真言と神仏習合~お遍路を終えて考えた事(1)

2016年07月08日 10:12



お遍路をすると本堂や大師堂で色んな経文を唱えるが、その中に「本尊の真言」というものがあり、
仏様毎に決まっている。
http://www.bukkyo.net/tisiki/singon.htm

例えば88ヵ所中最も多い22ヵ所の本尊である薬師如来だと「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」と3度唱える。
これは「薬師如来」という名をサンスクリット語の発音で唱えたのだと思っていた。
ところが「おん さんまや さとばん」は更によく唱えた記憶があるが、その「真言」を持つ普賢菩薩を本尊とする寺は88ヵ所にはない。
お経集の中に三昧耶戒(さんまやかい)として載っていて、総ての寺で唱えていた。


真言というは仏様の名前なぞではなく、膨大な仏教の経典の中から取られた「呪文」だった。
呪文、おまじないは現世利益に直結し、最も効果的に信者を獲得する手法である。
お釈迦様は『「呪文」はあまりやるな』とおっしゃったそうだが、中国で密教化し、大衆に訴える過程で、それぞれに「真言」=「ご利益」を持つ仏が沢山創られた。
遂にはインド仏教では創られる筈の無い、釈迦を超える仏、大日如来までも出現した。




日本古来の「神」には神話があって、それぞれの神様のキャラクターが認識され、庶民も親しみがあった。
キリスト教以前、多神教であったギリシャやローマでも同様である。
日本へ渡来した時に、神話、説話を持たず、経典から創造された仏様達を大衆に馴染ませる為に採られた方策が「神仏習合」ではなかったか。
バラモン教のアンチテーゼとして産まれた仏教は、バラモンの神は仏教に帰依し仏教の守護神となったとして「天」や「明王」を創りだした。
日本での本地垂迹説では仏は神の姿をとってこの世に現れたとしているので、神は仏の下になるが、その逆の神本仏迹説もある。
大日如来=天照大神とされているように、日本では一方的に神が仏の下に入る事はなかった。
神社に寺が作られ、寺に守護神として神を祀る社が作られた。
新来の仏様達も神仏習合の元で、大衆に馴染んでいった。




「蛭子」と書いてエビスと読むのは、蛭子能収さんが人気番組「ローカル路線バス乗り換え旅」に出て以来ポピューラーになった。
しかし「蛭子」はどうしたってヒルコとしか読めない。
日本を創った神々、イザナギ、イザナミから最初に生まれたのは水子(=流産)で、(目鼻がはっきりしない為)蛭子と名づけられて葦舟に乗せて流した。
この蛭子が神仏習合で、同じ水に縁のある恵比寿と同一視されて、エビスと読ますようになっている。

この転化には、日本古来の「言霊信仰」が関わっている。
「言霊信仰」では、言葉には霊魂が宿っており、悪い事を言うと凶事が現実に起こり、良い言葉は吉兆をもたらす。
梨(ナシ)→有りの実、摺り鉢(スリバチ)→当たり鉢、スルメ→あたりめ、のように言霊信仰は、悪い言葉を良い言葉に変えて使う。
凶事である蛭子を縁起の良い恵比寿に転化していった。

言霊信仰を持つ日本人にとって、呪文ほど受け入れ易い宗教形態は無かっただろう。






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