存在理由の希薄な寺

2016年10月26日 16:35



四国88箇所遍路の寺の団体である霊場会が、同じ88箇所遍路の寺である62番宝寿寺を裁判所に訴えるという事態が起こっている。

ニュースでは遍路・先達に対する暴言・暴行等も取り沙汰されているが、
(「産経WEST」お遍路さんに暴言、暴行…霊場会が“身内”の札所住職を提訴 2016.8.10)
訴えの主旨は納経所の開業時間帯を他の寺と同じにせよというものだと理解している。
宝寿寺側は、「88箇所遍路の寺であるが霊場会には入っていない」ので霊場会の言うことには従わないとしている。
88箇所遍路の寺であるのに他の87寺と同じようにお参り出来ないという、不都合な状況が続いている。


しかし、納経所を別の点でローカルルールで運営している寺は他にもあるし、88箇所に指定されているから已む無く参るという寺もある。

17世紀に真念が88箇所を選んでガイドブックを書いてから約400年の時が経ち、寺も、取り巻く環境もすっかり様変わりした。
殊に明治維新では神仏分離という大きな変化があり、それまでは寺と神社が一体であった札所が分離された。
廃寺に追いこまれた寺、逆に神社から札所を引き継いで独立した別当寺等様々である。
江戸期には「人別帳」や「戒名」で集落の人間の生殺与奪権を握っていた寺は、
だんだんと葬式の時にしかお呼びの掛からない現代の姿に変わっていった。
宗教であるのに、様式ばかりに拘り心の問題に入っていかなかった等が要因として挙げられる。

その間、霊地としての存在感を保ち続けた寺もあれば、
普通の寺と変わらない、札所としての既得権益に胡座をかくだけの寺、
別の方向で参拝者を増やし、やっぱり巡礼地としての88箇所札所に相応しくない寺も出て来る。

巡礼地としての88箇所に相応しくない寺は札所を返上すべきであると考えるが、既得権益は容易に手放されない。
「88箇所」というのは、非常に多いという意味で元はもっと多くの寺が含まれていた。
真念は自分の独断と偏見で88の寺を選んだ。
なら勝手に新しい88箇所を選んでも文句は出ないはずだ。
「四国別格二十霊場」や「新四国曼陀羅霊場」があるが、既存の88箇所が入らないから意味がない。
初めはネット上での投票で良いだろう。真念のガイドブックと違って多数の人間の意思が入る。
「セット」の提案は幾らあっても構わない。
良い「セット」だったら、知っている人は「そこも」廻ってみようという事になるだろう。
廻る人が多い「セット」が残る。
100も200も廻るわけにはいかないから、それまで「独占」に胡座をかいていた寺は現実に「競争」に晒されて淘汰されていく。





なんて事が起こると良いなあと夢想している。





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