失われた風景 (4)

2017年03月04日 11:15



よい景色に巡り合った時はコンデジしかなくて、一眼カメラを持つようになると今度は出歩く機会が少なくなった。
記憶にはもっと鮮明なイメージが残っているのだが・・・

今回は廃線が予定されている「失われる風景」も含めて記事にした。

[稚内駅]

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稚内駅はガラス張りの綺麗な駅舎に建て替えられた。
ホームには、ここを起点として札幌は言うに及ばず西鹿児島まで、全国の駅へのキロ数が表示されていた。
「どうだここは北の出発点なのだ」という気概が感じられた。
その名物キロ標がなくなってしまった。



[留萌本線/留萌・増毛間]

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2016年12月に留萌本線の留萌・増毛間が廃線となった。
プラットホームと駅舎が離れているが、かっては沢山の引き込み線や蒸気機関車の転車台があった。


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駅舎内には名物のそば屋さんがあった。


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駅前の旅館や食堂は高倉健の映画「駅 STATION」でお馴染みだ。


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板張りのホームや緩急車の駅舎は北海道でよく見受けられるが、そのすぐ向こうが海というのはここだけだ。

PS.追い打ちをかけるように、JR北海道は残った留萌-深川間の廃線を検討しているという。




[江差線]
2014年5月に江差線の江差-木古内間は廃線となり、
2016年3月、木古内-五稜郭間は北海道新幹線の開通に伴って3セク線の「いさりび鉄道」となった。
輸送密度からすれば江差-木古内間は「松前線」同様国鉄末期に廃線となっても良い区間だったが、
五稜郭までの区間が同一つの線として判断され、青函海門トンネルの開通まで命脈が保たれてきた。

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駅の周りには何もなく、駅前の食堂すら開店していなかった。
(その食堂のあった所は、グーグルマップで見てみると空き地になっていた)

下の港周辺が街となっていおり、復元された開陽丸が展示されているが、
駅は高台にあり周りは住宅しかない。
なんでこんな所に駅をと思うし、何故駅が出来たのに周りが栄えなかったのか不思議な立地である。
駅のスピーカーから流れる「江差追分」が虚しかった印象が残っている。



[日高本線]
2015年1月8日に起きた高波による土砂流出の影響で鵡川・様似間がバス代行となっている。
JR北海道は廃止を正式提案している。
さらに現在列車が運行してる苫小牧-鵡川間についても廃線を検討している。

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海が見える広い牧場というのが日高線の風景である。


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その牧歌的風景は、沙流川河口のまるで海の上を走っているような長い橋を渡るころから変化してくる。


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大狩部駅に近づくと、風景が何やら陰惨で絶望的な様相を呈してくる。
梶芽衣子主演の「女囚さそり」シリーズでロケに使われた場所である。


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線路を波から守っているのは「板」!!


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様似には「もう一歩も先へは行けません、終点です」という雰囲気が薄い。
まだ先に伸びそうな様子である。
本当は襟裳岬まで進延して広尾線と接続する予定であったが、広尾線は一足先に廃線になっている。




[札沼線 新十津川駅]

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ここも様似のように線路が先に延びて行くような終着駅だ。
「ような」ではなくて、かっては留萌本線の石狩沼田まで線路が続いていた。
札幌ー沼田なので札沼線である。
石狩沼田ー新十津川間34.9kmは1972年6月に廃止された。


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JR北海道は昨年11月に「単独では維持困難」として新十津川ー北海道医療大学間の廃止を提案しているが、
それに先立って3月に1日3往復あったダイヤを1往復に減便した。
「最も終発の早い駅」として話題になったが、列車でこの駅に来ても折り返しに乗らないと帰れないという事だ。
交通機関として機能していない。
JR北海道が「もう乗るな」と恫喝しているのだ。



[石勝線夕張支線  軒貸して母屋取られる]

2016年8月、夕張市が新夕張-夕張間をJR北海道に廃止を提案し、JR北海道が了承した。
JR北海道が市内バスなどの公共交通の整備に全面的に協力するという交換条件である。
2019年3月に「順調」に廃止される予定である。
財政破綻のツケがここまで廻ってきた。

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石勝線の支線という地位に甘んじているが、かってはここが夕張線の本線だった。
夕張-新夕張(紅葉山)-追分から室蘭本線に入り、岩見沢-札幌-小樽と続く石炭搬出ルートだった。
ところが1981年に千歳線の南千歳-追分-新夕張-新得を結ぶ石勝線が完成し、
追分・新夕張間を石勝線に譲って、新夕張-夕張の区間に縮小され支線となった。


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新夕張駅にはかっての駅名標が残っている。


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僅かに残る炭住跡を細々走る単線だが、


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清水沢駅に見られるように、現ホームと駅舎の間を何本もの貨物線が走っていた。


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終点夕張駅は3度場所を変え、その度に街の中から外へと移った。


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現在の駅はホテル「マウントレースイ」の玄関前にある。
夕張映画祭で賑わったこともあるが、国による財政破綻の「見せしめ」で夢の又夢となってしまった。





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