27番 神峯寺~ちぐはぐな寺 四国88箇所車遍路(23)

2015年10月26日 01:15

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10月16日
国道から脇道にそれ、どんどん山に上っていく。
鉄道のスイッチバックのようなつづら折れの山道で、殆ど直線区間が無く直ぐに180度のターンを強いられる。
カーブもかなりの傾斜があり、対向車が来てバックで戻るのは難しい。


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12時45分神峯寺到着。
この先に160段の石段が待っているが、駐車場からここまでの上り坂も結構きつかった。
歩き遍路さんには笑われてしまいそうだが、1日に廻る寺の数はこちらの方がずっと多く、石段昇降もそれだけ多い。
肉体へのオンオフのサイクルがキツいのである。
等と下らぬ屁理屈を捏ねてみる。


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本坊到着。右手の丘の上まで160段の石段が続いている。


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鐘楼脇の「名水」で喉を潤す。


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途中で振り返る。太平洋まで見渡せる絶景だった。


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本堂は四面に破風を持つ入母屋造りで、更に正面には唐風の庇が付くという凝った造りをしている。
由緒のありそうな建て物だが、この寺は明治の廃仏毀釈で一旦廃寺となっている。
その後再建されたものなので、文化財の指定等は受けていない。


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本尊が見えるが、本物は秘仏なのでこれは前仏だ。


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その隣が大師堂かと思ったが、違ってた。経堂とある。


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大師堂は一旦石段を降りた別の場所に建てられている。


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お大師様がよく見える。


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大師堂の前に「お迎え大師」の像が建っているが、その前に「お砂ふみ」の石版が置かれている。
88箇所の各寺の砂利を集めて、この石版を踏めば88箇所総て廻ったのと同じ御利益があるという。

足の悪い人に喜ばれると思ったのだろうか。
平地にある寺ならとともかく、土佐の遍路転がし真っ縦(まったて)と呼ばれる急な山道を上り、更に160段の石段を上がって来る人に、何という安直な「解」なのだろう。


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石段の両脇には綺麗な植え込みがあり、下の池には緋鯉まで入れられている。
参拝者の眼安めになっている。


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しかし、石段の途中に切り倒された大木の切り株がある。

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ここにも。

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これは、数年前に放送された番組の1シーンだが、切られた木がちゃんと生えている。
最近切り倒されたのだ。

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自分たちが造ったこの庭の景観を優先して、樹齢数百年のご神木を切り倒したのだとしたら、
とんでもない糞坊主共だ。


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来たのと別の道を降りたら、畑の真ん中に大きな石造りの鳥居が建っていた。
「神峯神社」の参道入り口だ。


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神峯寺の山門脇に、対をなす鳥居があった。

神仏分離令で神峯寺は壊され、その上に建っている神峯神社が残った。
本尊の十一面観音は金剛頂寺に移され、神社が札所となっていた。
その後廃仏毀釈の嵐が収まって明治20年に寺が再建された。
今も秋の大祭時には、山頂から4kmの道を神輿が担ぎ降ろされるというが、栄華盛衰は明らかだ。


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音がするので振り返ると、列車が高架を走ってきた。
土讃線の後免 から 奈半利まで結んでいる、土佐くろしお鉄道の阿佐線だ。こんな所を走っていたのか。


[α7S+SEL24240]Capture oneで補正




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