61番香園寺~新興宗教の本部 四国88箇所車遍路(42)

2015年12月04日 01:39



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11月10日
14時52分到着
本日最後の寺がこの先にある。
道の右、そして左奥に大きな駐車場がある。
この大きな石の柱は昔と変わっていないけれど、寺は全く変わってしまっている。


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本堂も大師堂もない。
この新興宗教の本部のような建物が、真言宗のお寺なのだ。

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献灯・お香台も変わっている。
六角形の各辺に灰の畝があってそこへ線香をさす。


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この寺の収入源は安産祈願だという。


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鐘を突いてもいい寺では音を聞き比べている。
ここの鐘は余韻が異常な程長い。余韻の音圧レベルが高くていつまでも聞こえている。
鐘には「子安大師」という4文字以外、外も内も文字や飾りが刻まれて無くツルリとしている。
表面を伝わる音が乱れにくい所為だろうか。



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ご本尊の大日如来、脇侍として後ろに観音や不動明王


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そして右側に厨子に入った大師像が安置されている。
これだけ全部見せてくれるのはここだけだろう。
キンキラキンの飾りだけ見せて厨子の扉は閉めたままという寺が多い。
隠して何の得があるのか。
見せても減るものではないとはこのことだ。



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ここの本堂は広い。
宿坊は250人収容できる。
その人達の朝のお勤め使われるのだが、外観同様内部もまるで新興宗教の本部だ。
檀家の人達はどう思っているのだろうか。


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学校の校舎のような社務所だ。
上の階は宿坊になっているのだろう。

この寺は母が学童疎開に付き添って来ていた。
それで昔、壬生川から自転車で来た事がある。その時は普通のお寺だったのだが。
ただ正面に本堂と大師堂があって、左側に社務所という配置は変わっていない。
小窓に磨りガラスが嵌まっていた事だけが妙に記憶に残っている。
季節は夏だったはずだが、まだ貧乏寺の時代で寒々しい景色だったのだろう。




[α7S+SEL24240]Capture oneで補正






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