82番根香寺~モミジの寺 四国88箇所車遍路(61)

2016年01月10日 10:15



11月24日
カーナビで一宮寺から根香寺を案内させると海岸の方へ向かうが、意外にも山の中へ入っていく。
五色台の山の中に次の82番札所根香寺と83番札所白峯寺がある。

このお遍路シリーズではGoogle Mapをカーナビ代わりに使っている。
根香寺という標識は立っていたが、ナビはまだ先だというのでどんどん登っていく。
すると何もない地点で目的地到着になった。
Google Mapのエラーのようだ。
曇っていて午後5時になる前に日が暮れそうだというのに、なんちゅう事をと思いながら、標識を見た場所へ戻る。

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15時40分根香寺到着
山門のすぐ横が駐車場になっている。


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仁王さんのいる山門だが、
後ろを振り返ると、


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妖怪がいる。
人や家畜に危害を加えていた牛鬼という化け物がいて、山田蔵人高清が弓で退治したてという伝説がある。
寺にはその牛鬼の角と呼ばれるものと、牛鬼の姿が描かれた掛け軸が伝わっている。


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山門を入ると参道は一旦降りて再び上る。
両側に掃き寄せられたモミジの落ち葉の中を歩く。


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坊さんが階段の掃除をしている。
木の高い所にある葉は赤いが、下はまだ青い。
掃いても掃いても次々に落葉してくるという状態が当分続きそうだ。
ご苦労様です。


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結構な数の石段を上がって最も高い所に本堂がある。
この本堂の変わっている所は、


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本堂と回廊が一体になっていて、正面から回廊を廻らないと本堂に行けないようになっている。


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その回廊の地下には、信者が寄進した何万体もの観音像が並んでいる。
その数に圧倒される。


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本尊の重文の千手観音は秘仏になっていて、これは前立ちだろう。


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境内はいくつかの段になっていて、大師堂や他の堂右は一段下にある。
晴れていれば素晴らしい景色なのだが。


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白猴欅(はっこうけやき)
智証大師が寺を創建した時に、この樹を伝って下りてきた白い猿が大師を手助けしたと言われている。
枯れてしまったが、幹に屋根を付けて保存されている。


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五大堂の中に五大明王(不動明王と4体の夜叉明王)が祀られている。

空海がこの五大堂(花蔵院)を創建したとされている。その後甥(あるいは姪の子供)の智証大師が本堂(千手院)を創建したとされている。
根香寺はこの2つを合わせた総称になっている。
智証大師は天台宗だったので、この寺は天台宗になっている。

叔父は真言宗の創始者、甥は入唐八家として最澄と並ぶ天台宗の高僧。
弘法大師 空海は774~835年
智証大師 円珍は814~891年
なので2人は会っていたはずだが、どんなやり取りがあったのか興味深い。
「お前なんで最澄の宗派になんか入るねん」などと低次元の話は無かっただろうが。

末寺99院を有する大寺院となったが、兵火に遭って衰退し、讃岐領主の生駒一正と初代高松藩主の松平頼重によって再建された。
今日は長尾寺からずっと松平頼重の影につきまとわれている。
讃岐12万石はどこまでなのだ。
生駒一正の時代は17万石でほぼ現在の香川県に相当する。
松平頼重は12万石で東讃岐という事になってる。
西讃岐は京極家が丸亀城に5万石で入っている。
坂出市辺りが境界だったのだろうか。


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大師堂の建物はちょっと変わっている。
鉄筋コンクリート造りだ。


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モミジの参道では、あのお坊さんが階段を終わって石畳のモミジを左右に掃き除けていた。



[α7S+SEL24240]Capture oneで補正


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