私の歴史 その1 ルンペン

2015年02月11日 09:41

父は小学校の教員をしていた。私の通う小学校の。

低学年の時は父とよく銭湯にいった。

その時は、日は既にとっぷりと暮れて、僅かな街灯の明かりだけになっていた。

目の前を、父親と私くらいの男の子が、小さな手押し車を押して横切って行った。
衣服はボロボロで、顔は汚れて表情も判らなかった。
これからネグラへ帰る。そんな様子だった。
あの手押し車の中に、彼らに全財産が入っていたのだろう。


その時、父は私にこう囁いた。
「勉強せんと、ああなるぞ」





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コメント

  1. かずさん | URL | -

    Re: Re:私の歴史 その1 ルンペン

    ロックシップさん、こんにちは

    お出で頂いてありがとう御座います。
    岩船山って両毛線の線路のすぐ近くにあるんですね。


    > 本人の好む境遇なのか、否、やむを得ぬ結果なのかは定かではありませんでしたが、一般的な境遇からの転落は紙一重だったのかもしれませんね。

    昭和20年代も、私が物心ついた後半になると、少しは落ち着いていました。
    それでも、今の「際限無き福祉」の時代とちがって、何もせずに生きる事はできませんでした。

    「福祉」というオブラートで包んで誤魔化していますが、
    「富の再分配」という概念は共産主義そのものなんですけどね。



  2. ロックシップ | URL | ATcBatL.

    Re:私の歴史 その1 ルンペン

    かずさん、こんばんは。
    いで爺さんつながりでたびたび訪れさせていただいておりました。

    ルンペン、東京でもいましたね。どうにもひどい匂いとその態度の図々しさで子供心に覚えております。
    本人の好む境遇なのか、否、やむを得ぬ結果なのかは定かではありませんでしたが、一般的な境遇からの転落は紙一重だったのかもしれませんね。
    日本も豊かになりました。

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