三四郎/続吾輩は猫である

2009年06月12日 11:05

新刊ではなく、10年ほど前に出版されている。

内容は、内田百間の「贋作吾輩は猫である」と同様に、「本編」では死んだはずの水瓶から、這い上がって来る所から始まる。

眼病を患って、痩せ細ったので家人に嫌われで閉め出されてしまう。
高利貸しや物書きの家を転々とするが、最後は頭から袋をかぶせられて捕まえられ仕舞う。
「これから先、吾輩はどうなるのだろうか、吾輩自身にへも頓と分からない」と、更なる続編が有っても無くても良いような終わり方になっている。

旧仮名遣いで書かれており、背景となる時代の考証に破綻が無く、ストーリーの展開も自然である。また活字が、漱石全集に出てくるような旧体文字で、ポイントの大きなものを使って雰囲気を出している。

なかなか凝った本作りではないか。三四郎という名は聞いたことが無いが、中堅以上の別ペンネームだろうと思っていた。ところが解説を読んでみると、漱石の死後大正時代に出版されたものらしい。
版も重ねられており、当時も人気があったようだ。時代の雰囲気がよく出ているのも道理だ。









内田百間でさえ憚って、「贋作吾輩は猫である」を出版したのは戦後だから、漱石の門弟の筈はない。三四郎とは誰だったのだろうか。



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