壬生川~わが古里

2014年10月29日 10:30

我が家は先祖代々の大阪人である。
祖父の本籍(すなわち曾祖父の居住所)は大阪府東成郡北百済村大字桑津となっている。
その後大阪市の拡大に伴って周辺の町村は市に編入されて区となった。
現在の東住吉区田辺、北田辺、南田辺一帯は大阪府東成郡田辺町という独立した自治体だった。
当ブログに、大阪市に編入された際にそれまでの歴史を編纂した『 田辺町誌 』について書いた事がある
この東成郡が、現在の住之江区、住吉区、東住吉区、平野区を形成している。

しかし、私には古里と呼べる場所が別にある。かっての愛媛県周桑郡壬生川町という町だ。
その後東予市となり、現在は西条市に合併された。
「みぶがわ」では無くて、「にゅうがわ」と読む。昔、朱の原料になる辰砂が採れる川があった。
辰砂(硫化水銀)は丹と呼ばれていた。丹が採れる、丹生(にう)から転化したのだと思う。


母の実家があり、小学校の頃は夏休みの最初の日から最後の日まで40数日間を母とここで過ごし、海水浴や虫取りにあけくれた。
不思議な縁で、カミさんの実家も同じ町内だった。

「あいつ」の葬儀に来て貰ったお礼に久しぶりに壬生川を訪れた。その行き帰りに来島大橋や豊稔池ダムへ行ったのだった。

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今治街道と呼ばれる国道の交差点の向こうに道路と直交した堤防がある。
運河のどん詰まりのような壬生川港の最深部である。

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今はプレジャーボートの溜まり場だが、子供の頃にはポンポン船がびっしり舫っていた。
小さな木造船に焼き玉エンジンを載せ、四国と大阪を行き来して物資を運んでいた。

船から幅の狭い板を渡して陸と行き来していた。
子供も一緒に乗って小さな船の中で一家で暮らしている。
夕餉時になると、甲板に置いたカンテキで焼いた魚の良い臭いがしてくる。
家族全員が船の上で暮らして居るのが非常にうらやましかった。
家が船で、海の続く限りどこへでも行ける。なんと素晴らしい事か。
あの人たちは何処へ行ったのだろう。


DSC02405s.jpg
「壬生川港」と道を挟んで、鷺森神社がある。
戦国前期、河野一族が支配した鷺森城の跡だと言われている。


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樹齢600年の大きな楠もあるが、子供心に印象に残っているのはこの参道の砲弾である。
神社に砲弾。戦後真っ先に撤去されていそうなモノだが、マッカーサーの威厳もここまでは届かなかったらしい。
しかも、子供の頃には真っ赤に錆びていたが、今はペンキが塗られて保護されている。

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ここは当時最も賑わった「新地商店街」。母の実家はこの通りにあった。
半世紀も前の計画に従って道路を拡張し、両側に広い歩道を設けたお陰で商店街の機能をすっかり失った。


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2001年に同じ場所から撮った写真。当時の道の幅は現在の歩道より少し広い程度だった。
左側に止まっている車の上にコンクリートの庇が出ているのが、上の写真で黄緑の車の上のと同じ庇である。
拡張は右側の家並みを取り壊す事で行われ、表通り一列分以上が無くなった。


shinchi2s.jpg
立ち退いた跡地を整地しているのが、現在の写真の右下の場所。
13年経っても未だに更地の侭である。

立ち退き保証金を払い、家を解体し、道路を作って、街を寂れさせた。
この責任は誰が取るのか。
こんな事をしているから、借金が膨らんで、予算(これも借金)が組めなくなり、より大きな西条市と合併した。
しかし、大きな市と雖も黒字であるわけはなく、より多くの借金が出来ただけに過ぎない。
行政も、大型店も病院も皆西条市に移り、旧市街は年寄りばかり残り、ますます寂れていく。
地方都市の典型的な末路を辿っている。



DSC02418as.jpg
更地の向かい、無人となった家の塀を朝鮮朝顔が覆っていた。
憂い事はさておき、このVario-Sonnar T* 16-35mm F2.8 ZAは本当によくボケてくれる。







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コメント

  1. かずさん | URL | -

    Re: Re:壬生川~わが古里

    まほろばさん

    壬生川も、初めは丹生川と書いていたのですが、14世紀に「丹」のつく
    神様をお迎えして以来、同じ文字を使うのは失礼だとして、
    壬の字を使うようになったらしいです。


  2. まほろば | URL | /5lgbLzc

    Re:壬生川~わが古里

    かずさん、こんにちは。

    天川にアマゴを釣りに行っていた頃、途中に丹生神社がありました。
    その他、奈良・三重・和歌山にも丹生神社がたくさんありますね。

    奈良県の宇陀には水銀(辰砂)の鉱山があり、万葉集でも詠まれた
    ようです。
    奈良の大仏にも、水銀はたくさんいりましたし・・・・・・



  3. かずさん | URL | -

    Re: Re:壬生川~わが古里

    Bigboyさん

    奇遇ですね、Bigboyさんの 「母方の実家」にも丹生川がありましたか。
    他にも丹生川という地名は全国に沢山あるようです。我が壬生川も元は丹生川と
    呼ばれていましたが、人為的にこの字に置き換えられたそうです。

    幼かりし日の思い出、大切にしたいですね。




  4. Bigboy | URL | SFo5/nok

    Re:壬生川~わが古里

    私の母方の実家、群馬県富岡市にも丹生川(にゅうがわ)があります。その源流は丹生の貯水池と呼ばれ比較的大きく屋形船や手漕ぎボートなどが有ったと記憶しています。 多分小学生の1-2年生の頃迄に数回行ったことがありますがもうかなり曖昧な記憶となってしまいました。夏休みになると約一ヶ月程母に伴われ必ずこの実家へ行っていました。 丹生川は実家の直ぐ裏を流れていたので、釣りや水遊びでほぼ毎日行ってました。当時は水量も豊富で川床もしっかり見えていましたが、10年ほど前久々の墓参りで通りかかったところ川には葦が生い茂り川床はまったく見えず、当時の面影は皆無でした。

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