66番雲辺寺~手を加えすぎた寺 四国88箇所車遍路(76)

2016年06月08日 10:03



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15時33分雲辺寺ロープウェイ駅に到着
この道を進めば車でも上がれる。


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毎時0,20,40分の発車で、最終は17:00と納教所の閉まる時間と同じだ。
弥谷寺で予定を1時間もオーバーしてしまった。
家を計画より1時間早く出て来たので帳尻は合ったが、予定通りに出てもう1時間遅くここに着いていたら万事休すだった。

大きなゴンドラは冬季山上へスキー客を運ぶ。
太龍寺、八栗寺のロープウェイ同様、所有者は寺で四国ケーブルがスキー場と合わせて運営している。
スキー場も所有者は雲辺寺なのではないだろうか。


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15:40、10人程のお遍路を乗せて出発。


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途中下りのロープウェイとすれ違うが、あっという間の凄いスピードだった。


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約7分で、高野山と同じ900m級の山頂に到達する。

雲辺寺は四国88箇所中最も高い所にある寺で、「四国高野」と言っているらしい。
太龍寺の「西の高野」と張り合っているようだが、考えてみると同じ高さの所にあるから同じように価値があるというのは、全くナンセンスではないか。
ま、高野山もあれだけ人が多くては京都の観光寺と変わらないが。


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ロープウェイの駅を出たところの道路が徳島県と香川県の県境になっている。
ここまでの「参道」は香川県だったが、雲辺寺そのものは徳島県にある。
カーナビに雲辺寺を入力しょうとしたら、徳島県で検索しなくてはならなかった。

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参道には夥しい数の五百羅漢が並べられているが、他所と異なりどれもこれも非常にリアルに造形されている。
こんな明るい所でも、「目があうと」ドキリとさせらせた。


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中国風の石塔の周りに五百羅漢が集結している。


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ロープウェイを降りてからどんどん坂道を下って行くと、ピカピカの山門があった。
以前来た時にはこんな所に山門はなかったし、もっと古いものだった記憶があるのだが。


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石段を上がるとこれも新しい鐘楼がある。
しかも、突いてはいけないとある。
周りに家が建てこんでる訳じゃなし、禁止の理由が分からない。


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その奥に本堂ではなくて、大師堂。
山門の正面に大師堂っておかしくないか。



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段差が無さすぎて歩きにくい石段を歩いてコンクリート製の本堂へ。
これも以前は無かった。


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本尊の千手観音の代わりに石像?の観音像。眷属は背後のショーケースに並べられている。

戦国時代、土佐の長宗我部元親がここの住職に四国統一の抱負を語ると、「お前の器量では土佐一国が相応しい」と言った。
随分と生意気な坊主だが、戦乱は殺生と火事を生む。寺を預かる坊主としては最も避けたいところだ。
そう考えると、安国寺恵瓊や太原雪斎のように軍師となる坊主の方がレアで、この住職がむしろノーマルだったのでないかと思える。
現に、当時の雲辺寺は元親の乱で炎上した。



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ん、水で手を洗うな飲めと。
大師が掘り当てたというマユツバは置いとくとして、常時出ている湧き水を飲料専用とはどういう事だ。
そんなに貴重な水なら自動閉止栓をつけたおくべきではないのか。

ここへ来るまでも工事用の車両が下の道で動いていた。
境内の改装は金持ち寺だから出来る事だが、それで却って「大師の聖地」という雰囲気を破壊しているように思うのだが。


昨年12月以来の車遍路は5ヵ月もの間が空いた事もあってスムーズに進まない面もあったが、本日(5/18)はこれで予定終了。
去年はお参りしているのは我々二人だけという事もあったが、今年はどこへ行っても多かった。
あとは、高知県の7寺を残すのみだ。
3月4月と、ギックリ腰をこじらさなければ既に回り終えていたのだが、それでも7月4日の「あいつ」の三周忌までには済ませたい。





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