断舎利が進まない

2016年03月28日 09:45



「あいつ」が「最後の帰省」の時に使った部屋はそのままにしている。
部屋を用意する際に出した荷物は段ボール箱に詰めてあるが、ソロソロ片付けないといけない。
元の場所は塞がっているので、棄てない事には収まらない。
ところが「棄てる」となるとそなかなか踏ん切りがつかない。


本を棄てようと思うと、その本一冊だけでなく関係のある本が何冊も出てくる。
それはシリーズだったり、テーマの関連性だったりする。
それを含めて全部棄てるかどうか悩む事になる。
こうなるととても機械的には選別できない。



我々の年代は放送を録画・録音するのが習い性になっている。
ノーマル、S-VHS D-VHSと数十年に渡って録り貯めたビデオテープがある。
今や地上波もハイビジョンの高解像になっているが、D-VHSのHSモード以外は全て720x480以下の標準画質でしかない。
既に4K放送が始まっている時代に、いまさら標準画質のコンテンツなぞに存在理由はない。
と考えるのは些か早計で、世の中には標準画質で充分なソースが山ほどある。
ドキュメンタリーや演芸ドラマ等々、普通は撮られた時点で画質は固定される。
規格が変われば流通する画質も向上するのは、フィルムに光学的に記録された映画だけである。
磁気的に記録された映像は最初に記録された規格が最高画質である。

また本と違って図書館というような便利なものがない。
今、棄てて仕舞えば二度と見ることは出来ない。
こう思うとどのビデオも棄てられない。
これでは、何時迄経っても棄てるものが決まらない。
「D-VHSのHSはBDより綺麗じゃないか」なぞと思うともう駄目だ。



結局最後は、寿命の残り時間との兼ね合いを考えるしかない。
「残せばゴミ。死ぬ迄にもう一度、見たい読みたいと思う時がくるのか。」

まあ最後には、無ければ無いで済むと達観できるようになるのだろうが、
それまでは「判断力なき決断力」の轍を踏みたくはない。
 


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