西国33箇所 その4 第27番書写山円教寺

2015年06月08日 09:57



一乗寺から円教寺のロープウェイ乗り場へ、地道を走って3~40分で着いた。

DSC03627s_20150604130033bf4.jpg
山陽自動車道の下に広大な無料駐車場がある。
登山道もあるが、お参りの人もここは往復900円のロープウェイを利用する。
ゆるキャラも姫路城をあしらっている。

発車間際に団体さんが乗り込んできて満員になった。
JR東海のツアーなので名古屋からの観光客だ。ここは全国区らしい。


DSC03689s.jpg
371mを一気に駆け上がる。


DSC03631s.jpg
ロープウェイの駅を出ると直ぐにゲートがあって入山料500円を徴収される。
前回の観音正寺や谷汲山では境内に入るのに入山料を徴収されなかったが、今回は両寺とも必要だった。
京都の宗教的機能を失った観光寺のボッタクリ料金を思えば、どうと言うことのない「木戸銭」ではある。
取らない所は取ると益々客が減り、取る所は取っても減らない。USJやTDLが儲かっているのに、
更に値上げするのと同じ原理である。格差はより拡がる方向に動く。


本堂の摩尼殿までは15分の山道を歩く。500円払えばバスで送迎してくれる。
道の両側に西国33箇所の本尊の観音像が並べられて、ここだけで33箇所廻った事にできる。


DSC03687s.jpg
一括で鋳造したものではなくて、一体一体姿の異なる手の込んだ造りで見栄えがする。


DSC03632s.jpg
第33番谷汲山の十一面観音が終わると、直ぐに仁王門が現れる。



DSC03685s.jpg
そこから今度は長い下りの坂が続く。帰りが思いやられる。


DSC03638s.jpg
ようやく摩尼殿に到達する。ここも天台宗の別格本山である。
本山は勿論比叡山だが、ここは西の比叡山と呼ばれている。
それだけ規模が大きい。


DSC03640s_201506041302366fa.jpg
大きく空中に張り出すので、京都の清水寺のような舞台造りになっている。
大正時代に焼失し、昭和初期に再建されたので重文でなく登録有形文化財になっている。


DSC03654s.jpg
内部の造りは一乗寺と同じだが、新しいので木札は無い。


DSC03643s.jpg
人が多いので、お参りの邪魔にならぬようこちらの隅でお経をあげた。


DSC03655s.jpg
回廊の幅が広い。
しかし山の中なので見晴らしはあまりよくない。


DSC03662s.jpg
摩尼殿の裏から山道が本堂まで続いている。
摩尼殿は観音堂で、この大講堂が本堂である。


DSC03664s.jpg
左隣に食堂(じきどう)。二階建てなのは珍しい。


DSC03663s.jpg
更に左隣が常行堂。


DSC03660s_20150604130308f0c.jpg
これらの3つの建物がコの字型に並んでいる。
3つとも室町時代に再建されたもので重要文化財に指定されている。
今立っている辺りには五重塔もあったというから、相当な大きな伽藍だった事が覗える。


DSC03668as.jpg
食堂は宝物館になっている。事情は不明らしいが姫路城の三代目鯱瓦が展示されている。意外と小さい。


DSC03670as.jpg
食堂の二階の回廊から見ると、常行堂の舞台が張り出している様がよく判る。


DSC03669as.jpg
反対の大講堂側。


この寺、確かに規模が大きくて立派な建物が並んでいるのだが、奈良の寺のように大事されて年月を経たというより、
使われずに放置されてきた感がある。

その答えは食堂の説明文にあった。
秀吉が播磨入りした時に黒田氏の姫路城だけではなく、この寺も接収した。
建物は打ち壊され、仏像は持ち出されて行方不明になったという。
比叡山を焼き討ちにした信長が睨んでいたから、秀吉も寺に甘い顔ができなかった。
寺領も2万7千石から、一気に5百石に減らされた。

江戸時代になってようやく、ここに墓所をもつ本多家や松平家といった姫路城主が修復を行ったが、
西国の要所を固める城とあって、ひんぱんに転封が行われ大規模な修復は行われなかったのだろう。
また最後に入府して最も長く姫路を治めた酒井家の墓所が、ここにはない事も影響しているかもしれない。



DSC03671as.jpg
食堂の裏手から更に奥に行くと、開山堂がある。ここが奥の院だ。
祀られているのは、この寺を開基した性空上人。
江戸時代に再建されたもので、これも重文


DSC03672as.jpg
北西を除く三隅に力士像の彫刻があり、左甚五郎作と伝えられている。
立体感があって、日光の眠り猫よりよっぼど「らしい」作品である。
千社札を剥がした跡がある。


DSC03676as.jpg
開山堂の右手に茅葺きのお社が、並んでいる。
性空上人に仕えた「童子」を祀ってあるという。これも重文。
童子ってお稚児じゃないの・・・・・・・。


撮影[α7s+SEL24240]Capture one で補正




関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://fugaku2.blog74.fc2.com/tb.php/2208-2bd1614f
    この記事へのトラックバック