壬生川~わが古里 Part2 東予国民休暇村

2015年06月26日 10:36



DSC03831s.jpg
翌20日、法要の後全員で墓参り。
ここの墓はみんなでかい。
一基辺りの区画が大きいから、大きな墓が建てられる。
誰かが大きな墓を建てると、以降は横並びで小さな墓は建てられなくなるのだろう。
「分家」と「母屋」「本家」の意識もそれを助長する。


DSC01904s.jpg
「なおらい」に東予国民休暇村へ行った。今は休暇村瀬戸内東予というらしい。
昭和30年代、海岸沿いに今治経由で西条と松山を結ぶ国道196号線(通称産業道路)が整備されたのと同時期に出来た。
「瀬戸内工業地帯」の一角を担う市として、東予市が成立したのもこの頃だった。

しかし、10年程前に西条市と合併して東予市は消滅した。
「東予」の名を残す貴重な施設である。
地元では単に「休暇村」と呼ばれて親しまれている。
以来、建物は何度か手が入れられて現在に至っている。
地域外からの宿泊客だけではなくて、宴会場や日帰り温泉として地元の需要があるのだろう。



DSC03911s.jpg

DSC03908s.jpg
海岸の高台にあるので景色は良い。


DSC03845s.jpg
3階の温泉には源泉から温泉がパイプで供給されている。
少しぬるめであるが、その分長い時間浸かって景色を楽しむことができる。


DSC03848ds.jpg
隣の露天風呂から一枚。
「休暇村」の下の海岸は海水浴場になっている。
「唐子浜」や「桜井」の方が大きな海水浴場だが、自転車で休暇村の坂を登らなくてはならない。
脱衣場もシャワーも無いが、手軽なので従兄弟達とよく来た。

右端の高架は「松山自動車道」と「しまなみ海道」を結ぶ高速道路で、あと少しで完成する。
この道路建設の一環として、国道196線が今治市内をパイパスするルートで造り替えられた。
新しい建物はバイパス沿いに建てられ、今治市の旧市街はすっかり寂れている。

壬生川も東予市の旧市街で、196号線の整備とともに賑わいは国道沿いに移った。
その国道沿いの賑わいは、今度は高速道路のインターが完成するとその周辺に奪われた。

壬生川の町を散歩していても、人と出会う事が少ない。
子供の歓声なぞ遠から聞かない。
昔は足を運ばなくとも、乳母車を押した行商の人からいくらでも野菜や魚介を調達できたが、
いまやスーパーもインター近くに移転してしまって 、下着等の日用品さえそこまで行かないと手に入らない。

徒歩圏にスーパー・コンビニ無し、衣料品店無し、魚屋・八百屋無しで、医院だけはどこにでもある。
高齢者は地方都市へ行けと政府は言うが、車社会となった地方都市は、都会より住みにくい。
高齢者の保険利用で儲けているのだから、医院で高齢者向けに野菜や魚を販売させたらどうだ。勿論「義務」付けで。



[α7S+SEL24240]
2枚目のみ[NEX-5R+SEL1018 換算15mm]




関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://fugaku2.blog74.fc2.com/tb.php/2217-bbf9a40e
    この記事へのトラックバック