投稿日:2007-06-24 Sun
西大阪線が西九条まで「開通」したのは昭和39年、私がまだ中学生の時。大阪環状線成立の3年後。西九条駅の高架ホームの直前で、断面図を見せるかのようにストンと切れていた。「もうすぐ難波まで開通するねん。便利になる」と言われていた。しかし、一向に工事が再開される気配がない。土地神話の時代、会社の規模から考えて、地価の高い市街地の買収が無理なことは容易に理解できた。それが今頃になって・・・・

安治川に新しい鉄橋が・・・

高架軌道も出来つつある

JR西九条駅へと続く

駅間際

鉄道敷の下の「階」は何になるのだろう。

天王寺行きのホームより。柔道場と料亭が無くなっている。あの料亭へは北新地へ行くほどでのレベルでないガイジンを連れて行ったことがある。豪華ではないが「文人宿」の趣があった。

大阪行きのホーム。少しだけこっちへ伸びてきている。以前は屋根の所でストンと切れていた。

見慣れない店が増えたが、「蔵」は健在。沢蟹の姿揚げが出るのは今頃の季節だったろうか。奥の「シドニー」が入ってる建物も残っている。

立ち飲みの「千石」も前のまま。隣の居酒屋は初めて見る。

「源兵衛渡し」の川底トンネルは変わっていない。この道路が川底を通って九条へ繋がる道路計画の方は頓挫したままのようだ。
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