38番 金剛福寺~最南端の札所 四国88箇所車遍路(28)

2015年11月05日 01:25



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10月28日
11時39分。岩本寺を出てから約2時間で着いた。行程通りだ。
道は概ね良かったが、最後の県道は道幅が一定せず大型トラックが行き交うのに、路地のような対向不可の部分が繰返し出てくる。
高知県随一の観光地なのに、あれでは連休中なぞはまともに車が動かないだろう。


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大きくて立派な本堂だ。


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ここも蔀戸は空いているが、厨子の扉は閉まっていて仏様は見えない。
仏様の見られない「本堂」とはね・・・・・・・・。


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その手前に亀の石像。観音浄土にいちばん近いという事らしい。


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亀があるから池があって、大きな石と建物がその周りを取り囲んでいる。

ここへは学生時代に来た事がある。その頃とイメージと全然が違う。
まあ、半世紀も経っているのだから違っていて当然だが。
当時は近くに適当な宿泊施設がなくて、ここのユースホステルが流行っていた。
足摺岬が観光地として拓けて近くにホテルも沢山でき、今は宿坊もやっていない。
この寺もお遍路で潤っている。
観光に来て、ご朱印を記念に貰っていく人もいるのかも知れない。


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本堂の横に古びた多宝塔がある。


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 その奥に見覚えのある和泉式部の供養塔があった。
百人一首に「あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」という歌が残っている。

落ちぶれて、京からここへ来て死んだのかと思っていたが違った。
生前に髪の毛を納めて供養塔を建てた。逆修塔というらしい。

天皇の皇子2人と身分違いの恋に身を焦がし、同僚の紫式部から「素行が悪い」と批判されている。
この歌も、そんな恋愛遍歴の中で相聞歌として使われたのだろう。晩年は不明であるようだ。


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その隣に句碑があった。芭蕉だと寺の人が言ったが、定かではない。


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本堂の隣が大師堂かと思ったが違っていた。大師堂を探して池の周りを一巡りする。


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これも違う

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これは・・・・鐘楼。凝った造りだ。


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一番端にあった。


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お大師様は居られた。
観光客の多いところだが、ここまでは入ってこない。
貸し切りでお経をあげる。


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香炉も、その建屋も鋳物。何と豪勢な。


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成る程、こうして池に映ったお堂を眺めよという事か。


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こちらは駐車場前の、坊主が居る本坊。
石が嫌と言うほど並べられている、真ん中の白い奇岩はなんだ・・・?
住職は石に凝っているらしい。
一心寺の山門を挙げるまでも無く、坊主が金を持つと禄な事をしない。


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車に帰るとネコが寝ていた。
アスファルトのぬくもりが丁度良くて、陽が当たる所は暑いらしい。
馴れているのか、足音を立てて近づいても眠そうに片眼を半分あげるだけだった。



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