患者を人間と思わぬ医者

2015年09月02日 09:43



小説に続いて「あいつ」事でもう一つ。

「あいつ」が亡くなってから1年余が経った。
その間に無念に思う気持ちが強くなってきた事がある。
「あいつ」は横浜市立大学附属市民総合医療センターで人間と見なされていたのだろうか?


(以下不愉快と感じられるかもしれない内容があります。おそれのある方はこの先の記事を読まないで下さい。)



消化器センター大島貴准教授

その1)治療拒否
ここしか頼るところが無いという土壇場になって
「以前トラブルがあり、ここで手術しないのがお互いに良いのではないか」と治療を拒否した。
素晴らしい病院と許せない医者 その1

その2)パワハラ事件
そのトラブルとは医者の患者に対するパワハラ
「30にもなって親に付いて来てもらうのか」などと、1時間も動けない患者にパワハラ。
こんな事言われて、黙っている方がおかしい。
流石に温厚な息子も腹に据えかねて、「もう2度と目の前に現れない事を約束して」欲しいと言った。
素晴らしい病院と許せない 医者 その2 


その3)患者の命より症例を優先するノーリスクの医者
大島貴准教授は「あいつ」の病気を平滑筋肉腫ではなくてGISTにしたかった。
患者にとっても、GISTならある程度延命の希望がある。
しかし、即刻肺の手術をしないと手の施しようがなくなるという位腫瘍が大きなっている時に、のんびり検査を待っていられのは、「他人の命」だからだ。
GISTで、薬が効いて縮小し、片肺の全摘出を免れたら治療方針を提案した消化器センター大島貴准教授が賞賛され、あちこちのペーパーに術例として投稿する。
縮小しなかったら。
彼は何もしない。患者は緩和ケアのある病院へ転院させられて、もっと短い余生をベットの上で呻吟するだけだった。
誤診ではないので大島貴准教授にリスクはない。その上彼は手術をしない外科医だから、そこでのリスクもない。
最終的なリスクは総て患者とその家族が負う。

大島貴准教授はこれを「特別な扱い」と言った。
何のことはない自ら担当医となる事で「症例」を他の医者に取られない、自分の為の「特別な扱い」だったのだ。
素晴らしい病院と許せない医者 その3~人の命を弄ぶ


その4)初めて会ったとき。
看護婦の雑談の声で説明が聞き取れないので、「静かにさせて欲しい」というと、「聞こえるような声で話してる」と取り合わない。

その5)カルテ改竄
病棟を担当しない医者。すなわち手術をしないのに、直前まで自分が執刀するかのような言動で誑かす。
実際手術は別の医者が行ったのに、カルテには大島貴准教授が執刀したと書かれていた。

その6)別の医者から「医者と相性が合わないときは「曜日が合わない」と言えばわかる筈」とアドバイスを貰った。
しかし、「曜日を変えてくれと言われても、別の曜日には手術がある」。
いけシャアシャアと嘘をつく。

その7)私はいまでも「まとめ」という言葉を聞くとゾッとする。その原因は大島貴准教授にある。
ある日、判りにくい説明が終わった後、「まとめると」「こういうことですね」と言うと、いきなり激怒した。
訳が分からない。
ようやく激怒が収まって曰く「まとめると言ったから」
自分が理解しているのは、こういう事だという意味で「まとめる」と言ったのだが。


ただでさえ、精神的に参っている患者とその家族に対して、よくもこれだけ自分勝手な言動がとれるものだ。
呼吸器センター大島貴准教授とって、自分の言葉に総て「ハイハイ」と言わない輩は「人間ではない」「死んでも構わない物体」だった。

最後の診察で大島貴准教授に「ガンセンターに紹介したろか」(言葉通り)と言われた。
こんな言い方をされるほど親密な間柄ではない。
私達3人は無言だった。それぞれがそれぞれの判断で決めた行動だった。
大島貴准教授にとっては、これも「トラブル」だったのか。
不敬罪というわけか



整形外科 伊藤医師

昨年1月(まだ、こんな最近事だったんだ)、急に尿が出なくなって日曜日に市民総合医療センターに駆け込んだ。
仙骨内の腫瘍が原因だろうという事で緊急手術になった。
本人は気が進まないようだったが、一日の遅れで下肢が麻痺するというので手術をする事にした。
問題はその後。
やっと普通の世界に戻ってきた
実際はこんな綺麗事ではなかった。
患者側が生きている間は、どんな害が及ぶかも知れないので何があっても我慢せざるを得ない。
書き方もマイルドになっている。

その1)患者を眠らせないのがルール?

手術後2日目。激痛と、それによるパニックでベッドに手足をぶつける。
少しでも気持ちがいいというので身体を指先で軽く敲いてやったり、さそってやったりするが「殺してくれ」と叫ぶ。

疲れと眠剤でようなく眠った(意識を失った)と思ったら、夜の12時頃に看護婦が点検に来る。
カミさんと息を潜めて、起こさないようにしている。
拒否した。

夜中の3寺に別の看護師がまたやってきた。
やむを得ず部屋に入れたが、点検がしつこい。目視だけで無く身体の向きを変えようとする。
とうとう目を覚ました。
また地獄の始まりだ。

手術の翌々日になって、やっと病室に来たと思ったら開口一番、「看護師の点検をいつまで邪魔する積もりですか」

患者の苦痛が全く伝わっていない。
点検の時間が、午前0時と午前3時になんて無茶苦茶だ。
苦痛を与えて眠らせない。
拷問だ。

大方ワッチ間の連絡ミスが原因なのだろうが、その尻を患者や家族に持ってくるとはどういう事だ。


その2)「麻薬が効かない痛さ!」そんな事最初に言えよ

とにかく痛みを何とかしてくれと言うと
「何時効くようになる(痛みが軽くなる)か判らない。待つしか無い」
絶句
「麻薬が効かない痛みがあるなら、最初に言え!!」

人の足は3年踏まれても痛くないというが本当だ。


手術そのものも、数年生きるのでないと意味が無い。
本人は最初から乗り気で無かった。
術後半年で死ぬなら、手術そのものも、やらんほうが良かった。
尿閉が治ったと言っても、目一杯キバッてやっと出る程度で、直ぐに再発した。
痛い目をした「あいつ」だけが、総てをひっ被された。



結局、伊藤医師も手術の実績を積んでおきたかったのではないか。

仙骨切除手術は成功、だが痛みは術前よりひどくなって」のようにハッキリ言う医者も居る。
酷い話だ。量子線が使えるなら手術は必要ない。


患者側は、生きている間は、どんな仕打ちをされるか判らないので我慢する。
それを逆手に取って、人を人と思わない医者が居る。
治療に競争のない健康保険制度がこんな医者を生み出した。








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