私の知る最後の肉腫患者が亡くなった

2016年08月20日 08:34



Life is …〇〇な話 というブログを書かれていた「すぅ」さんが亡くなった。

高額なパゾパニブの代金を病院側がどう処理しているかを教えて頂いた事がある。
7年6ヶ月という、超長期サバイバーのお一人であった。

5月に亡くなった 心はいつも*笑顔日和*でありたいな(子宮平滑筋肉腫) の「ままたす」さんともう一人
(この方はブログを書いておられなかった)の3人で岡山大学病院の昴(ニックネームのようだ)先生の元で治療を受けて居られた。
この人ほんとに病人かいなと思うほどお元気で、いつも旅や食物の事を書かれていたのだが。




「あいつ」が肉腫になった時は、必死になってネットで情報を漁っていた。
同病の方のブログは、病気の進行状況やその時の対応を知る貴重な情報源だった。
「あいつ」が亡くなってからはブックマークは増える事がなく、一人又一人と亡くなっていくを見送るばかりで、この方が最後だった。



7月に亡くなった トトロの転移乳がん闘病記 の「トトロ」さんは肉腫ではなかったが、身寄りのいない所謂「おひとりさま」で、
仕事を続けながら闘病し、ブログを毎日更新するという事を自分に課しておられた。
ブログには年100万ものアクセスがあった。
この方も明るく、温泉やグルメの記事が多かったが、流石に最後の入院後は苦しい様子だった。
それでもギリギリまで自分でブログを更新して居られた。
ブログはこの方にとって「同行二人」と書かれた金剛杖だったのではないだろうか。


悪性軟部肉腫闘病記の「モンコ」氏は、私が知った4年前、既に腹部に大きな腫瘍があり「あいつ」より先になるのではないかと思っていた。
北海道へ移住し、ドラマ「北の家族」のような生活が生命力を活性化したのか、今年の1月まで頑張っておられた。
やっぱりあいつは殺されたで紹介したように、「緩和」という言葉に騙されて亡くなった。


少し前になるが、2014年5月に亡くなったLiveforever の「ナミ」さんは、先日の吉野ゆりえさんと並ぶ超長期のサバイバーだった。
看護師をしておられたせいか、冷静にご自分の状態を見極められて適切な治療を続けて居られた。
この人は寿命を全うされるのではないかと思っていた。亡くなった時は「あの人でさえ」という思いだった。


同じく2014年5月に乳がんで亡くなった「たぁ」さんのブログ 明日に架ける橋 ~がんと私…今ここ日記~では、
面倒が見られなくなって施設へ入れた、先天的疾患をもつ次男「ちぐ」君への母としての熱い思いにいつも感動を貰っていた。


プロフィールに「Author:疾走する狼  映画、文学、哲学、将棋をこよなく愛する下町のプチ知識人を」とある 余命1年 は、
末期の肺がんの方であったが、「我が輩は」と書き出してもおかしくないような、気骨のある方だった。
自分の身体は自分が1番良く知っているとばかりに、医者に自分の治療方針を認めさせ、最期まで自分を失わなかった。



これらの方々には力と知恵を貰った。ご冥福をお祈りします。





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