百か日に思う

2014年10月06日 12:30

あいつが亡くなって3カ月が経った。今週末は百か日の法要がある。

亡くなって暫くは、あんなシンドイ辛い思いをして生きていたのだから、死んで楽になったとの思いがあった。
旧交を温めるのに似た思いで、遺された物からあいつの行跡を辿っていた。
こちらからは見えないけれど、その辺にいて、我々がする事を見聞きしている。そんな感覚があった。

けれどある時期を過ぎると、「死んでしまった」という事実が大きくのし掛かって来る。
死は絶対不変である。その紛れもない真実にまともに直面して胸が張り裂けそうになる。
一日中ずっとあいつの事が頭から離れなくなる。
追い払わないと生きていけないように思い、物欲でも何でもいいから遮二無二逃げようとする。


そてしまた、あいつの事を色々と思わずにいられなくなる。思い出してやらなくてはならないという気になる。


これを繰り返している。



カミさんは写経を始めた。
四国88カ所の前に、西国33カ所も行ってみたいという。
最近では、カミさんの方が能動的になってきた。




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