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高村薫 新版「神の火」
高村薫も、マークスの山、レデイジョーカー、黄金を抱いて翔べ、リヴィエラを撃に続いて5冊目になる。どれも「重い」本だが今度のはとりわけ重い。
単行本を文庫化の時に400ページ書き換えた、その文庫本を底本としているので「新版」とつけた。

原発を巡る国際的陰謀と言ってしまえば簡単だが、それは単なる舞台にしか過ぎない。
主人公島田は、原子力技術者で、2年前までソビエトのスパイをしていた。
江口は島田をスパイにした男で、いまでもスパイとスパイマスターの関係にある。
高塚良は、チェルノブイリで被爆したソ連の若い工作員。白人ではなく辺境民族系。

島田の原子力技術を見込んで北朝鮮が狙っている。
良は原発の建設工事場で3年半働き、いつか個人的目的で進入したいと密かに工場の図面を作る。しかし、身体は原爆病に蝕まれていく。良は島田の幼なじみの中野が庇護しているが、島田もいつしか庇護するようになる。
良は「黄金を抱いて翔べ」の「北」の工作員モモを進化させたような存在だ。
良が日野との逃避行の間毎日島田に書く手紙で、良という人間が徐々に明らかになっていくという私小説的仕掛けもある。
ストーリーは島田を中心に展開するが、小説のメンタルな流れの中心は良である。あれこれと言い訳がましい登場人物の中で、唯一良だけが「純粋」な存在として描かれている。それ故読み手は島田と同化し、良の安否を心配する事を要求される。

良が拉致され、彼が残したリュックを島田が手に取る場面がある。
 「良が手紙に書いていた五冊の本が、この中のどこないに入っているに違いない。そのバックパックの布地を、島田はしばらく自分の指先でなで続けた。一つの命に対する責任というより愛らしさ、決意というより懇願の固まりが、どことも言えない自分の身体じゅうから噴き出てくると、ほとんど押し潰されるような思いで畳にひれ伏すしかなかった」
田山花袋の「蒲団」のレベルではないか。心象的にも小説的にも。

最後に「自分が潜入に成功したら、原発は安全」と言った良の遺志を継いで、島田と日野は原発襲撃を実行する。カタストロフィーとして必要なのかもしれないが、今の高村さんなら、それ以前の展開に合わせてもっと静かな結末が書けるのではないかと思う。


図書館の本 | 10:56:25 | Trackback(0) | Comments(0)
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