30番善楽寺~札所争い 四国88箇所車遍路(77)

2016年06月13日 10:00



6月8日、9回目の車遍路に出た。
「あいつ」の魂の安寧を願って始めた遍路も今回が最終回となる。

梅雨に入った所為で天気予報があたらない。
既に前日出発の予定を雨で1日延期している。
今日明日ともイマイチの天気のようだが、来月4日の3回忌までに回り終えたいので敢えて出発した。
本降りにさえ遇わなければ、曇り空は日差しで気温が上がる事もなく、遍路にはむしろ都合が良い。写真には厳しいが。

今回は、30番善楽寺から、竹林寺、禅師峰寺、雪蹊寺、種間寺、青龍寺、清瀧寺の7寺を1泊2日で巡る予定だ。



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5時30分と早朝の出発だったので、阪神高速から山陽自動車道までガラ空きだった。
瀬戸大橋から讃岐富士の飯野山が遠望できる。


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四国上陸。
梅雨の雨雲の悪戯で、本物の富士山のように帽子を被った讃岐富士を横目に、川之江JCTから高知自動車道に向かう。


[α7R2+SEL28F20]Capture Oneで調整
今回は車内からカミさんにα7R2で沢山の写真を撮って貰った。
帰ってきたらバッテリが2%しか残っていなかった。




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土佐インターで高速を降りて、ダンプカーがやたら多い高知市内を走る。
9時30分、善楽寺到着。出発してから丁度4時間。高知は遠い。
山門はなく境内に無料駐車場がある。



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本堂は鉄筋コンクリート製のようだ。


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「ここの」本尊の阿弥陀如来。
本来の本尊仏は別の寺にある。


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本堂の左に大師堂。
ここは厄除け大師として有名だが、大師像は見られなかった。


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本堂、大師堂の向かいに子安地蔵堂があって、安産祈願の絵馬の代わりにフェルトの地蔵様が奉納されている。


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首から上の病に御利益があるとされる梅見地蔵


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石の手水を天邪鬼が支えているというので、もっと大きな像があるのかと思っていたら、
4隅に小さな天邪鬼が居た。



「平成6年まで続いた札所争い」
善楽寺は入り口の石柱に「一宮百々山」とあるように、土佐一宮、土佐神社の別当寺だった。
(即ち、明治初年の神仏分離で、本尊と大師像が移される前は土佐神社が30番札所だった。)
ところが間もなく、善楽寺が廃寺となり、本尊の阿弥陀如来像は29番の国分寺に、仁王像は24番最御崎寺に預けられた。
明治8年に市内の安楽寺が再建されて30番札所を名乗った。本尊も返還された。
(安楽寺は土佐神社とどんな繋がりがあったのだろうか)

昭和4年に善楽寺が再建されて、札所の返還を求めたが安楽寺が応ぜず札所争いが始まった。
(札所になって半世紀以上経っているのだから無理もない)
昭和17年に一応の解決はするが、それは両方とも30番札所という「玉虫色」の決定だった。
1ヵ所2寺の観音寺、神恵院の逆で、1札所2ヵ寺とお遍路さん泣かせの札所だが、どちらに参っても30番はクリヤーという事になっていた。

札所争いが始まって半世紀以上経った平成6年に、善楽寺が30番札所、安楽寺は善楽寺の奥の院という事で、ようやく解決した。
安楽寺が引いたように見えるが、さにあらず。

1.本尊の阿弥陀如来(重文)は安楽寺に安置。
2.善楽寺の住職は安楽寺が兼務する。

安楽寺が善楽寺を「吸収合併」したのだ。

(最御崎寺に預けられた仁王像が返還されたという話は、聞かない。最御崎寺には新旧2セットの仁王像があった。
古いほうが善楽寺ものなのだろうか。善楽寺に仁王門が造られるまで最御崎寺で預かっていると解釈しておきたい。)



騒動の大元である土佐神社が、道路を挟んだ向かいにある。
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「土佐一宮」の扁額が掲げられた鳥居の奥に立派な本殿が見える。
私でも荘厳な雰囲気を感じる。
明治まではこちらが札所だった。その「空気」が今も残っているかのようだ。
「霊場」というならこちらの方が遥かに相応しい。


神仏分離でダメージを負った神社は多い。
68番神恵院の「元」札所だった琴弾八幡宮、83番一宮寺の元札所の田村神社、55番南光坊の隣にある大山祇神社別宮
等は今でもそれなりに参拝者が多いが、本来ならウチはもっと栄えていたという思いがあるだろう。
逆に神社が栄えて寺が寂れた例もある。
札所ではないが、金比羅さんで親しまれている金刀比羅宮の金比羅大権現は松尾寺にあった。
神仏分離では、住職が還俗して神主となり、寺を破壊、宝物をとりこんで今に至っている。
自分の保身の為には信仰なぞどうなっても良いという典型的な生臭坊主だ。


なお、これらの寺社(土佐神社を除く)は新四国曼荼羅霊場という「神仏合体」の霊場として逆打ちの88箇所巡りが設定されている。
「新」とあるという事は四国曼荼羅霊場もあって、こちらは寺ばかり88集まっている。

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長宗我部元親が戦勝の報告に詣でたという、「入蜻蛉」造りの本殿、拝殿、弊殿が一緒になった建物。
本殿に向かってとんぼが飛び込む形にみたてている。
国指定の重文になっている。


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全体として十字を形成している。
成る程蜻蛉の尻尾だけ有って長い。


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山之内家が寄進した重文の鼓楼


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この長い参道の端に、これも重文の楼門があるはずだが見えない。
「ついでに」寄っただけだからとパスしたが、後で画像を見ると南禅寺山門を少し小振りにしたような立派な造りの門だった。




[α7S+SEL24240]Capture Oneで調整

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