西国33箇所 その6 前編 第30番 巌金山宝厳寺~船で行く寺

2015年10月09日 01:33



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本来ならもう既に第3回目の四国88箇所車遍路を終えているはずだったが、今日は滋賀県の今津から船で西国33箇所札所の宝厳寺に向かう。

2週間ほど前に家の階段から落ちた。
落ちた時の記憶が飛んでいるのと、その後2日間は吐き気と頭痛が強かった。
それでも、踊り場のある階段なので、普通の半分の落差で済んだ。
まだ眼精疲労がするので、一気に長時間運転の四国ではなく、比較的近場でテストする事にした。

京都東ICからの湖西道路は一般道だったが、高速道路の出来損ないのような道で、信号はなく制限速度は70キロ。
家から2時間程で今津の遊覧船乗り場に着いた。

今津は若狭から京都へ繋がる「鯖街道」の中継地で、荷物はここで船に積み替えられて大津を経由して京都へ向かった。

宝厳寺は琵琶湖の北辺に近い竹生島にある。

今津、竹生島と言えば、聞き覚えがある。
旧制三高(現京都大学)の寮歌「琵琶湖周航の歌」の3番に「今日は今津か 長浜か」とあるし、4番には「古い伝えの 竹生島」がある。
似たような歌に「琵琶湖哀歌」があるが、こちらは旧制四高(現金沢大学)のボート部が遭難した事件を歌っている。
この事件を扱ったミステリ-が「浅見光彦」シリーズにあったなあ。

その竹生島へ渡るには今津からが、もっとも距離が短い。


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竹生島は思っていたより、ずっと小さな島だった。
近づくと柱状節理が見られる。玄武岩で出来ているようだ。
琵琶湖は断層で出来た湖であるが、玄武岩は火山性である。
湖底の地脈は複雑なようだ。


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右端へ回り込んだところに船着き場があった。


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船を下りると直ぐ目の前の絶壁に堂宇が展開している。


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あの三重塔までなら160段以上ありそうだ。


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鳥居の向こうには、早くも石段が待ち構えている。

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一段の高さが高くて見た目よりきつい。
こんな所で落ちたら、それこそ命に関わる。手すりを掴みながら進む。


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鐘楼も、石段脇にある。


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ようやく、大きな手水場の向こうに本堂が見えた。


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堂々とした立派な建物で、天井もこれまで見てきた寺より高い。
ただ、ぶら下がっている提灯には少し違和感がある。これまでの西国33箇所の寺は普通の丸提灯で、こんな四角のはむしろ四国88箇所でよく見る。


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小さな姫だるまの中に願い事を書いた紙片を入れておくらしい。



納経を済まして、一応「用事」は終わりと思ったら違った。

ここの本尊は弁財天で、西国33箇所の本尊は下の観音堂にあるという。

思いついて直ぐ出て来たので「予習」をして来なかった。
この竹生島には、宝厳寺(ほうごんじ)と都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)がある。
神仏習合で、元々は一つの「寺」だったが、明治の廃仏毀釈で竹生島神社となっていたのを、
古来の名前である都久夫須麻神社に替え、宝厳寺は取り壊される事になった。
しかし全国の信者の反対で、それぞれ別の法人として残されるようになり、弁財天は宝厳寺に残った。
ここの弁財天は、宮島、江ノ島とならんで「日本三大弁才天」とされている。


お寺の本尊が弁財天なんておかしいと思ったていたが、そういう経緯があったのか。


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やれやれ、せっかく上がってきたのに、この急な階段でまた下へ戻るのか。

まいいか。秀吉ゆかりの国宝「唐門」や舟廊下は見に行くし、船に乗るには降りなきゃならない。

しかし、カミさんも私も石段上りで集中力を欠いていたようだ。
あの石段を2往復する羽目になるとは思っていなかった。

(続く)

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