝殿の後ろに本殿が続いてる。

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彼が撮った写真ではこのように石の鳥居になっており、木造の鳥居とも、「従前」のそれとも異なっているが、
木造の鳥居の先に石の鳥居があるのだろう。

場所はJR一関駅から徒歩で充分行ける場所なのだが、何故ここへ行ったのか、益々判らなくなった。
義経伝説どころか、中里村の鎮守で特段の縁起・由来があるわけではない。


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列車の乗り継ぎにの間に散歩していて、偶然、道端のこの鳥居を見つけて入っていったのか。
しかし方向音痴なのに知らない土地で、盲滅法歩きまわるか?
にしても、一関市内とはいえこんな田舎道までグーグルストリートで見られるとは!!


「旅」のコースを推定してみると、平泉の毛越寺・中尊寺から、東北本線で水沢に行って駒形神社、そのまま八戸へ行ったのではなく、一旦一関まで引き返している。一関に引き返した理由は、釜石線で釜石まで行き、山田線で宮古まで、そこから三陸鉄道北リアス線で久慈へ出て八戸へ向かうコースを取る為だろう。
そしてこのコースは、義経北行伝説のルートと一致している。
列車本数の少ない地域を、綿密な計画を立てずにブラリ旅をしたのなら4拍5日の日程も頷ける。



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熊野神社と八戸の間には、このような車窓風景が3枚続いている。
3枚共高架を走っている。となると全線高架の三陸鉄道の可能性が濃厚である。

三陸鉄道に乗るなら、この山側で無くて海側に座って海岸線の景色を愛でるべきなのだが、
一旦座った席から動かなかったのだろう。

遠くに5月でも冠雪している山が見えるのが気になる。
元々海岸線をトンネルで真っ直ぐに突き抜ける三陸鉄道に、これ程開けた場所があったのか。記憶が定かでは無い。
尤も、私は必ず海側に座るので山側の景色は殆ど見ていないが。



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